ブラックホールを見る! --X線天文学への招待-- 松本浩典 京都大学大学院理学研究科 物理学第二教室宇宙線研究室 助教 1/70 これは何の写真でしょう? ©SOHO 2/70 答え: 太陽のX線写真 ©SOHO 太陽の普通の写真 3/70 可哀想なX線写真… ピアスを飲み込んでしまったミニチュアダックスフント 4 X線を使えば、別世界が見えてくる! 普通の写真 X線写真 ©CXC ©CXC Centaurus A という銀河の写真 (中心部に巨大なブラックホールがいて、ジェットを噴出) 5/65 銀河団:巨大な火の玉 普通の写真 ©CXC 単に銀河の集まり X線写真 ©CXC 数千万度の高温ガスの塊 6/65 ちょっとした注意 注:この講義では、つい癖で「ガス」と いう言葉を使うかもしれません。 それは、単に「気体」という意味です。 「天然ガス」「プロパンガス」などの、 「燃料」という意味ではありません。 7/65 X線天文学の魅力! 何が出てくるか予測できない! 人間の予想を超えた世界が見える。 それも自分たちの手作りの装置で! 8/65 内容 • X線とは何か? • X線天文学 – 歴史 – 日本のX線天文学とすざく衛星 • ブラックホールとX線 – 恒星状ブラックホール – 巨大ブラックホール – 中質量ブラックホール 9/65 X線の「X」は、正体不明の「X」 発見者: レントゲン(1845-1923) なんだか良くわからないが、 体が透けて見える! X線=レントゲン線 1901年第1回目のノーベル 物理学賞受賞 10/65 日本人もいい線行ってた! レントゲンによるX線の発見…1895年(明治28年) わずか10ヵ月後に、日本人もX線撮影に成功 島津源蔵=島津製作所初代社長が初の撮影に成功 ©島津製作所11/65 X線って何? X線は、「光」(目にみえるやつ)の親戚です。 親戚とは? どういう意味? X線の前に、少し光の話をしましょう。 12/65 光と色 プリズム実験 虹:自然のプリズム実験 一口に光といってもいろいろな種類(色)がある。 13/65 光の色と温度 赤い光 温度低い 青い光 温度高い 物体の温度(=エネルギー)と色には関係がある 14/65 星の温度の測り方 星の温度は、色で測る 赤い 青い ベテルギウス 太陽 3000度ぐらい 6000度ぐらい スピカ 20000度ぐらい15/65 X線=色が「青過ぎる」光 赤い 青い 色 エネルギー ©ISAS/JAXA 携帯電話で使う電波、ストーブの赤外線などは、 色が「赤すぎる」光。 みんなまとめて電磁波と呼びます。 X線はエネルギーの高すぎる光ともいえる。 16/65 まとめ 色 温度 エネルギー 赤 低い 低い 青 高い 高い X線 すごく高い すごく高い X線は温度・エネルギーの高い物体から出る。 X線自身のエネルギーも高いので、人体も貫通。 では、どのぐらいの温度になったらX線が出るのでしょう? 17/65 X線を出す星の温度は? • X線のエネルギーは、黄色い光の約500倍 • 太陽は約6000度で、黄色い光を出す。 • X線を出す星があったとすると、太陽の500倍熱い! 6000度×500 = 3000000度(300万度)! 18/65 300万度の星って!? 1950年代に知られている星の温度は、 どんなに高くても数万度。 当時の科学者の常識 「百万度の星なんてあるわけないよ。 X線星を探すなんて、無駄無駄」 19/65 ところが…. ブルーノ・ロッシ ©MIT I must admit that my main motivation for pressing forward was a deep seated faith in the boundless resourcefulness of nature, which so often leaves the most daring imagination of man far behind. 超簡約:自然は人間より、 はるかに想像力豊かだ! 1962年にロケット実験に挑む。 (1905-1994) 20/65 でも名目は月の観測 なぜロケット実験? 普通の光 … 空気を簡単に通過。 (だから太陽が見える。) X線…人体をも貫通するX線なのに、大気は通過で きません。 (逆に言うと、宇宙X線から守られている。) だから、大気圏外に出て観測しなければならない! 21/65 さそり座X-1の発見!=X線天文学の夜明け ガイガーカウンター付ロケット さそり座の方向に向けたとき、 ガイガーカウンターが激しく鳴る。 22/65 ノーベル賞ももらった リカルド・ジャコーニー (1931年~現在) 2002年、日本の小柴昌俊先生と共に、 ノーベル物理学賞受賞。 注:小柴先生はニュートリノ天文学 23/65 日本のX線天文学 創始者:小田稔先生 ロッシ・ジャコーニーと共に、MIT でX線天文学の実験に従事。 1966年に日本に帰国後、日本に X線天文学グループを作り、指導 力を発揮。日本を世界のトップへ と導く。 (1923-2001) 24/65 本当に日本がトップ? X線天文学…人工衛星が必須。 ずっとX線天文衛星を打ち上げ続けていることが何よりの証拠! はくちょう 1979--1985 ぎんが 1987--1991 てんま 1983--1989 あすか 1993--2001 25/65 ちなみに、アメリカはこの20年で2台しか打ち上げていません。 そして今! すざく衛星(2005年7月打ち上げ) 26/65 すざく(朱雀)衛星 キトラ古 墳の朱 雀 全長: 6.5m 重さ:1700kg 27/65 すざくの衛星の観測装置 X線CCDカメラ 我々(京大グループ)が 開発に参加。 硬X線検出器 東大などが開発 28/65 売ってないので自分たちで作る。 X線CCDカメラ クリーンルームで実験中のわたくし デジカメを宇宙空間対応に して、さらにX線用に改造し たようなもの。 きれいなX線写真がとれる。 X線の「色」が良くわかる。 =X線のエネルギーが良くわかる。 29/65 そのエネルギーのX線の強度 すざく衛星X線CCDのデータ 超新星残骸 E0102のデータ X線スペクトル 低い X線のエネルギー 高い 30/65 「スペクトル」=内容物成分表 ミックスジュースの成分表のグラフのようなもの。 内容物の成分グラフ=スペクトル 250 グラム 200 150 100 50 0 みかん いちご バナナ りんご 牛乳 31/65 スペクトルからわかること(1) 酸素 強度 酸素 飛び出している部分 ネオン ネオン 各原子に固有のX線 (特性X線) どんな原子がどのぐ マグネシウム らいあるのかわかる。 エネルギー 超新星爆発で、 我々の身体の材料 が作られた! 32/65 スペクトルからわかること(2) 強度 特性X線を除いた、 全体的な形 (曲がり具合) 温度がわかる 超新星残骸E0102は、 1千万度の高温ガス エネルギー 33/65 すざくX線CCDの実力 米国Chandra衛星 強度 すざく衛星 形が一番くっきり ヨーロッパXMM衛星 エネルギー 34/65 すざく打ち上げ 2005年7月10日、鹿児島県内之浦宇宙空間観測所(USC)より、 M-V型ロケット6号機で打ち上げ。 ここ! 打ち上げ方向 種子島じゃないよ 35/65 ここまでのまとめ •X線は光の一種である。 •X線はエネルギーが高い。 •X線は高温物質(温度数千万度)などから出る。 •X線は大気に吸収されるので、観測には人工衛星などが必要。 •現在日本はすざく衛星を持っている。 •すざく衛星は、世界で一番詳しいスペクトルを検出できる。 •X線スペクトルとは、X線の成分グラフ。 おまたせしました。宇宙の話に入ります。 36/65 これは何だ? 白鳥座の方向に明るいX線星! = Cygnus X-1 X線で太陽の1万倍も明るい! X線写真 エ ッ ク ス 線 強 度 0.1秒以下の時間で X線強度が激しく変動 時間(秒) 37/65 時間変動の意味 大きさL(km) 光速度C(km/秒)=30万km/秒 例え星が一瞬で消えても、消えるまでにL/C秒かかる。 もし太陽が一瞬で無くなったとしたら…. •太陽の直径はL=約140万km •光が通過するのに、L/C=(140万km)/(30万km/秒)=約5秒 結論:5秒ぐらいかけて徐々に太陽は見えなくなる。 38/65 Cygnus X-1の場合 逆に言うと、点いたり消えたりするのにかかる時間から、 物体の大きさがわかる。 Cygnus X-1の場合: 0.1秒以下でついたり消えたりする。 従って、大きさは 0.1秒×30万km/秒=3万km より小さい。 太陽直径140万km Cygnus X-1はとても小さい星 39/70 普通の光の写真 X線写真 Cygnus X-1の位置に見 える星は、太陽の30倍 ぐらいの大きな星。 光のドップラー効果を調べて、 この星が動いていることがわ かった。 普通の光では見えないが、太陽の10倍ぐらいの大きさ の星の周りを回っているらしい。 40/65 Cygnus X-1の正体は? •X線だけで太陽の1万倍も明るい。 •重さは太陽の10倍ぐらいあるらしい。 •しかし大きさは数万kmしかないらしい。 (太陽の100分の1ぐらい。地球に毛が生えた程度) あらゆる可能性を検討し、生き残ったのは…. Cygnus X-1 はブラックホールである。 この説を世界で初めて唱えたのは、 小田先生(1971年)。 41/65 Cygnus X-1 想像図 ブラックホール X線 光で見える星 相手の星を 吸い込んでいる 42/65 ブラックホールとは? 物 体 広辞苑より 高密度で重力があまりに強いために物質も光も 放出できない天体。 光 物体 ブラックホール あくまでイメージです。 正確ではありません… 重力弱 重力強 重力極大 43/65 相対性理論 一般相対性理論 •重力に関する理論 •アインシュタインがほぼ一人 で作った ブラックホールは一般相対性理論で 存在を予言されていた。でも当時は、 実在するとは誰も思っていなかった。 アインシュタイン (1879—1955) X線天文学がブラックホール を実在のものにした! 44/65 どうしてX線が出る? X線 ブラックホールそ のものではなく、 周囲がX線を出す。 ブラックホール すごい速さで物質が落ち込む。やがて、物質同士の摩擦で 45/65 熱が発生し、数千万度以上になってX線を出す。 どこでブラックホールは生まれる? 星(恒星)は、次第に燃料を燃やしつくし、寿命を迎えます。 そのとき起こす大爆発を超新星爆発と言います。 ブラックホールは、超新星爆発で出来ると 考えられています。 少し星(恒星)のことを勉強しましょう。 46/65 その前に原子の話 ヘリウムの場合 電子 中性子 陽子 10-15m 10-8m 原子核 すべての物質は、「原子」という小さな粒から出来ています。47/65 数値記法について 10-8=0.00000001のこと 1.0から小数点が左へ8回移動 105=100000のこと 1.0から小数点が右へ5回移動 ゼロをたくさん書くとわかりにくくなくなる ので、このように書くことが多いです。 48/65 星の燃料 • 星は巨大なガス(気体)の固まり。ほとんどが水素とヘ リウム。 • 水素やヘリウムの原子核融合(原子核同士がくっつく 反応)でエネルギーを出します。 – 天然ガスなどの普通の燃焼は、原子同士がくっつく反応。 • つまり、自分自身が燃料。 • 燃えカスとして、どんどん原子番号の大きな原子がで きます。 49/65 周期表 星の体であり、また燃料 2段目以降は、星の燃えカス! 50/65 なぜ星は飛び散らない? • 星は固体ではなく、気体。 • どうして飛び散ってしまわないのか? 答: 重力で飛び散るのを引き止めているから! 51/65 重力って? 質量を持つ全てのものは、お互いに引き付けあっています。 これを万有引力と呼びます (ニュートンのりんごで有名)。 質量の大きいものほど、またお互いの距離が近いほど、 万有引力は強くなります。 •地球の重力は、みなさんと地球が引き付けあう力です。 •星は質量が大きいので、重力も強力です。 •みなさん自身も、お互いに引き合っています。ただ、あ まりに弱い力だから気がつかないだけ。 52/70 星のつりあい 圧力 重力 (万有引力) 原子核融合反応 53/65 燃料がなくなったら? 星は、自分自身が燃料。なくなったらしぼむしかない。 星の外部は吹き飛んで 超新星残骸。 ©CXC 星の内部は圧縮され てブラックホール (もしくは中性子星) 54/65 (アニメ有り) 超新星爆発の実例 1987年2月23日の大マゼラン星雲 55/65 1987年2月24日の大マゼラン星雲 超新星爆発 小柴先生は、この超新星爆発からのニュート リノを検出して2002年のノーベル賞を受賞。 56/65 爆発の跡:超新星残骸 Cassiopeia A E0102-72 Kepler G320.4-1.2 Crab ©CXC W49B 超新星残骸のX線写真集 57/65 アニメーション カシオペアAの中心 X線写真 58/65 ブラックホール(か中性子星)? 超新星残骸のスペクトル SN1006 FI BI Mg Si O Ne S Ar Ca Fe すざく衛星スペクトル 星の内部の核融合で作られた原子がたくさん! 我々の身体の原子は、昔どこかの星で作られた。 59/65 ブラックホールには他にも種類が! これまでの話: Cygnus X-1など、太陽の10倍ぐらいの重さの ブラックホール (恒星質量ブラックホール) 実は、ほとんどの銀河の中心 に、太陽の100万倍から1億倍 のブラックホールがいることが わかっています。 これらを巨大ブラックホールと呼びます。 60/65 我々の住む銀河の中心 太陽の100万倍ぐらいのブラックホールがある。 61/65 天の川銀河中心X線写真 アニメーション 30光年 太陽の100万倍の巨大ブラックホール ©CXC 62/65 すざくで見た銀河中心 硫黄 アルゴン カルシウム 鉄 鉄の2本の特性X線 =1億度ぐらいの高温ガス ~200光年 銀河中心 銀河中心には、温度1億度の高温ガスが充満している。 なぜ?ブラックホールの影響?超新星爆発? すざく衛星が挑む、最大の謎の一つ。 63/65 宇宙最大の巨大ブラックホール 乙女座にあるM87銀河 X線写真 普通の光 ジェット 太陽の1億倍の重さの ブラックホール 64/65 ブラックホールの重力の証明 すざくでとった、MCG6-30-15銀河の 巨大ブラックホールのスペクトル 鉄 鉄の特性X線の形が、 すごくゆがんでいる。 本来の形 ブラックホールの 強烈な重力の影響 一般相対性理論 の予言と一致。 65/65 巨大ブラックホールはどこで生まれる? 最近までよくわかっていなかった。 巨大ブラックホールと恒星ブラックホールの間の サイズのものを我々が発見! M82銀河のX線写真 •恒星ブラックホール 太陽の10倍ぐらい •中質量ブラックホール 太陽の1000倍ぐらい •巨大ブラックホール 太陽の100万倍以上 どうやらブラックホールは 成長するらしい。 66/65 日常生活とブラックホール ブラックホールは、強烈な重力のため光も吸い込みます。 これは、重力の理論である一般相対性理論で理解できます。 一般相対性理論は、日常生活でよく使うある物に 欠かせません。なんでしょう? 答:カーナビ 67/65 カーナビ GPS衛星 GPS衛星と電波で通信し、 自分の位置を算出。 地球の重力の電波に対する 影響を考慮しないといけない。 その理論こそ相対性理論 みなさんが社会に出るころには、相対性理論の理解は 必須になっているでしょう。がんばってください。 68/65 まとめ • • • • X線はエネルギーの高い光の一種である。 したがって温度の高いものから出る。 ブラックホールは強烈な重力で光も吸い込む。 しかし、ブラックホールは物を吸い込む時に高温 ガスを作るので、X線で光る。 • ブラックホールには3種類 – 恒星ブラックホール…太陽質量の10倍程度 – 中質量ブラックホール…太陽質量の1000倍程度 – 巨大ブラックホール…太陽質量の100万倍以上 69/65 さいごに 我々日本のX線天文グ ループは、2012年ごろの 打ち上げを目指し、 ASTRO-H衛星の開発を 進めています。 ASTRO-H衛星計画 みなさんが大学に入学し て、卒業研究をするころ には、素晴らしいデータ が得られることでしょう。 一緒に研究しましょう 70/65 以降バックアップ 光の色 (虹) X線、光…電磁波という波 電気と磁気が交互にうねりながら進む (電気力の元) 他の波の例: 水の波 (磁気力の元) 72/65 波の他の例:音波 音(音波)=空気自身のうねり 波長によって音が変わる。 波長が長い…低い音 波長が短い…高い音 波長が波の性質を決める! 73/65 光という波 (電磁波) 波長 音 光 短い 高い 青い 長い 低い 赤い 光の性質も、波長で決まる! 74/65 物体の温度と波長の関係 物体の温度: T (絶対温度 K) 物体が出す光の波長: L (cm) 絶対温度とは 普通の摂氏の 温度に273度 足したもの。 波長と温度は、おおよそ次のように反比例 L = 0.3/T 実例1:太陽(6000度)の場合、L=0.3/6000=10万分の5cm 黄色い光はだいたい10万分の6cm だから、ほぼ正解! 実例2:人間(310度)は、L=0.3/310=1000分の1cm これは赤外線。だから赤外線カメラで暗闇でも見える。75/65 X線を出す星の温度は? 波長と温度は、おおよそ次のように反比例 L = 0.3/T X線は原子一個分の長さぐらい L=0.00000001cm=1億分の1cm 方程式を立ててみよう。 1億分の1cm = 0.3/T (答) T=3000万度! 76/65 なぜ色と温度・エネルギーが関係する? 簡単には答えられません。申し訳ありません。 大学で、物理を勉強すればわかります。 電磁気学…電気と磁石の学問 量子力学…原子の世界の学問 熱統計力学…熱に関する学問 どれも、現代の全てのテクノロジーの基礎です。 しっかり勉強してください。 77/70
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