中国の財政政策の効果と限界

中国の財政政策の効果と限界
中国政府は2016年の財政赤字の対GDP比を3.0%に拡大した。減税・行政手数料
の減免に力点が置かれているが、これによる企業・家計の負担軽減分が新たな投資や
消費を喚起する効果は限定的となる可能性もある。政府はさらなる財政拡大余地を
示唆しているが、政府債務拡大は後の調整圧力を高めかねないため、注視が必要だ。
中国指導部は、2020年までに2010年対比でGDPを
倍増させるという第 13 次五カ年計画の中期目標や
雇用環境の安定などを考慮し、2016 年の成長率目標
を「前年比+6.5〜7.0%」に設定した。しかし、足元の
中国経済は、過剰生産能力・過剰債務の調整という下
押し圧力を受け自律的回復力を欠いている状態で、
成長率目標の達成は難度を増している。それゆえ中
国指導部は、構造改革を着実に実行に移すとともに、
財政・金融政策による景気下支えを強める方針を明
らかにしている。
ただし、上述の調整圧力を背景に企業の借り入れ
需要が弱含んでいるため、金融緩和の景気浮揚効果
は限定的とみられる。中国指導部は 2016 年に入り、
過剰生産能力・債務の調整に本腰を入れ始めている
が、その早期解決も難しい。そうした中、景気浮揚と
いう点では金融政策よりも財政政策に頼らざるを得
ない状況にある。
2016 年の財政赤字は、
「積極的財政政策の強化」
との方針に基づき、2兆1,800億元(2015年:1兆6,200
億元)に拡大された。対 GDP 比では 3.0%(2015 年:
2.4%)となった(図表1)。これまで中国政府が財政赤
字の対 GDP 比率を 3.0%未満に抑えてきたことを踏
まえると、2016 年は財政による景気てこ入れを強め
る姿勢を示したことになる。
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もっとも、今回の財政赤字拡大は、財政支出拡大よ
りも減税・行政手数料の減免による財政収入の減少
によるものである。一般会計に相当する「一般公共
予算」ベースの財政支出の伸びは、前年比+ 6.7%と
2015 年実績の同+ 13.2%から鈍化しているのに対
して、財政収入の伸びも前年比+3.0%と2015年の同
+5.8%から低下している。また、中国政府は、今回の
財政赤字の増加分 5,600 億元のうち、5,000 億元超が
減税や行政手数料の徴収削減による、企業・家計の負
担軽減分に相当するとしている。
●図表1 中国の財政収支(一般公共予算)
(%)
(前年比、%)
3.5
30
財政赤字対GDP比(左目盛)
財政収入伸び率(右目盛)
財政支出伸び率(右目盛)
3.0
25
2.5
20
2.0
15
1.5
10
1.0
5
0.5
0
2008
09
10
11
12
13
14
15
0
16 (年)
1. 2016年は予算ベース。
(注)
2. 2015年以降、財政収入・財政支出いずれも定義が変更されているため、
それら
の伸びについて、
どの程度厳密に時系列比較ができるか不明な点あり。
(資料)中国国家統計局、財政部より、
みずほ総合研究所作成
この負担軽減分のうち多くを占めるのが「営業
税から増値税への切り替え」に伴う減税分である。
元々、増値税とは主に物品販売にかかる税で、付加価
値への課税のため仕入れ税額控除がある。一方、営業
税とはサービスにかかる税で、総売り上げへの課税
のため仕入れ税額控除がなく税負担が重かった。ま
た、昨今の業態の複雑化に伴う、増値税と営業税の二
重課税も問題となったため、2012 年から営業税を増
値税に切り替える改革が一部業種・地域で行われて
きた。最終的に、2016 年 5 月より全業種・全地域で増
値税への切り替えが行われることとなり、それに伴
う税負担軽減が期待されている。
今回の予算で、政府が財政支出の伸びを抑制する一
方、上述のような減税・行政手数料徴収の削減を行う
手法を採った背景には、
「政府自身が支出先を決める
よりも、家計や企業の手元に資金を残した方が効率が
良い」との考え方があったとみられる。
2008 年の世界
金融危機後に行われた4兆元の景気対策が無駄な投資
や補助金支出を生み出し、現在に至るまでの調整圧力
を生じさせてしまったことへの反省があるのだろう。
このような方針自体は評価できるものの、減税・行
政手数料の徴収削減による負担軽減分が、企業によ
る新規投資や家計による消費拡大に結びつかず、景
気浮揚効果が限定的となる可能性がある。足元のよ
うに景気の基調が弱い局面であればなおさら、余剰
資金が内部留保や貯蓄に回ってしまいやすい。景気
を下支えするという目標に鑑みた場合、減税などの
負担軽減だけでは限界もあると考えられる。
規模を拡大することによって、デレバレッジが経済
に与えるマイナスの影響を和らげることができると
している。デレバレッジのための改革とは、まさに中
国が現在取り組んでいる過剰生産能力・過剰債務の
削減のことを指すが、こうした改革によって引き起
こされる投資の下振れや雇用・所得環境の悪化など
の景気下押し圧力を緩和するため、国債・地方政府債
の発行などによって財政による下支えを強化すると
述べているのだ。実際に2016年1月から6月半ばまで
の国債・地方政府債の発行残高をみると、2015 年実
績の半分をすでに超えており、その発行ペースが加
速していることが分かる(図表2)。
過剰生産能力・債務がもたらす下押し圧力の緩和
と企業のデレバレッジが求められる局面において
は、現状とりうる有効な下支え策は、政府債務の拡大
を通じた財政支出拡大とならざるを得ない。ただし、
そのペースや使途が正しくコントロールされなけれ
ば、企業のデレバレッジは進んでも、国民が後に政府
による過剰投資、過剰債務のつけを払うことになっ
てしまう。現在のところ、地方政府債務発行額に上限
を課す、地方政府債務のリスクの監視測定を行うな
どのコントロールが実施されているようだが、今後
規律の緩みや債務の積み増しの動きが過度に進まな
いかどうか、注視が必要だ。
みずほ総合研究所 アジア調査部中国室
エコノミスト 玉井芳野
[email protected]
●図表2 中国の国債・地方政府債の発行残高
(兆元)
4.5
こうした限界が意識されているのか、5 月 23 日に
は、一部の地方政府における予算執行のペースが遅い
ことを受けて、予算執行のペースを速め財政資金の使
用効率を高めることを求める政策が発表されている。
さらに注目に値するのは、中国政府に財政拡張余
地があることを示唆する動きだ。その表れが、5 月
26 日に発表された財政部による声明だ。2015 年の
中国の政府債務残高(偶発債務を含む)が GDP 対比
41.5%と、主要国・地域に比べて低水準にあることを
示した上で、
「デレバレッジのための改革を実施する
にあたって、政府は必要に応じてレバレッジを高め、
企業のデレバレッジを支えることができる」と述べ
ている。具体的には、適度に国債や地方政府債の発行
国債
地方政府債
3.8
4.0
3.5
3.2
3.0
2.5
2.0
2.1
1.8
1.7
1.5
1.3
1.0
0.5
0
0.4
2013
0.4
2014
2015
2016
(年)
(注)2016年は1月∼ 6月14日までの合計額。
(資料)Windより、
みずほ総合研究所作成
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