知的財産の価値 に対する経営学的視点

ライセンス・ビジネス
高橋伸夫
東京大学 大学院経済学研究科 教授
日本経営行動科学学会
2007年2月24日
問題提起:発明に対する二つの評価
A) 発明を科学的・技術的にどのように評価す
るのか
B) 発明をビジネスの現場で金銭的にいかほど
に評価するのか
五つの経営学的視点
二つの評価は
全く異なる
実際の企業行動と市場取引に関する
五つの経営学的視点
1. ライセンス・ビジネスの実態を踏まえた特許
権の金銭的価値
2. 発明者である研究者・技術者自らがリスク
を負担して起業した場合の創業者利益
3. 経営戦略論のリソース・ベース理論に代表
される視点
4. モチベーション理論から見た金銭的報酬の
効果
5. ライセンス契約を核としたアライアンス
1. ライセンス・ビジネスの実態を
踏まえた特許権の金銭的価値
特許権をはじめとする知的財産権の金銭的価値は、
本来、会社の内外の代替的な経営的選択肢との比
較によって経営判断されるものである。
たとえば、会社が他社の特許権のライセンス供与を
受ける際には、当該特許を回避するためのコストと
比較して、ライセンス供与を受けた方が安上がりで
あるという経営判断があったときに、はじめて実施
許諾契約として取引が成立する。
したがってその実施料は、当然、当該特許の回避コ
ストを下回る水準になっていなければならない。
比較考慮される主要コスト
A) 研究開発コスト: たとえば、自社内の研究開発部
門に対して、どの程度の額の研究開発予算をつ
ければ、3年以内に当該特許を回避できる技術開
発が可能になるのかが検討される。
B) 訴訟コスト: 一般的には、当該特許の無効審判請
求等を行うときの手続費用、あるいは相手側から
特許侵害の裁判を起こされたときの裁判費用とそ
れにかかわる社内の作業量が考慮される。
C) 仮に、その会社の主力製品で、十分に売上も利
益も上げている製品と競合する新製品の特許で
あれば、その特許は社内で封殺され、それを使っ
た製品化は行われないであろう(もちろん他社にも
使わせない)。
2. 発明者である研究者・技術者自らがリスク
を負担して起業した場合の創業者利益
現実の創業者利益はそれほど高い水準には
ないが、従業員発明家の相当対価は、その
創業者利益を下回るはずである。
なぜなら、仮に、雇用契約のもとでの相当対
価が創業者利益よりも高くなるようであれば、
会社側にとって、研究者の生涯給与プラス相
当対価のコストを要する雇用契約よりも低コ
ストの他の選択肢が利用可能となり、会社側
は雇用契約を選択しなくなるからである。
地裁判決が認定した相当対価604億円
全株式の売却額
創業者利益
特許権の売却額
雇用契約における相当対価
3. 経営戦略論のリソース・ベース
理論に代表される視点
リソース・ベース理論によれば、超過利益分は、そ
の会社がそれまで培ってきたユニークな(他社が容
易に模倣できない)能力に加えて、不確実性下で会
社側が不断に行ってきた積極的投資に由来する。
超過売上高や超過利益の源泉となる市場での優位
性をたんに基本特許だけで維持できるものではない。
他社に先駆けて高リスクの研究開発に投資を行い、
いち早く事業化までこぎつけ、その事業化プロセス
から出てきた数多くの特許やノウハウ、さらには製
造装置まで自製することで優位性を固めることがで
きる。
競争優位の隅石 by Peteraf (1993)
異質性
模倣不可能性
青色LED+
黄色に発光する蛍光体
多くの特許とノウハウ
競争優位
競争の事前制限
取引不可能性
セレン化亜鉛ではなく
窒化ガリウムに的を絞る
青色LED製造装置の自製
4. モチベーション理論から見た
金銭的報酬の効果
本来、相当対価は、事業化に成功した後に金額算
定をするものではない。そもそもは、事前にどのよう
な相当対価の算出ルールを設計しておけば、従業
員が職務発明に懸命に取り組むようになるのかとい
う観点から、報酬システムを設計すべきである。
しかし、金銭的報酬に絞った報酬システムでは、モ
チベーション的にうまく機能しないことが分かってお
り、相当対価は、雇用契約のもとでのより広い内的
報酬をも含んだ報酬制度の一部として位置付ける
必要がある。
5. ライセンスを核としたアライアンス
青色LED訴訟のその後の顛末
和解後1年で日亜化学が404特許を放棄
維持の必要性と維持費用のバランスの問題
アライアンス形成の1ピースにすぎなかった
2002年9月19日 中間判決: 404特許は日亜化学に帰属
2002年11月6日 米クリー社とクロス・ライセンス契約
2004年1月30日 地裁判決: 発明対価604億円
2005年1月11日 高裁で和解
2005年2月10日 米クリー社と白色LED含むクロス・ライセンス契約
2006年2月10日 404特許の権利放棄を発表
参考文献
Peteraf, Margaret A. (1993) "The cornerstones of
competitive advantage: A resource-based view,"
Strategic Management Journal, 14, 179-191.
高橋伸夫 (2005)『〈育てる経営〉の戦略―ポスト成果主義への
道-』講談社.
高橋伸夫 (2005)「知的財産とインセンティブ」『日本知財学会
誌』2(1), 43-54.
高橋伸夫 (2006)「ライセンス・ビジネスと技術者の報酬」『オペ
レーションズ・リサーチ』51(8), 487-492.
高橋伸夫 (2006)「ライセンス・ビジネス概論」『赤門マネジメン
ト・レビュー』5(9), 581-613. http://www.gbrc.jp/
高橋伸夫・中野剛治(2007)「ライセンス・ビジネスとアライアン
ス」『研究年報・経済学』(近刊).
高橋伸夫・中野剛治(共編著)(2007)『ライセンシング戦略』有斐
閣(近刊).