上海師範大学集中講義 「日本語教育文法の研究方法論」 名古屋大学 杉村 泰 13時間目 15.「~中」(ちゅう)と「~中」(じゅう) の使い分け 中(ちゅう) 中(じゅう) 14時間目 16.名古屋大学の大学院生の発表 の紹介(2) 片上摩紀「見た目・見た印象をほめ る言葉から見る価値観」 15・16時間目 17.複合動詞研究の基礎 (V-V型)複合動詞とは? この結合の仕方に様々な 違いがある 動詞 + 動詞 = 複合 動詞 歩き出す、降り始める、見かける、取り乱す、 売り込む、買い戻す、繰り返す、待ちわびる 等 ①寺村(1969) (a) 自立V+自立V (例:走リ去ル、持チアゲル) 単に二つの動作が連結して表現されているもの (b) 自立V+付属V (例:走リ込ム、見上ゲル) 第2の要素はふつう独立して使われない形であるか、もしくは独立 して使われる時の意味を失ってしまい、単に前のVのあり方を限定 しているに過ぎない場合 (c) 付属V+自立V (例:トリ押サエル、打チ眺メル) 本来の実質的な意味を失い、接頭語化して、後半の実質的な意味 を担うVに何らかのいわばニュアンスを加える役目をしている (d) 付属V+付属V (例:トリナス、ノリ出ス) どちらが主要な意味を担うとも言い難く、むしろ一語として不可分離 なもの ②山本(1984) Ⅰ類:複合動詞の格成分が前項動詞と後項動詞のそれぞれと対応する。 (例) 子供が泣き叫ぶ 子供が泣く 子供が叫ぶ 雪が降り積もる 雪が降る 雪が積もる Ⅱ類:複合動詞の格成分が前項動詞とは対応するが、後項動詞とは対 応しない。 (例) 部屋が静まり返る 部屋が静まる *部屋が返る 雨が降り出す 雨が降る *雨が出す ②山本(1984) Ⅲ類:複合動詞の格成分が後項動詞とは対応するが、前項動詞とは対応し ない。 (例) 不幸が打ち重なる *不幸が打つ 不幸が重なる 期限が差し迫る *期限が差す 期限が迫る Ⅳ類:複合動詞の格成分が前項動詞と後項動詞のいずれとも対応しない。 (例) 味が引き立つ *味が引く *味が立つ 良夫が取り乱す *良夫が取る *良夫が乱す ②山本(1984) Ⅰ類~Ⅳ類に入らない例 ・ 男ガ(一晩中)飲ミ明カス =男ガ(酒ヲ)飲ム+男ガ(夜ヲ)明カス ・ 正夫ガリンゴニカジリツク 正夫ガリンゴ{*ニ/ヲ}カジル *正夫ガリンゴ{ニ/ヲ}ツク ③森田(1990) 「V1-落とす」 「その動詞の表す意味の転化の度合い、両語の意味関係の在り方」の違 い (ア)「落とす」本来の意〈落下サセル〉をそのまま留めているもの「…して落 とす」と訳せる(「突き落とす」は「突いて落とす」の言い換えが可能)。 例 突き落とす、撃ち落とす、切り落とす、叩き落とす (イ)「落とす」の意味にやや発展がみられるが、やはり「…して…する」の意 味関係をとるもの(「泣き落とす」は「泣いて落とす」とは言えない)。 例 攻め落とす、泣き落とす、くどき落とす、産み落とす (ウ)「落とす」の意味がさらに発展し(漏ラスの意)、「…することを漏らす」 の意味関係となるもの。 例 言い落とす、聞き落とす、見落とす、読み落とす ③森田(1990) 第1段階 並列関係 両動詞が対等の関係で並列する「…して…する」形式 〈動作・作用の順次性〉「…してから…する/…になってから…になる」 (例) 追いすがる、寄りすがる、燃え移る 〈手段・方法〉「…することによって…する」 (例) 押しあける、言い広める、踏み固める、掃き清める、なぐり殺す 〈行為の結果〉「…することで…することになる/…した結果…となる」 (例) 寄り集まる、言い当てる、食い荒らす、降り積もる、泣きぬれる、 着ぶくれる ③森田(1990) 第1段階 並列関係 〈イコールの関係〉「…すること、…すなわち」 (例) 貸し与える、切り刻む、言い聞かせる、書きしるす 〈動作の状態〉「…し、かつ…する」「したり…したりする」または「…なが ら…する」「…ながら…となる」 (例) 照り輝く、鳴り響く、恋い焦れる、驚きあきれる、泣き叫ぶ、咲き 匂う (例) 浮かれ歩く、遊び暮らす、泣き明かす ③森田(1990) 第2段階 主述、補足の関係 「…することが…だ」「…することが…となる」 (例) 思い余る、吹き荒れる、売れ残る 「…することに…だ」「…することに…となる」 (例) 見飽きる、し慣れる、読みふける 「…を…する」 (例) 書き誤る、売り急ぐ、見交す ③森田(1990) 第3段階 具体的意味から抽象的意味へ 主述関係や補足関係を取る複合動詞のうち、複合するどちらか一方の 動詞が本義から離れて転義的に用いられている例 (例) 降りだす、書きあげる、塗りかえす、走りぬく、やりつける、 やりかける、歩きとおす、言いかねる、言いくるめる、言いまくる ③森田(1990) 第4段階 造語成分への移行 下線部が、それ自体独立した動詞としては用いられないが、複合語の 中で生き残り、しかも実質的意味をまだ残している場合 (例) 考えあぐねる、言いそびれる、言いならわす 第5段階 実質的意味から形式的意味へ 実質的意味を失い、形式化された例 (例) 叱りとばす、わめきたてる、恐れいる、どなりちらす、かき曇る、 おし進める、うち続く ④由本(1996) A.並列関係:V1+V2 ⇒ LCS1 AND LCS2 (t1=t2) 同じイベント構造のLCSで表されるもの同志の合成に限られ、項の同定 も同じθ役割同志でしかももれなく行われなければならない e.g. 請い願う、忌み嫌う、思い描く、あわてふためく、泣き叫ぶ、耐え 忍ぶ、驚きあきれる、恐れおののく、恋い慕う、ほめ讃える B.付帯状況:V1+V2 ⇒ LCS2 WHILE LCS1 (t1=t2) 項の同定は同じθ役割のもの同志に限られ、付帯状況の解釈が不可 能なアスペクト素性を含んだり、結果状態に焦点があるV1だと容認され にくい e.g. 譲り渡す、払い戻す、遊び暮らす、待ち暮らす、這い寄る、すすり 泣く、群れ遊ぶ、笑いころげる、降り注ぐ、並び立つ ④由本(1996) C.手段・様態:V1+V2 ⇒ LCS2 BY LCS1 (t1≧t2) 意図的行為を表す動詞(LCSではCONTROL関数で表される)同志 e.g. 切り倒す、吸い取る、追い払う、追い抜く、蹴り倒す、勝ち取る、 飲み倒す、飲み干す、寝取る、泣き落とす、競り落とす、泣きはら す、言い負かす、笑い飛ばす D.因果関係:V1+V2 ⇒ LCS2 FROM LCS1 (t1≧t2) V2は状態変化を表すもの(LCSではBECOME関数で表される)に限られ る e.g. 着膨れる、遊びくたびれる、泣きぬれる、溺れ死ぬ、流れ着く、降 り積もる、抜け落ちる、寝静まる、逃げ失せる、飲みつぶれる ④由本(1996) E.補文関係:V1+V2 ⇒ [LCS2 ... [LCS1] ... ] V2はLCに変項としてEvent項を含む他動詞か非対格自動詞 e.g. 響き渡る、知れ渡る、見逃す、読みさす、書き落とす、使い果た す、沸き返る、使いこなす、寝付く、見落とす、呼び習わす ⑤影山(1996) 「他動性調和の原則」 影山(1993)は日本語の動詞を他動詞、非能格自動詞、非対格自動詞 の3つに分類し、次のように複合動詞のV1 とV2 の結合には「他動性調 和の原則」が働いていると主張している。(例外もある) a. 他動詞: (x <y>) b. 非能格自動詞: (x < >) c. 非対格自動詞: <y> a+a、b+b、c+c、a+b、b+a … 結合可 a+c、c+a、b+c、c+b … 結合不可 ⑥松本(1998) 「主語一致の原則」 …「二つの動詞の主語として実現する項が同一物を指す、というもの で、主語になるものであれば外項同士(あるいは内項同士)である必 要はない」(p.52) 他動性調和の原則の反例 (1) 非能格自動詞+非対格自動詞 歩き疲れる、遊び疲れる、泳ぎ疲れる、立ち疲れる、座り疲れる、しゃ べり疲れる、鳴きくたびれる、走りくたびれる、泣きぬれる、泣き沈む (2) 他動詞+非対格自動詞 読み疲れる、待ちくたびれる、飲みつぶれる、食いつぶれる、聞きほ れる、見ほれる 上海師範大学集中講義 2015年3月28日(土) 於上海師範大学 「日本語教育文法の研究方法論」 杉村 泰
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