2016年7月号

PwC’s
View
特集 :
Vol.
サイバーリスクへの対応
3
July 2016
www.pwc.com/jp
2
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
3
目次
PwC’s View Vol.
巻頭インタビュー
信頼回復と発展に向けて
~関根愛子パートナーに聞く、今後、公認会計士に求められること~……………………………………………… 4
特集
サイバーリスクへの対応
●サイバーリスクへの対応を高度化するために現状を評価するポイント
… ……… 11
●サイバー・セキュリティ・リスクの開示に係る動向
… ………………………………… 15
●ビジネスエコシステムにおけるサイバーリスクへの対応
〜企業単独のサイバーリスクへの対応からの脱却〜… ………………………………………… 20
会計/監査
●事例で読み解くIFRS第15号
「顧客との契約から生じる収益」
─業種別傾向と対策 第3回 電気機器業界……………………………………………………… 24
● IFRS
ICによる却下通知(リジェクション・ノーティス)
~IFRS解釈指針委員会での議題から却下された論点~
IAS第1号「財務諸表の表示」… ………………………………………………………………… 28
●IFRS第16号
「リース」の概要
………………………………………………………………… 31
ソリューション
●リスク分担型DBの概要
【年金改正解説③】
… …………………………………………… 36
●PwC
IPO│IPOにおける資本政策… ……………………………………………………… 40
海外
●シンガポール2016年度政府予算案の概要
… ………………………………………… 44
トピックス
●宮城県および岩手県における震災復興活動への参加
~東北未来創造イニシアティブ人材育成道場への会計士派遣~… …………………………… 48
ご案内
書籍紹介……………………………………………………………………………………………… 51
PwC Japan調査/レポートのご案内… ……………………………………………………………… 53
海外PwC日本語対応コンタクト一覧… ……………………………………………………………… 55
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
3
│巻│頭│イ│ン│タ│ビ│ュ│ー│
信頼回復と発展に向けて
~関根愛子パートナーに聞く、
今後、公認会計士に求められること~
企業のグローバル化と経済活動の多様化、そして求められるガバナンスの高度化により、経済社会の基盤を支え
る公認会計士への要請は高まっています。また、新たに医療法人や社会福祉法人、農協への会計監査の義務化
が進められるなど、公認会計士の活躍するフィールドは広がっています。その一方で、財務諸表の信頼性を揺る
がすような会計不祥事が世間を騒がせるなど、監査業界のあり方が問われてもいます。そのようななか、PwCあら
た監査法人の出身者としては初めて、7月に日本公認会計士協会(JICPA)会長へ就任することが決まった関根愛
子パートナーに、
「PwC’s View」
編集担当の市原が、就任に向けた抱負や、今後の取り組みについて聞きました。
インタビュー:市原順二パートナー
文:小柳暁子
(PwC’s
4
View編集担当)
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
巻頭インタビュー│信頼回復と発展に向けて
関根 愛子
(せきね・あいこ)
PwCあらた監査法人 パートナー
2007 年から 2010 年まで日本公認会計士協会常務理事(倫理担当)、
2010年より現在まで同協会の副会長を務めるなど、会計士業界の発展に
長らく寄与。金融庁企業会計審議会委員、企業会計基準委員会委員など
もつとめる。2016年7月に日本公認会計士協会会長に就任予定。
監査強化への取り組み
市原:JICPAの会長ご就任の決定、お
れますが、私自身は、男女雇用機会
めでとうございます。監査のあり方が
均等法施行の直前にこの業界に入り、
厳しく問われる状況のなか、また女性
女性が少ないなかで仕事をすること
関根:これまで幾度となく大きな会計
初の会長ということでも注目されてい
にも慣れていますし、現在は副会長で
不祥事が発覚している状況であり、現
ますが、まずは率直なご感想をお聞き
ある私も入れて JICPA の本部の役員
在の状況は、特定の企業や監査法人
のなかにも現在 7 人女性がいますの
だけの問題にとどまらず、公認会計士
で、今までそれほど特別な気負いはあ
監査の信頼を揺るがすものとして強
女性初のJICPA会長として
りませんでした。しかし、実際に就任
い危機感を持っています。従って、ま
が決まって会長が女性であることがこ
ずは公認会計士一人ひとりがそのこと
関根:会長に就任することが決まって、
んなにもニュースになるのだと改めて
を認識し、一丸となって改革に取り組
改めて大変な重責であるということを
実感し、女性のさらなる進出を促すこ
む必要があると考えています。
ひしひしと感じています。もちろん、
とは 意 識していきたいと思っていま
具体的には、JICPAは、昨今の度重
監査のあり方が厳しく問われる時期に
す。私の就任をきっかけに、後に続く
なる会計不祥事に係る JICPA の調査
してもよろしいでしょうか。
会長になることについては、立候補す
人が自然に出てくるようになればよい
内容を踏まえ、1 月 27 日に臨時の役
ると決める時にも、これはかなりの覚
ですし、業界全体に関わる施策を考
員会を開いて「会長通牒」を公表しま
悟がなければつとまらないと考えてい
える人のなかでの女性の割合がもう
した。これは「会長声明」
とは異なり、
ましたので、相当な覚悟を持って臨ん
少し増えてほしいと思います。また私
会員である公認会計士が順守すべき
でいるつもりであり、
「信頼回復と発展
が初の女性、ということで公認会計士
ものとして 規 範 性 が あるもので す 。
に向けて」をキーワードとして考えて
という職 業 により多くの 方 が 興 味を
JICPAとして、3 月決算の監査の時期
います。そしてこのような時期に就任
持っていただけるなら、ありがたいと
を迎えるに当たり、監査人が特に留意
する私の役割は、まずは、公認会計士
思っています。
する点を明示し各会員が真摯に監査
全力を挙げて取り組むことだと思って
市原:不適切な会計処理をめぐる会
のとして、発出しました。そして、これ
います。私たちの職業は、財務諸表に
計不祥事に関連して、監査に対する
を発出するだけではなく、2 月に特別
信頼を与える事ですから、信頼がなけ
信頼が揺らいでいることに対する危機
研修を開催した他、
「特別レビュー」
も
監査に対する信頼回復と向上に向け、
業務に取り組むことを強く要請するも
れば成り立ちません。ですからそこは
感というお話がありましたが、JICPAと
実 施しました 。通 常 、
「 品 質 管 理レ
大きな危機感を持って、業界全体の
してこれまで取り組んでこられた施策
ビュー」は監査が終了してから実施す
問題として、監査環境を改善し、監査
とその経過についてお聞かせいただ
るものですが、この特別レビューは、
を強化する施策に取り組んでいくつも
けますでしょうか。また、今後必要な
各監査事務所に 3 月決算の監査に備
りです。
取り組みとして考えられていることが
えてもらうために、監査終了前に特別
女性初の会長ということもよく言わ
ありましたらお聞かせください。
に実施したものです。全ての上場会社
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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人の話を聞き、
人と話すことが好きなことは、
公認会計士に必要な資質
育成していくことも、重要だと考えて
います。
市原:人材の育成という点では、ある
調査では、公認会計士は「機械に奪わ
れそうな職業ランキング」の 2 位に挙
げられるといった結果が出ているよう
ですが、公認会計士の魅力と将来性
について、どのようにお考えでしょう
の監査事務所に質問書を送り、また、
強化を進めています。特に、今回の問
か。また、公認会計士という職業を魅
非常に大きな企業の監査業務および
題を踏まえ、大規模な企業の監査業
力あるものとしてアピールするために
それを実施する監査事務所について
務を実 施 する監 査 法 人 に対しては、
お考えになられていることがありまし
は、実際に現場に赴きレビューしまし
JICPAが行う品質管理レビューのあり
たらお聞かせください。
た。
方の見直しも行っています。大規模な
そして同 時 に、
「監 査 強 化 対 応 会
企業の監査業務は、その手続きも膨
議」を発足させました。もともと JICPA
大であり、何年かに一度、決まった手
は自主規制団体として、業務に関する
順に沿って監査が行われるかどうかを
指 針を作り、研 修をし、品 質 管 理レ
見るだけでは形式的なチェックになり
関根:財務諸表監査は、公認会計士
ビューを行い、個別の事案に関する指
やすいため、違う目線で気付きを与え
の独占業務であり、試験合格者の多く
導、監督を行い、必要に応じて厳正に
るように見直したり、事前の分析に力
がまず行うのが監査業務の補助です
対処するというそれぞれの機能がある
を入れたりするように改善もしている
ので、公認会計士というと、数字とパ
のですが、この会議では、監査を強化
ところです。そのために品 質 管 理レ
ソコンに向かってひたすらチェックを
するためにどうするべきかを、それら
ビューを行う人 材の増 強も進めてお
しているイメージ があり、システム化
の機能横断的に議論してきています。
り、監査業界全体として、品質が保た
の導入が進むとそうした細かい作業
できることは既に手を打って進めてお
れるような仕組みに改善していければ
が機械に取って代わられる、と考えら
り、不正事例の研修の必修化など、こ
と考えています。
れやすいのかもしれませんね。しかし
うした議論の中で提案され、既に実行
これらが JICPAとしての直近の取り
実際は、そうしたチェックや確認の作
に移されたものもあります。これらの
組みですが、もう少し長い目で、監査
業をするだけでなく、その先に公認会
取り組みは私が会長となって引き継ぐ
の現場の状況を改善し、足腰を強くす
計士が考えて判断すべき領域があり
ことになりますが、まずは監査の現場
るような取り組みも必要だと感じてい
ますし、企業の経理・財務の方々や経
を強くすることが必要であり、それを
ます。不正というのは、パッと見て分
営者と対等なコミュニケーションを重
支えるために JICPAとしてどうサポー
かるものは少なくて、大半が、最初は
ね、経験を積み、信頼を積み上げてい
トできるか、市場や上場企業の理解
何となくどこか気になるけれど、原因
くことも大 切な公 認 会 計 士の仕 事で
を得るにはどうすればよいかなどにつ
がすぐには分からない、という形で現
す。またそうした経験を生かして、多
いて、さらに検討を重ね実行に移して
れてくるものです。従って、おかしい、
様な形で社会に貢献できる職業だと
いきたいと考えています。
と思ったら検証して追及できるような
私自身は考えています。
また、個々の事務所では監査を適
時間的な余裕を持つことと、判断力を
確かに多くの公認会計士の方が最
切に行っているつもりでも、やはり外
磨くことも大切ですね。そのためには
初は監査法人に所属し、財務諸表の
公認会計士の
魅力と将来性とは?
部の目を入れることも必要ですので、
十分な監査期間と監査時間を確保す
チェックに追いまくられるようにも感じ
自主規制団体として、自主規制機能の
ることと、正確な判断ができる人材を
る厳しい「修行」を積むわけですけれ
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PwC’s View — Vol. 03. July 2016
巻頭インタビュー│信頼回復と発展に向けて
ど、その出口を見せてあげることが大
切なのかもしれません。実際は公認
会計士でも監査以外に幅広い分野の
仕事がありますし、国際的な活躍の場
も開けています。またそういう
「修行」
をしたからこそ、その先にできる仕事
もあるわけで、監査法人に入った公認
会計士が必ずしもずっとそこで仕事を
しているわけではなく、私の同期にも
個人で独立して事務所を構え、地方
に、特に職業選択をする年代の高校
そういう意味では、
「数字を扱うのが
の名士として政財界の重鎮と対等に渡
生などに、公認会計士は実は多様な
好き」で「人と話すことが好き」で「国
り合う仕事をする方もいれば、経営者
分野で社会に貢献できる職業だという
際的に活躍したい」人にとっては、今
として活躍している人もいます。そう
ことを、JICPAとして継続的にアピール
の時代はとてもチャンスで、やる気さ
いうモデルとなる方の存在をもっと打
していくことが大切と考えています。
えあれば活躍のフィールドは開けてい
ち出していく必要はあるでしょう。
ると思います。私自身も帰国子女では
また、若いころに最初に行う
「修行」
市原:企業活動の国際化に伴い、日
なく、海外駐在経験もなく、一番長い
にしても、本来は、チェックするだけで
本の公認会計士も国際的な活躍が求
海外滞在経験は 8 週間の語学研修の
はなく、それほど難しくない部分にお
められるところです。関根さんは国際
みですが、日本での業務の中で英語
いてさまざまな 判 断 やコミュニケー
会 議 などでも活 躍をされてきました
を使う機会があり、PwC内の国際会議
ションを行って経験を積んでいくこと
が、日本の公認会計士がグローバル
や国際会計士連盟の会議にも参加さ
が重要であり、そうすることで、作業と
な舞台でも存在感を発揮するために
せていただいたおかげで、少しずつ
しての面白みも出てきます。今は監査
はどのようなことが必要だとお考えで
仕事の幅を広げることができました。
の現場でも余裕のなさが指摘され、作
しょうか。
もっとも、最初に国際会議に参加した
業をして考えて判断して、少し寄り道
ときには、発言のタイミングがつかめ
をして全体を見て、という本来あるべ
グローバルで
活躍するために必要なこと
ず悩みましたが、
「1日最低1 回は発言
しよう」
と自分を奮い立たせ、次に「午
時代に若手の公認会計士が作業だけ
関根:私は「人の話を聞き、人と話す
テーマずつ」
と、レベルを上げながら
で疲れ切ってしまうということがあるの
のが好きなこと」が公認会計士に求め
前向きに取り組んでいきました。国際
かもしれませんが、そのために入り口
られる重要な資質の一つだと考えて
会議は、会議外でのコミュニケーショ
き監査がしづらくなっている面がある
ように感じています。それで「修行」の
前と午 後 に 1 回 ず つ 」さらには 、
「1
の所だけで「つまらない」イメージを持
います。数字を扱う職業ですので、も
ンも重要であり、そのため、基本的に
たれてしまうのは残念ですね。システ
ちろん数字に強いことも重要ですが。
アフター 5 の 誘 い は 断らな い 、パ ー
ム化が一定程度進められれば、むしろ
また、併せて、国際性がある人材も多
ティーは最後まで帰らないことを方針
そういった時間不足などの若手がすり
く求められるようになっています。そ
としていたので、その努力も効いたの
減る要因は減っていき、公認会計士
れは、会計や監査の世界ほど国際的
かもしれませんが(笑)。
が判断する機会も増えるので、人材の
な基準作りやルールの国際的統一化
そのような経験をするうちに、洋の東
育成が進み、新しい分野を開拓してい
に力を注いでいる業界はなく、その輪
西を問わず共通的なところがあると感
こうと、活躍の場を広げる人も増えて
の中に参加し、日本の立場を発信でき
じる一方で、日本で当たり前と思ってい
いくと思います。こうした流れを推進
る人材が一定数いなければ、日本の
ることも、国によっては、当たり前でな
するとともに、それを踏まえて世の中
意見も反映されないからです。
いことも多くあると実感しました。例え
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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これから、公認会計士には
新しいスキルや多様な
能力が求められている
計士が活躍するように後押しする必要
があると考えています。
もちろん、大都市から公認会計士が
出張することも考えられますが、地域
の実情をよく知る、地元に根差した公
認会計士の需要が増えてくるのでは
な い かと思 います 。そういう意 味で
は、これまであまり公認会計士がいな
かった地域で業務をしていく方を増や
ば、
「利益」
と一口に言っても国によって
期待する領域は広がりを見せていま
していくことも必要ですし、大都市の
さまざまな考え方がありますよね。その
す。また監査の手法も今後大きく変化
監査法人で働いていたけれど家族の
ようななかで、真剣な議論を重ね、統
するのではないかといわれており、公
転勤で地方へ移られた女性の方など
一化を図ろうとするこの世界の醍醐味
認会計士にも新しいスキル や能力が
が、公認会計士として戻ってきてもら
を感じることができるようになりました。
求められ、今まで以上に多様なキャリ
うことも歓迎したいです。
日本人の公認会計士ではまだ少数
アを持った人材が必要だといわれて
二番目のアプローチは、前の話とも
派ですが、海外では国連の機関など
います。このように公認会計士が多様
関係しますが、女性の活躍を促進する
でも公認会計士が活躍しています。そ
な社会のニーズと新しい監査の潮流
ことを考えています。公認会計士の中
れはこうした会計的なバックグラウン
に対応していくために、何が必要だと
に占 める女 性 の 会 員 の 割 合 は 現 在
ドと国際的なコミュニケーションのセ
お考えでしょうか。
ンスを持つ人材が、あらゆる組織で求
められているからです。これから公認
会計士を目指される方には、ぜひ若
14%程度です。資格として一生続け
られる職業の割にはそれほど多くない
求められる人材の多様化
と思いませんか?私が、当時の公認会
計士第 2 次試験に合格した 1985 年
いうちから、こうした会 計士 同士の、
関根:社会のニーズの多様化に対応
は、合格者の中の女性の割合は 6%位
国を超えた連帯を感じるような経験を
するには、社会に貢献する公認会計
で、その後 10 年ぐらいは確かに伸び
して いってほしい で す ね 。そ の 点 、
士が活躍できる環境づくりが重要であ
て 20%位になったのですが、その後
PwCはグローバルなネットワークがあ
り、人材を確保していく必要がありま
頭打ちとなり、この 20 年はずっと横ば
るの で 、国 際 会 計 士 連 盟 の 会 議 に
すが、それにはいくつかの観点からの
いの状態が続いています。
行ってもたいてい PwC の人に出会え
アプローチがあると考えています。
こうした状況を踏まえ、JICPA は、
るので心強いですよ。海外で活躍した
まず一番目は、地方での公認会計
女性会員・準会員の活躍推進プロジェ
いという夢を持つ学生にも、公認会計
士の活躍支援です。公認会計士の業
クトチームを作り、報告書をまとめま
士がこのように世界に羽ばたける魅力
務は監査対象となる企業が多く存在
した。その結果見えてきたのは、資格
ある仕事であることを、JICPAとして
する大都市に集中する傾向があるた
を持つことで、専門職としてやりがい
もっともっとアピールしていきたいで
め、公認会計士自身も大都市に集中
を持って働き続ける女性が数多くいる
す。そしてよりグローバルで多様な経
しています。しかしながら、地方公会
一方で、せっかく資格を取っても、家
験をしたい方々にも、この職業を選ん
計基準の導入や、医療法人、社会福
族の転勤や出産をきっかけに仕事を
でほしいと考えています。
祉法人等の監査が開始される等、公
離れ、戻らなくなってしまう女性もいる
的・非営利分野での公認会計士の活
ということでした。そうした方々からは
躍が求められてきている現状や、地域
「育児中の女性が働きやすい職場環
市原:グローバル化だけでなく、医療
法人や社会福祉法人に対する監査制
創生、地域経済活性化の動きを考え
境を整えるとともに、いったん離職し
度の導入など、社会が公認会計士に
ますと、これからは、各地域で公認会
た女性が再就職できるような方法を
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PwC’s View — Vol. 03. July 2016
巻頭インタビュー│信頼回復と発展に向けて
考えるとよい」
「 専門職のため、5 年離
れると知識のキャッチアップに大変苦
労している」
との声も聞かれ、復帰へ
のハードルを意外に高く感じている方
も少なくないことが明らかになったの
です。そのため今後は、職場復帰する
方向付けの研修や話し合いの場など
を充実させ、復帰に対する心理的な
抵抗を少しでも下げるような働きかけ
もしていきたいと考えています。もち
の原価計算に興味を持って、食い入
立 場で、信 頼 回 復と発 展 に向 けて、
ろん女性のことだけ考えているわけで
るように聞 いてい たりするんで すよ
「公認会計士監査の信頼回復」
「社会に
はないのですが、優秀な女性が多く
(笑)。会計というのは経済社会を支え
貢献する公認会計士が活躍できる環
活躍するようになれば、優秀な男性も
るインフラですから、本来は誰にとっ
境づくり」
「公認会計士の多様性や国
さらに集まってくるのでは、という期待
ても生きていくのに重要な知識である
際性の促進と優秀な人材の確保」の課
もありますね。
はずです。そうしたベーシックな教育
題に取り組んでいく所存ですので、私
そして三番目のアプローチは、公認
に JICPAが関わることで、公認会計士
の出身母体としてその改革を支えてい
会計士が社会貢献できる場面を増や
は信頼できる経済基盤を支える存在
ただけるとうれしいですね。
し、多くの人々や団体との接点を持ち
なのだと一般の方にも感じてもらいた
それから、企業の方々には、新人の
ながら活動していくことです。信頼性
いし、
「将来公認会計士になりたい」
と
頃からさまざまなことを教えてもらい、
を付与する仕事として、公認会計士が
いう子 供たちが 増えてくれるとい い
経験を積ませてもらいながら育てても
貢献できる領域はまだあると思います
な、と思い描いています。
らったという思いがありますので、本
ので、いろいろな業界の方との対話
当に感謝していることをお伝えしたい
の中でアピールしていきたいと思いま
市原:最後に、PwC出身者として、共
です。私たち公認会計士は、若手の頃
す。実際に、事業承継などの中小企
に監査を行ってきた仲間や、クライア
ですと時に肩に力が入り過ぎることが
業の支援といったことも公認会計士が
ントである企業の方々へのメッセージ
あるかもしれませんが、経理・財務の
貢献できる領域として力を入れている
があればお願いします。
役職者の方々や、経営者とのコミュニ
ところであり、税務分野においても公
ケーションを通じて、公認会計士とし
認会計士としての視点からの貢献もで
関根:私は、この業界に入ってからは
て本当に必要な事を学び、一人前に
きるのではないかと思います。また、
ずっと PwCに勤めてきましたので、他
なっていく面があると思いますので、
企業に所属し違う立場で活動する公
との比較はできませんが、先輩や同
引き続き若手も含めてご指導頂けれ
認会計士も増えており、その支援も重
僚、後輩など、皆で議論を重ねなが
ば幸いです。
要と思っています。
ら、気が付くとここまでやって来られた
これからも、わが国経済の健全な発
その他にも、PwC あらた監査法人
という印象を持っています。何でも話
展のために、精いっぱい努力したいと
の公認会計士が、東北の被災地支援
しやすい環境をつくっていただいたこ
考えております。また、企業の方々か
の復興プロジェクトに取り組んでいる
とはありがたかったと思いますし、共
らもいろいろな意見を頂き、監査のあ
ことはご存知かと思いますが、これか
に監査業務を行ってきた仲間には、お
り方についても、議論を重ねていきた
らは例えば会計基礎教育に力を入れ
かしいことは「おかしい」
と指摘できる
いと思います。どれも私一人の力では
ることも重要と考えています。子供た
風通しの良い社風はこれからも大切に
できない事で、皆さんと力を合わせて
ちに会計の話をすると、意外と一緒に
守り育てていってほしいと伝えたいで
頑張りたいと思っておりますので、こ
来ていたお母さんたちが身近なもの
すね。そしてこれからは、JICPAという
れからもよろしくお願いいたします。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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特集
サイバーリスクへの対応
第 4 次産業革命(Industory4.0)、IoT(Internet of Things)
といったキー
ワードが、マスメディアに取り上げられる昨今において、私たちのビジネスに
おけるインターネットの存在が不可欠であることは、周知の事実であります。
これは、社会、経済、生活のあらゆる場面にコンピュータが進出し、もはや
日常生活は、ネットワークなしには成立し得ない状況となっていることを意味
しています。
社会活動が、ますますネットワークを介したサイバースペースというフィー
ルドに依存するにつれて、このフィールドの存在を前提とした「サイバー社
会」へと変貌を遂げています。そして、サイバー社会という環境で活動するこ
とは「サイバーリスク」に直面していることを意味しています。
私たちが実在している空間であるリアルスペースで防犯や防災を行うよう
に、サイバースペースでもサイバー攻撃に対して適切な対策を行い、被害を
未然に防ぐ取り組みをしなければなりません。その取り組みが「サイバーセ
キュリティ」
です。またサイバーリスクへの対応は、サイバー社会における社
会的責任を果たすことといっても過言ではありません。
よって、企業活動において法務、総務、経理、IT部門などのさまざまな部
門がリアルスペースでの企業活動に対応する取り組みを実施している一方
で、サイバー社会における活動についても、IT部門のみの対応ではなく、各
部における役割分担が必要であると考えられます。
本号では、企業がサイバー社会において社会的責任を果たしながらビジネ
ス環境に適応していくため、
「サイバーリスクへの対応を高度化するために
現状を評価するポイント」
「サイバー・セキュリティ・リスクに係る開示の動向」
「ビジネスエコシステムにおけるサイバーリスクへの対応」について解説して
いきます。
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PwC’s View — Vol. 03. July 2016
特集:サイバーリスクへの対応
サイバーリスクへの対応を
高度化するために現状を評価するポイント
PwC あらた監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部 マネージャー 二階堂
大輔
はじめに
サイバーセキュリティへの取り組みは、サイバーリスクに
セキュリティフレームワークのトレンド
1
応じた個々のコントロールの導入にとどまらず、マネジメント
態勢の構築へと拡大しています。これまで多くの日本企業
PwC の「The Global State of Information Security®
が、自社の情報資産の重要性に基づき情報セキュリティ対
Survey 2016」の調査結果 ※ 1 から、グローバルにビジネスを
策を採用してきました。しかしながら、サイバーリスクに関し
展開している企業の 35%では、2014 年 2 月にリリースされ
ては、例えば社員や委 託 先などの内部関係 者の脅威に加
た NIST Cyber Security Framework(以下、CSF)を企業の
え、外部からのサイバー攻撃が日常化し、手口も巧妙化して
セキュリティフレームワークとして採用、または併用していま
います。つまり、サイバーリスクは常に変化するものである
す。公表されてから3 年にも満たない、新しいフレームワー
ため、対策も継続的な見直しが求められます。以下では、貴
クがここまで浸透している調査結果は、グローバルでは、サ
社のサイバーセキュリティに対する堅牢性を高度化するた
イバーセキュリティへの対応へ力点がシフトしていることを
めの評価におけるポイントを紹介します。
示唆していると考えます。また、現在利用可能なセキュリ
ティフレームワークのうち、リスクベースのフレームワークで
ある CSFが、最新の標的型攻撃などに対応するために「検知
(Detect)」や「対応(Response)」も重視しているなど、サイ
バーセキュリティ対策の有効性を考える上で最も参考になり
ます。また、サイバーセキュリティの堅牢性評価においても
有効であると想定されます。
サイバーセキュリティにおける脅威の認識
2
サイバーセキュリティの堅牢性を評価するに当たって、現
在どのような脅威が流行しているかを知ることは重要です。
なぜなら、自社も同様なサイバーリスクに晒されることも十
分考えられ、このようなサイバーリスクシナリオを想定するこ
とで、有効なサイバーセキュリティ対策の検討につながると
想定されるからです。現在流行している脅威に関して、IPA
(情報処理推進機構)が「情報セキュリティ10 大脅威 2016」
として公表しています。この資料によると、社会的に影響
※2
が大きかった10 大脅威は次のとおりです。
※ 1 https://www.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/archive/assets/pdf/informationsecurity-survey2016.pdf
※ 2 https://www.ipa.go.jp/files/000051691.pdf
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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特集:サイバーリスクへの対応
1. インターネットバンキングやクレジットカード情報の不
正利用
容度、固有のシステム環境、ビジネス環境等を踏まえた上
で、自社にとって有効な対策の導入が必要となるのが、サイ
2. 標的型攻撃による情報流出
バーセキュリティの特徴ではないでしょうか。
3. ランサムウェアを使った詐欺・恐喝
4. ウェブサービスからの個人情報の窃取
3
5. ウェブサービスへの不正ログイン
堅牢なサイバーセキュリティの構成要素
6. ウェブサイトの改ざん
サイバーセキュリティの堅牢性評価は、図 1に示すように、
7. 審査をすり抜け公式マーケットに紛れ込んだスマート
脅威に対するコントロールの有効性評価の結果から導き出
フォンアプリ
8. 内部不正による情報漏えいとそれに伴う業務停止
される残余リスクにより行われます。具体的には、残余リス
9. 巧妙・悪質化するワンクリック請求
クがハッカーによる攻撃の容易性にどのように関連付けられ
10.脆弱性対策情報の公開に伴い公知となる脆弱性の悪用
るか、またハッカーに攻撃された場合のビジネスインパクト
がどの程度かという観点で評価が実施されます。
増加
サイバーセキュリティに係る攻撃手法は巧妙化している
図1.サイバーセキュリティにおける残余リスクの考え方
ものの、上記の結果からも把握できるように、サイバーセ
キュリティの脅威に関しては大きな変化がありません。この
ようなサイバーリスクから企業やステークホルダーを守る方
脅威
コントロール
残余リスク
残余リスク
ハッカーによる
攻撃
ビジネス
インパクト
法は、一般的に入り口対策、内部対策、出口対策といった
多層防御を構築して対抗することがセオリーです。
堅牢なサイバーセキュリティの構築には、流行しているサ
イバーリスクだけでなく、通常のリスク管理と同様に、自社
の環境、業界の固有性等も含む、自社を取り巻く環境を包
許容水準以下であるか否か?
括的にとらまえた上で、自社にとって有効な施策を導入する
ことも必要です。さらには、自社で採用する情報技術の脆弱
性をタイムリーに理解することが必要です。よって、決まり
図 2は、サイバーリスクへの対策に係るフレームワークの
きった対策の導入ではなく、自社固有のサイバーリスクの許
中に、対策等の要素を一例として記載したものです。この枠
図2:サイバーセキュリティの堅牢性評価のフレームワークの例
サイバーセキュリティに係るリスクへの取り組み
特定
検知
対応
回復
管理態勢
ビジネスと整合した戦略、
システムリスク管理態勢、人材育成、外部からの情報の活用
プロセス
リスクに対する具体的な対策に係る運用プロセスの整備
体制
サイバーセキュリティに係る体制の整備
DB監査
脆弱性診断
インフラ・アプリにおける
脆弱性対策の強化
ファイル改ざん検知
SSDLC
Secure Coding
業務層
重要業務の特定
データ復元
不正侵入検知
認証の強化
外部との情報共有
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
データへのアクセス制御
不正通信検知
ログ復元
アプリケーション層
情報資産管理
システム基盤・DBの物理分割
初動対応
リスクに対する具体的な対策
インフラ層
通信制御
フォレンジック
構成管理
12
防御
ログ分析による不正/攻撃の検知
セキュリティハードニング
SOC/CSIRT
エンドポイントプロテクション
コンプライアンスチェック
業務担当者の絞り込み
マルウェア検知
オフィスセキュリティ強化
PC操作検知
リスクカルチャー
BCP
特集:サイバーリスクへの対応
表1:サイバーセキュリティの堅牢性評価のフレームワークの軸項目説明
項目
内容の説明
管理態勢
✓サイバーセキュリティに係る戦略であり、巧妙化されるサイバー攻撃に対して、システムリスク管理、人材育成、外部の情報活用
などのPDCAを通じて高度化を図る
プロセス
✓想定されるサイバーリスクに対して技術的な対策を活用して、ビジネス・情報資産の保護、または影響を受けた場合の対応を定
める
体制
✓サイバーセキュリティに係る体制として、例えば自社の情報セキュリティ部門といった限定されたビジネス領域をカバーするので
はなく、経営者も含め、全社的な体制を整備する
リスクに対する具体的な対策
✓インフラ層、アプリケーション層、業務層における特定・防御・検知・対応・回復のための技術的な対策を定める
✓サイバーセキュリティの特徴を踏まえ、対処すべきサイバーリスクを見直した上で、有効な対策を常に検討する
特定
✓自社におけるシステム、資産、データ、機能に対するサイバーリスクの管理に必要な理解を深める活動である
防御
✓自社の重要インフラサービスの提供を確実にするための適切な保護対策を検討し、実施する活動である
検知
✓自社でのサイバーセキュリティに係るイベントの発生を検知するための適切な対策を検討し、実施する活動である
対応
✓検知された自社に対するサイバーセキュリティに係るイベントを対処するための適切な対策を検討し、実施する活動である
回復
✓堅牢なサイバーセキュリティを実現するための計画を策定・維持し、サイバーインシデントによって阻害されたあらゆる機能や
サービスを復旧するための適切な対策を検討し、実施する活動である
組みが、私たちのサービスで利用する、サイバーセキュリ
ティの堅牢性の評価フレームワークです。
なお、表 2はサイバーリスクへの対策の網羅性を担保して
いるものではありません。サイバーセキュリティの堅牢性評
図 2は、堅牢なサイバーセキュリティを構築するための対
価時には、例えば評価対象企業の保護すべき情報資産の管
策を管理態勢、プロセス、体制、リスクに対する具体的な対
理状況を踏まえた業務端末(ITシステム・エンドポイント)の
策の 4つに分類し、それらを CSFにおける、特定・防御・検
構成や、業務内容、組織体制等を鑑みた上で、評価項目そ
知・対応・回復の 5つの機能に分類した上で、マッピングし
のものや、評価内容の見直しが重要です。
たものです。その項目の説明は、表1を参照してください。
また、サイバーセキュリティの攻撃手法は常に巧妙化され
ているため、情報資産を守る側もサイバーセキュリティ対策
4
堅牢なサイバーセキュリティの評価要素
を見直し、高度化を図る必要があります。よって、今回提示
しているサイバーセキュリティの堅牢性を評価するためのフ
レームワーク内の構成要素における個別具体的な対策の有
サイバーセキュリティの堅牢性評価における各チェック項
効性は、明日には陳腐化する可能性が十分にあります。
目の内容を表2で説明します。
具体的な例として、次のようなケースが考えられます。
表2:サイバーセキュリティの堅牢性評価における各チェック項目の内容
チェック項目
チェック内容
サイバーセキュリティに係る管理態勢
ビジネスと整合した戦略、システムリスク管理、人材育成、外部からの情報の活用に関して、PDCAプロセスを通じて、自社
におけるサイバーセキュリティの対策の陳腐化が防止される仕組みであるか。
サイバーセキュリティに係るプロセス
企業をサイバーリスクから保護するためのプロセスを整備しているか。
サイバーセキュリティに係る体制
サイバーセキュリティを統括する体制として、管理態勢・プロセスを実行可能な体制を整備しているか。
構成管理
自社の情報資産に係るIT資産として、委託先も考慮した網羅的な管構成理を行っているか。
情報資産管理
各種法規制や、ガイドラインを考慮した上で、自社としてセキュリティの機密性・完全性・可用性の観点から保護すべき情
報資産を整理しているか。
脆弱性診断
継続的に自社のシステムに対して脆弱性診断を行うことで、最新の脆弱性を網羅的に確認し、適切に対処しているか。
SSDLC(Secure SDLC)
開発に際して、非機能要件としてのセキュリティ要件や、脅威モデリングを通じて、セキュアなシステム開発を行う態勢が整
備されているか。
外部との情報共有
自社外の団体との情報共有を通じて、サイバーセキュリティに係る知見を集約し、自社のサイバーセキュリティ対策への活
用を行っているか。
重要業務の特定
自社の経営上重要な業務を特定しているか。
通信制御
外部と自社の境界だけに限定せず、異なるネットワーク間で発生する通信を、アプリケーションレベルの通信も考慮した上
で制御、および保護しているか。
システム基盤・DBの物理分離
各種サーバー機能を物理的に異なる機器上で構築しているか。
データへのアクセス制御
データベースや、データファイルに対して設定されているアクセス権が利用者の業務上の役割に応じて設定されているか。
認証の強化
認証対象システムに想定されるリスクシナリオに応じた、認証の仕組みを採用しているか。
インフラ・アプリにおける
脆弱性対策の強化
システムが利用しているコンポーネント
(OS、ミドルウェア、ファームウェアなど)が影響を受ける脆弱性を適時、適切に把
握し、対処しているか。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
13
特集:サイバーリスクへの対応
チェック項目
チェック内容
Secure Coding
システム開発時において、開発環境、開発対象となるシステムを考慮した上で、想定されるサイバーリスクを防ぐための
Codingが行われ、脆弱性が潰し込まれていることを確認しているか。
セキュリティハードニング
システムレベルのサイバーセキュリティ対策を確実にするために、網羅的なセキュリティのベースラインを定め、確実に実
装されているか。
エンドポイントプロテクション
自社のエンドポイントと、取り巻く環境を網羅的に把握した上で、エンドポイントの保護策が適切に実装されているか。
業務担当者の絞り込み
業務を担当する要員の妥当性も考慮した上で、絞り込みが行われているか。
オフィスセキュリティ強化
業務、および取り扱う情報に適用される要件、自社としての業務、および取り扱う情報資産の重要性を考慮した上で、執務
室のセキュリティが確保されているか。
不正通信検知
不正な通信をリアルタイムでモニタリングし、不正通信発生時には適切な対処が可能か。
不正侵入検知
不正侵入をリアルタイムでモニタリングし、不正侵入発生時に適切な対処が可能か。
DB監査
データベースへのアクセスをリアルタイムでモニタリングし、異常な活動が発生した際に適切な対処が可能か。
ファイル改ざん検知
自社システムにおけるファイル改ざんをモニタリングし、発生時には適切な対処が可能か。
ログ分析による不正/攻撃の検知
自社システムのログを集約化し、相関分析などによって、セキュリティインシデントの発生をリアルタイムで監視すること
で、セキュリティインシデントの発生の段階を把握し、適切な対処が可能か。
SOC/CSIRT※3
自社のSOC/CSIRTには、サイバー・セキュリティ・インシデントに対して実効性を持って対処可能な体制が構築されているか。
コンプライアンスチェック
自社システムの構成コンポーネント
(OS、ミドルウェア、ファームウェアなど)のセキュリティベースラインへの順守状況をモ
ニタリングし、逸脱発生時には適切な対処が可能か。
マルウェア検知
マルウェアに係るサイバーリスクを考慮した上で、多層的なマルウェア検知の手法が採用されているか。
PC操作監視
PCを利用した、不正な操作をモニタリングしているか。
初動対応
サイバーインシデント発生時に、サイバーリスクを適切に封じ込み、自社に対するダメージをコントロールする態勢を構築
しているか。
フォレンジック
サイバーインシデント発生時、フォレンジックを行うためのクライテリアを定め、実効性を確認しているか。
リスクカルチャー
リスク管理の動機付け、奨励を行う企業文化を醸成し、効果的なリスク管理態勢を構築しているか。
ログ復元
セキュリティインシデント発生時における、ログ調査に必要な対策が施されているか。
データ復元
自社の情報資産に係るセキュリティの重要性を考慮した上で、データの改ざん、破壊のリスクへ適切に対処しているか。
BCP
業務継続計画に、サイバーリスクも考慮したリスクシナリオを作成し、業務継続管理の一環として適切に管理しているか。
※ 3 Security Operation Center / Computer Security Incident Response Team
これまで、定義ファイルベースのマルウェア対策ソフトの
①ISO27000 等の既存のフレームワークのみに依らず、サ
リアルタイム保護機能は、多くのマルウェアからPCを保護し
イバーリスクに対応したセキュリティフレームワークの活
てきました。
用を検討すること。
現在では、マルウェアの亜種が多数作成され、定義ファイ
ルベースのマルウェア対策ソフトでは検知できず、検知のタ
イミングによっては、既にマルウェアに感染しているケース
もあります。
②サイバーリスク固有の残余リスクの考え方として、ハッ
カーが攻撃に悪用できる容易性を認識すること。
③現状の対策は日々陳腐化する可能性があるため、定期的
な対策の有効性評価を実施すること。
このようなケースでは、定義ファイルベースのマルウェア
対策の陳腐化が考えられます。
新しいサイバーリスクへの対処は、継続的なサイバーセ
キュリティの有効性評価によって、行うことが必要です。つま
り、図 1で示した脅威や、残余リスクとハッカーによる攻撃と
の関係性も日々変化することから、ビジネスインパクトが許
①②③を実現するプロセスを担保することが、貴社のサ
イバーリスクへの堅牢性を維持する環境構築の始まりとい
えるでしょう。
本稿が貴社のサイバーセキュリティ構築の参考になれば
幸いです。
容水準以下であることを継続的に評価することが求められま
す。
二階堂 大輔 (にかいどう だいすけ)
PwCあらた監査法人
5
まとめ
システム・プロセス・アシュアランス部 マネージャー
大手外資系 ITサービスベンダーにおいて、金融 /製造 /流通を中心とした
ITアウトソーシングのセキュリティマネージャー業務、および IT監査業務
に従事。その後、国内大手金融機関において、グローバルITガバナンスの
本稿におけるサイバーリスクへの対応のポイントとして次
の3 点の必要性の理解が重要です。
14
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
構築・高度化業務を経て、現職。PwC入所後は業種を問わず、サイバーセ
キュリティ構築支援、監査支援に従事。
メールアドレス:[email protected]
特集:サイバーリスクへの対応
サイバー・セキュリティ・リスクの
開示に係る動向
PwC あらた監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
シニアマネージャー 三澤
伴暁
はじめに
明確な目的を持った攻撃が増え、巧妙かつ執拗な攻撃が増
近年、ITデバイスの多様化・低価格化やクラウドの利用
加する傾向にあります。
等、ITを取り巻く環境に大きな変化が起きています。これま
でとおりの考え方による ITの管理、セキュリティ対策には限
(2)
「サイバーセキュリティ経営ガイドライン 」の公開
界が見え始め、実際に社会的にも大きなインパクトを与えた
こうした環境の変化や攻撃の深化により、過去の常識に基
セキュリティインシデントがいくつも発生しています。これら
づいた管理方法では効果的なセキュリティ対策を十分に施
のインシデントは経営にも直接的に大きなダメージを与え、
すことができなくなり、攻撃を完全に防ぐことが難しくなりつ
事後の対応に莫大な費用と時間を要することも珍しくありま
つあります。そのため、企業戦略として IT 投資やセキュリ
せん。こうした状況から、もはやセキュリティに関する課題は
ティ投資をどの程度行うか等、経営者による判断の重要度
経営課題であると認識することが常識となりつつあります。
が高まってきています。このような背景のもと、経済産業省
本稿では、経営課題としてのセキュリティに関する取り組
から
「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」が公開されま
みのうち、特にセキュリティリスクの開示に焦点を当て、米国
した(図表1)。
における仕組みの概要と、国内における動向を中心に概括
当該ガイドラインでは、
「サイバーセキュリティは経営問
することとします。
題」
とし、
「セキュリティ投資に対するリターンの算出はほぼ
なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwC
不可能」であるため、
「サイバー攻撃のリスクをどの程度受
あらた監査法人または所属部門の正式見解でないことをあ
容するのか、セキュリティ投資をどこまでやるのか、経営者
らかじめお断りします。
がリーダーシップをとって対策を推進しなければ、企業に影
響を与えるリスクが見過ごされてしまう」
とする等、サイバー
セキュリティ対策が経営層による積極的な推進なくしては行
1
セキュリティリスクは
ITリスクから経営リスクへ
( 1 )セキュリティを取り巻く環境の変化
えないことが示されています。
( 3 )セキュリティリスクは経営リスク
これらの状況に加え、近年発生しているインシデントによ
スマートフォンやタブレットに代表されるデバイスの多様
る教訓からも明らかなように、ひとたびセキュリティインシデ
化、IoTデバイスの急速な普及、クラウド利用の加速による
ントが発生すれば、サービスやビジネスの停止、金銭要求
“開発/購入から利用へ ”の変化等、ITを取り巻く環境に大
による直接的な損失や対応費用の計上、ブランド価値の低
きな変化が起き、従来の常識が大きく変わりつつあります。
下、株価低下による時価総額の低下等、経営に対する直接
ビジネスの視点からは、外部委託先はもとより協力企業や
的なインパクトを避けることができません。こうしたリスクを
グループ企業、時には競合他社ですら相互に連携し合い、
顕在化させないためには、IT基盤に対する対策のみならず、
ネットワークを介した接続を行う機会が増え、サイバー空間
事業に関わる全ての部門で対策を行うことや、全従業員が
における“内部”と“外部”の境界はあいまいなものとなりつつ
セキュリティに対する高い意識を持つことが求められます。
あります。その結果、対策を施す対象は “自社の内部 ”のみ
もはやセキュリティリスクは ITリスクとして一部の部門のみ
とは限らなくなってきています。
加えて、攻撃の視点からは、多くのインシデント事例や被
害報告が示すように、金銭要求による利益の獲得のような
が対応するものではなく、全社的な対応が求められる経営リ
スクとなっている、ということができます。
またこのところインシデントやセキュリティに関する話題
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
15
特集:サイバーリスクへの対応
図表1:サイバーセキュリティ経営ガイドライン
(2015年12月28日 経済産業省)
より作成
サイバーセキュリティ経営の3原則
1
経営者は、IT活用を推進する中で、サイバー・セキュリティ・リスクを認識し、リーダーシップによって対策を進めることが必要
2
自社は勿論のこと、系列企業やサプライチェーンのビジネスパートナー、ITシステム管理の委託先を含めたセキュリティ対策が必要
3
平時及び緊急時のいずれにおいても、サイバー・セキュリティ・リスクや対策、対応に係る情報の開示など、関係者との適切なコミュニケーションが必要
サイバーセキュリティ経営の重要10項目
(1)サイバー・セキュリティ・リスクの認識、組織全体での対応の策定
(2)サイバー・セキュリティ・リスク管理体制の構築
1
リーダーシップの表明と体制の構築
2
(3)サイバー・セキュリティ・リスクの把握と実現するセキュリティレベルを踏まえた目標と計画の策定
サイバー・セキュリティ・リスク管理の
(4)サイバーセキュリティ対策フレームワーク構築(PDCA)
と対策の開示
枠組み決定
(5)系列企業や、サプライチェーンのビジネスパートナーを含めたサイバーセキュリティ対策の実施及び状況把握
3
リスクを踏まえた攻撃を防ぐための
事前対策
(6)サイバーセキュリティ対策のための資源(予算、人材等)確保
(7)ITシステム管理の外部委託範囲の特定と当該委託先のサイバーセキュリティ確保
(8)情報共有活動への参加を通じた攻撃情報の入手とその有効活用のための環境整備
4
サイバー攻撃を受けた場合に
備えた準備
(9)緊急時の対応体制(緊急連絡先や初動対応マニュアル、CSIRT)の整備、定期的かつ実践的な演習の実施
(10)被害発覚後の通知先や開示が必要な情報の把握、経営者による説明のための準備
が報道やメディアで取り上げられることが多くなってきまし
よって規定されており、どの企業にも当てはまるような一般
た。ステークホルダーを含めた社会全体の認知度・理解度
的な内容ではなく、それぞれの企業固有の内容を具体的に
が高くなり、経営者の推進力への期待が高まってきていると
記載することが求められています。
いえます。裏を返せば、ひとたびセキュリティインシデント
が発生し、何らかの社会的な影響を与えてしまった場合に
( 2 )サイバー・セキュリティ・リスクの開示
は、経営責任を問われる可能性が高まっているともいえま
このような非財務情報の開示に関する仕組みの中で、サ
す。実際に数年前に起きたインシデントにおいて、代表取
イバー・セキュリティ・リスクの開示に関して以下のような文
締役や取締役兼CIOが辞任している事例もあります。
書やコメントが公開されており、事実上開示が要求されてい
こうした背景のもと、経営課題に対して自社がどのように
ることがわかります。
対応しているのか、その説明責任を果たすべく、セキュリ
ティリスクの認識や対応について積極的に開示すべきとの
①CF Disclosure Guidance: Topic No. 2 Cybersecurity
動きが出てきています。次項以降では、まず米国における
サイバー・セキュリティ・リスクの開示の仕組みを概括し、
(2011 年10月13日)
サイバーセキュリティの開示に関する詳細なガイダンス
その後に国内における動向に触れたいと思います。
が、SEC(U.S. Securities and Exchange Commission:
米 国 証 券 取 引 委 員 会 )の D i v i s i o n o f C o r p o r a t i o n
2
Finance( 企業財務局)より発行された「CF Disclosure
米国上場企業における
サイバー・セキュリティ・リスク開示
( 1 )米国上場企業における非財務情報開示の仕組み概要
Guidance: Topic No. 2 Cybersecurity」
(以下 CFDG
No.2)に示されています。
この中に、
「サイバー・セキュリティ・リスクやインシデン
米 国 の 証 券 取 引 所 に 上 場して いる会 社 は 、い わ ゆる
トについて明言されたものはないものの、数多くの開示
1933 年証券法、1934 年証券取引法と呼ばれる法律に基づ
要件から、上場企業に当該リスク、インシデントの開示を
き、年次報告書の提出が求められています。この年次報告
書は、米国企業であれば Form 10-K、米国外の企業であれ
義務付けることができる」
との記載があります。
ば Form 20-Fというフォーマットを用いて提出される必要が
“Although no existing disclosure requirement explicitly refers to
cybersecurity risks and cyber incidents, a number of disclosure
あり、この中で非財務情報(バランスシート、損益計算書等
requirements may impose an obligation on registrants to
財務数値以外の情報)が開示されることになります。Form
disclose such risks and incidents.”(CFDG No.2より抜粋)
10-K(Form 20-F)は、日本における有価証券報告書に該当
また Risk Factorsの開示は、前述の連邦規則 Regulation
S-K に従う必要があることについて改めて触れられてお
するものといえます。
り、サイバー・セキュリティ・リスクについても他の企業に
開示が求められている非財務情報には、有価証券報告書
における「事業等のリスク」に該当する Risk Factors(リスク
当てはまるような一般的な内容の記載を避け、企業固有
要因)が含まれています。この Risk Factorsに記載すべき内
の具体的な内容を記載することが求められています。
容は、連邦規則である Regulation S-Kの Item 503(c)に
16
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
“Consistent with the Regulation S-K Item 503(c)requirements
特集:サイバーリスクへの対応
for risk factor disclosures generally, cybersecurity risk disclosure
ての検討が行われています。
provided must adequately describe the nature of the material
こうした動きの中で公開されている文書の中から、具体的
risks and specify how each risk affects the registrant. Registrants
にサイバーセキュリティに関する記述があるものをピック
should not present risks that could apply to any issuer or any
アップしてみると、代表的なものとして以下を挙げることが
offering and should avoid generic risk factor disclosure. (CFDG
”
できます。
No.2より抜粋)
①サイバーセキュリティ戦略(2015 年9月4日)
②SEC Commissioner Luis A. Aguilar’s Speech(2014 年
サイバーセキュリティ基本法の規定に基づき、サイバー
6月10日)
セキュリティ政策に関する新たな国家戦略として、政府に
SECの理事である Luis A. Aguilarが “Cyber Risks and
より
「サイバーセキュリティ戦略」が策定されました。この
the Boardroom” Conferenceにおいて行ったスピーチに
中で、サイバーセキュリティに関する素養が経営層の必
おいて、
「重大な影響が資本市場の基盤や上場企業、投
須能力となりつつあり、その対策は「費用」ではなく
「投
資家に及ぶことから、サイバー攻撃による脅威は大きな
資」であるとの意識を醸成していくためにも、取り組みが
関心事となっている」
とし、その一例として前述の CFDG
ステークホルダーから正当に評価される仕組みの構築を
No.2を取り上げています。ここでは、上場企業のセキュリ
ティリス クと イン シ デ ント の 開 示 が 、「 開 示 義 務 」
推進する、とうたわれています。
(“disclosure obligations”)
と表現されています。
「セキュリティ対策はやむを得ない「費用」ではなく、より積極的
な経営への「投資」であるとの認識を醸成していくことは、我が国
“As an SEC Commissioner, the threats are a particular concern
の経済社会の活力の向上及び持続的発展のために必要である。
because of the widespread and severe impact that cyber-
このため、サイバーセキュリティを経営上の重要課題として取り組
attacks could have on the integrity of the capital markets
んでいることが市場や出資者といったステークホルダーから正当
infrastructure and on public companies and investors. The
に評価される仕組みや資金調達等の財務面で有利となる仕組み
concern is not new. For example, in 2011, staff in the SEC’s
の構築、認識醸成のための官民が一体となった啓発活動を実施
Division of Corporation Finance issued guidance to public
する。」
(「サイバーセキュリティ戦略」
より抜粋)
companies regarding their disclosure obligations with respect
to cybersecurity risks and cyber-incidents.”(”Boards of Directors,
②「サイバーセキュリティ2015」
(2015 年9月25日)
Corporate Governance and Cyber-Risks: Sharpening the Focus”
NISC 内に設置されたサイバーセキュリティ戦略本部に
よって、上記の「サイバーセキュリティ戦略」に基づく年次
-"Cyber Risks and the Boardroom" Conference より抜粋)
計画として「サイバーセキュリティ2015」が策定されてい
これらの状況から、米国の上場企業においては、明示的
ます。この中で、サイバー・セキュリティ・リスクの開示に
かつ直接的に法的拘束力があるわけではないものの、サイ
関して、米国の SECにおける取り組みを参考に検討を行
バー・セキュリティ・リスクの開示が事実上の義務として認
識されていることがうかがえます。
う旨の記載があります。
「内閣官房及び金融庁において、上場企業におけるサイバー攻
撃によるインシデントの可能性等について、米国の証券取引委員
3
日本国内におけるサイバー・セキュリティ・
リスク開示に係る動向
( 1 )国家戦略上のサイバー・セキュリティ・リスク開示に
関する動向
会(SEC)における取組等を参考にしつつ、事業等のリスクとして
投資家に開示することの可能性を検討し、結論を得る。その際、
関連情報の共有など開示するインセンティブを促すための仕組み
の在り方についても併せて検討し、結論を得る。」
(「サイバーセ
キュリティ2015」
より抜粋)
サイバ ーセキュリティ基 本 法 が 2 0 1 4 年 1 1 月に成 立、
2015 年 1月に施行され、同法に基づき内閣サイバーセキュ
③「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」
リティセンター(以下NISC)が発足されました。当該センター
前述の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」内にも、
を中心として、企業におけるサイバーセキュリティに関する
「サイバーセキュリティ経営の重要 10 項目」のうち、
「(4)
取り組みについての活発な議論が行われています。その中
サイバーセキュリティ対策フレームワーク構築(PDCA)
と
で、経営者による積極的な対策の推進は重要な課題として
対策の開示」の項目に、開示に係る記載があります。この
取り上げられており、ステークホルダーに対する透明性の確
中で、対策を適切に開示しなければステークホルダーや
保のためにも、サイバー・セキュリティ・リスクの開示につい
取引先の信頼が損なわれ、企業価値の低下を招くおそれ
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
17
特集:サイバーリスクへの対応
があるとし、その対策として CSR報告書や有価証券報告
書への開示が例示されています。
図表 2:サイバー・セキュリティ・リスク開示企業数の推移〈企業の情報セキュリ
ティリスク開示に関する調査(2015年3月 NISC)
より作成〉
(4)サイバーセキュリティ対策フレームワーク構築(PDCA)
と対
策の開示
■開示企業数(日経225中)
140
計画を確実に実施し、改善していくため、サイバーセキュリティ対
130
策を PDCAとして実施するフレームワークを構築させていますか?
その中で、監査(または自己点検)の実施により、定期的に経営者
に対策状況を報告させた上で、必要な場合には、改善のための
120
指示をしていますか?また、ステークホルダーからの信頼性を高
127
めるため、対策状況について、適切な開示をさせていますか?
<対策を怠った場合のシナリオ>
・適切な開示が行われなかった場合、社会的責任の観点から、事
110
業のリスク対応に ついてステークホルダーの不安感や不信感を
100
惹起させるとともに、リスクの発生時 に透明性をもった説明がで
130
121
116
2009年度
136
2010年度
2011年度
2012年度
2013年度
きない。また、取引先や顧客の信頼性が低下することに よって、
企業価値が毀損するおそれがある。
また業種別の開示率も示されており、業種によっては既に
<対策例>
100%の割合でサイバー・セキュリティ・リスクの開示が行
・サイバーセキュリティ対策の状況について、サイバーセキュリ
われている状況が見られます(図表3)。
ティへの取組みを踏まえたリスクの性質・度合いに応じて、情報
ここで取り上げた結果は報告書の一部でしかありません
セキュリティ報告書、CSR 報告書、サステ ナビリティレポートや有
が、積極的にサイバー・セキュリティ・リスクを開示している
価証券報告書等への記載を通じて開示を検討する。
企業が多数存在し、年々その割合が増えていることからも、
(「サイバーセキュリティガイドライン」
より抜粋)
ステークホルダーからの期待の増加と、それに対する企業
の姿勢の変化を感じ取ることができます。
このように、現段階で開示が明確に義務化されているわけ
前述の国家戦略上の動きや直近で発生しているインシデ
ではありませんが、
「米国 SECにおける取り組みを参考にし」
ントの社会的なインパクトの大きさからも、この傾向は今後
との記述が示すように、法的拘束力を持たずとも事実上の
も続き、セキュリティリスクを開示する企業は増加し続ける
義務となり得る仕組みの導入も視野に入れた、具体的な検
と予測されます。現段階で開示の割合が相対的に低い業種
討が進められている状況にあるといえます。
については、他業種と比較してセキュリティリスクが相対的
に低いのか、単に対策が遅れているのかを見極める必要が
(2)
日経 225 企業におけるサイバー・セキュリティ・リス
ク開示の状況
あり、後者の場合には早急な対策の実施が求められる状況
にあるといえます。
上記のような取り組みの一環として、実際にサイバー・セ
キュリティ・リスクを開示している企業の状況が調査されて
おり、その結果が 2015 年 3 月に NISC から「企業の情報セ
4
おわりに
キュリティリスク開示に関する調査」
として公開されていま
す。調査対象とした企業は日経 225 社ですので、それ以外
これまで見てきたとおり、セキュリティを取り巻く環境の変
の企業についての実態まではわかりませんが、大きな傾向
化から、セキュリティリスクは経営リスクとなり、経営層に求
を知る上で貴重な調査結果であるといえます。
められる役割の重要度が増しています。また米国における
この中で、有 価 証 券 報 告 書の「事 業 等のリスク」にサイ
開示の仕組みや国内における動向からは、有価証券報告書
バー・セキュリティ・リスクに関する開示項目があった企業
への開示の流れが進むように見えます。現時点では法的な
が、2014 年度において日経225 社中136 社あり、2009 年
根拠や具体的な指針、ガイドライン等があるわけではありま
度の 116 社から年々増加していることが述べられています
せんが、
「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」に開示に
(図表2)。
関する記述があること等からも、インシデント発生時の説明
責任を視野に入れた対応を早急に行っておく必要があると
いえるでしょう。少なくとも同業種において開示する企業が
大多数を占める状況で開示していない場合、ステークホル
18
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
特集:サイバーリスクへの対応
図表3:業種別サイバーセキュリティ情報開示状況の分布〈企業の情報セキュリティリスク開示に関する調査(2015年3月 NISC)
より作成〉
業種
大分野
社数
A. 技術
B. 金融
C. 消費
D. 素材
E. 資本財・その他
F. 運輸・公共
合計
57
21
28
64
35
20
中分野
社数
情報開示企業数
中分野別開示率
01 医薬品
8
2
25.0%
02 電気機器
29
20
69.0%
03 自動車
9
4
44.4%
04 精密機器
5
3
60.0%
05 通信
6
6
100.0%
06 銀行
11
11
100.0%
07 その他金融
1
1
100.0%
08 証券
3
3
100.0%
100.0%
09 保険
6
6
10 水産
2
1
50.0%
11 食品
11
10
90.9%
12 小売業
8
8
100.0%
13 サービス
7
5
71.4%
14 鉱業
1
0
0.0%
15 繊維
5
0
0.0%
16 パルプ・紙
3
0
0.0%
17 科学
18
5
27.8%
18 石油
2
2
100.0%
19 ゴム
2
1
50.0%
20 窯業
9
3
33.3%
21 鉄鋼
5
0
0.0%
22 非鉄・金属
12
5
41.7%
23 商社
7
5
71.4%
24 建設
8
4
50.0%
25 機械
16
8
50.0%
26 造船
2
2
100.0%
27 その他製造
3
3
100.0%
28 不動産
6
1
16.7%
29 鉄道・バス
8
7
87.5%
30 陸運
2
2
100.0%
31 海運
3
1
33.3%
32 空運
1
1
100.0%
33 倉庫
1
1
100.0%
34 電力
3
3
100.0%
35 ガス
2
2
100.0%
225
136
225
ダーからは「開示していない」ではなく
「開示できない」
と受
大分野別開示率
61.4%
100.0%
85.7%
32.8%
51.4%
85.0%
把握し、ステークホルダーに対する説明責任が十分に果た
け取られる可能性があり、リスクに対する企業の姿勢そのも
せる状況にあるかどうかをチェックすることから始めてみて
のが問われかねません。
はいかがでしょうか。
前述のとおり、既にセキュリティリスクやその対応状況を
開示している企業が多数あるなか、実際の対策を含め、自
社が後れを取っていないといえるでしょうか。また既に開示
している企業については、現状の対策に甘んじることなく、
セキュリティを取り巻く環境の変化にタイムリーに対応でき
ているといえるでしょうか。
セキュリティ対策の実施には、一定の成果が得られるまで
に相応の時間を要するものです。開示が当たり前となった
際に他社に遅れを取らないためにも、今すぐにでもできるこ
三澤 伴暁 (みさわ ともあき)
PwCあらた監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部 シニアマネージャー
PwCあらた監査法人に入所後、IT及びプロセスのスペシャリストとして多
数の監査業務に従事。大手情報通信企業におけるセキュリティ管理態勢
構築支援、セキュリティツール導入事前評価、管理策運用状況の評価をは
とに着手しておくことは、セキュリティ対策の推進において
じめ、大手保険会社における情報セキュリティ評価、大手メーカーにおけ
も、ステークホルダーに対する積極的な姿勢の表明の意味
るセキュリティ管理体制構築支援等、セキュリティ関連の支援業務の実績
においても決して無駄にならないと言えます。そのために
も、まずは自社の現状を棚卸して、現在の取り組み状況を
多数。公認情報システム監査人(CISA)。
メールアドレス:[email protected]
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
19
特集:サイバーリスクへの対応
ビジネスエコシステムにおける
サイバーリスクへの対応
~企業単独のサイバーリスクへの対応からの脱却~
PwC あらた監査法人
システム・アンド・プロセス・アシュアランス部
ディレクター 綾部
泰二
はじめに
1
サイバーリスクへの対応の必要性が求められるなか、企
業単独での対応については進んでいる状況がうかがえると
ビジネスエコシステムにおける
ビジネスの環境
ビジネスエコシステムというキーワードが活用されるよう
ころ、いわゆるビジネスエコシステムを意識したサイバーリ
スクへの対応の必要性を本稿では解説したいと思います。
になっていることにみられるように、現在の企業活動の環境
なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあ
は、複数の企業が商品開発や事業活動などでパートナー
らた監査法人または所属部門の正式見解でないことをあら
シップを組み、各企業の強みを生かしながら、消費者等を
かじめお断りします。
巻き込み、業界の垣根や国を超えて広く共存共栄を図って
いる状況です。
このようなビジネスエコシステムにおいては、自社におけ
るサイバーリスクへの対応だけでなく、ビジネスパートナー
におけるサイバーリスクへの対応も考慮しなければならな
い時代を意味しています。
ビジネスエコシステムのイメージ
グローバル・ビジネス・エコシ
ステムとは、
「複雑に連携する
企業や組織の体系」
顧客
子会社
グループ
会社
従業員
ビジネス展開の地理的な範
囲 が 広 が れ ば 、そ の 分 、グ
ローバルエコシステムも複雑
になる
20
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
グローバルにビジネスを展開
するためには、一組織だけで
は勝負できない
監督官庁
本社
共同
研究機関
サプライヤー
委託先
競合他社
今や競合他社でさえ、
( 部分
的には)パートナーとして協業
することが珍しくなくなった
特集:サイバーリスクへの対応
2
では個社として、どのようにサイバーリスクと向き合うべき
企業規模に見るサイバーリスクの
顕在化傾向
でしょうか。サイバーリスクへの対応は、主として次の2 点が
必要です。
以下表 1 における PwC が実施しているグローバル のセ
キュリティ調 査( T h e G l o b a l S t a t e o f I n f o r m a t i o n
①組織的な体制の確立
Security® Survey 2016)によると、大企業では 2014 年に
②技術的な対応
増加した被害額が、2015 年には減少傾向になっているの
に対して、中規模、小規模の企業では横ばい、または増加
①については、一度体制を整えればその後は定期的な見
傾向にあります。特に小規模では、過去 3 年において最高の
直しにより、より実効性を高めていくというプロセスになりま
被害額が認識されています。
すので、生みの苦しみとして未整備である企業においては、
この結果は、上述したビジネスエコシステムを前提とする
まず①の整備、運用が求められます。
と、大企業が直接の被害を受けなくとも、取引先、協業先が
②については、日々攻撃手法が進化するサイバーリスク
被害を受けることで、自社のビジネスへの影響が発生する
に対して、日々の技術的な対応が必要であり、最新の情報
可能性があることを意味しています。よって、サイバーリス
の入手、専門家による対応、IT分野における対応等々が必
クへの検討をする場合には、自社の対応状況のみ検討する
要となります。特に②の対応については、専門家不足、また
だけでなく、取引先や協業先におけるサイバーリスクへの対
設備投資等のコストもかかるため、企業のタイムリーなサイ
応を認識することが必要となります。
バーリスクへの対応を阻害している要因の一つになってい
るといえます。
3
特に私たちの国においてはサイバーリスクへの対応可能
サイバーリスク対応への課題
な人材育成が急務であるとの状況において、全ての企業が
専門家を雇用できる状況ではないのが現実です。
ビジネスエコシステムから、個社でのサイバーリスクでの
また、専門家の育成には時間がかかることを鑑みると、①
対応では不十分であると上述しましたが、やはりその前提と
の体制が未整備な企業もさることながら、そもそもの専門家
して、企業規模にかかわらず個社での対応が必要となるの
不足という点が、サイバーリスク対応において多くの企業の
も事実です。
根本課題として存在しているところではないでしょうか。
表1:企業規模ごとの年間平均インシデント被害額
■2013 ■2014 ■2015
$5.9
million
$4.9
million
$3.9
million
$0.65
million
$0.94
$0.41
million
million
小企業
(年商$100million未満)
$1.0
$1.3
million
$1.3
million
million
中企業
(年商$100million~$1billion)
大企業
(年商$1billion超)
(USドルベース)
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
21
特集:サイバーリスクへの対応
基盤のメンテナンス /保守費用の削減などが検討理由として
サイバーリスクに対する
クラウド活用の意義
4
挙げられますが、サイバーリスクへの対応についての解決
策の一つとして検討してみることも一案です。
では、各企業において「専門家不足をどのように解消して
この点、上述した「PwC が実施しているグローバル のセ
いくか」がサイバーリスクへの対応として一つのキーポイン
キュリティ調 査( T h e G l o b a l S t a t e o f I n f o r m a t i o n
トになるところですが、解消手段としては主に次の 3 点が想
Security® Survey 2016)」によると、調査対象となった
定されます。
69%の企業がクラウド型サイバー・セキュリティ・サービス
①自社で専門家を育てる。または外部から専門家を採用す
ローバルでみると、機密データの保護やプライバシーの強
を使用しているとの結果となっています。調査結果からグ
る
化に対してクラウドサービスを積極的に活用している状況が
この方法では、そもそも専門家が不足している状況下に
うかがえます。
おいて、実現性という意味で短所があります。また、人材を
またそのうち、クラウド型のサイバー・セキュリティ・サー
育成する場合には、比較的長期間になることが想定されま
ビスを利用している内容としては表 2のとおりです。よってク
す。
ラウドベンダーを選定する際に、該当するサービスを提供し
ているか否かを選定する際の考慮ポイントとしてみることも
一案です。
②プロフェッショナルサービスの活用
この方法では、①に比べて実現性は確保されますが、①と
合わせて実施しない場合、社内にノウハウが蓄積されず、
自社におけるサイバーリスクへの対応要員の確保を目指す
場合には、併せて社内にノウハウを蓄積する計画を立てて
5
ビジネスエコシステムにおける
サイバーリスクへの対応体制の構築
サイバーリスクへの対応に際して、個社のみの対応では
おくことが求められます。
不十分であることは前述したとおりです。
③サイバーリスクへの対応に万全な体制を有しているクラ
では、どのように対応すべきでしょうか。この点についてま
ウドサービスなどの活用
ず実施を検討していただきたいのが他社とのサイバーリス
全てのクラウドベンダーに当てはまる内容ではないと想定
クへの対応状況における情報共有です。
されますが、大手のクラウドベンダーなどでは、サイバーリス
この点も、詳 細は T h e G l o b a l S t a t e o f I n f o r m a t i o n
クに対して適切に対応しているベンダーも存在しています。
Security® Survey 2016を参照していただければと思いま
一般的にクラウドなどを活用する場合、ビジネスの変化に
すが、日本企業においてはサイバーリスクへの対応につい
対応するためのシステム開発スピードの向上や、システム
ての情報共有を他社と積極的に行っているとは言い難い調
表2:クラウド型サイバー・セキュリティ・サービスの採用
56%
リアルタイム監視と分析
55%
高度認証
48%
IDおよびアクセス管理
47%
スレットインテリジェンス
44%
エンドポイント保護
0%
22
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
10%
20%
30%
40%
50%
60%
特集:サイバーリスクへの対応
査結果となっています。
その理由としては、情報共有の枠組みの整備ができてい
ないなどが挙げられていますが、情報共有による自社へのメ
リットも当該サーベイ結果では「同業他社から実用的な情報
提供を得られた」などの結果が出ている点を鑑みると、積極
的に他社と情報共有していくべきと想定されます。
では、他社といった場合にどのような範囲を想定すればよ
いでしょうか。
まずは、次の 2 つの他社に対して情報共有プロセスを構
築していただければと思います。
①ビジネスパートナー
自社のサービス提供に不可欠なビジネスパートナーにお
いては、サイバーリスクの顕在化によるサービス提供不可と
いう状況を回避するためにも、サイバーリスクへの対応状況
を共有しておくことは非常に重要なことだと想定されます。
よって未実施な場合には、まずはビジネスパートナーとの
情報共有の実施を行うべきであるといえます。
②同業他社
同業他社においては、業界としての攻撃傾向などもあるの
で、情報共有を行うことは有益であると考えられます。例え
ば金融機関などでは業界団体を通じてサイバーリスクへの
対応が共有されているところではありますが、業界団体とし
て整備されていない業界もあるかと想定されます。
そのようなケースでは、やはり同じクラウドサービスを活
用するユーザー会などの活用も有益です。また他社との情
報共有においては、現場レベルの草の根的な活動というよ
りは、いわゆるマネジメント層による働きかけがある方が、
実務担当者も動きやすいのも事実です。
よって、同業他社との情報共有プロセスが未整備な場合
には、マネジメント間における情報共有のコミュニケーショ
ンを担保していただくことが、重要であると考えられます。
6
おわりに
以上、サイバーリスクへの対応としてクラウドサービスの
活用、ビジネスパートナーや同業他社との情報共有など、自
社にあるノウハウだけでなく、ビジネスエコシステムでのリ
スク対応の必要性について述べてきました。
貴社におけるサイバーリスク対応体制の構築においては、
企業単独による体制構築のみならず、ビジネスエコシステ
ムにおけるサイバーリスク対応という協力体制の構築に本
稿が一助になれば幸いです。
綾部 泰二 (あやべ たいじ)
PwCあらた監査法人
システム・アンド・プロセス・アシュアランス部 ディレクター
2006年公認情報システム監査人(CISA)登録。主にITガバナンス、システ
ムリスク管理、情報セキュリティ関連の業務に従事している。業種を問わ
ず ITガバナンス、システムリスク管理、情報セキュリティ関連業務の現場
責任者として多数のクライアントにサービスを提供している。情報セキュリ
ティ分野において、特にインシデントが発生した場合の再発防止策検討や
有効性評価の実績を多数有する。
メールアドレス:[email protected]
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
23
会計/監査
事例で読み解くIFRS第15号
「顧客との契約から生じる収益」
─業種別傾向と対策 第 3 回 電気機器業界
PwC あらた監査法人
大阪製造流通サービス部
ディレクター 岡本
晶子
回答
はじめに
本稿では、電気機器業界の取引のうち、製品保証と設置
検討のポイント
作業込みの製品販売について Q& A方式で解説します。な
IFRS第 15 号では、製品保証サービスの性質によって異な
お、以下の質問では、IFRS第 15号「顧客との契約から生じる
る会計処理を適用する必要があります。製品保証サービス
収益」
( 以下、IFRS第 15号)
を適用すべき契約内容にフォー
を、製品を納品する義務と別の履行義務として識別すべき
カスして検討しています。また、文中の意見にわたる部分は
かどうかを検討することが必要です。販売後 1 年間の無償保
筆者の私見であることをお断りします。
証および延長保証に分けて回答します。
1
( 1 )販売後 1 年間の無償保証
製品保証
考え方
この保証が以下に記載する「アシュアランス型」のサービ
ス内容だけを含む場合には、販売後 1 年間の交換または修
質問1 製品保証
A社は、販売後 1年間に生じた不具合について、無償で交
理に要する費用を過去の実績などをベースに見積もり、製
換または修理する保証を付与して電気機器を販売していま
品保証引当金を計上します。
す。また、製品販売時点で、得意先が同社に対して保証の
納品した製品が正常に機能することを担保するサービス
延長を求めた場合には、無償保証期間経過後 1年もしくは
を、履行義務として識別する必要はありません。販売した時
2 年の製品保証サービス契約を締結して延長保証料を受
に存在していた製品の瑕疵に対応するための交換または修
け取っています。IFRS第 15号では、これらの製品保証を、
理は、納品した製品が正常に動くという保証を顧客に提供
各々どのように会計処理するのでしょうか。
するために実施されます。IFRS第 15 号では、このような製
・販売後1年間の無償保証
品保証を「アシュアランス型の製品保証(assurance-type
・上記無償保証期間経過後の保証
(以下、延長保証と記載)
warranties)」
と呼称し、その検討にあたっての考慮要因とし
延長保証期間中は、顧客からの要求に応じてサービスを提
て、以下の 3 点を示しています(IFRS 第 15 号 B31 項 ,B32
供しています。サービスの提供頻度やタイミングについて
項)。
契約上、特段の定めはありません。
①製品保証が法律で要求されているか
法律で要求されている場合、購入した製品の瑕疵から消
電気機器の販売
A社
顧客
製品保証
販売後1年間
の無償保証
販売
24
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
費者を守るために設定される場合が多いため、
「アシュアラ
ンス型」の製品保証である可能性が高いと考えられます。
②保証期間
保証期間が長ければ長いほど、製品の瑕疵を担保するこ
延長保証
とに加えて、経年劣化をカバーする追加的なサービスに該
期間
当する可能性が高くなるため、
「アシュアランス型」でない可
能性が高いと考えられます。
会計/監査
③保証の内容
本質問のケースでは、履行義務の充足のためのサービスの
例えば、返品された欠陥のある製品の対応を無償で請け
提供頻度やタイミングに関する契約上の特段の定めがあり
負うような特定の行為が保証の内容に含まれている場合「ア
ませんので、待機義務として、延長保証期間にわたり、時の
シュアランス型」である可能性が高いと考えられます。
経過とともに収益を認識することが合理的と考えられます。
解説
本質問の場合、販売後 1 年間の無償保証は、販売した全
2
設置作業込みの製品販売
ての製品に付与されており、保証期間の年数も1 年と短いた
め、販売した時点で存在した製品の瑕疵を担保するものと
考えられます。上記の考慮要因等について総合的に判断し
質問2-1 設置作業込みの製品販売(履行義務の識別)
B社は、設置作業込みで大型電気機器を販売しています。
た結果、これに反しないと考えられる限り、当該保証サービ
機器は特注品で、建設業者である顧客が指定する建物(顧
スを履行義務とせず、IAS 第 37 号「引当金、偶発負債及び
客の所有物件ではない)に設置されます。設置作業は、製
偶発資産」に従い、過去の交換または修理に要した実績費
品が特注品のため、製品の仕様を熟知しているB社が自ら
用を勘案して、正常な製品を納品するための追加コストで
実施しなければなりません。B社は、設置が完了した段階
ある販売後 1 年間に発生する費用を見積もり、負債(製品保
で、設置された機器が正常に作動することを確認し、顧客
証引当金)を認識することになります。
は設置完了確認書にサインして B社に提出します。納品し
( 2 )延長保証
考え方
A 社は、延長保証サービスの対価として受け取った保証
た機器が当該契約で約束している仕様をクリアしているこ
とは、設置作業後でないと確認できません。機器の納品と
設置作業は、IFRS第 15号において、複数の履行義務と考
えるべきでしょうか。
料について、サービスが開始される時点まで収益の認識を
繰り延べることが必要です。その後、延長保証サービス期間
の開始時点から終了時点まで、時の経過に応じて収益を認
B社
識します。実際に修理等に要したコストについては、発生時
大型電気機器の販売
顧客
設置作業
に費用として認識します。
解説
A 社は、この保証を製品販売時点で延長保証を要求する
顧客に販売していますが、無償保証期間が経過した後、顧
回答
検討のポイント
客の要求に応じて、追加で提供するサービスであるため、こ
IFRS 第 15 号では、契約で物品やサービスの提供など複
の保証がカバーするのは、販売した時点の製品の瑕疵とい
数の約束をしたときに、約束ごとに別々に収益を認識する
うよりも、製品の継続使用に伴う経年劣化などにより生じた
か、複数の約束を一体として収益を認識するか、取引の実
不具合であると考えられます。従って、この保証は、製品の
態を反映するように履行義務を識別する必要があります。
納品とは別の履行義務として識別します。IFRS 第 15 号で
は 、このタイプ の 製 品 保 証 を「 サ ービ ス 型 の 製 品 保 証
考え方
(service-type warranties)」
と呼称し、
「アシュアランス型の
本質問のケースでは、製品の納品と設置という2つの約束
製品保証」
と区別して異なる会計処理を求めています(IFRS
を1つの履行義務と考えて会計処理することが、取引の実態
第15 号 B32 項)。
を反映すると考えられます。
また、本質問の延長保証は、1 年もしくは 2 年のサービス
複数の履行義務として識別すべきかどうかを検討するに
期間にわたって製品保証サービスを提供することから、一定
あたっては、各々の約束が区分可能かどうかを取引の実態
の期間にわたって充足する履行義務に該当します。また、履
を勘案して判断する必要があります。IFRS第 15 号第 27 項
行義務の充足に向けての進捗度の測定は、サービスが提供
では、次の 2つの要件を満たした場合、区分可能となると規
される様子を最もよく反映する方法を選択する必要がありま
定しています。
すが、販売した製品の技術的サポートのように顧客の要求
に応じるために一定期間待機するような履行義務について
は、時の経過とともに収益を認識する方法が考えられます。
a)顧客が約束した項目から単独で便益を得られるか、もし
くは顧客にとって容易に利用できる他の資源と組み合わ
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
25
会計/監査
せて便益を得ることができること
ると規定しています。検討の結果、履行義務がこれらの要件
b)契約上、各々の約束を他の約束と区別することができる
こと
のいずれも満たさない場合には、一時点で充足するものと
なります。
解説
a)会 社 が 義 務を履 行 すると同 時 に、顧 客 が 便 益を受 け
本質問の取引を上記にあてはめて考えてみると、a)の要
件については、顧客に納品される製品が特注品であり、設
置作業は、製品の仕様を熟知している B 社が自ら実施する
必要があることから、容易に他社から調達できないため、製
取って消費する場合
b)会社が製造または増価させていく資産(仕掛品)を顧客
が支配している場合
c)会社が他の顧客に転用できない資産を製造しており、か
品と設置作業サービスは区別できないものと思われます。
つ履行済みの部分について顧客より支払を受ける強制
b)の要件については、顧客は、納品された機器が仕様どお
可能な権利を有している場合
りに作動するかどうか設置が正しく完了するまで確認できま
せん。このため、顧客は、納品を受けただけでは、製品から
解説
期待している重要な便益を得ることはできないと考えられま
a)の要件は、サービス契約を想定しています。例えば、輸
す。従って、この2つの約束はお互いに緊密に結び付いてい
送サービスのように義務の履行途中で他社に業務を引き継
るため区分できないと判断し、1つの履行義務として会計処
いだとしても、既に履行済みの作業について他社が再実施
理することが妥当と考えられます。
する必要がない場合には、この要件に該当します。また、
日々提供される清掃サービス等もこれに該当します。本質問
質問2-2 設置作業込みの製品販売(収益認識)
取引の実態が質問 2-1と同じであり、機器の納品と設置作
業を合わせて1つの履行義務と考えることを前提とすると、
の履行義務は、設置完了まで顧客が便益を受けられないた
め、この要件には該当しません。
b)の要件は、仕掛品の段階から顧客が当該資産を支配し
IFRS第 15 号において、この履行義務は、設置を完了した
ていると判断される取引を想定しており、典型的には、顧客
一時点で充足すると考えるのか、それとも一定の期間にわ
の所有する土地での建設工事が該当します。顧客の土地の
たって充足すると考えるのか、どちらになるのでしょうか。
上に建てられる建物は、建設途上の仕掛中であっても、顧
なお、当該契約には、何らかの理由で途中解約された場
客の支配下にあると考えられます。本質問では、機器は顧
合、B社はそれまでの作業に見合う対価を受け取ることは
客の指定する建物に設置されます。しかしながら、顧客は該
できず、一定の解約料を請求できる旨が記載されていま
当の建物の所有権を有さない建設業者であり、設置途中の
機器について建設業者に支配が移転する約束がないことか
す。
ら、この要件には該当しません。
設置作業込みの
製品販売
B社
対価の支払い
c)の要件は、会社が他社に転用できない資産を提供する
顧客
場合で、かつ、履行済みの部分について顧客から支払を受
ける強制可能な権利がある場合に該当します。本質問の場
合、顧客の指定場所に設置された大型電気機器は、他に転
用することが難しい可能性があります。しかしながら、契約
回答
検討のポイント
収益をどのタイミングで認識するかは、履行義務ごとに判
断することが必要です。
考え方
解除の際には、一定の解約料しか受け取ることができない
契約となっており、履行済みの対価について顧客に請求す
る権利はないことから、この要件には該当しません。
上記の検討の結果、本質問の取引は、a)、b)および c)の
いずれの要件も満たさないと考えられるため、一定の期間
にわたって充足する履行義務ではなく、一時点で充足する
履行義務となります。
本質問のケースでは、機器の設置を完了し、顧客から完
一時点で充足する履行義務について、収益は財または
了確認書を取得した一時点で収益を認識することが取引の
サービスの支配が移転した時点で認識されますが、IFRS第
実態を反映する会計処理と考えられます。
15 号第 38 項では以下の 5つの指標を例示して収益認識の
IFRS第 15 号第 35 項では、次の 3つの要件のいずれかを
満たす場合には、履行義務は一定の期間にわたって充足す
26
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
時点を検討することを要求しています。
会計/監査
1)会社が資産の対価を受け取る現在の権利を有していること
2)顧客が資産の法的所有権を有していること
3)顧客が資産を物理的に占有していること
4)顧客が資産を検収していること
5)顧客に資産の所有に伴う重要なリスクと経済価値が移転
していること
本質問では、指標 1)から5)を勘案し、設置された機器が
正常に作動することを顧客が確認した時点(設置完了確認
書を入手した時点)が履行義務の充足時点になると考えら
れます。
3
IFRS第15号の明確化に関する修正
最後に、2016 年 4 月、国際会計基準審議会(IASB)は、
『IFRS第 15 号「顧客との契約から生じる収益」の明確化』を
公表しました。本修正は、IFRS第 15 号の基礎となる原則を
変更するものではなく、以下について明確化しています。
・契約の中の履行義務の識別方法
・企業が本人(財またはサービスの提供者)なのか代理人(財
またはサービスが提供されるように手配する責任を有する)
なのかの判定方法
・ライセンス供与から生じる収益の認識を一時点で行うべき
なのか一定の期間にわたり行うべきなのかの判定方法
また、移行時における実務上の便法が追加されています。
本修正は、IFRS第 15 号の強制適用と合わせて、2018 年
1月1日以後開始する事業年度から適用となります。早期適
用は認められます。
岡本 晶子 (おかもと あきこ)
PwCあらた監査法人 大阪製造流通サービス部 ディレクター
1995年公認会計士登録。製造業を中心に、国内上場企業及び外資系企
業の財務諸表監査、内部統制監査に従事した後、現在は主として国際財
務報告基準(IFRS)の導入プロジェクトの統括や決算早期化支援等の会計
アドバイザリー業務及びコーポレートガバナンス・コードの導入支援業務
に従事している。PwCあらた監査法人 Centre for Corporate Governance
メンバー。
税務研究会「週刊経営財務」
(2014 年12月8日号)掲載記
事より一部改編
著書に
「コーポレートガバナンス・コードの実務対応Q&A」など。
メールアドレス:[email protected]
【 既刊紹介 】IFRS第 15 号の基礎から実務の論点までを事例を交えて詳細解説
IFRS 解説シリーズⅤ 収益認識
本書は、IFRS 適用企業において、収益認識に際して包括的かつ継続的に適用されることになる IFRS第 15 号「 顧
客との契約から生じる収益 」について、PwC accounting and financial reporting guideを基礎に、豊富な設
例やケーススタディーならびに図表を用いて分かりやすく解説しています。また、日本の実務において、収益
認識が問題となる取引の概要についての説明も含めています。
本書の構成
第Ⅰ部 IFRS第15号の基礎事項
第Ⅱ部 適用上の諸問題
第Ⅲ部 IFRS第15号に基づく財務諸表の表示・開示
出版社:第一法規株式会社
定価:3,700円(税抜き)
編者:PwCあらた監査法人
仕様:A5判/ソフトカバー/312ページ
発行日:2015年11月17日
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
27
会計/監査
IFRS ICによる却下通知(リジェクション・ノーティス)
~IFRS解釈指針委員会での議題から却下された論点~
IAS第1号「財務諸表の表示」
PwC あらた監査法人
アカウンティング・サポート部
IAS第 1 号は財務諸表の表示に関する全般的な要求事項
はじめに
「IFRS IC リジェクション」
とは、一般に、IFRS解釈指針委
や指針を扱う基準ですので、解釈の余地がほとんどないの
員会(以下、
「IFRS IC」
という)が議題として取り上げないと判
ではないかと思われる方が多いかもしれません。ところが、
断した論点をいいます。IFRS ICは、関係者から寄せられた
IAS第1 号に関する却下通知は10 件を超えます。そのほとん
さまざまな論点を検討します。論点が議題として追加される
どは流動項目と非流動項目の分類に関連するものです。以
と、解釈指針の開発や狭い範囲の基準の修正(「年次改善」
下に、流動と非流動の分類の論点について説明しますが、
としての修正を含む)の検討が開始されます。一方で、多く
この論点を含め、IAS第 1 号に関する全ての却下通知の一覧
の論点は、議題として取り上げることが却下(リジェクション)
を表1にまとめました。
されています。IFRS ICは、却下した論点について、論点の
概要と、議題にしないと判断した理由を簡潔にまとめ、ウェ
ブサイトなどで公表しています。
「却下通知(リジェクション・
ノーティス)
」
と呼ばれるこの情報は、基準承認の権限を有す
1
正常営業循環期間
( 2005 年 6 月の却下通知 )
る国際会計基準審議会(以下、
「IASB」
という)
の審議を経ず
正常営業循環期間内に資産を実現させることを見込んで
に公表されるものですので基準書ではありませんが、有用
いる場合に、その資産が流動と非流動のどちらに分類され
な情報といえます。
るのかという論点がありました。IAS第1 号66 項(a)は、企業
PwC’s Viewの第 1号では、この却下通知がどのような検
の正常営業循環期間内に、資産を実現させることを見込ん
討を経て公表されるのか、IFRS ICでの検討プロセスについ
でいるか、または販売もしくは消費することを意図している
て紹介しました。連載 2回目となる今回は、これまでどのよう
場合、その資産を流動資産として分類することを要求してい
な論点が IFRS IC に提出され、どのような却下通知が公表
ます。66 項(a)は、企業における主たる営業循環期間が
されたのかについて、具体的にIAS第1号「財務諸表の表示」
一つの場合にのみ適用されるのでしょうか。具体的には、コ
を取り上げて解説します。
ングロマリット企業で複数の営業循環期間が存在する場合
は、どのように分類すればいいのでしょうか。そのような場
合には、66 項(a)は適用されず、66 項(c)に従い、企業が
報告期間後 12カ月以内に資産を実現させることを見込んで
いる場合に、流動資産として分類するという狭い解釈も考え
られます。
IFRS ICの見解は、66 項(a)の「正常営業循環期間」は単
数形と複数形の双方で読むべきであり
(つまり複数の営業循
環期間が存在する場合にも66 項(a)は適用される)、異なる
性質を持つ棚卸資産については、それぞれの営業循環期間
に応じて流動・非流動に分類すべきである、というものです。
さらに、IFRS ICは、企業が営業循環期間の異なる複数の棚
卸資産を保有している場合、財務諸表利用者の理解のため
に重要であれば、類似の項目を集約して分類を判断するこ
とが要求されることを指摘しました。
28
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
会計/監査
表1:IAS第1号に関するIFRS IC却下通知の要旨
トピック
結論の要旨
営業活動と通常の活動
(2003年2月)
営業活動および通常の活動から除外すべき項目について追加的なガイダンスが必要か?
関連する文言は最終的に削除されたものの、損益計算書の表示は、業績報告に関する研究プロジェクトを通じて引き続き
IASBで対処されている。
正常営業循環期間
(2005年6月)
主たる営業循環期間がない場合の資産(例:棚卸資産)は流動/非流動のいずれに分類するか?
IFRS ICは、循環期間が異なる複数の棚卸資産を保有している場合、類似の項目を集約して分類を判断することを明確にし
た。本文で詳しく解説。
目論見書の比較情報
(2005年6月)
特定の法域における目論見書に関して認識されていた実務上の問題点に対応するため、比較情報の要求事項を修正する
か?
IFRS ICは、この論点が IAS第 1号とその法域の規制当局の要求事項とのアプローチの違いによるものと考え、解釈指針に
よって解決できるものではないと結論付けた。
転換可能金融商品
(2006年11月)
転換可能金融商品の負債性要素は流動/非流動のいずれに分類されるか?
保有者が選択すれば資本性金融商品の発行により決済できるという負債の条件は、流動/非流動の分類に影響を与えない
ことを明確化する年次改善が公表された。本文で詳しく解説。
「売買目的保有」デリバティブ
(2007年5月)
「売買目的保有」デリバティブは流動/非流動のいずれに分類するか?
IASBは、売買目的保有として分類される金融商品は常に流動に分類することを示唆する記載を削除することで、IAS第 1号
を明確化した。本文で詳しく解説。
継続企業の前提に関する開示
(2010年7月/2014年7月)
継続企業の前提に関する重要な不確実性をどのように開示するか?
IFRS ICは、2010年にこの論点を検討した際に却下したが、2014年に再度検討した際には IAS第 1号を明確化することを提
案した。しかし、IASBが IAS第 1号を修正することに反対する決定をしたため、IFRS ICは最終的に、継続企業の前提に関す
る結論に重要な判断が伴う場合、IAS第 1号における一般的な開示要求事項を検討すべきであるとする却下通知を公表し
た。
奨励される開示と要求される開示
(2010年9月)
IFRS ICは、奨励される
(が要求ではない)全ての開示項目について、それらが要求であるかを確認し、要求でない場合は削
除するようIASBに提言した。
IASBは、この論点が開示の原則に関する別個のプロジェクトの範囲に含まれているとして、年次改善プロジェクトに追加し
なかった。
繰上返済条項付き融資
(2010年11月)
12カ月以内に返済する予定がないものの、貸し手がいつでも繰上返済を要求できる負債は流動/非流動のいずれに分類
するか?
IFRS ICは、いつでも融資の返済を要求する権利を貸し手が有している場合、決済を延期する無条件の権利は存在しないた
め、当該融資を流動に分類しなければならないとする見解を示した。本文で詳しく解説。
法人所得税以外の支払の表示
(2012年7月)
生産量ベースのロイヤルティ支払を法人所得税から控除できる場合に、損益計算書において法人所得税として表示できる
か?
IFRS ICは、法人所得税の定義を満たすかどうかは関連する税規則によって決まっているとして、この論点を却下し、当該ロ
イヤルティ支払がIAS第12号の適用範囲ではない限り、法人所得税に含めて表示すべきではないとした。
IAS第1号の適用に関する論点
(2014年5月)
IAS第1号の特定の要求事項-費用の機能別分類、追加の表示項目/表示欄、重要性の適用などを明確化するか?
IFRS ICはこの論点を却下したが、多くの項目は、2014年12月に公表されたIAS第1号の狭い範囲の修正で対処されている。
転換可能金融商品
( 2006 年 11 月の却下通知 )
定されません。
転換可能金融商品の負債性要素の分類に関する論点が
正され、負債の条件が保有者の選択で資本性金融商品の発
議論されました。転換可能金融商品には 2 つの要素、資本
行により決済される可能性があるものであっても、分類には
性要素(保有者の転換権)
と負債性要素(発行者が現金を引
影響を与えないことが明記されました。負債の決済を報告
き渡す義務)があります。負債性要素が、現金ではなく発行
期間後少なくとも12カ月にわたり延期することのできる無条
者の株式によって決済される(いわば株式で「支払われる」)
件の権利を企業が有していない場合には、たとえ発行企業
2
IFRS ICは、この論点は基準の設定による対応が必要だと
判断しました。その結果、年次改善を通じて IAS第 1 号が修
可能性がある場合、発行者の貸借対照表でどのように分類
の株式によって決済される可能性があっても、流動負債とし
すべきでしょうか。
て分類することになります。
検討の過程において、負債性要素は非流動として表示す
ることが適当であるという考えもありましたが、一方で、報告
期間後少なくとも12カ月間決済を繰り延べる無条件の権利
がないため流動として表示するという考えもありました。こ
の場合の負債の「決済」は、現金や他の資産の引き渡しに限
3
「 売買目的保有 」デリバティブ
( 2007 年 5 月の却下通知 )
IAS第 39 号「金融商品:認識及び測定」に従って「売買目
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
29
会計/監査
的保有」に分類されるデリバティブが、流動と非流動のどち
らに分類されるのかという論点がありました。このようなデリ
バティブは報告日後 12カ月より後に決済される可能性があ
りますが、IAS第 39 号では貸借対照表上の分類について説
明していないため、流動と非流動の分類に関して多様な意
見がありました。売買目的保有の分類は測定目的のみであ
るという意見もあれば、売買目的保有に分類される金融負
債は流動として表示しなければならないという意見もありま
した。
IFRS ICは、この論点をアジェンダとして取り上げないこと
を決定しました。その後、IASBは、IAS第 39 号で売買目的
保有に分類される金融商品は常に流動への表示が要求され
ることを示唆する記載を IAS第 1 号から削除し、この取り扱
いを明確化しました。売買目的保有に分類されるデリバティ
ブは、IAS第 1 号の規定に従って流動・非流動に分類するこ
とになります。
繰上返済条項付き融資
( 2010 年 11 月の却下通知 )
4
12カ月以内に返済する予定がないものの、貸し手がいつ
でも繰り上げ返済を要求できる負債が、流動と非流動のどち
らに分類されるのか検討されました。
IFRS ICは、この論点をアジェンダとして取り上げませんで
した。報告日時点において、企業が負債の決済を報告期間
後少なくとも12カ月間延期できる無条件の権利を有してい
ない場合、その融資を流動項目に分類することを IAS第 1 号
は要求していると考えたからです。いつでも支払を要求でき
る権利を貸し手が有しているということは、企業には決済を
延期させる無条件の権利が存在しないことを意味しますの
で、そのような負債は流動として分類することになります。
Similarities and Differences
国際財務報告基準および日本基準の比較 2016
本書は、IFRS と日本基準との差異の概略を各章の冒頭に示し、その後に主な差異について両基準の内容を記述
しています。また、章末の「 最近の動向 」では、新基準、公開草案の概要も説明しました。
本書は、2016 年 3 月 31 日までに公表された IFRS、日本基準および両者の公開草案などに基づいて作成してい
ますが、全ての最新基準および公開草案が含まれているわけではありませんので、ご利用にあたってはご注意
ください。
本書の PDF は、下記のリンク先から入手できます。
Inform( https://inform.pwc.com/ )
Inform とは、IFRS の実務のために厳選された情報を掲載している PwCウェブサイトです。
30
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
会計/監査
IFRS第16号「リース」の概要
PwC あらた監査法人
財務報告アドバイザリー部 マネージャー 田野
雄一
はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は、米国財務会計基準審議
1
IFRS第16号の主な特徴
会(FASB)
とともに、現行のリースの会計基準(IAS第 17号
(IASB)
および Topic840(FASB)
)
の財務報告上の問題点の
IFRS第 16 号は、いくつかの例外はあるものの、リースの
改善を図るため、これまで共同プロジェクトに取り組んでき
定義(下記「3. リースの定義」を参照)を満たす全ての契約
ました。両審議会の共同の審議は、2015年までに完了して
に適用されます。
おり、IASBは、2016年 1月に国際財務報告基準(IFRS)第 16
号「リース」
を公表しています。
IFRS第16 号における借り手の会計処理は、資産を使用す
る権利である使用権資産を資産計上し、リース料の支払全
このリースプロジェクトは、主として借り手のオペレーティ
義務を負債計上する、使用権モデルの考え方に基づいてい
ングリース取引がオフバランスであるという問題点への対処
ます。借り手の会計処理については、現行の IAS第 17 号に
のために開始されました。IFRS第16号では、借り手のほとん
おけるリースの分類がなくなり、単一の会計処理モデルが
ど全てのリースがオンバランスされることになる点に特徴が
導入されています。借り手は、
「2. 借り手における認識の免
あります。一方、貸し手の会計処理については、コストベネ
除」で後述する短期リースおよび少額資産のリースを除く全
フィットの観点から、現行の IAS第 17号における貸し手の会
てのリースについて使用権資産およびリース負債を認識す
計処理が、ほぼ維持されています。本稿では、IFRS第 16号
ることとなる点に特徴があります(図表1 参照)。
「リース」の主要な論点の概要について紹介します(誌面の
なお、米国会計基準の Topic842 における借り手の会計
都合上、表示、開示および経過措置などの説明を省略して
処理は、2 本立ての会計処理モデルとなり、IFRS第 16 号と
いる点についてはご容赦ください)。なお、文中の意見にわ
Topic842の間には、借り手の会計処理モデルの違いを含
たる部分は、筆者の私見であることにご留意ください。
めて、依然として、いくつかの差異が残ります。
貸し手については、現行の IAS第 17 号における貸し手の
会計処理がほぼ維持されています。IFRS 第 16 号において
は、引き続き、ファイナンスリースとオペレーティングリース
の 2つの分類に基づき、それぞれの要求事項に従って会計
処理がなされます。ただし、IFRS第 16 号においては、開示
に関する要求事項の拡充がなされており、特に残価リスクに
対する貸し手のエクスポージャーに関する開示の改善が図
られている点が、特徴の一つです。
IFRS第 16 号の適用時期は、原則として、2019 年 1月1日
以後開始する事業年度からとされています。ただし、IFRS
第 15 号「顧客との契約から生じる収益」を適用している場合
に限り、IFRS第16 号を早期適用することが認められます。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
31
会計/監査
が判断した旨の記述が見られます。
借り手における認識の免除
2
IFRS第 16 号では、借り手の IFRS第 16 号適用時のコスト
3
ソリューション
リースの定義
面の救済のために、借り手は、少額資産のリースおよび短期
リースについて、認識および測定に関する要求事項(下記
IFRS第 16 号では、企業は、契約の開始時に、契約がリー
「6. 借り手の会計処理」参照)を適用しないことを選択できま
スであるか、または、リースを含んだものであるかどうかを
す。なお、当該選択は、短期リースについては原資産の種
判定することを求められます。特定された資産の使用を支
類ごとに、少額資産のリースについては個別の契約ごとに、
配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場
実施されます。
合、契約(またはその一部)はリースとされます。IFRS第 16
短期リースとは、リース開始日においてリース期間(下記
「5. リース期間」参照)が 12カ月以下のリースをいいます。
短期リースについて、認識の免除を行うことができるのは借
り手のみとされています。購入オプションを含む場合、リー
号上、
「一定期間」は、特定された資産の使用量が一定に達
するまでの期間を含むことや、契約期間の一部だけがリー
スに該当する場合があることも明示されています。
顧客が、
「特定された資産の使用による経済的便益のほと
んど全てを得る権利」
と「特定された資産の使用を指図する
スは、短期リースではない、とされています。
少額資産とは、リース開始日における資産の経過年数に
かかわらず、新品のときの価値が絶対額ベースで少額であ
るなどの要件を満たす資産をいいます。なお、少額であるか
権利」の両方を有している場合、契約はリースと判定されま
す。
このようなリースの定義に沿って、契約がリースであるか
どうかを判断するための数値基準は、規定されていません。
どうか、または、リースを含むかどうかの評価を支援するた
IFRS第 16 号の結論の根拠(BC100 項)によると、IASBは、
め、IFRS第 16 号には、図表 2のようなフローチャートが含ま
議論していた当時、新品時に 5,000 米ドル(当時の為替レー
れています。
トで換算すると約 60 万円)以下の規模の資産を少額資産と
IFRS第 16 号では、短期リースおよび少額資産のリースを
することを念頭に置いていたようです。IFRS第 16 号上、少
除き、借り手は、使用権資産とリース負債を認識するオンバ
額資産のリースと重要性の考え方の関係を明示的に示す規
ランス処理を行うことを要求されます。そのため、IFRS第 16
定は、置かれていないものの、結論の根拠(BC85 項)には、
号適用後は、契約がリースに該当するかどうかが重要な論
概念フレームワークおよび IAS第 1 号「財務諸表の表示」に
点となると考えられます。契約がリースに該当するかの判定
おける重要性の考え方に依拠することが適切であると IASB
における主なポイントは次のとおりです。
図表1:IFRS第16号における借り手の会計処理
IFRS第16号: ほとんど全てのリースがオンバランスされる
費用の認識パターン
(イメージ図)
リース
IFRS16における費用合計(①+②)
使用権資産
金額
リース負債
IAS17における
オペレーティングリースの費用
IFRS16における減価償却費
(①)
使用権資産の減価償却費
IFRS16における利息費用
(②)
利息費用
経過年数
32
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
会計/監査
図表2:契約がリースであるか、または、リースを含むかどうかの評価のためのフローチャート
(IFRS第16号 B31項)
特定された資産に該当するか(B13~B20項参照)
No
Yes
顧客が、使用期間にわたる資産の使用により、
ほとんど全ての経済的便益を得る権利を有しているか(B21~B23項参照)
No
Yes
顧客
供給者
誰が、使用期間にわたり、資産の使用方法および
使用目的を指図する権利を有しているか(B25~B30項参照)
どちらでもなく、
あらかじめ決定されている
Yes
顧客が、使用期間にわたり、資産を稼働する権利
(または自らが決定する方法で資産を稼働するよう他者に指図する権利)
を有しており、
供給者には当該稼働指示を変更する権利がないか(B24項(b)(ⅰ)参照)
No
顧客が、当該資産(または当該資産の特定の要素)
を、
使用期間にわたる資産の使用方法および使用目的について
事前に決定する方法で、設計しているか(B24項(b)(ⅱ)参照)
Yes
契約はリースを含む
( 1 )特定された資産
リースの原資産は、明示的または黙示的に、特定された
No
契約はリースを含まない
顧客は、供給者による入替えの権利が実質的でないと推定
しなければならない、という規定も設けられています。
資産でなければならない、とされています。資産が特定され
資産の稼働能力の一部については、物理的に区分できる
ているかどうかを判定するためには、以下の点について留
場合(例:建物の各フロア)、特定された資産に該当するが、
意が必要です。
物理的に区分できない場合(例:光ファイバーケーブルの容
供給者が契約履行のために特定された資産を入れ替える
量の 20%)、特定された資産に該当しない、とされます。た
実質的な権利を有していない場合、
「特定された資産」が存
だし、資産の一部分であっても、資産全体の稼働能力のほ
在する、とされます。供給者が実質的な入替えの権利を有
とんど全てに該当し、資産全体の使用による経済的便益の
するのは、次の2つの要件を満たす場合です。
ほとんど全てを得る権利を顧客に提供する場合、特定され
● 供給者が使用期間にわたり資産を入れ替える実際上の能
た資産に該当する、とされます。
力を有している
● 供給者が資産を入れ替える権利の行使によって経済的に便
益を得る
例えば、新しいテクノロジーの導入など、将来の事象のう
( 2 )特定された資産の使用により経済的便益を得る権利
顧客は、特定された資産の「使用」を支配するためには、
使用期間にわたり資産の「使用」による経済的便益(主要な
ち、開始時において発生する可能性が高いとは考えられな
アウトプットや副産物など)のほとんど全てを得る権利を有
い事象による資産の入替えについては、除外して検討を行
している必要があります。ここでいう経済的便益には、資産
います。また、修理およびメンテナンスのための資産の入替
の「所有」の結果、生じる税務ベネフィットなどは含まれない
えは、基本的には、供給者による実質的な入替えの権利の
点に留意が必要です。
行使による資産の入替えではないと考えられます。
この権利を有するかどうかの評価の際には、資産を使用
なお、供給者が実質的に資産を入れ替える権利を有して
する顧客の権利の定められた範囲内(例えば、資産の使用
いるのかどうかについて、顧客が容易に決定できない場合、
場所や使用量の上限などの制限があれば、その制限を考慮
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
33
会計/監査
する)で評価を行います。
( 3 )特定された資産の使用を指図する権利
①特定された資産の使用を指図する権利を有するための要件
用に関する決定を行う権利のみを考慮して、顧客が、資産
の使用を指図する権利を有しているのかどうかを評価しな
ければなりません。例えば、顧客が、使用期間前に数量や
内容などの資産のアウトプットを指定することしかできない
顧客が使用期間にわたり特定された資産の使用を指図す
場合、それ単独では、顧客が特定された資産の使用を指図
る権利を有するのは、次のいずれかの場合のみである、とさ
する権利を有していることにはなりません。資産の使用に関
れています(ここでは、仮に状況 A、状況 Bと呼ぶこととしま
する他の意思決定権がなければ、財またはサービスを購入
す)。
する他の顧客と同様の権利を与えるに過ぎないためです。
状況A
顧客が使用期間にわたり資産の使用方法および使用目的を指
図する権利を有している場合
状況B
資産の使用方法および使用目的に関する関連性のある決定が
事前に決定されており、次のいずれかである場合
状況B1
状況B2
4
リース構成部分と
非リース構成部分の区分
契約の中にリース構成部分と非リース構成部分(サービ
顧客が、使用期間にわたり資産を稼働する権利(ま
たは自らが決定する方法で資産を稼働するよう他者
に指図する権利)を有しており、供給者には、当該稼
働指示を変更する権利がない
ス)が含まれている場合、両者をどのように区分するかにつ
顧客が、当該資産(または当該資産の特定の要素)
を、使用期間にわたる資産の使用方法および使用目
的について事前に決定する方法で、設計している
リース構成部分に対価を配分しなければならない、とされて
いては、借り手と貸し手で取り扱いが異なります。
借り手は、独立価格の割合に基づきリース構成部分と非
います。観察可能な独立価格が容易に利用可能ではない場
合、借り手は、観察可能な情報を最大限に使用して独立価
格を見積もることとされます。なお、借り手は、実務上の便
②資産の使用方法および使用目的
状況 A:状況 Aに該当するのは、顧客が契約で定められた
使用権の範囲内で、使用期間にわたり資産の使用方法およ
法として、両者を分けずに全体を単一のリースとして会計処
理することができます。なお、この実務上の便法は、原資産
の種類ごとの会計方針の選択となります。
び使用目的を変更できる場合です。この評価を行う際に、企
貸し手は、IFRS第 15 号「顧客との契約から生じる収益」
と
業は、資産の使用方法および使用目的を変更することに最
同様に、別個の履行義務に取引価格を配分する方法を用い
も関連性のある意思決定権を考慮することを要求されます。
る、とされます。
そのような意思決定権は、次のように例示されています。
資産が産出するアウ
トプットの種類を変
更する権利
・ 運送用コンテナを物品の輸送または貯蔵のどち
らの目的で使用するかの決定
・ 小売店舗で販売される製品の組み合わせの決定
アウトプットをいつ
産出するのかを変更
する権利
・ 機械または発電所をいつ使用するのかの決定
アウトプットの産出
場所を変更する権利
・ トラックまたは船舶の目的地の決定
・ 設備の使用場所の決定
アウトプットを産出
するかどうかおよび
アウトプットの量を
変更する権利
・ 発電所からエネルギーを産出するのかどうかの
決定
・ 発電所からどのくらいのエネルギーを産出する
のかの決定
5
リース期間
リース期間とは、リースの解約不能期間に次の両方を加
えた期間をいいます。
(1)借り手が延長オプションを行使することが合理的に確実
である場合、延長オプションの対象期間
(2)借り手が解約オプションを行使しないことが合理的に確
実である場合、解約オプションの対象期間
リース開始日から見て、借り手が将来、延長オプションを
行使すること、または、解約オプションを行使しないことが、
状況B:状況Aとは逆に、顧客が資産の使用方法および使
「合理的に確実」
( reasonably certain)かどうかを評価する
用目的を変更する権利がない場合であっても、資産の使用
ことが必要です。なお、現行の IAS 第 17 号では、延長オプ
方法および使用目的についての関連性のある決定が事前に
ションについて、その行使が合理的に確実である場合に延
決定されている場合、資産を稼働する権利は、資産の使用
長オプションの対象期間をリース期間に含めることとされて
を指図する権利を顧客に与える場合がある、とされていま
おり、IAS第 17 号における「合理的に確実」の考え方が IFRS
す。この場合、前述の状況 B2のように顧客が資産をあらか
第16 号においても実質的に維持されています。
じめ設計した場合を除き、企業は、使用期間中の資産の使
34
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
会計/監査
6
借り手の会計処理
ためにリース負債の帳簿価額を増額するとともに、借り手が
リース料を支払った場合、その金額をリース負債の帳簿価
額から減額します。損益計算書に認識される利息の金額は、
IFRS第 16 号では、短期リースおよび少額資産のリースを
除き、借り手の全てのリースがオンバランスされることが
IFRS第 16 号の特徴の 1つです(図表 1 参照)。借り手の会計
リース負債の当初認識時に決定された割引率(割引率の見
直しがない場合)を用いて算定されます。
使用権資産を原価モデルで測定する場合、IAS 第 16 号
処理上、現行の IAS 第 17 号「リース」のようなファイナンス
「有形固定資産」における減価償却の要求事項を適用して、
リースとオペレーティングリースの分類は存在しません。現
リース開始日から、使用権資産の耐用年数の終了時または
行の IAS第 17 号および IFRS第 16 号における借り手の費用
リース期間の終了時のいずれか早い方まで、使用権資産の
の認識パターンは、図表 1のとおりです。IFRS第 16 号では、
償却を行います。多くの場合、定額法での減価償却を行うこ
リース期間の前半で費用がより多く計上され、リース期間の
とになると考えられます。ただし、借り手が購入オプション
後半で費用がより少なく計上されます。
を行使することが合理的に確実であるために、使用権資産
の取得原価が購入オプションの行使を反映している場合、
(1)当初認識および測定
契約が、リースの定義に該当し、IFRS第 16 号の適用範囲
使用権資産を原資産の耐用年数の終了時まで減価償却しま
す。
に含まれる場合、借り手は、リース開始日において、使用権
また、一定の場合には、使用権資産を IAS 第 40 号「投資
資産とリース負債を認識します。なお、リースが短期リース
不動産」の公正価値モデルや IAS第 16 号「有形固定資産」の
または少額資産のリースに該当する場合、借り手は、使用
再評価モデルで測定することも可能とされています。
権資産およびリース負債を、オンバランスせずに、リース料
をリース期間にわたって純損益に認識する処理を会計方針
として選択することができます。
借り手のリース負債の当初計上額は、リース料総額の現
在価値などで構成されます。
借り手の使用権資産の当初計上額は、リース負債の金額
と同額として算定し、リース開始日以前に支払ったリース
料、原状回復費用など、借り手の当初直接コストがある場
合、これらを加算します。
田野 雄一 (たの ゆういち)
PwCあらた監査法人
財務報告アドバイザリー部 マネージャー 公認会計士
2006 年にあらた監査法人へ入所。2012 年 7月より3 年間、企業会計基
準委員会に専門研究員として出向。帰任後、日本基準および IFRSに関す
る相談業務や会計アドバイザリー業務に従事。著書(共著)に「実務入門 (2)事後測定
リース開始日より後において、借り手は、利息を反映する
IFRSの新リース会計」
(中央経済社)。
メールアドレス:[email protected]
実務入門 IFRSの新リース会計
PwC あらた監査法人では、わが国において、借り手および貸し手の立場にかかわらず、リースを利用している企業にとって重要な IFRS のリース会計
の全体像と、IFRSのリース会計の新基準である IFRS第 16 号「 リース 」の導入の影響を明らかにすることを目的として本書を刊行することとしました。
●本書においては、単なる会計基準の説明のみではなく、IFRS 第 16 号を実務において実際に適用する場面で
想定される論点や、実務における影響についても解説しています。さらに、日本のリース基準からIFRSのリー
ス会計の新基準への移行による影響についても幅広く解説しています。
●設例や図表を多く取り入れることにより、経理・財務担当者のみならず、リースを利用している部門の関係
者にとって容易に理解できる内容としています。
●米国会計基準におけるリース会計の新基準( Topic 842 )についての概要を紹介する他、IFRS第 16 号との主
要な差異についても解説しています。
本書の構成
第Ⅰ部 リース会計基準の概要
第Ⅱ部 IFRSの新リース会計基準
第Ⅲ部 IFRSの新リース会計基準の実務への適用
第Ⅳ部 開示
第Ⅴ部 移行
第Ⅵ部 米国会計基準との差異
出版社:中央経済社
編者:PwCあらた監査法人
定価:3,000円(税抜き)
発行日:2016年4月27日
仕様:A5判/ソフトカバー/264ページ
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
35
ソリューション
リスク分担型DBの概要
【年金改正解説③】
PwC あらた監査法人
第 2 金融部
(保険・共済 )
年金数理人 井川
孝之
はじめに
社会保障審議会企業年金部会(以下「企業年金部会」)が
1
議論の背景
2015年1月に
「社会保障審議会企業年金部会の議論の整理」
(以下「議論の整理」)
を公表した後、2015年 4月に
「確定拠
前回、わが国においては、確定拠出年金(DC)は十分普及
出 年 金 法 等 の 一 部を改 正する法 律 案 」
( 以 下「D C 法 改 正
している状況にないことをご説明しました。このことは、実
案」
)が国会に提出されました。さらにこの後、2015年 6月に
は DCに限ったことではなく、わが国において、確定給付企
政府の日本再興戦略が策定され、運用リスクを事業主と加
業年金(DB)を含む企業年金全体について、普及は十分と
入者で柔軟に分け合うハイブリッド型の企業年金制度の導
はいえません。企業年金部会で示された2013 年3月末時点
入と将来の景気変動を見越したより弾力的な運営を可能と
の企業年金加入者数の厚生年金被保険者数に対する割合
する内容が織り込まれました。これを受け、企業年金部会で
は、厚生年金基金と確定給付企業年金の加入者の重複が全
は、2015年 9月に、
「リスク対応掛金」
と
「リスク分担型 DB」が
く存在しない仮定でも39.5%という状態でした。その後、厚
提示され、2016年 4月導入に向け準備が進められていまし
生年金基金の解散数が増え、この割合はさらに小さくなって
たが、実施は遅れている状況です。
いる可能性があります。
本稿では、わが国の企業年金の課題を確認しながら、リ
それでは、企業年金がなくても、老後の生活保障は十分
スク分担型DBの概要について解説します。また、リスク分担
でしょうか。図表 1は、わが国と海外先進諸国の公的年金の
型 DBの参考とされている海外の集団型 DCなどの状況を簡
所得代替率を表しています。所得代替率とは、年金受給開
単にご紹介し、リスク分担型 DBが活用されるための課題に
始時点の年金額が、現役世代の手取り収入額(賞与込み)
と
ついて考察します。文中の意見にわたる部分は筆者の私見
比較してどの程度の割合かを表します。図表 1の前提と異な
であり、PwCあらた監査法人または所属部門の正式見解で
る部分がありますが、国際労働機関(ILO)第 102 号条約で
ないことをあらかじめお断りします。
は、老齢(有配偶)の受給者について 30 年拠出した場合に
従前の所得の 40%以上を実現することが織り込まれてお
り、公的年金が縮小して行くなかで、公的年金の給付のみ
では、求められる所得代替率を達成できない恐れがありま
す。図表 1に掲げる国には、公的年金の所得代替率はそれ
ほど高くありませんが企業年金などの私的年金が充実して
いる国もあり、公的年金と私的年金を合わせて制度設計の
議論が行われています。
企業年金部会では、わが国における企業年金のカバー率
や公的年金の給付水準の状況も踏まえ、企業年金の普及を
促進し老後に向けた自助努力をできる限り支援していく方
策について議論されました。その中で、より自由な設計を可
能とするため、柔軟で弾力的な給付設計や拠出時・給付時
の仕組みについて検討され、以下のとおり、取りまとめられ
ました。
36
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
ソリューション
図表1:OECDによる先進諸国の年金給付水準の比較
義務加入年金の所得代替率
(うち公的年金)
(うち義務的な私的年金)
労働人口の40〜65%を
カバーする任意の私的年金
単位:%
アメリカ
イギリス
オーストラリア
ドイツ
フランス
スウェーデン
日本
38.3
32.6
52.3
42.0
58.8
55.6
35.6
38.3
32.6
13.6
42.0
58.8
33.9
35.6
-
-
38.7
-
-
21.7
-
37.8
34.5
-
16.0
-
-
-
出所:OECD、“Pensions at a glance 2013”、厚生労働省の資料を加工して作成
20歳から標準的な支給開始年齢まで平均賃金水準で働いた勤労者の年金(本人分)の平均賃金に対する比率
平均賃金・年金とも税・社会保険料控除前
図表2:企業年金の給付設計の種類と特徴
伝統的DB
給付は
運用実績に
関わらず規定
キャッシュ
バランス
プラン
給付の種類
あらかじめ
国債利回り等に
規定された給付 連動・保証有り
「議論の整理」
(2015 年1月・抜粋)
2.企業年金制度等の普及・拡大に向けた見直しの方向性
(2)柔軟で弾力的な給付設計
○ 柔軟で弾力的な給付設計については、企業年金の選択肢を拡大
ン)
との違いを踏まえつつ、制度導入も視野に入れて引き続き検討す
べきである。
「議論の整理」の後、2015 年 6月 30日には、政府の「日本
伝統的
DC
運用実績等の
財政状況に連動
運用実績に
連動
給付は
運用実績に
よって決まる
す。キャッシュ・バランス・プランの給付は、一定の保証を設
けつつ、国債利回りなどの指標に連動して給付が改定される
仕組みとなっており、市場金利の変動に対し、退職給付債
務や費用の変動を抑制することができる特徴があります。
し、企業年金の普及・拡大に資するものと考えられることから、諸外国
の例を参考に、現場のニーズや現行制度(キャッシュ・バランス・プラ
リスク分担型
DB
運用リスクについては、伝統的な DB(勤続年数別の定額
給付や最終給与比例給付など)
と同様、キャッシュ・バラン
ス・プランにおいても事業主が負うこととなりますが、給付
が国債利回りなどの指標に応じて改定されるため、金利水
準などの変動による積み立て不足の発生を抑制することが
再興戦略」改訂 2015 が閣議決定され、後述の「リスク対応
可能な仕組みとなっています。わが国のキャッシュ・バラン
掛け金」
と
「リスク分担型 DB」の内容が織り込まれました。こ
ス・プランでは、一定の保証を設けつつ、年金資産の運用
れらの概要案については、2015 年 9 月と 2016 年 4 月の企
利回りに応じ給付を改定する設計も可能です。これに対し、
業年金部会において示されています。
DC(後に詳述するリスク分担型 DBや海外の集団型 DCと区
別するため、以下「伝統的 DC」
と言います)は、各加入者が
2
企業年金の給付設計の種類と特徴
全面的に運用リスクを負う仕組みとなっています。提案され
ているリスク分担型 DBは、加入者や受給権者全員でリスク
を負い分担し合う点が伝統的DCと異なります。
「議論の整理」に記載された「柔軟で弾力的な給付設計」
と
は、DBと DCの中間的な特徴を持つもので、ハイブリッド型
とも呼ばれます。ハイブリッド型の代表的な給付設計とし
3
リスク分担型DBの概要
て、キャッシュ・バランス・プランがあります(図表2 参照)。
キャッシュ・バランス・プランは、1985 年に米国で開発さ
リスク分担型 DBを実施するためには、将来の財政悪化時
れた制度ですが、わが国においても、DBの中で 2002 年より
に想定されるリスクに備えるリスク対応掛け金の導入が必要
利用可能となっており、多くの日本企業が既に利用していま
となります。その他にも、給付設計の変更に係る同意取得の
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
37
ソリューション
取り扱いや、ガバナンスに係る規定の整備などが必要と考
図表 3は、DBの収入と支出の均衡の様子と事業主の掛け
えられますが、リスク分担型 DBに係る政省令案のパブリック
金負担部分および給付調整の部分を表したものです。追加
コメントは、2016 年5月11日時点で公表されておりません。
拠出が発生しないよう、リスク対応掛け金と給付調整の部分
ここでは、企業年金部会で示されたリスク分担型 DBの仕組
を規定しています。リスク対応掛け金は、標準方式では、積
みの概要について解説します。
み立て金の価格変動リスクと予定利率低下リスクの範囲内
で設定し、あらかじめ労使合意により固定とされています。
調整率を乗じる従来の DBにおける給付算定式としては、
(1)リスク対応掛け金
企業の掛け金負担力や年金資産の運用利回りは、景気変
現行の DBで用いられている定額制、最終給与比例制、平均
動にも影響を受けることに鑑み、景気が良好な間に掛け金を
給与比例制、ポイント制などが可能と考えられます。当該年
増やし将来の財政悪化に備えることを可能とするリスク対応
度の調整率については、下記のとおりとされています。
掛け金が提案されました。上述のとおり、リスク対応掛け金
は、リスク分担型 DBの前提となります。財政悪化時を想定し
[調整率]
・剰余が生じている場合:
(積立金+掛金収入現価−将来発生するリス
た積み立て不足の測定方法として、ストレスシナリオによる方
ク)÷調整を行わない場合の給付現価(1.0超)
法やVaR(Value at Risk: バリュー・アット・リスク)、資産価格
・財政均衡している状態:1.0
の変動のみを考慮した係数を乗じる方法などが検討されてい
・不足が生じている場合:
(積立金+掛金収入現価)÷調整を行わない
ます。これらは、金融機関のリスク管理などで用いられている
場合の給付現価(1.0未満)
複雑な手法ですが、リスク分担型 DBを実施する事業主にお
いて取り扱う必要があります。また、リスク対応掛け金の設定
単年度ごとの給付の変動を抑制するため、調整率は複数
に恣意性がないか、一定の専門性を有する第三者が検証す
年度で平滑化したものを使用することも可能とする案が示さ
べきという意見も企業年金部会では出されています。
れています。
(3)リスク分担型DBの論点
(2)リスク分担型DB
上述のとおり、リスク分担型 DBは、複雑な制度となってお
提案されているリスク分担型DBの概要は、下記のとおりです。
り、特に給付改定の仕組みが加入者や受給権者に理解さ
[ 制度概要 ]
れ、受け入れられるかが論点となります。また、運用方針の
・掛金負担と給付調整
策定やモニタリングを、多くの関係者を交えて、どのように
事業主が掛金負担により対応する部分(リスク対応掛金含む)
と加入者
等の給付調整により対応する部分を予め規定
実施していくか、年金ガバナンスと資産運用も大きな論点で
しょう。
・給付算定式
事業主にとっては、リスク分担型 DBが会計上 DCと DBの
従来のDBにおける給付算定式
× 当該年度の調整率
いずれとされるかも大きな論点であり、これについては、企
図表3:リスク分担型DBの仕組み(イメージ)
事業主の掛金負担により
対応する部分
将来発生するリスク
リスク対応掛金
掛金収入現価
あらかじめ
労使合意により固定された
リスク対応掛金を拠出
給付現価
積立金
厚生労働省の資料を加工して作成
「給付現価」は将来の給付の現在価値、
「掛金収入現価」はリスク対応掛金を除く将来の掛金収入の現在価値を表しています。
38
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
財源の変動に合わせて給付を増減調整
加入者等の給付調整により
対応する部分
ソリューション
業会計基準委員会の退職給付専門委員会において審議が
続けられています。
4
海外の事例
(集団型DC、DA)
5
年金ガバナンスと資産運用
リスク分担型 DBが提言された背景と提案されている制度
概要をご説明しました。リスク分担型 DBが実施可能となっ
た場合、海外の事例を見ても、リスク分担型 DBを有効活用
リスク分担型 DBの参考とされた海外の給付設計の事例と
するには、乗り越えなければならない課題が複数ありそうで
して、オランダの集団型 DC、米国のフロア・オフセット・プ
す。そのうちの一つが年金ガバナンスと資産運用で、リスク
ラン、カナダのターゲット・ベネフィット・プラン、英国の DA
分担型 DBに限らず、DBや DCなども含めた企業年金全般に
(Defined Ambition: 目標建て)があります。このうち、既に
関わるテーマです。次回は、法令 ・通知の内容も踏まえなが
利用されているオランダの集団型 DCと、法案が成立し実施
ら、主に、制度 ・給付種類に応じた年金ガバナンスと資産運
される予定の英国DAについて、簡単にご説明します。
用について解説する予定です。
(1)オランダの集団型DC
オランダの集団型 DCは、DCの要素を取り入れた DBであ
り、掛け金水準を一定期間固定し、その間は、積み立て水
準に応じて給付をスライド調整する仕組みです。オランダで
は、2006 年以降、多くの上場企業が集団型 DCへ制度変更
し、会計上も会社と監査人の間の議論を経た上で、DCとし
て説明されてきました。わが国のリスク分担型 DBの議論で
も指摘されているとおり、制度の理解のためには十分な説
明が必要であり、従業員の考え方を把握し、良好なコミュニ
ケーションを取ることが制度の価値を高めるポイントの一つ
のようです。高度なリスク管理と資産運用が求められること
にも留意する必要があるでしょう。
(2)英国のDA
英 国で は 、労 働 年 金 省 主 導で 策 定され た 改 正 法 案 が
2015 年 3 月に成立し、職域年金に関し、DBと DCの中間的
な位置付けの DAが利用可能となりました。ただし、DAの詳
細を規定した政省令が公布されておらず、実施は先になる
見通しです。
DAの中で、オランダの集団型 DCと同様の制度を実施す
ることは可能と考えられますが、英国においては、2009 年
に集団型 DC導入の検討が行われ、制度の複雑性や年齢に
よる有利 ・不利の可能性などから、当時受け入れられなかっ
た経緯があります。
上述のとおり、DAに関する政省令は発出されていません
が、DAでは、DB、DCの他にリスク分担制度(Shared Risk
Schemes)を規定し、集団型給付(Collective Benefits)
とい
う概念を導入しており、給付額を算定する要素についてさま
ざまなリスク分担を可能にするものと考えられます。DAは、
集団型 DCも含めた柔軟性のある制度を規定可能としてお
り、わが国のリスク分担型 DBの詳細を検討する上でも参考
になるものと思量されます。
井川 孝之 (いがわ たかゆき)
PwCあらた監査法人
第2金融部(保険・共済)シニアマネージャー
年金数理人、日本アクチュアリー会正会員。信託銀行、コンサルティング
会社勤務等を経て、現職。退職給付会計に係る監査支援をはじめ、退職
金・年金制度設計や資産運用・リスク管理等、年金に係るアドバイザリー
業務に従事。
メールアドレス:[email protected]
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
39
PwC IPO
IPOにおける資本政策
PwC あらた監査法人 IPOソリューショングループ シニアマネージャー 加藤
義久
はじめに
今回は株式上場に関連した資本政策立案上の留意事項を解説させていただきます。
株式会社であれば、事業を行う上での資金調達や株式の相続など、資本政策を検討する必要があります。ま
してや、株式上場を行いパブリックカンパニーになるということであれば、より計画的かつ慎重に取り組む必要
があります。資本政策は、唯一絶対の解があるわけではありませんが、誤った資本政策を実施した場合、結果
として株式上場の延期・中止に至ることもあるので、将来を見据えて慎重に検討することが重要です。
以下では、株式上場における資本政策についての留意事項や上場前および上場後の資金調達方法につい
て解説いたします。
1│資本政策に関する一般的な留意事項
株式上場により株主構成は大きく変化することになりますが、上場準備の段階から将来想定される株主構成
を意識した資本政策を検討することが必要です。また、資本政策の選択肢やスキームは多岐にわたるため、株
主間での調整のみならず、主幹事証券会社、メインバンクなどとの協調も重要となります。一般的に資本政策
立案時には以下の事項に特に留意することが必要です。
①所要資金の調達
企業の事業戦略上、事業計画の作成は非常に重要ですが、その事業計画において、将来の資金需要を確認
し、株式上場時に必要となる資金調達額、また株式上場までに必要となる資金調達額を割り出し、それをどのよ
うな方法で調達するかについても反映させることが必要です。
株式上場によるメリットとして、資金調達の多様化が挙げられますが、間接金融や直接金融の特性を考慮し
ながら、どのタイミングでいくらの、またどのような方法により資金調達を行うのが最適かを十分に検討する必要
があります。
②安定株主対策
株式上場を行うことで、多様な考えを持つ株主が増えることになります。短期的な思考重視の株主もいれば、
中長期的な視点で会社を評価する株主もいます。そのため、安定株主対策では、安定株主、すなわち経営者
の意向・方針を支持し、中長期的に会社の株式を保有すると予想される株主をどのように確保するかの検討が
行われます。
どのような安定株主構成とするかは、役員、従業員、取引先、金融機関などのバランスへの配慮が必要です。
③役員および従業員のインセンティブ
株式上場は、役員・従業員にとっても大きなイベントであり、よい動機付けとなります。そのため、例えば株式
を使ったインセンティブ制度の導入は、具体的な形での大きな動機付けの一つとなります。資本政策においてよ
く利用されるのは、ストックオプションと従業員持ち株会ですが、特に公平性に留意することが重要です。また、
あまりに多くの株式を役員および従業員に割り当てた場合、早期の退任・退職を誘発する可能性もありますので
留意が必要となります。
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PwC’s View — Vol. 03. July 2016
PwC IPO│IPOにおける資本政策
④上場形式基準 ・上場前規制の充足
直前々期
(上場期の 2期間前)以降上場日までの株式異動や第三者割当増資などの開示義務、継続保有義務
について留意しなければなりません。
また、株式上場時には市場ごとに異なる流通性の基準に従い公募・売り出しを行う必要があります。すなわち、
市場により、大株主や役員などが保有せず市場での流通性が認められる株式の下限が設定されているため、安
定株主対策や所要資金の調達とのバランスを保ちながら、選択する市場に応じた資本政策が必要となります。
2│上場前の資金調達手段
上場前の資金調達には、主に間接金融、直接金融がありますが、会社の事業計画に応じて、その調達手段を
検討することが必要です。
以下では、それぞれの資金調達手段のメリット・デメリットをまとめています。
分類
メリット
デメリット
間接金融
(銀行借入など)
①機動的な調達が可能
② 調 達 額や期間などの条 件を柔 軟に調
整可能
③経営の安定性を維持しやすい
①ベンチャー企業にはハードルが高い
②個人保証が必要となるケースがある
③過剰な借入は経営の安全性を損なう
直接金融
(増資など)
①中長期的な事業投資に活用できる
②担保や個人保証が不要である
③自己資 本比 率の改 善、財 務 体 質の強
化に即効性がある
①実行に時間や手間を要する
②一度実行すると、持株比率などのシェア
の修正が難しい
③一般的にはコストが高い
出所:筆者作成
間接金融では、金融機関などと条件が折り合えば、比較的機動的な資金調達が可能ですが、まだ創業間も
ない時期で安定的した利益が計上できていないベンチャー企業にとっては、個人保証や担保の設定などが必要
となり、資金調達のハードルが高い場合があります。
一方、直接金融では、調達資金の返済が不要なため、中長期的な事業投資に活用でき、またベンチャーキャ
ピタルやエンジェルの存在により、ベンチャー企業にとっての資金調達という観点では、間接金融よりもハードル
が低い側面があります。ただし、既存株主の持株比率が低下するため、新規株主にも配慮した経営を行う必要
あり、また新規株主の持株比率の低下を伴うような新たな資金調達や新規事業や戦略を実行する場合には、新
規株主にも十分な説明を行う必要があります。
間接金融、直接金融以外の資金調達手段としては、関連省庁が実施しているベンチャー企業などに対する助
成金や補助金の受け入れなどがありますが、それぞれの要件を満たすかどうかを確認し、助成金や補助金の有
効活用を検討すべきです。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
41
PwC IPO
IPOにおける資本政策
3│上場時の公募・売出し
株式を新規上場する場合、公募および売り出しという方法により行われます。公募のみ、または売り出しのみ
を行うこともできますが、多くの場合、公募と売り出しを同時に実施します。公募および売り出しともに、不特定
多数の投資家に対し企業の株式を取得する機会を与える点で同じですが、以下の点において異なります。
1.公募
公募とは、不特定かつ 50人以上の投資家に対し、新たに発行される有価証券の取得の申し込みを勧誘する
ことを言います
(金融商品取引法第 2条第 3項)
。公募により、不特定多数の投資家に新株を発行し、それに対
応する金銭の払い込みを受けます。このため、主に企業の資金調達のために行われます。
2.売り出し
売り出しとは、既に発行された有価証券の売り付けの申し込みまたはその買い付けの申し込みの勧誘のうち、
均一の条件で50人以上の投資家に対して行うことを言います
(金融商品取引法第2条第4項)
。
売り出しは、通常、
大株主や役員などの既存株主の株式を不特定多数の投資家に向けて行われるため、対価となる資金は既存株
主のものとなります。
上場時には、所要資金の予定調達額や安定株主の確保の観点を考慮した上で、主幹事証券会社と十分に議
論を行い、公募と売り出しの割合をいかに調整して資金調達を行うかが重要なポイントとなります。
4│公開価格の決定
公開価格とは、証券会社が引き受けた新規上場株式を投資家に売り出す時の株価ですが、①想定発行価格
の決定、②仮条件の決定、③最終的な公開価格の決定という3つの段階を経て決まります。最終的な公開価格
の決定は、一般的にブックビルディング方式が採用されています
訂正有価証券届出書の提出
ブック
ビルディング
公開価格の決定
約2週間
機関投資家の意見を勘案し、
ブックビルディングの
参考価格帯の決定
訂正有価証券届出書の提出
仮条件の決定
有価証券届出書の提出
想定発行価格の決定
上場承認
収益性や
規模を勘案し、
理論的な価格を算定
IR、
ロードショー
約1週間
機関投資家の需要を把握し、
公開価格を算定
申し込み、払込み
約1週間
株式上場
公開価格に公募株式数を掛け合わせた相当の金額が、企業の資金調達額となり、公開価格に売り出し株数
を掛け合わせた相当の金額が、既存株主へ支払われることとなります
(主幹事証券会社への手数料などを除く)
。
公開価格は、市場全体の動向や類似業種の状況にも左右されることとなりますので、株式上場前には、それ
らの動向を注視しておくことが必要となります。
42
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
PwC IPO│IPOにおける資本政策
5│グローバルオファリングの概要
株式、債券などの有価証券の募集および売り出しを国内市場だけでなく、海外市場でも行うことを一般にグ
ローバルオファリングと言います。発行会社が日本企業の場合、日本国内と同時に、主として米国あるいはユー
ロ市場において行われる募集および売り出しを意味します。
大型の株式上場の場合、国内市場だけでは株式が販売し切れない可能性があります。一般的に、このような
場合にグローバルオファリングが行われます。影響力の大きい欧米の機関投資家をターゲットとすることができ
るとともに、複数市場でオファリングを行うことにより自社株式に対する需要の極大化を図ることができるなどの
メリットがあります。
その一方で、英文目論見書の作成が必要となるだけでなく、限られた日程の中で海外投資家回り、いわゆる
海外ロードショーを行わなければならず、追加的なコストや手数を要することになります。
グローバルオファリングを実施するためには、以下のような追加コストが必要になります。
①英文財務諸表等に関する会計士費用
②発行体側の弁護士費用
(日本国法、相手国法)
③引受側の弁護士費用
(日本国法、相手国法)
④英文目論見書等作成費用
⑤国内、海外ロードショー関係費用
為替相場の状況等の影響もありますが、これらを合計すると4億円以上要することになると考えられます。この
ため、少なくとも500億円以上の公募および売り出しでないと一般的にグローバルオファリングは現実的な選択
とはなりません。
6│おわりに
今回は、IPOの際に行う際の資本政策の留意点を解説いたしましたが、資本政策はあくまで事業計画を達成
可能とし得るものとするための一つの重点検討項目です。そのため、まずは会社の事業をどのように成長させて
いくか、外部環境や内部環境を分析し、またどの領域にどのようなビジネスをいつ展開すべきか十分なマーケ
ティングを行ったうえで事業戦略を練ることが非常に重要となります。資本政策は、その事業戦略をどのように
実現させていくかの一つの手段として機能することとなります。
株式上場を検討するうえでは、事業戦略、計画を十分に検討したうえで、本編で解説したような資本政策に
ついて留意していくことが必要となります。
加藤 義久 (かとう よしひさ)
PwCあらた監査法人
IPOソリューショングループ シニアマネージャー
2006年公認会計士登録。2009年 10月より約 3年間、国内証券取引所に
出向。
2012年帰任後は主として、国内、海外 IPOに関連するアドバイザリー業務
を担当。
メールアドレス:[email protected]
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
43
海外
シンガポール
2016年度政府予算案の概要
PwC あらた監査法人 成長戦略支援 製造・流通・サービス
( MDS)本部
シニアマネージャー 初川
浩之
はじめに
2016年 3月 24日にシンガポールの 2016年度政府予算案
シンガポールの現況
1
が発表されました。シンガポールは建国の父であるリー・ク
アンユーの指導の下、建国から 50年で急激な経済成長を
2016 年度政府予算案の背景として、シンガポールを取り
遂げ、現在では ASEANにおける統括拠点としての地位を築
巻く国際情勢および国内の情勢についてその概要を解説し
いています。しかし、カリスマ指 導 者であったリー・クアン
ます。
ユーの死去によりシンガポールは時代の区切りを迎え、次の
50年に向けた新しい時代を作るという局面を迎えています。
また、2015年末の ASEAN経済共同体(ASEAN Economic
1 )国際情勢
2015 年末にAECが発足し、これにより人口6 億、GDP2 兆
C o m m u n i t y:A E C )
という巨 大 経 済 圏 の 発 足 に 伴 い 、
ドルの巨大な経済圏が動き始めました。また、環太平洋パー
ASEAN市場の重要性が高まると共に、シンガポールが当該
トナ ー シップ( T P P )や 東 アジ ア 地 域 包 括 的 経 済 連 携
経済圏においてさらなる統括機能を発揮することが期待さ
(Reg ional Comprehensive Economic Partnership:
れています。このような転 換 期において、シンガポールが
RCEP)によりさらなる経済圏の形成について検討が進めら
2016年度政府予算案でどのような政策を公表するかにつ
れています。もともとシンガポールは国土・人口・資源に恵
いて高い関心が寄せられていました。
まれないアジアの小国ですが、政治的安定、法制面および
本 稿で は、2 0 1 6 年 度 政 府 予 算 案 の 背 景となるシンガ
税制面の整備、有能な人材といったビジネスインフラを構
ポールの現況と共に、2016年度政府予算案の骨子および
築し、アジアにおけるビジネスの統括拠点としての優位性を
日系企業の関心が高いと思われる税制改正の概要につい
徹底的に高め、海外からの投資を呼び込むことで成長を遂
て解説いたします。なお、本文の意見に係る部分は全て筆
げてきました。よって、これらの広域経済圏の発足に伴うビ
者の私見であり、法人としての正式見解ではないことをあら
ジネス対象領域の拡大により、シンガポールの統括拠点と
かじめお断りします。
しての需要がさらに拡大することが期待されています。
近年はその人口数から消費市場としての注目が高まって
いるASEANですが、いまだ新興国を中心に低所得者層の占
める割合が大きく、現時点では生産拠点としての機能が上
回っているのが実態です。このため、ASEANの経済は外部
需要の影響を受けやすく、中国経済が減速し、かつ、世界
経済の先行き不透明感が深まるなか、ASEAN 域内の GDP
成長率も減速傾向にあります。
また、ASEAN各国は海外からの投資増加を狙い、税率の
引き下げや各種インセンティブの整備などを進めています。
統括機能に関してはタイやマレーシアでも積極的に誘致を
進めているため、シンガポールがどのように優位性を維持し
ていくか今後の動向が注目されます。
44
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
海外
2 )国内情勢
② Building a Caring and Resilient Society(思いやりのあ
2015 年はシンガポールにとって非常に重要な一年となり
ました。シンガポールは 2015 年に建国 50 周年を迎えまし
るレジリエントな社会の構築 )
こちらも過年度から進められている「シンガポール国民の
たが、建国記念日を前に建国の父リー・クアンユーが 2015
生活水準向上」に関する政策です。高齢者や低所得者な
年 3 月に死去しました。これにより、建国後の奇跡的な経済
どを対象とした医療費や教育費などの助成の充実に関す
発展を導いたカリスマ指導者の時代は終わり、シンガポー
る政策が述べられています。
ルは先行き不透明な国際情勢のなか、国民と共に新しい時
代をつくるという局面を迎えています。
また、2015 年 9 月に総選挙が行われましたが、これらの
3
税制改正
情勢を追い風に、与党である人民行動党(PAP)が圧勝しま
した。前回の 2011 年総選挙では、物価上昇や外国人増加
上記の政府予算案の中で 2016 年度における税制改正の
による雇用機会減少などの国民の不満を背景に PAPは建国
公表が行われました。この中から、日系企業の関心が高い
以来最低の得票率を記録していましたが、この結果を受け、
と思われる改正について、その概要を解説いたします。
国民の生活保障の強化や外国人の雇用抑制といった「内向
き」の政策へと転換したことが今回の勝利につながりました。
この政策は現在でも継続・強化されており、2016 年 4 月に
外国人幹部・専門職の就労許可証審査を一層厳格化する方
針が公表されています。
一方で、足元の経済情勢については、2016 年の GDP成
1 )法人税
( 1 )法人税還付制度の拡充
現行制度上、賦課課税年度(Year of Assessment : YA)
ご
とに、法人税額の 30%相当額(上限S$2 万)の税額還付が認
められています。YA2016および YA2017 に関しては当該
長率は 1.0~3.0%と2015 年度(2.1%)
と同様の緩やかな成
還付割合が法人税額の 50%に拡大されます(ただし、上限
長となる見通しです。上述した世界経済の先行き不透明感
の変更なし)。
の強まりにより、しばらくはシンガポールにとって厳しい状
況が続くと予想されています。
( 2 )オートメーション・サポート・パッケージの新設
企業の生産性や規模の向上を支援する目的で、SPRING
2
2016年度政府予算案の骨子
(Standards, Productivity, and Innovation Board:規格・
生産性・革新庁)が以下の 4つの制度を導入します。詳細に
つ い ては 、近く通 商 産 業 省( M i n i s t r y o f T r a d e a n d
シンガポール の 2016 年度政府予算案のスローガン は
Industry:MTI)
より公表される予定です。
“Partnering for the future”(未来への連携)です。建国 50
周年という区切りを迎えたシンガポールは、2016 年を次の
50 年に向けたスタートの年と位置付けており、以下の 2 つ
の方針に基づく政策を公表しています。
①S$100 万を上限とし、自動化設備拡充のための費用の
50%の補助金を付与、
②プロジェクトごとに S$1,000 万を上限として、承認支出
額について追加で100%の投資控除
① Transforming our Economy through Enterprise and
Innovation(企業およびイノベーションを通じた経済の
変革 )
過年度から継続して実施されている「企業の労働生産性
向上」に関する政策です。前述のとおり、先行きが不透明
③特定の金融機関からの中小企業の借り入れに対して 70%
の政府保証を付与、および
④そ の 他 、国 際 企 業 庁( I n t e r n a t i o n a l E n t e r p r i s e
Singapore:IEシンガポール)
と協力して海外進出をサ
ポート
な国際情勢を背景にシンガポールの成長は減速傾向に
あります。このような環境下でも着実な経済成長を実現
するため、政府は企業に対して一層の生産性向上のため
( 3 )Productivity and Innovation Credit( PIC )制度の縮
小と廃止
の活動を促すと共に、これに対する支援策を定めていま
現行、自動化設備への投資を含む 6つの適格活動に対す
す。具体的には、オートメーションサポートパッケージの
る支出について、支出額の 300%の追加投資控除または、
導 入、M & A スキーム の拡 充などがあります。
(詳 細は
支出額の 60%の現金補助(YAごとに S$ 6 万が上限)のどち
“3.税制改正”をご参照ください)
らかを選択することができます。このうち、現金補助につい
ては 2016 年 8月 1日以降、支出額の 40%に縮小(YAごとの
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
45
海外
上 限 額 も S $ 4 万 に 縮 小 )され ま す 。また 、P I C 制 度 も
行われなかった場合、税務当局が当該取引を時価にて行っ
YA2018 年を最終年度として廃止することとなりました。
たものとみなすことができるようになります。その結果、実
際の取引価額が時価より高い場合には、その取引価額は時
( 4 )M&Aスキームの拡充
価に置き換えられ、減価償却費(WDA)の金額も時価に制限
既存の M&Aスキームは、企業の成長および国際化を進
されることになります。実際の取引価額が時価よりも低い場
めることを目的として 2010 年度予算案で導入されました
合には、時価で売却したものとして税務調整額(Balancing
(2015 年度に現行制度に改正)。2016 年度においては、対
Charge/Allowance)を計算することになります。当該改正
象となるプロジェクト規模が、S$2,000 万からS$4,000 万に
は2016 年3月25日以降の取引に対して適用されます。
拡大されます(その他の適用要件は変更ありません)。当該
スキームは原則、最終親法人がシンガポール法人である必
( 8 )Finance Treasury Centre( FTC )制度の延長および
要があり、日系企業には原則適用できませんが、経済開発庁
(Economic Development Board: EDB)管轄の地域統括会
拡充
FTC制度は、グループ企業に対してファイナンス機能(借
社にかかる優遇税制を獲得している場合には、申請により
入、財務アドバイスの提供、ファクタリング、為替予約など)
適 用 が 認められる可 能 性 があります。なお、適 用 対 象は
を提供する会社が、EDBの認定により優遇税制の適用を受
2016 年4月1日以降開始のプロジェクトになります。
けることが認められる制度です。2016 年度改正において
は、優遇法人税率が現行の 10%から8%に引き下げられるこ
( 5 )株式譲渡時における非課税取り扱いに係るセーフハー
バールールの延長
とに加え、適用対象取引が拡大し、借入利息のみではなくグ
ループ会社からの預金に対する利息や、グループ会社から
売却までに 24カ月以上の期間 20%以上の株式を継続保
の間接金融も適用対象に含まれることになります。詳細は 6
有している場合、その株式の譲渡益はキャピタルゲインとし
月までに EDBより公表される予定ですが、制度自体は 2016
て非課税となります。当該制度は当初2017 年5月31日まで
年3月25日から適用されます。
でしたが、2022 年5月31日まで延長されます。
( 9 )電子申告の義務化
( 6 )Double Tax Deduction( DTD )制度の延長
現行の法人所得税の申告は、紙面での提出に加え、電子
IEシンガポールから認定を受けたシンガポール企業に対
による提出も認められていますが、紙面による申告は段階的
しては、マーケット拡大・投資開発活動に該当する適格支出
に廃止され、YA2020 年をもって電子申告が義務化されま
(調査費用、航空費、宿泊費等)に関して、支出額に追加で
す。
100%の損金算入が認められています。また、認定を受け
対象法人
義務化年度
ていない企業に対しても、YAごとに S$10 万までの適格支
YA2017年度の売上高がS$1,000万超の法人
YA2018年度
出に関しては支出額に追加で 100%の損金算入が認められ
YA2018年度の売上高がS$100万超の法人
YA2019年度
全ての法人
YA2020年度
ています。当 該 制 度 は 2 0 1 6 年 3 月 3 1 日まででしたが、
2020 年3月31日まで延長されます。
( 7 )知的財産に係る改正
i. 減価償却制度の改正
現行制度上、著作権、ノウハウ等知的財産については、5
年間の減価償却(Writing Down Allowance: WDA)が認め
られています。2016 年度改正によって、収益との対応を計
2 )GST(付加価値税 )
GSTに関しては、2016 年度で改正の可能性が指摘されて
いましたが、改正には織り込まれませんでした。
3 )個人所得税
(1)所得控除の適用限度額の新設
画的に行えるようYA2017 から YA2020の間、減価償却の
従前は、所得控除の適用額に関する上限額は設定されて
期間を5 年、10 年、15 年から選択することができるようにな
いませんでしたが、YA2018 年度より個人が享受できる所
ります。なお、当該選択は支出時の申告書にて行い、変更
得控除額の上限が年S$8 万となります。
は認められません。制度詳細は2016 年4月中に税務当局か
ら公表される予定です。
(2)ホームリーブに関する減額措置の廃止
駐在員とその家族の一時帰国費用(ホームリーブ)を会社
ii. 知的財産の譲渡に係る租税回避規定の導入
知的財産の譲渡取引が時価(Open Market Value)にて
46
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
が負担する場合、現行制度上、その費用負担額の 20%相当
額 が 個 人 の 課 税 所 得とされ ま す が 、当 該 減 額 措 置 は
特集:税効果会計の見直しについて
海外
YA2018 年度より廃止され、費用負担額の全額が課税所得
となります。
4
おわりに
新しい 50 年に向けての最初の政府予算案ということで、
2016 年度政府予算案では今後の経済成長戦略に関する画
期的な政策が公表されるのではないかという予想がありま
したが、結果としては前年度の政策を踏襲した形となりまし
た。この点について、シンガポール政府は「未来経済委員会」
(Committee on the Future Economic:CFE)を発足し、
2016 年度末までにシンガポールの新しい経済成長戦略を
提言することを発表しています。このことから、2016 年度政
府予算案では過年度から進めている「企業の労働生産性向
上」
と「国民の生活水準向上」について今後も継続的に支援
するという国民へのメッセージを明確化し、将来に向けた経
済成長戦略については十分な時間をかけて検討を行うとい
う政府のスタンスがうかがえます。今後 50 年に向けてシン
ガポールがどのような経済成長のビジョンを掲げるか、新し
い経済成長戦略案の公表が待たれます。
初川 浩之 (はつかわ ひろゆき)
PwCあらた監査法人 成長戦略支援 製造・流通・サービス
(MDS)本部 シニアマネージャー
2008 年公認会計士登録。2011 年よりPwCシンガポールに駐在。2014
年からミャンマー担当を兼任。
2015年 7月に現職帰任後、会計アドバイザリー業務(IFRS適用支援業務、
財務報告体制構築支援等)
を中心に、内部監査業務や新興国への進出支
援業務に従事。
メールアドレス:[email protected]
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
47
トピックス
宮城県および岩手県における
震災復興活動への参加
~東北未来創造イニシアティブ人材育成道場への会計士派遣~
PwC あらた監査法人 成長戦略支援
( MDS)本部
パートナー 椎野
泰輔
はじめに
PwC Japan グループでは、2011年(平成 23年)3月の東
1
活動開始の経緯と活動の概要
日本大震災に遭遇した宮城県、岩手県の復興を目的として、
同じ志を持った他団体・企業の方とともに地域の事業家・起
今年で発災から丸 5 年を迎えた東日本大震災。大地震そ
業家を育成するという従来と異なる新しい手法の支援活動
のものによる被害もさることながら、その後の大津波によっ
を続けてまいりました。
て甚大な被害を受けた地区にいわゆる三陸沿岸地域があり
本稿では、震災から 5年を経過した現在の現地における
ます。その地形的特性から、過去の大地震・大津波でもたび
状況とともに、活動の初期から続けてきたこの支援活動の
たび被害を受けてきた同地域は、地元住民の強靭な精神力
取り組みとその成果をご紹介いたします。
と郷土への深い愛情に支えられてそのたびに立ち上がり、
実り豊かな海や山を愛しながら生きてきたと聞きます。しか
しながら今回の東日本大震災では、過去の災害をはるかに
超える犠牲を目の前にして、日ごろから粘り強いといわれる
この地域の人たちをしても、まさに途方に暮れるといった有
り様であったと、ある地元の方から伺いました。そのような
なか、震災から1 年後の 2012 年(平成 24 年)4 月に、産学
の有志の呼び掛けにより、これまでとは全く異なる復興プロ
グラムが立ち上がりました。これまでの震災復興は、どちら
かといえば物質面、あるいは経済面に着目した各種の支援
によって成り立ってきましたが、この産学有志による復興プ
ログラム『東北未来創造イニシアティブ』、またその活動の柱
である『人材育成道場』は、単に災害からの復旧ではなく、さ
らにその先の復興に向けて、東北の人たちが自らの手で未
来を創り上げていくために必要不可欠な地域リーダーを育
成するためのお手伝いをするため、公益社団法人経済同友
会の全面的なバックアップのもと、活動の趣旨に賛同する各
企業・団体に加え、日本の4 大監査法人に身を置く会計士が
メンターとなって、地元の事業家・起業家を 5 年間にわたっ
て支援するという壮大なプログラムです。
私たち PwC Japan グループでは、PwCアドバイザリー株
式会社(当時)がイニシアティブ創設当初より事務局に対し
て出向者を送り出してきました。また、2014 年度(平成 26
年度)からは、あらた監査法人(当時)の会計士 5 名が、宮城
県気仙沼市および南三陸町の事業家向け人材育成道場(宮
城県での呼称は経営未来塾、岩手県での呼称は未来創造
塾)にメンターとして初めて参加し、1 期間あたり半年に及ぶ
48
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
トピックス
プログラムの期間中は、主に週末を使って宮城県に通いな
がら塾生の皆さんに対して会計専門家の立場を生かした事
業上のアドバイスを行い、最終的には彼ら・彼女らの未来に
向けた事業構想を練り上げていくお手伝いを行ってまいりま
した。
2
活動の内容
この人材育成道場を通じては、これまで宮城・岩手両県で
120 人もの地域リーダー候補者が卒塾され、それぞれ思い
描いた事業構想の実現のために、歩むスピードは違えど着
実に前に向かって進んでおられます。1 期間あたり約 15 名
から20 名の塾生が公募で選ばれ、開講式を経て 4 班ないし
ただきます。半年前には遠慮がちに塾の門をくぐった事業
5 班にランダムに分かれていただき、それぞれの監査法人
家の皆さんが、実に堂々と、晴れやかな顔つきでプレゼン
がそれぞれ一つの班を担当するというスタイルで半年間を
テーションされるのを見ると、毎回のことながらこちらが感
過ごします。最初のうちは事業構想そのものを描くことがで
極まって涙ぐんでしまい、まさにわが子を送り出す親のよう
きない塾生が多いのですが、それでも中には、塾の開始当
な心境になります。また卒塾の後も定期的な集まりを塾生た
初から実にしっかりと未来を見据えて自らの事業構想を描き
ちが進んで企画し、私たちメンターもご招待いただいて、そ
切っておられる方もいらして、そうした塾生の方々は地域の
れぞれの事業構想の進捗を報告してくれることもあります。
リーダーの中のさらにリーダーとして、ゆくゆくは地域経済を
しっかりと支えていく存在となるだろう予感を感じさせます。
私たちは会計の専門家ではありますが、自ら事業を営んだこ
3
活動への参加を通じて
とはなく、あくまで彼ら・彼女らが描く事業構想を事業計画
や損益計画の面からサポートさせていただく立場であるた
この人材育成道場への参加は、その後、岩手沿岸の釜石
め、決して考えを押し付けず、とはいえ離れ過ぎず、意外に
市・大船渡市でも実施され、時には両県の塾期間が重なる
難しい立ち位置で塾生との濃密な時間を過ごします。故に、
こともあり、私たちメンターは週末はほとんど東北地方で過
私たちが塾生から教えていただくことも大変多く、本業に立
ごすという生活を送ってきました。
ち返った際の参考とさせていただくべき場面にとても多く遭
遇します。
私たち公認会計士が、このような立場で震災復興のお手
伝いができるなどとは当初は思いもしなかったことでした。
塾の活動は、半年の間に 5 回開催される現地での定期
震災復興といわれて頭に思い描いていたのは、津波で流失
セッションへの参加以外に、普段の週末や平日を使って塾
した町の区画整備や家屋再建、またはそれらにかかる事業
生の皆さんに対してメンタリングを行うことで成り立っていま
費の拠出(寄付)、あるいはよくいわれるボランティアのよう
す。メンタリングは塾生の皆さんからのご要望を伺いなが
な活動で地元のお手伝いをするなど、どれも縁遠いものと思
ら、時には夜遅く、また時には丸々1日使ってじっくりと行わ
い込んでいたものでした。しかし、これらの活動はいわゆる
れますので、現地に足を運ぶこともあれば、ウェブ会議シス
復旧であって、真の意味での復興はその先にあり、さらに言
テムを駆使して遠隔で実施することもあります。さまざまな
えば復興こそ地元の手で成し遂げられる必要があるというこ
視点からの気付きを得るために、塾生とメンターの関係は
とを聞かされた時はまさに驚きでした。その復興ステージに
1対1で固定せずに、緩やかな主担当は決めるものの基本はメ
向けたリーダー育成のお手伝いができるなど考えてもいな
ンターチーム総掛かりで個々の塾生とのやりとりを重ねます。
かったことで、塾生と同じく活動初期段階では私たちも大い
半年の塾活動の最後には卒塾式が執り行われ、市長、商
に不安に思っていましたが、そこは日ごろの専門領域を生か
工会議所会頭、地元行政の係官やその他大勢の関係者の
すことで徐々に慣れていくことができましたし、かれこれ 2 年
皆さんの前で、塾生が自ら決めた事業構想に関するスピー
になろうとしている活動を経て、いまや東北地方に数多くの
チをそれぞれ 8 分間の持ち時間でプレゼンテーションを行
友人ができ、彼らもまた私たちを温かく迎え入れてくれるた
います。また、特に優れた事業構想を描いた塾生を数名選
め、これらの地域は私たちにとってさしずめ親戚が多く住ん
び、15 分間の持ち時間でさらに詳細な構想説明を行ってい
でいる町であるかのような錯覚を起こすことがあります。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
49
トピックス
活動の今後に向けて
4
情ですから、議論が白熱してお互い気まずい空気になるこ
とすらありますが、それだけみんなが真剣にこの塾に取り組
んでいる証しでもあります。
世の中には実にさまざまな復旧・復興への関わり方があり
私たちメンターにとってこれまでほとんどかかわりのな
ます。私たちは東北未来創造イニシアティブへの参加を通
かった地域の皆さんと、ここまで濃密なお付き合いができる
じて大変貴重な機会を頂戴しましたが、いよいよこの活動も
こと、またこれら活動を通じて東北の未来に微力ながらも貢
年限の 5 年を終えようとしています。これから先、この活動
献できることを大いなる誇りに思って、私たちは残すところ
が終了した後も、私たちがどのように東北地方の皆さんと向
あと 1 期となった人材育成道場の活動にコミットしたいと思
き合っていくのかが極めて大切ということを、ここのところよ
います。皆さんも、それぞれのお立場で、それぞれできる範
く考えています。実際に被災したわけではない私たちは、震
囲で、東北の未来が明るく輝くようなご支援を頂けると大変
災で計り知れない痛みを伴った東北・三陸地区の皆さんの
うれしく思います
想いに、最後の最後までは迫ることができません。生半可な
2016 年度(平成28 年度)は、4月から気仙沼・南三陸道場
理解で知ったような口を利くこともはばかられますから、
『大
(経営未来塾)の第 5 期が開講します。また 8月からは岩手沿
変でしたね』などとは軽々しく口にできません。だからと言っ
岸道場(未来創造塾)の第 4 期も開講します。引き続きこの
て、これは彼ら・彼女らだけで解決すべき問題ではなく、例
取り組みを継続してまいりたいと考えております。
えば将来に対する備えや防災意識のさらなる醸成という意
味で、私たち『非』被災者も積極的に議論に参加すべきだと
表:本プロジェクト参加メンバー
思います。またそのような継続的な意識こそが、震災の記憶
水野 文絵 ディレクター(PwCあらた監査法人 MDS第2製造流通サービス部)
を風化させないためにも大事なことだと思っています。
眞田 崇 ディレクター(PwCあらた監査法人 成長戦略支援MDS本部)
私自身、阪神淡路大震災では小学校の幼なじみの家や昔
住んでいた辺りの商家が壊滅的な被害を受けました。また、
中越大地震では妻の実家が被災し義母が自衛隊機で救出さ
れた経験があります。それでもいつも、自分は何もできない
志村 博 シニアマネージャー(PwCあらた監査法人 成長戦略支援MDS本部)
髙橋 秀一 シニアマネージャー(PwCあらた監査法人 成長戦略支援MDS本部)
加藤 義久 シニアマネージャー(PwCあらた監査法人 成長戦略支援MDS本部)
島袋 信一 シニアマネージャー(PwCあらた監査法人 成長戦略支援MDS本部)
土井 さやか シニアアソシエイト
(PwCコンサルティング合同会社)
(所属等は2016年3月31日現在)
と思い込んで遠くから不甲斐ない気持ちで被災地を眺めて
いました。今回の東北地域での活動は、私個人にとって、そ
れらの気持ちをはねのけて、今回こそはお役に立てるチャン
スと思い定めたものでしたので、何をおいても最後までやり
遂げたいものです。
とはいえ被災地の現状はまだまだ復旧ステージです。例
えば、私たちメンターチームがよくお邪魔する気仙沼市の中
央公民館が建っている場所の周辺は、津波で流出した一帯
をまず土盛りでかさ上げし、そのかさ上げ工事が完成して初
めてその上にさまざまな建築物を建てる構想ですが、2016
年(平成 28 年)の春の時点では、ようやくかさ上げのめどが
付いて、周辺道路の整備に着手した段階ですので、実際に
建物が立ち並ぶ街並みが回復するにはまだ数年の時間を要
すると思われます。
塾生が描く事業構想は、それでも待ったなしで取り掛かり
ますので、復旧ののちに復興というよりは、復旧しながら同
椎野 泰輔 (しいの たいすけ)
PwCあらた監査法人
成長戦略支援(MDS)本部 パートナー
時に復興も目指すという言い方が正しいかもしれません。塾
1993年公認会計士二次試験合格。1999年より4年間、PwC米国・シカゴ
生の方々とは気仙沼市内で食事しながら語り合うこともしば
事務所に赴任し、日本企業の米国子会社の監査等を担当。2003 年に名
しばですが、表面的にそれが見て取れるかどうかは別にし
て、皆一様に内なる熱い思いを持っておられます。またそれ
古屋事務所へ帰任後は自動車産業に特化した業務に従事。
2008 年より2 年間、PwCベルギー・ブリュッセル事務所に赴任し、中東
欧ロシアを含む欧州域所在の日本企業子会社に対するサービスを提供。
が私たちメンターのよって立つところでもあります。自分た
2010 年に帰任後は事業開発担当、および PwC Japan産業材監査リー
ちの世代だけでなく、次の世代に受け継いでいくものを確
ダーを務めている
(現在)。
実に残したい、それは塾生もメンターも等しく持っている感
50
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
メールアドレス:[email protected]
書籍紹介
繰延税金資産の会計実務
回収可能性適用指針からIFRSまで
本書は、2015 年 12 月に「繰延税金資産の回収可能性に関
する適用指針 」
(適用指針 )が公表されたことを受けて刊行
しています。この適用指針について、監査委員会報告第 66
号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取
扱い 」
( 66 号 )との図表を交えて比較を行いながら、適用上
の留意事項を解説しています。また、近年、企業再編が活発
に行われていることや、国際財務報告基準( IFRS )の任意適
用を選択する企業が増加している状況を踏まえ、本書では、
連結および企業再編における税効果ならびに IFRSの税効果
会計の解説を行っています。最後に、ケーススタディーに
より、適用指針および 66 号における日本基準の実務と IFRS
に基づく実務との比較を行っています。このように本書で
は、日本基準から IFRSまで繰延税金資産の回収可能性の会
計実務を簡潔に分かりやすく解説しており、企業の経理担
当者などの実務者に幅広くご利用いただける内容となって
おります。
書 名:繰延税金資産の会計実務
回収可能性適用指針からIFRSまで
出版社:中央経済社
編 者:PwCあらた監査法人
定 価:2,600 円(税抜き)
発行日: 2016 年 5月1日
仕 様:A5 判/ソフトカバー/ 216 ページ
退職給付会計の実務マニュアル
─基本・応用・IFRS 対応─
企業が退職給付制度を採用している場合、その事実を退
職給付会計基準に沿って財務諸表に反映する必要がありま
す。特に、確定給付制度を採用している場合は、財務諸表
に与える影響が大きいため会計基準が正しく理解できてい
るか不安に感じる方や、会計基準が複雑で理解が難しいと
感じる方も多いのではないでしょうか。そのような不安や
疑問に応えるため、本書では退職給付会計の実務対応が難
しい理由とそのポイントをまとめ、読者の方々が理解したい
論点から読み進められるように工夫をしています。
本書は 3 部構成になっており、第Ⅰ部基礎編では確定給付
制度や確定拠出制度の会計処理のほか、退職給付債務の計
算や税務上の取り扱い、内部統制についても解説していま
書 名: 退職給付会計の実務マニュアル
─基本・応用・IFRS対応─
出版社: 中央経済社
編 者: PwCあらた監査法人
定 価: 3,400 円(税抜き)
発行日: 2016 年 3月30日
仕 様: A5 判/ソフトカバー/ 295 ページ
す。第Ⅱ部応用編では他の制度への移行やキャッシュ・バ
ランス・プランなどについて解説しています。第Ⅲ部 IFRS
対応編では、IAS第 19 号「従業員給付 」に基づく退職後給付
会計について解説し、日本基準との違いや IFRS移行時の検
討ポイントにも触れています。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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書籍紹介
実務入門 IFRSの新リース会計
(2016 年 4月27日)
本書では、IFRS第 16 号「リース」を実務におい
て実際に適用する場面で想定される論点や、
実務における影響についても解説しています。
また、米国会計基準におけるリース会計の新
基準(Topic 842)についての概要を紹介する
ほか、IFRS第 16 号との主要な差異についても
解説しています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編) 会社法計算書類の実務
(2016 年 3月14日)
本書は、ビジネスの仕組みやその会計処理が
他の事業とは異なり、また独特かつ複雑な論
点も多い石油・天然ガス事業について、権益
取得から探鉱・開発・生産といったビジネスの
流れとその会計上の論点を、石油・天然ガス上
流事業に係る詳細な会計基準が設定されてお
り、実務の蓄積も豊富な米国の会計基準と会
計実務を参考として解説しています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編)
クラウド・リスク・マネジメント
(2016 年 2月8日)
本書では、会社法計算書類作成の実務に携わ
る方々の疑問を解消できるよう、最新の記載
事例を多数収録し、計算関係書類などの作成
方法や会社法の計算関係の最新の実務につい
て平易に解説しています。 今回の改訂では、
2015 年 5月に施行された改正会社法および改
正施行規則について、主に第 3 章「事業報告」
において、改正の概要と事業報告書などへの
影響について解説しています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編) (2016 年 1月22日)
多くの企業が直面するクラウドサービス利用に
係るリスクが整理集約された本書は、企業がク
ラウドサービスを利用する際、把握しておくべ
きリスクと、適切に管理していく手法について
解説しています。
(同文館出版/ PwCあらた監査法人編)
(2015 年 12月11日)
コー ポレートガバナンス・コードへの対応を
継続的に検討する企業が、コードの各原則の
意味を正しく理解することの一助になることを
意図した本です。経営者や実務担当者の疑問
に答えるべく、91 の Q&Aで解説しています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編)
金融機関のための
IFRS金融商品会計入門
(2015 年 10月14日)
本書では、金融機関にとって極めて重要な金融
商品会計に関するIFRSの全体像を平易に解説
しています。また、日本基準からIFRSへの移
行による影響や各業種特有の論点も幅広く取り
上げています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編)
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
─石油・天然ガス開発企業の
権益取得から廃鉱まで─
─作成・開示の総合解説─(第 8 版)
コーポレート
ガバナンス・コードの
実務対応 Q&A
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エネルギー・資源投資の会計実務
IFRS解説シリーズⅤ 収益認識
─ IFRS第 15 号
「顧客との契約から生じる収益」─
(2015 年 11月17日)
本書は、IFRS適用企業において、収益認識に
際して包括的かつ継続的に適用されることに
なるIFRS第15号「顧客との契約から生じる収
益」について、PwC accounting and financial
reporting guideを基礎に、豊富な設例やケー
ススタディーならびに図表を用いて分かりやす
く解説しています。また、日本の実務において、
収益認識が問題となる取引の概要についての説
明も含めています。
(第一法規/ PwCあらた監査法人編)
連結財務諸表の
実務マニュアル(第 2 版)
(2015 年 9月4日)
本書は、連結財務諸表作成のプロセスにつ
いて、図表、設例などを豊富に織り込み、そ
れぞれの論点の内容を解説しています。 ま
た、 実 務 適 用 に お いて参 考となる事 項 や、
基 準 設 定 の 経 緯 などの 有 益と思 わ れる 背
景を「ワンポイント」として記載しています。
(中央経済社/ PwCあらた監査法人編)
PwC Japan 調査/レポートのご案内
PwC Japan 調査/レポートのご案内
(2016年4月25日現在)
PwCでは、会計、税務、経営に関連するさまざまな調査レポートおよび海外拠点からの各種出版物を発行しています。
ここでは、その一部をご紹介します。
First take 金融規制の動向
(2016年4月)
2 0 1 6 年 3 月バ ー ゼ ル 銀 行 監 督 委 員 会 は「オ
ペレーショナルリスクに係る標準的計測手法」
(Standardised Measurement Approach for
operational risk)で従来の標準的手法(TSA)や
先進的手法(AMA)を置き換える手法として標準
的計測手法(SMA)を提示しました。
PwC 2015年
グローバルオペレーションズ調査
(2016年4月)
PwCが実施した 2015年グローバルオペレーショ
ンズ調査では多数の最高執行責任者(COO)
・エ
グゼクティブに対してアンケートを実施し、経営
陣がどのように企業戦略を現実に落とし込んで
いるのか、その実態に迫ります。
監査委員会 優れた実務シリーズ
~卓越した実務を目指して~
役割、構成およびパフォーマンス
(2016年3月)
監査委員会にとって極めて重要な、
(1)役割の明
確化、
(2)構成の決定、
(3)業務遂行の評価、と
いう3つの分野を取り上げています。
監査委員会 優れた実務シリーズ
~卓越した実務を目指して~
外部監査人の監督
(2016年3月)
外部監査人の実効的な監督について、外部監査
人とのコミュニケーション、外部監査人の評価な
ど、さまざまな観点から検討しています。
Total Retail 2015
小売業と破壊の時代
(2016年3月)
買物客が購買で重視すること、利用するチャネ
ル、小売業者に期待することは何でしょうか?そ
れは小売業者のビジネスモデルにどのような影
響を及ぼすでしょうか?PwCの報告書は小売業
者が直面する 4つの破壊の波を明らかにしてい
ます。
ビジネスと持続可能な開発目標(SDGs)
─ SDGs実現に向けて企業に何が求め
られているか
(2016年4月)
PwCは持続可能な目標(SDGs)の実現において
企業がどの程度の準備を進めているか、また、
市民が企業に何を期待しているかについて、世
界 15カ国の企業 986 社および 2015 名の市民を
対象に調査を実施しました。
監査委員会 優れた実務シリーズ
~卓越した実務を目指して~
不正防止における監査委員会の役割
(2016年3月)
不正防止のために監査委員会が果たし得る役割
を、
「トップの姿勢」や不正防止への監査委員会
の影響力などに言及しながら整理しています。
監査委員会 優れた実務シリーズ
~卓越した実務を目指して~
内部監査の監督
(2016年3月)
監査委員会による内部監査機能の実効的な監督
について、取締役(監査委員会)の役割、職務の
明確化など、さまざまな観点から取り上げていま
す。
第7回 Digital IQ調査
デジタルリーダーに学ぶ
業績向上につながる10の属性
(2016年3月)
第7回 Digital IQ調査は、PwCが2015年7月から
同年9月までに実施した世界51カ国の主要企業、
1,988 社の経営幹部を対象にした IT先進情報技
術への企業の理解および適用状況の最新調査報
告書です。
贈収賄リスク診断
─贈収賄リスクを減らすための
ガイダンス─
(2016年3月)
贈収賄に関するコンプライアンスを日頃から徹
底することは喫緊の経営課題の一つと言えます。
最近では CSR(企業の社会的責任)の観点から
も、コンプライアンス体制構築に自発的に取り組
む企業が増えてきています。
PwC’s View — Vol. 03. July 2016
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PwC Japan 調査/レポートのご案内
FS Viewpoint 組織文化変革
に向けた処方箋:健全なリスク
カルチャーの構築に向けて
(2016年3月)
企 業 に お い て 、健 全 なリスクカ ル
チャーを醸成する取り組みが実を結ん
でいないのはなぜか。意味のあるビヘ
イビアの変革や健全な組織文化を生
み出すために何ができるのか。本稿で
は、PwCの示唆から強固なリスクカル
チャーの構築に向けた事項を提案しま
す。
電力小売市場意識調査 2016
自由化直前編
(2016年2月)
電力の小売全面自由化を前に、日本全
国の一般家庭における電力需要家の意
識調査を行いました。本調査は 2013年
から4年連続で実施しました。
ピープルアナリティクスが変え
る人材マネジメントのトレンド
─ベンチマークデータにみる人
材データ活用の現状と将来─
(2016年2月)
デジタルによる技術革新を背景に、ア
ナリティクス による優 秀 人 材 の 特 性
見極めや面接精度の高度化が進んで
います。本レポートでは、グローバル
競争で生き残る人材マネジメントを、
データ活用の切り口から考えます。
食の信頼
─顧客へ食品に対する信頼を提供する─
(2016年2月)
廃棄されるはずの冷凍カツが横流しされた問題
でも分かるように、食品サプライチェーンは不透
明な箇所があります。当該チェーンがグローバ
ル化・複雑化した今、食の信頼を損なうリスクは
とても大きいため、そのリスクを低減していく取
り組みが必要です。
グローバル情報セキュリティ調査2016:
サイバーセキュリティの転換と変革
(2016年2月)
グローバル情報セキュリティ調査は、PwC が
「CIO Magazine」、
「CSO Magazine」両誌と共同
で毎年世界的に実施している、情報セキュリティ
に関するオンライン調査です。世界の経営層か
ら回答を得て、企業の情報セキュリティに関する
諸問題、対策状況、投資動向等を分析、レポート
します。
Redefining business success in a
changing world
─変貌する世界で成功を再定義する─
(2016年3月)
PwCの「第19回世界CEO意識調査」
では、経済成
長に対する CEOの自信が低下する中、多面的な
脅威と、関係者の期待の変化に対応するため、
テクノロジーを活用して成長し続けようとする姿
が浮かび上がりました。
シェアリングエコノミー
─コンシューマーインテリジェンス
シリーズ─
(2016年2月)
個人・グループが遊休資産を共有し、利用者が
必要なタイミングで利用する「シェアリングエコ
ノミー(Sharing Economy)」が海外で急速に成
長しています。本レポートでは、シェアリングエ
コノミーの概要、動向、収益機会、既存産業や自
社ビジネスへの意味、日本市場への考察をまと
めています。
ビッグデータが生み出す
新たな人材マネジメントの潮流
─2015年度人材データの分析活用度調査─
(2016年2月)
データ活用への関心の高まりは世界的な潮流で
あり、それは人事領域においても例外ではあり
ません。本レポートでは、人材データの分析活
用度調査結果をもとに、日本企業の現状と進む
べき方向性を考察しています。
内部監査における3Dの活用
~デジタル、データ、デバイスの
3D時代におけるデータ分析の活用~
(2016年2月)
デジタル、データ、デバイスのいわゆる 3Dを内
部監査の実務にどのように活用し、内部監査の
価値を向上させていくかについて考察します。
数字で見る日本企業の姿
─業績と価値パフォーマンス
(2016年1月)
本資料では、主に市場および業種レベルでの分
析を行い、経営陣がそれぞれの自社組織につい
て考察すべき重要な質問を網羅しています。
詳細は Web をご覧ください▶ http://w w w.pwc.com/jp/ja/japan-knowledge/thoughtleadership.html
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PwC’s View — Vol. 03. July 2016
海外PwC日本語対応コンタクト一覧
PwCは、全世界 157カ国、20万人以上のスタッフによるグローバルネットワークを生かし、クライアントの皆さまを支援していま
す。ここでは各エリアの代表者をご紹介いたします。
担当国・地域
写真
担当者名
電話番号
E-mail
中国(華北・華中)
高橋 忠利
Tadatoshi Takahashi
+86-21-2323-3804
[email protected]
中国(華南・香港)
柴 良充
Yoshimitsu Shiba
+852-2289-1481
[email protected]
台湾
奥田 健士
Kenji Okuda
+886-2-2729-6115
[email protected]
韓国
福原 智之
Tomoyuki Fukuhara
+82-2-709-4066
[email protected]
東南アジア全域
桂 憲司
Kenji Katsura
+65-6236-5268
[email protected]
シンガポール
西谷 和芳
Kazuyoshi Nishitani
+65-6236-3318
[email protected]
マレーシア
藤井 純一
Junichi Fujii
+60-3-2173-1480
[email protected]
タイ・カンボジア・ラオス
魚住 篤志
Atsushi Uozumi
+66-2-344-1157
[email protected]
ベトナム
安田 裕規
Hironori Yasuda
+84-4-3946-2246(Ext. 1011)
[email protected]
ミャンマー
大槻 玄徳
Motonari Otsuki
+95-9-263-453-297
[email protected]
インドネシア
割石 俊介
Shunsuke Wariishi
+62-21-521-2901
[email protected]
フィリピン
東城 健太郎
Kentaro Tojo
+63-2-459-2065
[email protected]
オーストラリア
屋敷 信彦
Nobuhiko Yashiki
+61-4-0143-9686
[email protected]
インド
黒栁 康太郎
Kotaro Kuroyanagi
+91-80-4079-4118
[email protected]
英国
濱之上 昌二
Masaji Hamanoue
+44-20-7804-4376
[email protected]
フランス
猪又 和奈
Kazuna Inomata
+33-1-5657-4140
[email protected]
ドイツ
宗雪 賢二
Kenji Muneyuki
+49-211-981-2267
[email protected]
オランダ
光廣 成史
Masafumi Mitsuhiro
+31-88-792-41-69
[email protected]
ルクセンブルク
鈴木 伸也
Shinya Suzuki
+352-49-4848-4096
[email protected]
ベルギー・中東欧全域
森山 進
Steve Moriyama
+32-2-710-7432
[email protected]
トルコ
平沼 美佳
Mika Hiranuma
+90-212-326-6794
[email protected]
チェコ
山崎 俊幸
Toshiyuki Yamasaki
+420-251-152-343
[email protected]
ハンガリー
野村 雅士
Masashi Nomura
+36-30-867-9514
[email protected]
ポーランド
有田 幸弘
Yukihiro Arita
+48-519-506-156
[email protected]
ロシア・CIS
糸井 和光
Masahiko Itoi
+7-495-967-6349
[email protected]
南アフリカ
齊藤 賢一
Kenichi Saito
+27-31-271-2034
[email protected]
カナダ
佐伯 徹郎
Tetsuro Saeki
+1-416-687-8902
[email protected]
米国
顧 威(クウ ウェイ) Wei Ku
+1-646-471-2946
[email protected]
メキシコ
江島 和弘
Kazuhiro Ejima
+52-55-5263-8987
[email protected]
ブラジル
矢萩 信行
Nobuyuki Yahagi
+55-11-3674-3724
[email protected]
アジア太平洋
欧州・アフリカ
米州
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