継承語日本語教育 なぜ難しいか。 どうすればいいのか。 理論 継承語とは? • 親が子に伝える言葉 • 子どもにとって最初は母語 • 子どもが社会の成員になるにつれ現地語が「強く」 「仲間との言葉」に変わっていくため、「母語」とは言 い切れなくなる。 • しかし外国語になるわけでもない 継承語日本語教育に関わる層 外務省24年度調査(データは2011) 東欧 長期滞在邦人 永住者 1位 ロシア(2261) ハンガリー(254) 2位 チェコ(1304) ポーランド(233) 3位 ハンガリー(1040) チェコ(219) 継承語日本語教育に関わる層 外務省調査(ハンガリーの状況) 長期滞在邦人 永住者 1996 456 43 2001 802 73 2006 951 222 2011 1040 254 0~15歳層でも100名程度はいるものと考えられる 継承語学習者の特徴 • 語彙の不足、簡素化された会話(助詞・接続詞の 欠如、不自然な文末、敬語)、書き言葉が不得手 • 学習者により未発達領域の個人差が大きい 継承語教育の難しさ ① 継承語教育そのものに対する迷い 1. 継承語教育は必要なのか。なぜ必要/不必要な のか。 2. 継承語教育が必要だと考えているのは誰か。 継承語教育の難しさ 個人レベルの継承語教育の意義 • • • • 継承語能力が高いと外国語習得が楽。 現地校での学業成績もよい。 情緒面も発達。交友関係もよく課外活動にも積極的になる。 複言語、複文化能力が獲得できる。(他者に対する理解力が上 がる。) 国レベルの継承語教育の意義 • 国の財産となる。(移住者が持ち込んだ言葉は国の財産) →「なぜ必要か?」「だれが必要としているのか?」の答え になっていない。 継承語教育の難しさ ② 家庭により言語使用状況にばらつきがある 1)海外に永住するのだから家でも現地語を使用する「現地語重視型」 2)親の言葉や文化を伝えるのは大事。だから家では日本語を使用す る「母語重視型」 3)成り行きにまかせる「自由放任型」 4)親の母語も現地語も大事「2言語重視型」 • 父母が「母語重視型」「2言語重視型」を望んでいても、それ ができない場合がある。 • 同じ家庭でも、家庭を取り巻く状況、子供の性格、その他の 理由によって時期により言語使用状況が変わる場合があ る。(同じ家族でも兄弟への対応が異なったりする。) 継承語教育の難しさ ③ 親の過度の期待、子の非自発性 親 •外国語の場合は加点法、継承語の場合は減点法 •実際には子どもが片言しか日本語ができなくても高度な日本 語能力と高度な文化能力の習得を望む。 •継承語教育校(補習校など)に過度に期待する 子 •日本語習得に対する消極的姿勢 •学習ストラテジーの欠如(自然習得の枠から出ない) •日本語を使うと親からイライラされるので使いたくない •親に言われるので継承語学校に行く。でも本当は違うことをや りたい。 継承語教育の難しさ ④ 一般的に意義が認められていない ないないづくし教育 •教師がいない。資格がない。 •よい教材がない。言葉のレベルと知的レベルが合わない。 •方法論が未発達。常に手探り。 •永住国や日本側のバックアップがない。 •補習校はあるが目的と実際のニーズがずれている。 •就学年齢以下の子へのバックアップ制度がない。 •教師・教室・教材の確保、資金集め、生徒集め、ネットワーク拡 大をすべて親が負担。補習校の場合、負担が一部の保護者に 集中。 継承語教育の難しさ ⑤ 周りに理解されず、迷う 子ども 「学校の宿題だってたくさんあるんだよ!」「ダンスクラブに行きたい。」 「学校のプログラムがあるのに。私だけ日本語学校?またみんなに白 い目で見られる!」「意味ないじゃん!」 夫 「なんで週末まで学校に行かせるんだよ。」「ハンガリーで生まれて、ハン ガリーで育っていくんだろ。」「子どもがかわいそうじゃないか。」 知り合い 「やっぱり日本語がちょっと変ね。」「え、日本語できないの?」「外国に住 んでるの?うらやましいわ。バイリンガルね。」 継承語能力の種類 • 読解力の保持は発音や会話の流暢さ、つまり話し言葉の保持 と関係がある。 • まずは会話型バイリンガルを目指す。 家庭での対応 0-2歳:日本語で愛情を持って話しかける 2-6歳:お話や本の読み聞かせをしながら親子で話し合う。 6-9歳:一緒にテレビを見たり、読み聞かせをしたり、音読させ たりしながら親子の会話・交流を図る。 9-13歳:この時期に日本に行くと文化の差に対する理解や比較 ができるようになる。 • 2つの言葉に接触するという理由だけで、ことばが混乱したり、 話し始めるのが遅くなったり、どちらのことばを使うか子どもが 迷うことはない。 • 無味乾燥な教授ではなく、意味のある活動を通して日本語に触 れるようにする。 特効薬はない 注意点 ① 子供への基本的態度 • 2歳でバイリンガルになると4歳で(現地語の)モノリンガルにな る。2歳で(日本語の)モノリンガルの子は4歳でバイリンガルと なる。 • 一貫した態度で日本語使用を習慣化する。(日本語にハンガ リー語の言葉をまぜたり、子どもがわかっていないとハンガリー 語で言い換えたりしない) • 「日本人とは日本語を使うのが礼儀だ。だから私とも日本語で 話しなさい。」「日本の親戚もあなたと話したいのよ。」など日本 文化の価値、親の考え方、感じ方を教え、願いを語る。 • 願いを語るだけではなく、親戚や知り合い、友達とのネットワー ク構築に力を入れる。子どもにとっては日本語を話す、日本語 を一緒に学ぶ仲間が最も大きなモチベーションとなる。 注意点 ② 家庭内会話の質の変容 • 家庭内での会話は単語レベルで足りるし話題も日常的なことに 限られることを意識。 • 幼稚園や学校のことを日本語で話すのは難しい。でもそれが チャンス。言い換えや情報提供(ブランコで遊んだの?休み時 間に友達と話したの?)をしながら話をつなぐ。 • 忙しくて子どもと接する時間が短くても、読み聞かせ、音読など、 親子が一緒に何かをし、内容などについて話し合う場を意識的 に設ける。 注意点 ③ モノリンガルの立場から批判しない • ハンガリー語が干渉して日本語が変になるのは普通。「え?」と 聞き返し、リキャストするなどして時間をかけて対応する。 子:きのう、アパにてつだったよ。 親:え?何て言ったの?(聞き返し) 子:きのう、アパにてつだったよ。 親:あ~、パパを手伝ったの?(リキャスト) 子:うん、パパを手伝った。 親:えらいわね~。 • 子がハンガリー語で話してきたときには、(バイリンガル故に起 こる)何か理由がある可能性がある。怒る前に原因をさぐる。 調査・実践 直接的なサポート ボン日本語補習校幼児部 背景:身近な情報以外の読み書き弱い① 共通の情報・認識を持たない近親者以外と のコミュニケーション弱い② 1.「テーマを決めて活動」 2.「持ち帰りタスク」 • その日のテーマに沿ったタスクを家に持ち帰り家族と共に完成 させる。 • 家庭内会話を日常的・習慣的なものから脱却させる① 3.「共有タスク」 • 次の集まりで、持ち帰りタスクの成果を教室で話し合う。 • 他者からの情報による日本語知識の拡大、共通情報がない人 との対話、「1対多」のコミュニケーション② ボン日本語補習校幼児部 テーマ:力を合わせて ①「スイミー」の読み聞かせ ②1人1人に役割があることについて話し合い。 ③それぞれの手形で大きな魚をつくる。(自分に役割 があることを意識づける) ④手遊び歌「このゆびパパ」(家族にもそれぞれ役割 があることを意識させる。) ⑤持ち帰り家族「かぞくの木」 ⑥(次の回で)それぞれのかぞくの木について説明し あう。 ボン日本語補習校幼児部 背景:家庭での読み聞かせは重要。③ 教師と保護者との情報交換が不足しがち④ 4.「読み聞かせカード」 • 書籍情報、私(親)の感想、子の感想、先生のコメントの欄があ る。 • パパやママへの宿題。でも提出は自由 アメリカの某継承語学校 背景:日本の教科書に縛られた教育は継承語教育 に合わない。① 継承語教育は言語教育のみに偏りがち 考える力、社会性、情緒の面もプログラム に盛り込むべき① 学習者にとって意味、興味、学習価値のあるコンテン トをベースにしたプロジェクトアプローチによる学習を 行う。 アメリカの某継承語学校 「クラスのうさぎのえさ代を自分たちで集めよう」 ↓ 「じゃあお菓子を売ろう」 ↓ 「どうすればお金が集まるだろう。」 「集まった金はどうすればいいだろうか。」 ↓ 「ポスターつくろう」「ポスターはろう」 ↓ 「商品に名前を書こう」 ↓ 「日本語で計算できるようにしよう。」 ↓ 販売 ↓ 「お礼状を書こう」 間接的なサポート アメリカ某補習校 以下の3つの要素についての相関関係を調査 ①補習校のイメージ ②日本人としてのアイデンティティ ③自身の日本語への自信 結果 自分は日本人だと思う子は・・・ 1.補習校に対してポジティブなイメージを持っている 2.自分の日本語に自信を持っている。 日本人としてのアイデンティティを持つことは継承語能力向上に よい影響を与える。 環境づくり1 • 日本語や日本文化がハンガリー人に一目置かれる言語文化で あると子どもが感じれば、ハンガリー語+日本語になりやすい。 (アディティブ・バイリンガリズム) • 日本語や日本文化が有用と感じない、人前で日本語を話すこと に子が恥ずかしいと感じてしまうと日本語・日本文化を切り捨て てしまいバイリンガル環境にありながらハンガリー語のモノリン ガルとなってしまう可能性が高くなる。(サブトラクティブ・バイリ ンガリズム) • 最悪の場合、ハンガリー人社会のメンバーになるために日本 語・日本文化を切り捨てたもののハンガリー人からは「日本人」 と言われ、一方で日本語・日本文化を切り捨てしまったため親 子のコミュニケーションの断絶を生んでしまう。 環境づくり1 子どもに日本語、日本文化に一目置かれるような状 況を経験させることはバイリンガルへの環境づくり の1つとなりえる。 ・マンガ、アニメ、コスプレ、キャラクター ・空手 ・J-pop ・雑誌や絵本 • 友達から「スゲー」と言われるもの その他 スイス某日本語学校 • • • • 週1回(90分授業1回) 6歳~20歳(7クラス) 成功者の体験談が学校に語り継がれている。 身近な人の語りは説得力があり、それが保護者・学習者の大き なモチベーションとなっている。 ①日本語は自分の意志ではなく母から与えられたもの。 ②日本語学校には入ったが惰性的に学ぶ。 ③18歳のとき、愛知万博のスイス館で働く。(日本語ができたことで夢が かなう。日本語に積極的に。) ④21歳のとき、自らボランティアとして日本へ。リアルな日本を体験し友 達をたくさんつくる。 ⑤先生に細々でもいいから続けてと言われてやったこと、母に日本語と いう(新しい扉を開ける)鍵をもらったことに感謝。 ⑥日本語ができないまま大人になったまわりの仲間は「どうしてもっと厳 しく日本語教えてくれなかったの」と言っている。 ⑦みんなも「鍵がもらえる素晴らしさ」を信じてがんばってほしい。 環境づくり2 • 大きい子が小さい子に日本語を教えるような機会を 与える。 • 例えば学校説明会でも保護者が保護者に説明をす るだけではなく、生徒が(入学予定者を持つ)保護者 に説明する機会を与える。 ドイツ某補習校9校 背景:継承語保持を望みながら親子間のやりとり がドイツ語にシフトしてしまう場合がある。 家庭内の日本語使用にポジティブな影響を与える条件につい て調査 結果 1.日本人親のドイツ滞在が長く、ドイツ語力が高くなる程、家庭 内での日本人親のドイツ語使用/混合は増える。ただし・・・ 2.配偶者の日本語力が高い。あるいはそうでなくても配偶者の 日本語使用が多ければ日本人親も日本語を使う。 3.子が親に日本語を使用するかどうかは親が日本語を使うか、 ドイツ語使用/混合するかに関連している。 つまり、配偶者の家庭での日本語使用が鍵となり得る 環境づくり3 • 親が日本語で話しても子が現地語で話すようになる と「聴解型バイリンガル」で止まってしまう。 • 夫に妻の気持ちを理解してもらい(家庭内で少しでも 日本語で話すよう)協力してもらえれば、(この状況を 食い止める)1つの環境づくりとなり得る。 どうすれば・・・ 環境づくり3 (子どもが日本語を話したがらない) 妻:あなた、何とか言ってよ。 夫:いいじゃないか。/ (子どもに)ママと日本語話さないと今度の誕生日 プレゼント無しだぞ!/ なんで話さないんだ。原因は何なんだ。/ 何か教え方が悪いんじゃないか。/ お前が怒るからじゃないか?/ それは大変だね。ママもつらいね。(以後対話) 環境づくり3 (子どもを補習校に入れることにした) 妻:あなた、子どもをみどりの丘日本語補習校に入れることにし たわ。 夫:そういうの必要ないって言ったじゃないか! 妻:あなたは私の気持なんて全然わかってくれない! 妻:(子どもに)「パパがみどりの丘、行くなって」 子:・・・・・ 夫:なんだよ、俺が悪者かよ。 夫:へーそうなんだ。いい学校だといいね! 環境づくり3 夫が例え休みに家でゴロゴロしていても、ものがちゃんと片付け られなくても「そういう生き物だ。」と思いましょう。そして逆に時 間をあたえて好きなことをさせてあげましょう。そして、「パパは とても大切な人なんだよ。」と子どもに言い、実際夫を大切に (するふりを)しましょう。夫はプライドだけで生きているようなも のです。プライドを満足させて、あなたの話を聞いてあげよう じゃないか・・という状況に持っていきましょう。 『夫は犬だと思えばいい。』(集英社) カーロリ大学日本学科 カーロリ大学日本学科にも継承語日本語学習者が入学 してくる事例がある。 (過去の入学生) ①日本人親と同居。読み書き型バイリンガル ②日本人親と同居。聴解型バイリンガル ③日本人親と別居。ハンガリー語モノリンガル • モノリンガルと言っても日本語についての知識はある。また日本的なも のへの理解力が高い。 • 聴解型バイリンガルの学生は日本人だということでいじめられた経験 があるしかし親はその事実を知らない。日本人でいるのが嫌で親に日 本語で話しかけられても絶対に日本語で答えなかった。 • それでも自分のルーツに非常に興味を持ち。お父さん、お母さんと日 本語でコミュニケーションをしてみたいという気持ちが強い。 • 卒業後日系企業で通訳をしている者もいる。日本人的対応ができると のことで人気があるらしい。 環境づくり4 • 現地語が家庭内での生活のことばとなっている場合、 「日本語で話せ」と言っても話せない。 • 継承語学校の授業にもついていけず日本語が嫌に なる。 • こういう場合は「継承語としての日本語」にこだわら ず「外国語としての日本語」でハンガリー語を使いな がら日本語力を伸ばせばよい。 • ルーツを知りたいという気持ちは持ち続ける。大人に なってから日本語を始めても遅くはない。 環境づくり4 継承語教育の教材は非常に限られている。しかし日本に長期滞 在・永住する子供用の日本語教材も役立つ可能性がある。 スリーエーネットワーク 小学校「JSL国語科」の授業作り (外国人児童の「教科と日本語」シリーズ 小学校JSLカリキュラム「解説」 (外国人児童の「教科と日本語」シリーズ こどものにほんご〈1〉〈2〉外国人の子どものための日本語 こどものにほんご〈1〉〈2〉れんしゅうちょう―外国人の子どものための日本語 こどものにほんご〈1〉〈2〉絵カード―外国人の子どものための日本語 絵でわかるかんたんかんじ80―外国人の子どものための日本語 絵でわかるかんたんかんじ160―外国人の子どものための日本語 絵でわかるかんたんかんじ200―外国人の子どものための日本語 児童・生徒のためのわいわい日本語活動集―外国人の子どものための日本語 凡人社 ひろこさんのたのしいにほんご(1)(2) 子どもといっしょに! 日本語授業おもしろネタ集(1)(2) アスク こども にほんご 宝島 ぎょうせい にほんごをまなぼう(1)(2)(3) 環境づくり4 • スイスのバーセル(継承語)日本語学校では15歳~20歳までに 日本語能力試験N2に合格することをを目指している。(漢字 1000、語彙6000程度) • 日本国籍を持つものは文部科学省派遣の留学はできない。し かし大学間協定の交換留学で日本の大学に行くことは可能。こ のときに必要とされるレベルもN2である。 • N2があると、国家外国語試験上級が取得可能となる。 • 日本語能力試験は年に1回。しかしJ-catというオンライン無料 テストを利用すれば日本語レベルが測定できる。(日本の中学 生ぐらいか http://www.j-cat.org/ ) まとめ まとめ • 特効薬はない。 • なぜ継承語日本語教育が必要か考え、親の考え・願いを子に 語る。 • 家庭内の日本語を変容させることを意識する。 • 子どもは悪くない。子を変えようとするのではなく環境を整える。 • 加点法で考える。 • 子どもが日本語を使わなくなったときは原因を探り親としての願 いを語る。 • いつでもスタートできる。 • 日本を知りたいという気持ちはなくならない。 • 外国語として日本語を学習しても(ハンガリー人に比べ)文化的 コンピテンスが高い学習者となれる。 お願い • (国際結婚組の)日本語教師が集まって継承語日本 語についての勉強会を立ち上げようかと考えていま す。 • 学習者、保護者、教師に日本語教育の立場から何 らかの提言ができるよう、勉強していくつもりです。 • これと並行して、ハンガリーの継承語日本語教育の 実態把握を行いたいと考えています。もしそうなりま したら、ご協力の程何卒よろしくお願い申し上げます。
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