当事者研究

ナラティブとしての当事者研究
浦河べてるの家から
いとうたけひこ (和光大学)
小平朋江 (聖隷クリストファー大学)
向谷地生良 (浦河べてるの家/北海道医療大学)
日本質的心理学会第7回大会
ポスター発表55
茨城大学人文学部講義棟2階 29番演習室
2010年11月27日 10:00-12:30
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要約
• 北海道の浦河べてるの家から発した当事者研究は、当初の地域における精神障
害者の自助的な活動をこえて、全国的な運動になりつつあるとともに、その「苦労」
の範囲も発達障害などの障害における問題、さらには現代社会における矛盾をも
っている広範な人々において「誤作動」「爆発」にどう対処するか、また「お客さん」
にどうつきあっていくかなど、一般化の過程が進行している。このような当事者研
究はナラティブ研究の対象として興味深い。
• 小平・いとうは2010年より、精神障害を含む慢性疾患についてのいわゆる闘病記
と呼ばれる、体験に根ざした「病いの語り」を視聴読することにより、「ナラティブ教
材」としての物語りの教育的活用を提起している。
• 当事者研究のナラティブとしての分析とともに、ナラティブ教材として看護学教育で
の活用可能性を提起したい。
• 当事者研究のプロセスとアウトカムを、構成的constructive,協同的collective,創造
的creativeの3Cとして特徴付けた。それにくわえて、ユーモア、場当たり性、暖かみ
、巻き込み力など、様々な角度から、当事者研究を位置づけたい。
浦河べてるの家
その特徴
精神障害(者)の姿の理解
病気の受け止め方の逆転(「病気
と生きる」「治さない医者」)
弱さの肯定の意義
弱さの共有によるコミュニティ形成
ユーモアと笑いの意義
業績主義・競争主義的価値観のゆ
さぶり
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NHK総合2007年7月10日放
映「生活ほっとモーニング」で
浦河べてるの家が紹介される
(番組の開始のシーン)
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浦河の地図
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浦河べてるの家とは
● 浦河べてるの家は北海道浦河町にある社会福祉法
人であり地域の重要な活動拠点である。精神科を利用す
る当事者と地域の有志によって1984年に設立された浦
河べてるの家は、生活共同体としての機能だけでなく、日
高昆布を柱に地域と密着した事業を展開し、働く場として
の共同体として地域の繁栄に貢献している。
● 浦河べてるの家は早くから精神科病床の削減を行
い、病床での治療ではなく入院患者の地域移行を実践し
てきた。さらに当事者のニーズに応じて、SST(ソーシャル
スキルトレーニング)、SA(Schizophrenics Anonymous)、
当事者研究、子育て支援ミーティング、ピア・サポート、権
利擁護サービスの活用などの支援プログラムを積極的に
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導入している。
第17回べてるまつりIn浦河2009.6.26~27
場所:浦河町総合文化会館 文化ホール
26日第6回当事者研究全国交流集会テーマ:降りてゆく研究でまちおこし
・開会挨拶には共催の浦河町教育委員会教育長中村泰憲氏も
・特別講演は香山リカ氏
・当事者研究は次の4つの分科会があり抄録集も配布された
1)心技体、まずは自分から(病気、体)
2)ライフスタイルの多様性の可能性(人生、スロー、幸せ、仲間)
3)濃いところから見えてくるもの(恋愛、家族)
4)仕事の流儀(仕事)
※分科会には長野や神奈川、仙台の施設などからの発表もあり、終了後は、
全大会も設けられ、発表者は全員ステージに上がり参加者全員できちんと共有
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第17回べてるまつり
In浦河 2009.6
向谷地と小平
川村医師と小平
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べてるまつり2009浦河町総合文化会館
文化ホー
ル
「降りてゆく生き方」公式ブログよりhttp://www.nippon-p.org/blog
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べてるまつり
2009浦河町総合文化会
館 文化ホール
「降りてゆく生き方」公式ブログ
より
http://www.nipponp.org/blog
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当事者の力に支えられる精神科医
療: 浦河には、30年の精神保健福
祉活動の歴史が育んだ浦河ならで
はのユニークな理念や考え方があ
る。
1.「病気の半分は病院で、残りはべてるで治す」
これは、精神科医
や治療スタッフの大切にしているわきまえの一つである。そこには、治
療や回復とは、精神科医と患者の間だけで行われてはいけないとい
う拘りがある。精神障害をかかえる当事者の回復とは、人と人との〈つ
ながり〉を回復することと同一なのだということを忘れず、病院はその
関係を見失うような抱え込み方をしないことを大切にしている。従って
「先生のお陰で病気が良くなりました」と本人や家族に言われたら、そ
の予後は良くないとさえ考える。そこには、治療者も当事者も「勝手に
治さない」「人の中で回復する」ことを重んじてきた伝統が生きている。
2.「〈苦労の取り戻し〉を助ける」 浦河における精神科の治療は、病
気を良くすると言うことより、〈悩めるように〉〈苦労できるように〉という
点を重視している。べてるの家には「苦労を取り戻す」という理念があ
る。治療の場でも、精神障害が生きるという苦労を忌避した状態とも
言える状況から、本人が現実に降りるための手助けをするということ
が基本的となっている。
3.「無力のアプローチ」 〈「非」援助の援助〉とも言っているこの〈無力〉は
、援助スタッフも当事者も共有している基本的な関係のイメージである。
特に、プロの条件として「自分の専門性から降りることをする人」という発
想がある。そこには、当事者が抱える現実に対する連帯の姿勢を重視し
、回復を医師や関係スタッフの努力や治療・援助技術の成果と捉えず、
共に探求し、見いだしていくなかで得られるものという立場がある。
4.「仲間を処方する」 救急外来に来て不安症状を訴え、薬や注射を求
めてくる場合、ときどき薬や注射に代わって〈仲間〉が処方される。「あな
たが、今、一番必要なのは、薬ではなく、人のつながりであり、仲間の存
在だと思うよ」と精神科医が〈仲間〉を処方するのである。そこで、力を発
揮するのがべてるの家の仲間の存在である。〈仲間〉がピア・サポートを
買って出てくれるのである。〈仲間〉の処方によって脅迫的な救急外来受
診を脱した人は多い。
5.「自己病名をつける」 浦河では、精神科医がつける医学上の病名より
も、自分の苦労の実感に沿った「自己病名」を大切にしている。自己病名
を見いだすことが回復のはじまりと言ってもいいほど、それは、大切な自
分との出会いをもたらす。しかも、その作業は、自分ひとりの作業ではな
く、仲間と共にワイワイと行う「当事者研究」のプログラムを通じて見えて
くるという体験をする。
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6.「話すこと、語ることの回復支援」 浦河の特徴は「三度の飯よりミーティ
ング」に象徴されるように、〈言葉で語ること〉を中心としたプログラムが
盛りだくさんだ。精神科医の治療も言葉を使った〈語り〉を促すことに力
点が置かれ、薬がそれを邪魔しないことを大切にしている。
7.「病棟も地域の一部」 浦河では、浦河赤十字病院で行う治療プログラ
ムとべてるの家で実施される地域生活支援プログラムの整合性と、相
互活用を重視している。そのために、べてるの家の支援スタッフやピア
・サポーターが、いつも病棟にフリーパスで足を運ぶことが出来るよう
なオープンな雰囲気と、相談や情報交換を常に心懸けている。また、デ
イケアもショートケアを中心に行い、浦河で活動する当事者がべてると
病院の双方のプログラムを利用できるように工夫している。デイケアで
は、日常生活を送るための基本的な力を身につけ、べてるでそれを実
践、応用するという役割分担をしている。精神医療に必要なのは、当事
者の力を前提とした「わきまえ」のある治療であり、援助である。浦河に
べてるの家をはじめとする「当事者の力」のネットワークがあることによ
って、その「わきまえ」は成り立ち、その「わきまえ」が、当事者の力を育
んできたとも言える。
http://ikuyoshi.jugem.jp/
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当事者研究:仲間と共に研究し解決を探る
• 30年以上にわたり当事者と支援者との実践の積み重ね
の中から生まれた心理教育プログラム
<5つのエッセンス>浦河べてるの家(2005)より
①「問題」と人との、切り離し作業
②自己病名をつける
③苦労のパターン・プロセス・構造の解明
④自分の助け方や守り方の具体的な方法を考え、場面を
作って練習する
⑤結果の検証と成果のデータベース化のプロセスを経る。
「人とのつながりの回復」と表裏一体の活動
★ウェブサイト「当事者研究の部屋」を作成し情報公開と普
及
http://bethel-net.jp/tojisha.html
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2009年6月26日 第6回当事者研究全国交流集会
• 抄録集では、当事者研究の理念である、
●「自分自身で、ともに」
●「自分自身の専門家としての当事者の考え
方」
が仲間との経験の分かち合いと専門家や
家族と連携しながら行う
●「研究活動」
によって実を結ぶことを端的に表現し、次の
10点の説明が行われている。
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2009年6月 当事者研究:
「自分自身で、ともに」(1)~(5)
(1)「自分自身で、ともに」を実践し「とらわれ」が「関心」に、「悩み
」が「課題」に「孤立」が「連携」へと変化する。
(2)「統合失調症週末性金欠型体調崩しタイプ」など楽しく自己病
名を決め、苦労の実感に沿って、仲間と支援者といっしょに考
える。
(3)「問題」と「人」とを分けて考えることにより、「問題の外在化」、
「人と問題の切り離し」作業を行い自分の苦労の情報を客観的
に積み上げる。
(4)「主観」「反転」「『非』常識」をキーワードに、新しい生き方のア
イデアを模索する。
(5)気分はワイワイ、ガヤガヤと楽しい自由な雰囲気で研究する
ことにより思いもよらないユニークな研究成果が得られる。
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2009年6月 当事者研究:
「自分自身で、ともに」 (6)~(10)
(6)研究は「目に見える形」で検証し実現する。自分の苦労を運
の悪さや不幸と見なすのではなく、大切な生活情報として仲間
と共有して生かしていく。
(7)苦労「にもかかわらず笑うこと」で究極の生きる勇気である笑
いを活用する。「幻覚&妄想大会」がその例。
(8)過去と現在の苦労・困難を語り説明する「言葉を変えていくこ
と」により経験を「意味ある人生体験」に変える。
(9)「病気も回復を求めている」。病気や症状のシグナルは私達
を回復に向かわせようとする大切な身体のメッセージである。
(10)「弱さ」は力であり、当事者研究では弱い部分を持ち寄るこ
とにより、自分の強さを発揮し、人を慰める力がある。
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2010年度当事者研究全国交流集会
発表者とテーマ
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かずくん:(札幌市)札幌べてるの集い 「衝動買いの研究」
加勢川宙志:(苫小牧市)デイケア小樽 「なんでもこだわり症候群の研究」
小出剛士:(群馬県)華蔵寺クリニック
「親離れの研究」
柳春海:(群馬県)華蔵寺クリニック
「病気になる仕事の研究」
持田真美:(島根県)
「持田真美とは何ぞや!?」
チーム☆東雁来:(札幌市)相談室ポラリス「当事者研究・研究」
川染淑子:(札幌市)林下病院デイケア 「嫌われた自分からの脱出」
森竹江利:(苫小牧市)デイケア小樽
「電波ちゃんの研究」
さらさん :(仙台市)
「目に見えない仮面をもつ私」
とちもと :(苫小牧)
「救急車多乗の研究」
15年で1250回救急車に乗る そこのけそこのけミッチが通る
今となっては使い勝手が悪いと分かる 人とつながるために乗っていた
心配してほしい!
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当事者研究カフェin横浜
2010.7.24
午前:当事者向け「生きる苦労の名人大集合!」
午後:家族・一般向け「家族の力」
当事者研究~自分自身で、ともに~
ひだクリニック 向谷地宣明氏 資料より引用
●自分を助けるプログラム
・SSTのエッセンスと幻覚妄想大会に象徴される独特の当事者文化を取り
込みながら発展してきた「自分を助けるプログラム」
・「自分の助け方」 応用は可能ですが、基本的はオーダーメイド仕立て
・薬物療法、認知行動療法など科学的根拠に基づいたアプローチを包含し
ながら当事者自身の主観的な経験知、実践知を大切にする
・なぜそれがいいか?本人が「それでいい、それが安心できる」というから
・当事者の主観的実感を大事にするということが、当事者研究の最も基本
的な軸
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当事者研究カフェin横浜
2010.7.24
当事者研究~自分自身で、ともに~
ひだクリニック 向谷地宣明氏 資料より引用
●なぜ「研究」するのか?
貸しているお金を返してもらう練習がしたい・・・
・SSTと当事者研究の組み合わせ
・練習と同時に「なぜ自分はいつもお金を貸してしまうのか」のパターンや
苦労の成り立ちを研究すると本人の本当のテーマにせまっていく
<じゃあ、研究をしてみようか>
→漠然とした疎外感 「自分は仲間の輪に入れていない」100円貸して、
と言われると「ここで断ったら居場所がなくなるぞ」という“お客さん”が来
て貸してしまうメカニズム 付き合い方で苦労していたのは彼自身(の“お
客さん”)だった 彼にとって新しい考え方のアングル(視覚)
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べてるワークショップin中野
2010.8.28
• 「レッツ!当事者研究」~みんなでワイワイ研究しよう~
•
午前:ワークショップ
午後:家族の当事者研究
• 思い思いの姿勢で当事者6人が前に座り始まる 話の途中
で空笑(?)、居眠り、コーラ買いに行って飲む、ゆるゆるしな
がら進行していく・・・
• 会場では休憩時間に昆布や本、Tシャツも販売
• パワーポイントを使いながら向谷地さん進行
• お馴染みの「替え歌」で始まり、会場の3人が名前を聞かれ
る 偶然小平も当てられる その替え歌の中に3人の名前を
入れた替え歌で会が始まる
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べてるワークショップin中野
2010.8.28
• この日、当事者研究で発表したある当事者の方のことばより
もやもやしたもの、べてるの誰かの
真似で自分に近い気持ちを出すと
整理もできる
これが当事者研究の「語ることと聴くことの
意味」のひとつではないか?
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回復のための資源としての語り
語ることと聴くことの意味
• 回復の過程で語り手と聴き手が言葉をつくし
て対話し、ナラティブ(語り、物語)という概念
を手掛かりにつながり、自分の新たな生き方
を生み出す(「ナラティブの書き換え」斎藤清
二2003にも通じる)
• 医療資源、社会資源、教育的資源として蓄積
された知恵としてのナラティブに関係者(当事
者、家族、臨床家、研究者)がアクセス可能
かつ活用可能
★主人公は当事者★
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NHK教育2009年11月5日放映「統合失調症からの回復」
向谷地宣明さんによる当事者研究
「どうですか?研究は?」
本人の語りを尊重し対話する姿勢
•
•
•
•
「回復って何?どうなったら回復なの?」
「今日の死にたいはどういう死にたいなの?」
「いい行き詰まり方だね」
「(自己病名を)自分のコントロール障害にし
たの?今まで自殺願望だったよね」
まさに「当事者が主人公の時代」
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当事者研究における4Cと3H
•建
•協
•具
•創
設
同
体
造
的(Constructive)
的(Collective)
的(Concrete)
的(Creative)
+
• 思いやり有る雰囲気(Humane )
• ユーモアのある議論(Humorous)
• 場 当 た り 的 展 開 (Happening)
2016/7/9
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当事者研究の柱
•
•
•
•
•
•
共感的な関心
共に考えること
共に知恵を出すこと
試みること
見極めること
分かち合うこと
2016/7/9
励ましと
連帯
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当事者研究の構成
「自分の苦労」の主人公になる
自分の専門
家になる
自分の研究
者になる
自分の支援
者になる
2016/7/9
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当事者研究の要素
前向きな
無力
見つめる
から
眺めるへ
自
苦労のプロ
フィール
日常生活
上の出来事
困りごとを素
材にする
初心対等
連 帯
律
人と出来事
(問題)を分
ける※
自己病名を
つける
ユーモア
病気を
活かす
自分の助け
方、苦労の解
消策を考え、必要
によって場面を 研究成果
当事者研
の公開と
つくり練習
究バンク
共有
する
図やアクション
を用いて出来事
や苦労のおきる
パターンやしくみ
・意味を考える
生活場面
で「実験」して
効果を確か
める。
弱さの力
経験は宝
2016/7/9
反
転
“非”常識
言葉を変え
る、振る舞い
を変える
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当事者研究のコツ
• 自分の経験を語る、提案する、他の仲間の先行研
究の紹介する、を中心に仲間の研究を応援し、励
ます気持で参加する。
• 「人」と「問題(出来事)」を分けるー問題の指摘、注
意、指導、非難はしない。
• 基本は、質問、良いところ、ユニークなところ、さら
に良くする点で自由に議論する。
• 研究内容や研究成果は基本的に共有を原則にす
るが、活用したり、第三者に提供するときには、本
人の了解を得る。
2016/7/9
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<当事者研究のスタイル>
• 一人当事者研究
• マンツーマンの当事者研究
• グループでの当事者研究
2016/7/9
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「一人当事者研究」
●自由な時間に場所を選ばずに気軽に自
発的に行う研究活動。
●当事者研究に参加しているメンバーは、
いつも研究ノートを小脇にかかえ、気付
いたこと、発見したこと、新たなテーマが
浮かんだ時にノートを取り出しメモをする
習慣が定着している。
2016/7/9
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「マンツーマン当事者研究」
• 二人以上の少人数で行う当事者研究で、
はじめて当事者研究に挑戦する時も、当
事者研究に慣れた仲間や支援者に協力
してもらいながらマンツーマンで行い、幻
聴や妄想など、同じ苦労をかかえるメン
バー同志で「研究チーム」を立ち上げる
こともある。
2016/7/9
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「グループでの当事者研究」
• 一定の曜日や時間、場所を定めて定期
的に(ときには、臨時的に開催もあり)開
催される当事者研究ミーティングで、毎
週一回、研究の進み具合を報告し、検討
を加える場として定着している。
2016/7/9
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当事者研究で用いる“手法”
○苦労のプロフィール
○インタビュー
○苦労の仕分けーポストイットの活用
○苦労のパターンを描く
○ワイガヤミーティング
○苦労のコントラスト‐「昔の助け方」と「今の助
け方」
○アンケート
○苦労の再現(ロールプレイ)
○自己病名
2016/7/9
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○誤作動の視点
○身体の使い方
○言葉の使い方
○つながりの充電
○苦労と安心のコントラストの視点
○他者貢献
○イラスト、図に描く
2016/7/9
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