ネコさま大王国で引きこもってネコを愛でたい ID:89819

ネコさま大王国で引きこもってネコを愛でたい
清瀬
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
ユグドラシル、サービス終了時、ネコさま大王国が異世界へ転移し
た。
最後まで残ったギルドマスターの目指すものは、世界征服を狙う支
配者でも、未知への探求を行う冒険者でもなく、ただ、静かにネコを
愛でる生活だった。
ユグドラシル内では弱いとはいえ、転移後の世界では異常ともいえ
る、100LVキャラ。
ギルドマスターは静かな生活を手に入れることができるのか
これはネコ好き主人公の、壮大になにも始まらない物語である。
?
01話 │││││││││││││││││││││││││
目 次 02話 │││││││││││││││││││││││││
1
11話 │││││││││││││││││││││││││
10話 │││││││││││││││││││││││││
09話 │││││││││││││││││││││││││
08話 │││││││││││││││││││││││││
07話 │││││││││││││││││││││││││
06話 │││││││││││││││││││││││││
05話 │││││││││││││││││││││││││
04話 │││││││││││││││││││││││││
03話 │││││││││││││││││││││││││
8
14
21
30
38
45
52
60
70
78
01話
ネコさま大王国。
ネコ好きが集う、ゲーム﹃ユグドラシル﹄のギルドだ。
かつては多くのネコと多くのプレイヤーが集うギルドだったが、ユ
グドラシル最終日の今となっては、多くのネコと一人のプレイヤーし
かいない。
多くのネコとは、ギルドの皆で作り上げたNPC、あるいはテイム
してきたネコ型のモンスターだ。
所詮は、プログラムに過ぎない。
けれども、最後の一人にとっては、そう切り捨てることのできない
ものだった。
﹁なにやってるんだろうね⋮⋮私は﹂
最後の一人、ミネルバはそうつぶやいた。
ローブにとんがり帽子の10代後半くらいに見える女性が座って
いる。
いかにも魔女といった風体の彼女の周りには多数のネコがいる。
さらにその周囲には毛づくろいをするネコやじゃれあっているネ
コたち、丸まって寝ているネコ、手足を伸ばしている寝てるネコなど
もいる。
これらの動きは、ユグドラシルに用意された動きではなく、ギルド
メンバーが手を加えたAIによる動きだ。
彼女の周囲に集まるネコを撫でる。
リアルでペットを飼うというのは、かなりお金がかかる行為だ。
ハムスターくらいならミネルバにも無理すればできないことはな
い。
しかし、ネコとなると無理だ。
100年ほど前には、ネコを飼う家庭がそう珍しいものではなく、
野良猫なんて存在もあったらしい。
が、外にでるのに人工心肺いるこのご時世、ネコが外にいたら一月
も持たず死ぬだろう。
1
動物、特にネコが好きだったが、ミネルバにとっては縁遠い存在で
あった。
そんな中、彼女がなんとなく始めたユグドラシル。
友達ができて、ギルドができて、ペットができて⋮⋮。
いろんな思い出が詰まったギルド﹃ネコさま大王国﹄。
メンバーは現実が忙しくて、あるいはユグドラシルに飽きて、ログ
インしなくなったが、ミネルバはずっとこのギルドを維持し続けた。
もともと別のメンバーがギルドマスターだったが、引退することと
なり、一番ログインの頻度が高いミネルバへとギルドマスターの権利
が移った。
他のメンバーにとっては、いくつもある遊びの1つだったのだろう
し、実際それが正常なのだろうともミネルバは考える。
けれども、彼女はそう割り切れなかった。
自身の半身を引き千切られる行為にも感じた。
2
しかし、小市民たる彼女にサービス終了を止められるような力など
ありはしなかった。
23:59:50、51、52⋮⋮
﹁ごめんね⋮⋮お前達﹂
ミネルバの口から嗚咽が漏れる。
00:00:00、01、02⋮⋮
涙があふれてきた。
﹂
しかし、ミネルバの心が急に落ち着く。
﹁⋮⋮あれ
﹁ああ、よしよし﹂
こんなに表情豊かだっけ
彼女は首をかしげながらも、ネコに手を伸ばす。
?
ネコたちの表情はどことなく悲しげだ。
を向いているのに気が付いた。
ローブの袖で涙を拭いていると、周囲を見回すとネコたちがこちら
涙が引っ込む。
辛いことにはかわりはないが、何かに押さえつけられるかのように
?
撫でられたネコは目を細めて気持ちよさそう鳴く。
00:00:52、53
﹂
ネコを撫でながら時間を確認すると、間違いなくサービス終了時間
が過ぎている。
﹁どうなっているんだろう⋮⋮
もう少しこの子たちと一緒にいれるならそれはそれでい
NPCが喋るなんてありえない⋮⋮。
混乱するミネルバにシノブが声をかける。
ギルドNPCからみたギルドマスターってそういう認識なのか
しかも、様って⋮⋮。
どうして喋ってるんだ
たネコ耳ニンジャメイドのシノブだ。
浪漫を注ぎ込んだ完璧なNPCができた、と肩を組みながら叫んでい
間違いない。ギルドの男性メンバーが喧嘩しながらも、最後は夢と
ミネルバは唖然としながらも、シノブを見た。
﹁しゃ⋮⋮喋ってる⋮⋮﹂
庭の管理者という設定のギルドNPCシノブだ。
性が正座していた。
声の方向を向くと、ネコ耳にネコの尻尾が生えた和風メイド服の女
﹁ミネルバ様、緊急に報告すべき事項がございます﹂
ミネルバが残念そうにネコに手を伸ばしていると声がかかった。
周囲のネコたちが離れていった。
そんな時、誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。
そう思うものの、ミネルバはどうしていいかがわからなかった。
なにかがおかしい。
ネコたちも、どことなくイキイキとして見える。
いつもより、触り心地がよい気がする。
不安はあるが、周囲のネコを撫でる手は止まらない。
いのだけれど⋮⋮﹂
﹁バグかな
ミネルバはコンソールを開こうとしたが、反応がない。
?
どこが痛みますか
﹁ミネルバ様⋮⋮、どうされたのですか
泣かれていたのですか
?
?
?
?
?
3
?
今すぐ回復魔法を使えるものを呼んで参ります﹂
目元が赤いことに気付いたのかシノブが焦ったように話し出す。
表情にほぼ変化はないが、ネコ耳がパタパタとせわしなく動き、尻
尾は膨らんでいる。
﹁いや、待って。大丈夫。先に報告をお願い﹂
ミネルバは混乱しそうになるが、急に冷静になる。
何が起こってるかはわからない。
心が急に変化することも怖い。
しかし、緊急事態というなら、話は聞くべきだろうと彼女は結論づ
けた。
﹁はい。城壁より警備を行っていたところ、突然視界が歪みました。
﹂
気付くと、ネコさま大王国の城が見知らぬ土地に転移していまし
た。
犯人は見逃したようです。申し訳ございません
﹂
ミネルバはとりあえずそう仮定した。
﹁いや、シノブのせいじゃないと思う。
私の知る限り、プレイヤーに起こせるような現象じゃない。
4
シノブは大げさに頭を下げ報告を行う。
失態を悔いるように小さく震えている。
﹁⋮⋮いわゆる異世界転生もの
ランキング下位のネコさま大王国を狙う理由がわからない。
しかし、ワールドアイテムどころか、神話級アイテムもロクにない、
ル・ゴウンならわかる。
プのトリニティや、ワールドアイテム所持数トップのアインズ・ウー
ワールドアイテムならそれも可能かもしれないが、ランキングトッ
はない。
ミネルバが知る限り、プレイヤーがギルドホームを転移させる能力
そしてその動揺が、またも抑えられる。
付かない。
もっとも、ミネルバは報告の内容に動揺し、そのようなことは気が
!
ネコさま大王国の城ごと、見知らぬ土地に移動した。
?
それより、今、周りはどんな土地になってる
﹁周囲一帯、草原です。
﹂
城壁から少し離れた位置に道が見えます﹂
﹁道というのは舗装された
﹂
?
幻術をかけるにしても、費用が高くつく⋮⋮。
そもそもギルドの宝物庫もこっちに来てるのかな
﹁かしこまりました。2階、3階は如何いたしましょう
﹂
ミネルバはかつてのギルドメンバーに感謝をささげる。
よかった。
意味がないと言いつつ、設定魔のギルドメンバーとともに設置して
で可能性がある。
ター系のアイテムが生きてるかどうかは、ネコたちにとって死活問題
食料生成機能をもったダグザの大釜や、水確保のエンドレスウォー
能性は低いだろう。
お腹が減れば謎の魔法効果で金貨を消費して満腹になる、という可
してくれるという設定だ。
が面倒なギルド向けに、オプションを使えば、それらをやったことに
AIに食料のある場所に移動して食事するというのを設定するの
金貨を消費して、自動で回復するオプションを使っていた。
ユグドラシルでは、NPCやテイムモンスターの満腹値を宝物庫の
シノブは庭の状況確認をお願い﹂
てくれるかな
﹁転移により1階に異常が出ていないか、ヒメに確認するように伝え
ミネルバにいろんな考えが浮かぶ。
とにかく、いろいろ確認すべきか。
ああ、能力やアイテムが使えるかどうかも確かめないと⋮⋮。
?
道があるなら、仮定異世界人との接触は避けられない。
﹁そう⋮⋮⋮﹂
う判断しました﹂
﹁いえ、地面がむき出しになっており、わだちができていることからそ
?
﹁2階は私が軽く確認してくる。3階のハカセには私が連絡する﹂
?
5
?
2階は、ギルド費用軽減のためギミックをすべてオフにしている。
今現在はただの通り抜けフロアだ。軽い確認で今はいいだろう。
﹁1時にネコカフェで管理担当のシノブ、ヒメ、ハカセと私で情報共有
を行いたい。
その旨も伝えておいて﹂
﹁かしこまりました﹂
﹁それと、城の周囲の警戒体制を整えて。
もし、誰かが近づいて来たら、連絡をお願い。
こちらに攻撃的な場合でも、可能なら、できるだけ怪我させず気絶
させるのが理想﹂
夜中だし、そうそう人は通らないとは思うが、できるだけ外の情報
が必要だ。
Lv100のニンジャとはいえ、外の戦力がわからない以上、無理
はさせられない。
6
﹁はい。誠心誠意努め上げます﹂
﹁こんなところかな。緊急事態で情報がつかめていない。
慎重にお願い﹂
﹁あの⋮⋮﹂
シノブはミネルバの涙の跡を見つつ、言いにくそうに言葉を詰まら
せた。
﹂
ミネルバがそれに気が付いた様子はない。
﹁どうかした
現実に戻りたいか
い。
趣味といえば、ゲームか100年以上前の動物の映像を見るくら
外を歩くのに、人工心肺が必要な劣悪な環境。
友達もロクにいない。
戻りたくない。あんなロクでもない現実に戻ってどうするのか。
?
ミネルバは2階に向かいながら考える。
﹁わかった﹂
﹁いえ、ミネルバ様もどうぞお気をつけて﹂
?
愛するネコ達と過ごせるこの世界のほうが、よほど素晴らしく見え
る。
ずっと、この城でネコと暮らしたい。
ミネルバは強く、そう思うのであった。
7
02話
ネコさま大王国は大きく分けて4つのエリアからなる。
まずは、1つ目は庭。
入手直後はなかったエリアだが、後に拡張された。
城と城壁の間のエリアで厩舎や畑が存在する。
ネコ耳ニンジャメイド、シノブが管理人という設定のエリアだ。
テイムした大型ネコモンスターとお世話用のテイマーNPCが配
置されている。
カラー・オブ・サステナンス
モンスターは番犬ならぬ番猫で、シノブとともに周囲の警戒を行っ
ているという設定だ。
なお、ここのネコ達には﹃維 持 の 首 輪﹄が装備されている。
テイムモンスターの睡眠と飲食が不要になるというアイテムだ。
ギルドメンバーが多い、稼ぎの多い時期はつけてなかったのだが、
テイムモンスターは特に食費がかさむため、ギルド費用低下のために
つけざるを得なかった。
不要ではあるが、飲食や睡眠自体ができなくなる首輪ではないた
め、首輪を着けて以降もたまに餌を与えていたのだが⋮⋮。
ミネルバとしては、窮屈な思いをさせてすまないと考えている。
2つ目は1階、ネコさまエリア。
ネコさま大王国のメインエリアもいえる。
金髪縦ロールのネコ耳テイマー、ヒメが管理人という設定のエリア
だ。
ギ ル ド 外 の お 客 様 用 に ネ コ と 戯 れ る こ と が 可 能 な ネ コ カ フ ェ、
キャットウォークなどのネコ用の設備やお世話用NPCが配置され
た大小様々なネコ用の部屋、お世話用のNPCの私室などがある。
ネコの種類も様々である。
アメリカンショートヘアやマンチカン、スコティッシュフォールド
やペルシャネコ、ロシアンブルーなどなど。
ギルドの課金は大半はこのエリアのための課金となっている。
ネコ達が快適に過ごしつつネコを愛でるためのエリア、それがこの
8
1階、ネコさまエリアとなっている。
3つ目は2階、ネコクイズエリアだ。
ネコ耳白衣のハカセが管理人のエリアだ。
その名のとおり、ネコに関するクイズに正解すれば先に進める仕様
となっていたが、今現在は、ギミック代をけちるため、すべての扉は
開け放たれている。
ギルド攻略戦の際はここで時間を稼いで、援軍を集めるという戦術
が基本だった。
ネコさま大王国は攻めるメリットの薄いわりに、ギルド外のネコ好
きを援軍として呼び出せるギルドだ。
そのハイリスク・ローリターンっぷりが原因か、ギルド防衛戦を
行ったことは片手で数えるほどだった。
4つ目は3階、生産エリアだ。
2階と同じく、ハカセが管理人のエリアだ。
2階からの階段を昇ってすぐに戦闘用の大部屋がある。
その大部屋を抜けると鍛冶部屋や錬金部屋などの生産施設や宝物
庫やギルド武器安置部屋などが存在する。
なお、1階、ネコさまエリアと比べるとあきらかに作りが雑である。
1階は一部屋ごとに細部まで気合いを入れた作りだが3階は適当
にコピペして配置しただけ感があふれている。
ネコは関係ないけど、必要だから作ったそんなエリアである。
なお、シノブ、ヒメ、ハカセはすべて男性メンバーが製作した。
男性メンバーが殴り合いの喧嘩をしながらも、情熱と夢と浪漫と何
かイロイロを詰め込んで完成した至高のNPCだそうだ。
完成時、男性メンバーは皆、肩を抱きお互いをたたえていた。
ミネルバとしては何か言いたい気持ちもあったが、あの盛り上がり
を見て、何かいう勇気はなかった。
実際、非常にかわいらしいし、いい出来だと思うのだけれども。
ミネルバはそんなことを思い出しながら、2階にたどり着いた。
ギミックの起動は実際にしてみないとわからないが通り抜ける分
には、特に問題なさそうだ。
9
ただ、再起動しても、時間稼ぎが可能だとしても、援軍を引き連れ
ることは難しいだろう。
3階の戦闘用の大部屋についた。
一辺50mほどの広さがある。
高さも25mほどあり、あきらかに外からみた城の大きさと矛盾す
るのだが、空間魔法という便利なものがどうにかしている設定だ。
ドッペルゲンガー
スキルのチェックを行うには一番向いた部屋だ。
マジックキャスター
ミネルバは二重の影、シェイプシフターなどの外見を変化させる効
果をもった魔法詠唱者だ。
外見の変化に関しては、いろんなネコになりたかったからという単
純な理由で選択しており、戦闘においてはあまり役立てる気はなかっ
ドッペルゲンガー
た。
二重の影は記録した様々な職の切り替えが持ち味で、幅広い知識と多
数の手札を使いこなす技量を必要とされるのだが、ミネルバ本人が
様々な能力を使いこなすような技量もないため、宝の持ち腐れといっ
た感が強い。
姿を変化させる時は、逃げ足が速い姿に変化させる時や、ちょっと
したアイテムを生産する時くらいなものだ。
平たく言うならば、ミネルバはLv100プレイヤーにしてはかな
り弱い部類に属する。
とはいえ、レベルに任せたごり押しとはいえ、ソロでギルドを維持
するお金を稼いでいたのは事実だ。
魔法さえ使えれば、最低限は戦えるだろう。
ミネルバの確認の結果、魔法は問題なく使えた。
変化も問題なかった。むしろより使いやすくなっていた。
ユグドラシルでは変化を使った際、システムの限界なのか操作に違
和感を覚えたが、この世界では変化を使った際、操作に関しての違和
感は全くなかった。
ミネルバはこの体が間違いなく自分のものだと思えた。
アイテムも問題なく出し入れできるようだ。
装備で各種耐性も上昇させている。
10
課金で指輪装備枠を増やし、10個装備している状態だ。
精神が比較的落ち着くのも、精神耐性の指輪のおかげなのかもしれ
ない。
これだけの条件がそろっているなら、少なくても、格下相手に負け
ることはないだろうし、相当やばい相手でもない限りは逃げることで
きる。
そう、ミネルバは確信した。
3階の戦闘用の大部屋を抜けた先にハカセはいた。
ネコ耳、ネコ尻尾に、ぼさぼさのくせ毛を左右で束ねた猫背の女性
だ。
﹂
磨けば光りそうなのに、外見は気にせず、白衣をダラッと羽織って
る。
﹁ミ、ミネルバ様、ご、ごご、ご用件は
ミネルバに気付くと、スリッパをパタパタと鳴らしながら小走りで
近づいてきたハカセはそう尋ねた。
細かい設定までは覚えていないがこんなキャラだったんだと、ミネ
ルバは驚いた。
NPCの棒立ち状態だと、もう少し落ち着いたキャラにも見えたた
めである。
﹁ネコさま大王国が、城ごと異なる場所に転移した。
その転移の影響で3階の各施設に影響が出てないか確認してほし
い。
それと1時を目途にネコカフェに来て。
﹂
管理人3人と私で情報共有を図りたい﹂
﹁あの、宝物庫はどうしましょうか
うになっている。
要するに、ミネルバ以外は確認できないということだ。
﹁私が確認する﹂
﹁わ、わかりました。他の部屋を早速確認してまいります﹂
パタパタとスリッパを音を立てながらハカセが去っていった。
11
?
宝物庫はギルドメンバーの証の指輪がないと出入りができないよ
?
その後、ミネルバは宝物庫を確認したが、特に問題なかった。
貯められた金貨をギルド維持費として使えば、かなりの期間は持つ
とわかった。
しかし、永遠に続くわけではない。
外で稼ぎの手段を用意しないといけない。
装備なども置いてあるが、現状のもので構わないだろうと判断し
た。
ミネルバは念のため、ギルド武器安置部屋に向かった。
ギルド武器安置部屋、通称は﹁ネコの像の部屋﹂だ。
部屋にはネコを膝に乗せた人の像、ネコをじゃらす人の像、ネコパ
ンチを受けた人の像、野生をなくした猫の像、ネコ鍋の像などさまざ
まな像が飾られている。
その中の像がもっている﹁ねこじゃらし﹂、これがギルド武器﹃じゃ
らし王﹄だ。
カテゴリとしては杖だが、見た目はいわゆるねこじゃらし、エノコ
ログサである。
攻撃力ゼロで耐久力を全力で高めて、自動耐久力回復のクリスタル
をぶち込んだ。
かつてのギルドメンバーの剣士がだいたい3時間ぐらい攻撃し続
ければようやくゼロにできるだろう、という耐久力になっている。
全身神話級の廃人プレイヤーならもっと短時間で破壊可能かもし
れない。
もっとも、そんな力をもった相手が敵に回った時点で、ネコさま大
王国の滅亡が確定したようなものだ。
下手にアイテムボックスに入れて、死亡後の復活なしでアイテム
ボックスごと消去の可能性を考えれば、このまま安置しておくほうが
安全だろう。
そもそも、これをギルド武器と知るのは、ミネルバと引退したギル
ドメンバーのみのはずだ。
ミネルバはそう判断してこのまま安置しておくこととした。
集合時間まであと10分といったところで、ミネルバはふとトイレ
12
に行きたくなった。
と場所を思い出そうとした時、彼女は
同時に、ここはゲームではなく、異世界なんだと強く確信した。
さて、トイレはどこだっけ
驚愕の事実を思い出した。
ギルドメンバー用の個室を作った記憶がないのだ。
しかしだ、実際にはなんの効果もないのだが、管理人や世話人によ
り良い仕事をしてもらうためと部屋を用意し、その部屋にトイレと風
呂を備えつけた記憶がある。
と、いうことはトイレはNPCの部屋を借りるしかない
いや、さすがにそれは⋮⋮と焦るミネルバ。
?
そんな時、拠点作成系のアイテムがあったはずだと気が付いた。
たしか、ストーンシークレットハウス。
急いで、3階の大部屋に移動し件のアイテムを使う。
問題なく、石造りの小さな家が現れた。
見かけに反して中は結構広い。
拠点内にトイレと風呂があることを確認し一安心だ。
一休みしてネコカフェへ向かうことにした。
13
?
03話
ミネルバがネコカフェに着くと、ネコ耳和風メイド、ネコ耳ボサボ
サ頭にヨレヨレの白衣、ネコ耳金髪縦ロールの3人が待っていた。
金髪縦ロールが1階の管理人、ヒメだ。
鞭と吐息を使いこなすテイマーだ。
といっても、テイムモンスターのレベルが低いため、戦闘能力はテ
イマーの中でもかなり低い。
﹁待たせたね。とりあえず適当な席に座ろうか﹂
ミネルバが席に着くことを確認してから、管理人3人が席につい
た。
ずいぶんと緊張しているようだ。
表情からミネルバにもそれが理解できた。
緊急事態だ、仕方あるまいと結論付け話を進める。
﹁今の所、気候的な大きな変化は感じられません。
そのあたりも含め、世話人には注意するよう伝達しておきます﹂
﹁お願い﹂
とミネルバが思うほどだ。
シノブは表情は変わらないが、ネコ耳の主張が激しい。
ネコの耳ってあんなに動き回ったかな
﹁次はヒメ、お願い﹂
﹁はい。ミネルバ様。
食料・水ともに問題ありません。
1階は、特に問題は見つかっておりませんわ。
?
14
﹁さて、知っての通り本日0時に、ネコさま大王国は原因不明の転移に
まずはシノブ﹂
巻き込まれ、見知らぬ土地に移ったわけだけど、各階層に異常はあっ
たかな
なっております﹂
?
いとストレスになりそう﹂
﹁環境の変化は問題ない
温度や湿度とかもそうだけど、変化が大き
人やテイムモンスターが少し騒いでおりましたが、今現在は静かに
﹁はい。各種機能に問題はありませんでしたが、転移に気付いた世話
?
ネコ達も落ち着いたものです﹂
﹁そう、それはよかった﹂
ヒメのネコ耳はピンとしたままで落ち着いたものだ。
シノブのは、表情は変化しにくいけど、ネコ部分は変化が激しいと
かそういう設定なのかもしれない。
﹁2階は通り抜ける分には問題なかった。
クイズに関しては、私も通り抜けられる自信がなかったので、起動
テストは行っていない﹂
ギミックはギルド武器安置部屋からマスターソースで弄る必要が
ある。
ギルドメンバー全員の知恵を持ち寄って作られたネコクイズはと
ても難しい問題ばっかりだ。
記憶が薄れてることもあり、ミネルバには、クリアできる気がしな
かった。
15
また、クイズギミックは結構値が張る。
﹂
現状、これを常用するのは、金銭的にかなりつらい。
﹁ハカセ、3階はどうだった
いてからかな。
ネコカフェのオープンなんかもしたいけど、維持・管理に目途がつ
確立、ネコさま大王国の維持・管理に努めたい、と私は考える。
外部の反応次第だけど、友好的に接触し、金銭や資源の入手手段を
﹁では、これからの方針について話す。
他の3人も少し緊張が解けたみたいだ。
ミネルバは安堵の息を漏らす。
はなさそうだ。
少し安心した。とりあえずネコ達の生活に大きな影響がでること
ギルドのシステムとしては特に問題無い﹂
﹁宝物庫およびギルド武器も、特に問題なかった。
シノブみたいに、パタパタ激しく動きまわったりはしていない。
ハカセのネコ耳ペタッとしているが、
﹁は、はい。特に問題ありません﹂
?
﹂
優先順位としてはかなり下になる。
皆はどうしたい
ミネルバは3人を見る。
﹁私たち、ネコさま大王国のものは、誰かの悲しみを慰め、癒し、誰か
に愛されるために創造されたと考えております。
多くと方と友好的になる方針には、異論ございませんわ﹂
ヒメがそう言うと、シノブとハカセも同意する。
ネ コ さ ま 大 王 国 の N P C の カ ル マ は 基 本 的 に 中 立 か ら 善 よ り と
なっている。
ミネルバは、そのあたりも影響を与えているのかもしれないと考え
た。
﹁うん。よかった。
ただ、最悪のケースの基本方針は固めておきたい。
﹂
もし、勝ち目がない敵が攻めてきた場合は、城を放棄してギルド武
器を持って逃げ出すこと﹂
﹁しかし、この城を放棄するなど
絶対に逃げること﹂
﹁私の城への愛着より、あなたたちへの愛着のほうが上。
ミネルバはそう考え、さらに言葉を重ねる。
やはり、受け入れにくいのだろうか。
3人同時に頭を下げるが、少し震えている。
﹁かしこまりました﹂
はもってのほかだ。
逃げた先でも大変だろうが、城を守るために玉砕覚悟なんていうの
この点に関してはミネルバも譲れない。
これだけは聞き入れて﹂
﹁逃げたほうが生存率が高いなら、迷わずそうすべき。
える。
表情もあまり大きな変化がないが、少し必死になっているように見
シノブが声を荒げる。耳と尻尾がピンと立っている。
!
3人の震えが、さらにひどくなった。
16
?
説得は後に回したほうがいいかもしれないと、ミネルバは別の話を
聞き出した。
﹂
﹁詳しい逃走経路などについては、城外の地形も関連するので後で検
討しよう﹂
﹁はい﹂
﹁というわけで城外の地形の把握も進めたい。
隠密能力を持った地図を作れるようなモンスターはいる
ミネルバはテイムモンスター系を愛でるだけで、詳細能力までは把
握していない。
﹁申し訳ありません。
条件に当てはまるのは私くらいかと﹂
シノブが申し訳なさそうに発言した。
ネコさま大王国のモンスターはほぼネコだ。
テイマーの指示は理解できるが、会話や筆記ができるわけではな
い、とのことだ。
会話可能な世話人のケットシーには隠密能力持たせてない。
﹂
また、道のそばという場所に転移した以上、仮定異世界人が突然で
きた城に対して接触を試みるのは時間の問題だ。
その時のため、高い戦闘能力をもつシノブは動かしたくない。
﹁あ、あの探知系の魔法道具で、ちょ、調査するのはどうでしょうか
ミラー・オブ・リモートビューイング
ハカセがビクビクとしつつも、発言した。
﹁そんなアイテム⋮⋮あったな、たしか⋮⋮遠 隔 視 の 鏡
?
﹁は、はい。お任せください﹂
この件は、ハカセに任せて構わない
﹂
いいアイデアだ。ハカセ。悪くない。後で宝物庫からとってくる。
?
触があるはず。
相手の出方がわからない以上、すぐ城に人を入れるのには避けた
い。
そこで城壁外に簡単な家を建てたい﹂
17
?
﹁それと、道のそばに転移したということは、近いうちに外部からの接
ハカセはコクコクコクと大げさに頷いた。
?
ミネルバはストーンシークレットハウスを取り出した。
﹁これを使えば、すぐに家を建てられる。
しばらくは外部との接触は、このアイテムで作った家で行いたい﹂
﹁接触するメンバーはお聞きしたいですわ﹂
ハカセは戦闘能力の低い生産系がメインだ。
魔法職もかじってるが、ミネルバよりさらに弱い。
ヒメはテイマーだから、個としての戦闘能力は低い。
シノブはニンジャだ、戦闘、看破能力も高い。
ミネルバは近接戦闘は弱いが、転移系を習得しているため、逃げる
のには問題ないだろう。
﹁私が接触する。シノブは護衛役としてそばに。
接触の際は、ヒメは庭で、警備役モンスターの能力の底上げをお願
い﹂
﹂
﹁念 の た め、防 御 能 力 が 高 い ネ コ を ミ ネ ル バ 様 の 盾 と し て お 連 れ に
なってはいかがでしょうか
シノブが心配そうにネコ耳を揺らしながら訪ねる。
﹁初対面に大型のネコはインパクトが強すぎて怖がられるかもしれな
い。
始めはやっぱり小型のネコから﹂
周囲3人がなんとも言い難い表情になっている。
ミネルバは小さく咳払いをした。
﹁私とシノブだけでいい。
いざとなれば、転移ですぐ城に避難する。
シノブには離れていても一緒に転移が可能になる使い捨てアイテ
ムを渡しておく﹂
﹁貴重なアイテムを⋮⋮ありがとうございます﹂
ネコが課金ガチャに出たときのはずれアイテムだ。
ミネルバにとっては、あまり使いどころもなく死蔵していたアイテ
ムに過ぎない。
﹁とりあえずはこんなところかな
ああ、そうそう、3階の大部屋の端に件のアイテムで私の家作った
?
18
?
けど構わない
﹂
﹁端と言わずに、すべてミネルバ様の部屋にすべきですわ
﹂
﹁いや、広すぎて落ち着かないし、部屋の模様替えもお金かかる。
今の状態で十分﹂
リアルだとスチームバスだったが、こっちだと湯に浸かれるのだ。
広さもこっちのほうが上。
﹁外部との接触は夜間より昼のほうが可能性が高いと思う。
なので、やることやったら私は寝てくる。
なにかあったらすぐ起こして。
皆も順番に休息をとって﹂
リング・オブ・サステナンス
リング・オブ・サステナンス
ミネルバは睡眠耐性はあるが、睡眠無効は持っていない。
予備の維 持 の 指 輪はあるが、維 持 の 指 輪は、つけてから一定期
間立たないと、飲食・睡眠不要の効果が発動しない。
リング・オブ・サステナンス
戦闘用の指輪を外してまで、つけるべきかは悩みどころである。
﹁私たち管理人や世話人はお与えくださった維 持 の 指 輪の効果で、
睡眠や飲食が不要となっております﹂
﹁⋮⋮緊急時だし、しばらくは難しいしれないけど、近いうちに管理人
も休息できるような体制に移行して﹂
ブラック企業に勤めていたギルドメンバーが世話人の人数は余裕
があるローテーション組めるようにと強く主張し、かなり多めに配置
した。
リアルでは上からの指示をただこなしてきた下っ端のミネルバに
は管理業務は厳しいだろう。
管理人に全投げになっているのはそういう意図もある。
﹁慈悲深きお言葉感謝いたします﹂
3人は大げさに頭を下げる。
ミネルバが、仕事ブン投げて、自分だけ寝る上司ってゴミだなと自
嘲していたので、驚きが大きい。
﹂
﹁いや、気にしないで。大変だと思うけど頑張って﹂
﹁はい
19
!
?
気持ち的には寝にくいが、体のほうは眠くなってきている。
!
さっさと仕事を終わらせて、ベットに向かおう。
20
04話
ミネルバが目覚めると知らない天井が見えた。
ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター
﹁ああ⋮⋮そっか⋮⋮転移したんだっけ﹂
アイテムボックスから無 限 の 水 差 しをとり、喉を潤す。
﹂
﹁結局、服はそのまま寝ちゃったけど、寝間着変わりの服とか用意すべ
き
今のところ、服にシワや汚れなどはない。
ユグドラシルなら、耐久力さえ回復させれば、ずっと同じ服を着続
けることもできる。
だが、表情が動かないユグドラシルで、汚れといった変化は当然な
かった。
こちらに転移したことで清潔に保つ効果も追加されたのかも知れ
ない、いや、追加されるべき。
魔法効果付きの装備は、体のサイズに関係なくオートでサイズを調
整する機能があるのだ。
そのくらいの機能があってもおかしくないはず。
転移後の世界、がんばれ、などとミネルバは寝ぼけた頭で考えた。
ただ、ロクに洗濯もしてない服をずっと着るというのも、一応、人
ドッペルゲンガー
間としてどうなのだという思いがミネルバにもあった。
ミネルバは二重の影でそもそも人間ではないわけだが、ミネルバ自
ドッペルゲンガー
身としては、自分は人間であるという意識が強い。
あるいは、二重の影であるため、人間で小市民でネコ好きであるプ
レイヤー、ミネルバという人格を演じているのか。
ミネルバは軽く頭を振って、意識を切り替える。
﹁上に立つものが着た切り雀というのもね⋮⋮﹂
ギルドNPCには、私室にクローゼットをセットし、大した能力は
ないものの服を入れていた。
ギルドメンバーの私室は作らなかったものの、今回、家を新たに
作ったのだ。
クローゼットにいくつか服を入れておくのもいいかもしれない。
21
?
幸い、たいていのユグドラシルプレイヤーは、好きな外装に、デー
﹂
タクリスタルを埋め込めるという仕様上、ロクに着もしないのに、沢
山の外装を所持している。
ミネルバも宝物庫に外装を多数預けている。
﹁普段使い用の服として下位のデータクリスタルを埋め込むべき
そんなことを考えているとお腹の音がなった。
﹁朝ごはん食べよ﹂
身だしなみを整えるため鏡を見ると、無表情なミネルバがいた。
ユグドラシルでは、表情まで変わらない技術的な限界に加えて、抑
揚のない声と感情アイコンをめったに使わないことなどと合わせて、
ギルドメンバーからは親しみを込め﹃お人形さん﹄などと呼ばれてい
た。
ミネルバは、その呼び名も嫌いじゃなかったし、呼ばれるように
なってからは意識的に演じていた部分がある。
たまに感情アイコンを使うと、とてもいいリアクションが返ってき
たものだ。
﹂
声の方向には、二足歩行をした人間の子供くらいの大きさのネコが
いた。
お世話用のNPCとして設定したケットシーだ。
大き目のネコのぬいぐるみといえばいいのだろうか。とてもかわ
いい。
なお、お世話用のNPCは皆、テイマーを低レベルながら修得させ
ている。
ネコのお世話するならある程度の知識があってほしい、と熱く語っ
22
?
今でも、無表情かつ平坦な声で感情が読み取られないように演じて
ドッペルゲンガー
いる節があると、ミネルバ自身も思っている。
これは、二重の影になった影響なのだろうか
?
人間、誰しも大なり小なり演じているものだ、ミネルバはそう自分
ミネルバ様
に言い聞かせて、家を出た。
﹁おはようございます
!
彼女が家を出てすぐ、大声が響く。
!
たかつてのギルドメンバーのこだわりである。
もっとも、そう発言したギルドメンバーやミネルバ自身はテイマー
を持っておらず、そもそもネコのお世話などは詳しくない。
﹁おはよう﹂
﹂
そういいつつ、ミネルバは無意識にケットシーを撫でていた。
﹁どうしてここに
﹂
した表情を浮かべている。
ケットシーは撫でる手に頭を押し付けるようにしつつ、うっとりと
ヒメ様に言われました⋮⋮﹂
付き人として傍に使えるよう⋮⋮
﹁はい∼。今日はミネルバ様の⋮⋮
?
◆◆◆
﹂
リング・オブ・サステナンス
﹁おい、これはどういうことだよ
﹂
アルで食べたどの食事よりおいしいと感じた。
ネコカフェでケットシーと一緒に食べた朝ごはんは、ミネルバがリ
えた。
ただ、抱きかかえた姿は、付き人と主人が逆転しているようにも見
れば抱きかかえるのは容易い。
ケットシーはそこそこ重いが、Lv100のステータスをもってす
にして、ネコカフェへ向かった。
ミネルバはふにゃっと力のぬけたケットシーを抱きかかえるよう
﹁いいんですか⋮⋮。喜んで∼﹂
﹁一緒に食べる
﹁いえ⋮⋮。ですが、 維 持 の 指 輪があるので大丈夫です∼﹂
﹁そう。ご飯食べた
?
彼らは仕事を終え、現在バハルス帝国の帝都に戻る最中だ。
スラっとした体形の半森妖精イミーナはそう返す。
ハー フ エ ル フ
こっちが聞きたいわよ﹂
﹁行きはただの草原だった場所にあんな大きな城が立ってるなんて、
驚きの表情を浮かべた金髪の男ヘッケランがそう言う。
?
23
?
﹁幻覚の魔法⋮⋮ってことはないですよね﹂
全身鎧をまとった神官、ロバーデイクが尋ねる
﹁⋮⋮ええ、魔法的なものではないみたい。
マジックキャスター
たしかにそこに城があるわ﹂
第三位階を扱う魔法詠唱者、アルシェが答える。
彼らは﹃フォーサイト﹄、帝国ではそれなりに名の知れたワーカー
だ。
やっぱ皇帝様
﹂
ヘッケランが答え、そして冗談めかしてさらに付け加える。
﹂
そんなフォーサイトの面々は帝都への帰り道に突如現れた城に困
惑していた。
﹁どこの誰が建てた城なんだよ
﹁いくら鮮血帝サマといえど、数日で城を立てる技術はないでしょ
﹁そもそも、こんな所に城を立てる意味あるのでしょうか
宿ならわからなくもないのですが﹂
﹁⋮⋮なんか変だし迂回するのはどう
アルシェが恐々と提案する。
﹁危険はないと思う。
道のそばに城作っている以上、
﹂
他国との境界そばというわけでなく、周囲はただの草原ですよ
?
﹁個人的には、興味あるしちょっと城の建て方を聞きに行きたいんだ
が、
さすがにそれはやめたほうがいいかな﹂
﹁馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。
そんなの教えてくれるわけないでしょ﹂
﹁ふふ、⋮⋮迂回せずとも大丈夫そうですね﹂
﹁じゃ、このまま道沿いに進もう。
皆、一応警戒はしてくれ﹂
皆は同意の声をあげ、道沿いを進むこととなった。
﹂
24
?
向こうも人に見られてどうこうってことはないと考えられる﹂
?
?
?
?
城に近づくと、城門のそばに家が一軒建ってることに気付く。
﹁商人かなにかの家か
?
﹁建設中の仮住まいとかどう
城サイズで数日なら、家なら1時間でできるんじゃないの
﹁ははは、そんなに短期間であのような家が建てられるなら、
このあたりに町ができるのも時間の問題ですね﹂
﹂
彼らが警戒しつつも軽口をたたいていると、城門が開き、一人の女
性が出てきた。
非常に整った顔立ちの黒髪の女性だ。
ただ、頭にとがった三角形の耳が、腰には長い尻尾が生えている。
東方に動物の耳と尻尾が生えた種族がいるとヘッケランは聞いた
覚えがあった。
細かに動いていることから作り物ではないようだ。
また非常に変わった服装をしている。
南方の服装とこのあたりの服装を合わせたというか、なんというか
よくわからない格好だった。
﹁失礼します。私はシノブと申します。
﹂
﹂
城の主、ミネルバ様があなたがたとの会談を希望しております。
お時間をいただけますか
﹁えっと⋮⋮何故、私たちとの会談を希望されるのでしょうか
警戒しながらもヘッケランは質問を行う。
﹁この城は、異なる場所より転移してきました。
故に、この地域の地理も知りません。
それらをお教え願いたいのです﹂
である。
城ごとの転移、フォーサイトの常識からすれば、おとぎ話の大魔法
?
﹂
しかし、数日で城を建てたというのも、転移と同じく信じられない
ことではある。
﹁⋮⋮少し、仲間と相談しても構いませんか
﹁ええ、どうぞご相談ください﹂
﹁どうする
?
正直、信じられない部分はあるが、興味はある﹂
25
?
?
?
俺は別に構わないと思う。城の中を見る機会なんてそうそうない。
?
ヘッケランがほかのメンバーに問う。
﹂
﹁あきらかに人間以外の種族だし、そのあたりも含めて話しておいた
ハー フ エ ル フ
ほうがいいんじゃないの
半森妖精のイミーナは、嫌な事を思い出してか不快そうにつぶやく。
﹁礼儀に関して大目に見てもらえる、という条件はいるかと思います
が私も構わないのではないかと考えます﹂
ロバーデイクも続く。
﹁⋮⋮私も構わない﹂
少し迷ってアルシェがつぶやいた。
ヘッケランが条件付きで会談に応じると伝えると城門前の小屋に
案内された。
中に入ると、想像以上に広い。
﹁なんなのよ、この広さは⋮⋮おかしいでしょ⋮⋮﹂
イミーナが呆然とつぶやく。
外から見た小屋の高さと部屋の天井の高さを比べると、明らかに天
井の高さのほうが高い。
部屋自体も異常に広く、いくつか他の部屋に続くだろう扉が見え
る。
﹁この家はミネルバ様の所有するマジックアイテムです。
﹂
魔法で空間を拡張していると聞いております﹂
﹁家全体がマジックアイテムなんてあり得るの
アルシェが唖然とした表情で固まっている。
しての判断じゃないかしら
﹁城内に入れないこともそうだけど、こっちが警戒してることを加味
ロバーデイクが意外そうな顔で言う。
は⋮⋮﹂
﹁しかし、武器を預けろと言われると思いましたが、何も言われないと
そう言い残し、シノブは家を後にした。
﹁では、こちらでお待ちください。ミネルバ様も呼んでまいります﹂
?
簡単だわ﹂
そもそもミネルバ様とやらの顔を知らないから、代役を立てるのは
?
26
?
﹁たかが、場外の小屋でこのありさまだぜ。
城の中はどうなってるのやら。
壁も床も天井も金でできた部屋とかありそう﹂
﹁ははは⋮⋮まさか⋮⋮﹂
ロバーデイクの否定の言葉は尻すぼみになってかき消えた。
いきなり、こんなおとぎ話のような家が出てくるのである。
城の一室が金でできていても不思議ではない。
しばらくすると、トレイにポットとカップを乗せたシノブと、非常
に仕立の良い濃い緑を基調としたローブを纏った10代後半の少女
が家に入ってきた。
シノブが紅茶を配り終わり少女の後ろに控えた後、無表情のまま少
女が話し始めた。
﹁私がこの城の代表、ミネルバ﹂
非常に整った顔立ちをしているものの、表情は動かず人形のような
印象をうける。
指には魔法を込められたであろう指輪をいくつもの着け、着ている
ものだけでもかなりの財になるだろうとヘッケランにも読み取れた。
﹁私はヘッケラン・ターマイト、ワーカーチーム﹃フォーサイト﹄のリー
ダーをしております﹂
﹁イミーナ。弓兵をしてる﹂
﹁私はロバーデイク・ゴルトロンと申します﹂
﹁⋮⋮﹂
アルシェの声が聞こえないため、ヘッケランは彼女に目を向ける
と、青い顔をして震えていた。
アルシェの豹変に焦りつつも、目の前の少女を不快にするのはよく
マジックキャスター
ないと、ヘッケランが代わりに名を告げる。
﹁失礼。彼女はアルシェ。
第3位階を扱える優秀な魔法詠唱者なのですが、少々緊張している
ようです﹂
﹁別に構わない。体調が悪いように見える。
席をはずしてもらってもいい﹂
27
表情を変えずにミネルバは告げる。
その姿からは心境が読み取れない。
﹁ご厚意に感謝します。
私とアルシェは席を外させていただきます。
さぁ、アルシェ⋮⋮﹂
ロバーデイクがアルシェを気遣いつつ、席を立つ。
﹁えーっと、申し訳ない﹂
ヘッケランはアルシェを心配しつつも、城の主に謝る。
マジックキャスター
神官のロバーデイクがついていれば、大丈夫だろうと自分に言い聞
かす。
﹂
﹁構わない。それより、彼女は第3位階まで使える魔法詠唱者とのこ
とだけど、どのくらいすごい
ミネルバは食い気味に質問を行った。
マジックキャスター
ヘッケランは気を使って、この空気を払拭しようとしていると受け
取った。
﹁そうですね。熟練した魔法詠唱者がたどり着ける領域といいましょ
うか。
第4位階以降は、それこそ一部の天才のみが扱える領域です﹂
マジックキャスター
﹁⋮⋮彼女、ずいぶん若いみたいだし、
その一部の天才になりえる魔法詠唱者なのね﹂
さきほどの件を気にしていないとのアピールなのか、アルシェのこ
とを持ち上げてくれる。
ン
ト
見た目こと喜怒哀楽がないようにみえるが、本当は心優しい人物な
レ
のかもしれない。
タ
﹁そうですね。
彼女は生まれ持った異能を持っていて、見るだけで相手の魔力の量
を知ることができ、使える位階なども推測できるのです。
﹂
その力で何度も助けられました﹂
﹁⋮⋮本当
後ろに控えるシノブというお付きの耳が上下に動き、尻尾が膨ら
28
?
相変わらずの無表情だが、明らかに声が硬くなった。
?
む。
﹁ええ、本当ですが⋮⋮﹂
ミネルバの表情がわずかに曇る。
﹁⋮⋮まぁ、いいや。
後で彼女に、驚かせてごめん、って伝えておいて。
それと、できれば私の魔力については喋らないで欲しい﹂
マジックキャスター
﹁あなたは見るだけで顔が青くなるほど、
桁違いに強力な魔法詠唱者だというのですか⋮⋮。
わ、わかりました。絶対に話しません﹂
﹁助かる﹂
彼女は紅茶を飲み、一度大きな溜息を吐いた。
マジックキャスター
しかし、アルシェが青ざめるほど魔力とはいかなるものか。
あるいは、最強の魔法詠唱者、フールーダ・パラダインに匹敵する
のかもしれない。
ヘッケランの中にはこの強い魔法の力は危険かもしれないという
恐怖と、縁を結び今後に役立てたいという欲が沸き起こっていた。
﹁気を取り直して、まず、この城の周りに存在する国について教えてほ
しい﹂
そう切り出したミネルバは、何を考えているかわからないような無
表情に戻っていた。
ヘッケランはとにかく正直に情報を伝えることにした。
29
05話
﹁失敗した⋮⋮﹂
フォーサイトというワーカーチームからの聞き込みが終わった後、
ネコカフェでミネルバが机に突っ伏していた。
彼女の精神は安定化はしたものの、真綿で締め付けられているよう
な不快感は残っている。
﹁しかたありませんわ。
タ
レ
ン
ト
ストーンシークレットハウスに驚かれるほど、マジックアイテムに
差があるなどわかりませんでしたし、生まれついての異能などかつて
の世界では存在しないもの。
知らないものは警戒できませんわ﹂
ヒメが慰めるも、ミネルバの様子は変わらない。
﹁マ ジ ッ ク ア イ テ ム の ほ う は と も か く 情 報 漏 れ 対 策 は 行 う べ き だ っ
フ ォ ー ル ス デ ー タ マ ナ
た﹂
タ
レ
ン
ト
︽虚偽情報 魔力︾を使っておけば、
ア ル シ ェ の 生まれついての異能 で の 判 別 は 不 可 能 だ っ た か も し れ
ない。
あるいは、探知妨害系の装備でもよかっただろう。
対人戦経験は基本、全力で逃げた記憶しかない。
この手の魔法をロクに使った経験がないのが、響いている。
﹁幸い、彼らは他人に話すことはないはずです。
私が見送りの際、念押しして反応を伺いましたがアルシェが嘘を吐
ス
キ
ル
いたような反応はありませんでした﹂
ス
キ
ル
シノブは嘘看破の特殊能力をもっている。
ス
キ
ル
一部クエストでしか使えない特殊能力で、ギルドから出られないN
ス
キ
ル
PCが持っていてもなんの意味もないという死に特殊能力だったが、
今現在はかなりありがたい特殊能力だ。
﹁そ、そうです。問題にはなりませんよ﹂
ハカセも励ましの言葉を続けた。
﹁それに、周囲の戦力がかなり弱いというのも助かりますね。
30
マジックキャスター
たった第3位階を使えるだけで優秀な魔法詠唱者とは。
武技や未知の魔法への警戒は必要ですが、少なくともこの城を脅か
せる戦力はなさそうです﹂
﹁プレイヤーのような存在が他にいる可能性が高いのが問題﹂
顔を上げたミネルバが言う。
﹁口だけの賢者﹂などの過去にプレイヤーらしき存在が確認されてい
る。
この時代に転移したのはネコさま大王国だけかというと、そう断言
できる理由はない。
﹁他のプレイヤーに喧嘩を売るような行為は慎まなくてはならない。
ただ、情報が圧倒的に足りない﹂
ユグドラシルなら、外部からの援軍を期待できたがこちらでは無理
だろう。
どんな行動が他のプレイヤーの反感を買うかわからない。
できるだけ、慎重に事を運ぶ必要がある。
﹁バハルス帝国と協力関係を築きたいですわね。
国ともなれば情報量が段違いでしょうし﹂
﹁そ、そうですね。一番近い都市が、て、帝都です。
帝国以外との協力関係を結ぶには、ば、場所が悪いです﹂
ヒメとハカセが帝国を後ろ盾にすることを提案する。
ハカセの魔法による探索と、フォーサイトの話から、ネコさま大王
国は帝都のそばにある街道に転移したことが判明した。
ミネルバの魔法の力は隠すように伝えたが、城が現れたこと自体は
道のそばにあるので隠しようがないため、口止めしなかった。
近いうちに、帝国関係者がこの城を訪ねてくるだろう。
﹁ネコさま大王国は人間以外の種族ばかり。
ハー フ エ ル フ
嫌な目で見られることが多いらしいのが気になる﹂
半森妖精のイミーナが警告してくれたことである。
﹁生活ができないというほどでもないようですので、そのあたりは妥
協するしかないですね。
この城を捨てるのは最後の手段にしたいです﹂
31
﹁そのあたりは窮屈な思いさせそうでごめん﹂
﹁とんでもないですわ﹂
ヒメが大声で言い、他二人も同意する。
﹁それじゃ、帝国との協力関係⋮⋮どうやって結ぶ
ジルなんとかって皇帝が、ネコ好きなら結べそうだけど⋮⋮﹂
﹁ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、ですね。
手っ取り早いのは力を見せることですね。
フールーダ・パラダインの第6位階が帝国最強なら、第7位階の魔
法を見せれば十分でしょう。
あるいは、私がニンジャとして力を見せるのもありでしょう﹂
名前を補足しつつ、シノブが答える。
﹁けど、毎年、王国に戦争吹っかけてるのが気になる。
人を襲うモンスターならともかく、人相手に魔法ぶっ放せと言われ
ても気が重い。
王国に、プレイヤーが手を貸した場合も困るし﹂
ミネルバは、自分は小市民な人間であると思っている。
ゲームならともかく、人殺せと言われて普通に魔法を使えるかと言
われても自信がない。
﹁では、戦争には参加させないことの代わりに帝国魔法省に顔を出す
ことという条件としますか
﹁⋮⋮魔法は感覚的に使ってるから、理論とか説明できない﹂
難しい理屈とか聞かれても答えられない自信が、ミネルバにはあっ
た。
﹂
﹁モンスター退治のみに手を貸すという条件で、協力関係を結ぶのは
如何でしょうか
﹁できそう
﹂
では可能だと思いますわ。
最強の看板は手元に置いておきたいでしょうから﹂
32
?
この場合、先の案より帝国に手の内を晒す必要がありますが﹂
?
ミネルバにとっては妥協できる範囲だ。
?
﹁相手の価値観がわかりませんから絶対とは言えませんが、交渉次第
?
﹁駆け引きとか苦手なんだけどな⋮⋮しょうがないか﹂
ミネルバが無表情ながら、溜息を吐く。
上役の指示のもと、機械的に仕事をこなしてきただけのミネルバに
は、交渉などという経験はロクにない。
﹁交渉に帝都に向かう際は、私も同行いたしましょうか
交渉事は得意となるように創造されておりますから﹂
ヒメがそう提案する。
﹁城の守りが弱まるのが気になる。
シノブかヒメのどちらかは城にいてほしい﹂
﹁私が同行しないというのは、看破系のスキルがなくなるということ
です。
問題になるかと思います﹂
シノブがネコ耳と尻尾をバタバタと必死に動かしながら反論する。
﹁誰を連れていくかはちょっと考えさせて。
﹂
それと、念のため、あと2,3組に話を聞きたい。
お土産用のお菓子と茶葉の在庫は大丈夫
んね。
在庫については問題ありませんわ﹂
﹁ひとまず、話すべきことはこんなところ
﹂
ミネルバが皆に問うと、同意の意志を示した。
﹁今回の会議はここまで。みんな、お疲れ様。
休憩してから持ち場に戻って﹂
◆◆◆
帝都アーウィンタールの帝城の皇帝執務室。
机の上には大量の書類が置かれていた。
鮮血帝とも呼ばれるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニ
クスには、短期間に大きな改革を進めた結果、多くの仕事が発生して
いた。
しかし、彼にとって無視できない事態が発生したため、仕事を中断
し信頼できる者たちと相談することになった。
33
?
﹁商人などであれば、また違った視点からの話が聞けるかもしれませ
?
?
﹁忙しいところ悪かったな、じい﹂
﹁いえ、幸いキリの良いところでしたので。
それに忙しいとはいえ、陛下ほどではありませんよ﹂
帝国魔法省最高責任者、フールーダ・パラダインは白いひげをしご
きながらそう返す。
﹁ははは、実はな、じいの興味を引きそうな報告が上がってきてな﹂
眉目秀麗な皇帝はそう切り出した。
﹂
﹁今から数日前に、帝都南西の街道沿いに突如、城が現れたそうだ﹂
﹁城⋮⋮ですか、短期間の間に何者かが建築したのですか
﹁その城の主、ミネルバが言うには遠国から突如転移してきたらしい。
原因はわからない、だそうだ﹂
フールーダの目が細められる。
﹁ほほう。城ごとの転移ですか。
しかし、それはどんな大儀式を行えば転移可能か、想像もつきませ
んな。
通常、転移といえば術者本人が⋮⋮﹂
熱く語り出すフールーダをジルクニフが止める。
﹁すまん、じい。魔法の講義はなしにしてくれ。
少なくとも、今のじいには無理であるということでいいんだな﹂
﹁はい﹂
﹂
憮然とした表情でフールーダが答えた。
﹁他の国の連中に可能なことか
かの国には、貴重なマジックアイテムが保管されているとのことで
す。
あるいは、可能になるアイテムもあるやもしれません﹂
﹁法国か、しかし、法国なら理由がわからんな。
砦を転移させ短期決戦で帝国を併合しようとするなり、神が城を建
てたなどと言って帝国内で地位の弱い教会をバックアップするなら
わかるが、現状はそういう動きはない﹂
﹁陽動のため、幻を見せているという線はいかがでしょうか
?
34
?
﹁法国がかろうじて可能性がある、といったところですな。
?
王国内の高位の者なら、可能にはなるレベルかと﹂
そばにいる弟子が意見の口にする。
﹁とはいえだな、その城を見たというものは何組もいるのだよ。
第3位階を使えるワーカーがその線を疑ったが魔法はかかってい
ないと判断したらしい。
しかも、奴らが会談に使っている家は、見た目よりずっと広いそう
だ。
奴らがいうには、空間を拡張しているだそうだ﹂
﹁ほほう。それは非常に興味深いですな。
一体、どのような理論から成り立っているのか。
そもそも⋮⋮、いえ、失礼しました﹂
フールーダが興奮し語りだしそうとするが、ジルクニフの視線に気
づき頭を下げた。
﹁じいとしては、興奮する事柄だろうな。
35
遺跡からの発掘品か、城の者が作ったものなのか⋮⋮。
後者であれば、是非ともその方法を知りたいものだ。
空間拡張とやらで狭い空間に大量の物資を詰め込めるなら、軍事的
にも、商業的にも、影響は大きい﹂
﹁現状、情報が少ない。
奴らは、周囲の情報を集めつつ、静かに暮らしたい程度しか言って
ないらしい。
あとは、話の対価として、紅茶の茶葉や菓子を渡しているらしい﹂
﹂
ジルクニフはうっすらと笑った。
﹁どうした、ジルよ
産地を知りたくて、紅茶の銘柄に詳しいヤツに飲ませたんだが、今
調べさせたが、特に毒や妙な効果は確認されなかった。
それで、茶葉のほうは残ってた分を買い取ったんだ。
な。
ようなうまさで、 全身から力が溢れるようだ、と評したやつもいた
菓子は道中に食べて残っていなかったが、今まで食べたことのない
﹁いや、その土産の感想だがな、なかなか美味そうなんだよ、じい。
?
までの紅茶の中で一番美味い紅茶だどこの産地か教えてくれ、とき
た﹂
﹁ほう、それは是非とも味わってみたいな﹂
﹁やつらの城の庭で栽培してるらしいが、是非、栽培法を教えてほしい
ものだ﹂
ジルクニフは皮肉げに唇をゆがめた。
国境を飛び越え、突如、帝都の傍に城を建てた、あるいは転移した
力をもった連中である。
突如、首元にナイフを突きつけられたに等しい。
そんな連中が配る食料がこのあたりのものより、よっぽど美味しい
ときた。
様々な力を誇示するかのような連中だ。
力を見せ、帝国からの離反者を出し、帝国を揺るがすのが目的かも
しれないが、それにしても回りくどい。
36
本当に原因不明の転移に巻き込まれただけで、静かに暮らしたいだ
けというのが理想だ。
それならば、簡単に帝国に組み入れることが可能だろう。
もっとも、そんな理想はあり得ないと、ジルクニフは思っているが。
﹁適当な貴族が独断で欲をかいたという構図で相手の出方を確かめた
いのだがな、どう思う、じい﹂
﹁原因不明の転移が秘密を隠すための嘘だとしたら、帝城の上空にか
の城と同サイズの大岩を転移させることも可能かもしれませんな﹂
文官が惨状を想像してか、身震いする。
﹁仮定の話とはいえ、ほとんどの国を封殺できるんじゃないか
是非とも、その力、手に入れたいものだ﹂
皇帝は楽しそうに、笑みを強めながら言った。
﹁空間と転移は密接な関係があります。
うですが、下手に刺激するのは止めておいたほうがいいかと﹂
話を聞くかぎり、いきなり帝城に攻撃を仕掛けてくることはなさそ
すな。
かの異常に広い部屋が真実なら、転移に長けている可能性も高いで
?
﹁貴族をけしかけるのは止めておくか﹂
フールーダが鷹揚に頷く。
﹁そうはいっても、誰かが調べねばならん。
奴らに帝都に挨拶に来いというより、かの家を直接観察したほうが
メリットは大きい。
高度な魔法を有している可能性を考えると、じいに頼むしかない。
年だし、もう少し仕事を減らしたいのだがな。すまん、じい﹂
﹁優しいお心づかいに感謝いたします。陛下。
しかし、お気にされずにお命じください。
帝国のため全力を尽くします﹂
皇帝はフールーダにとって、我が子も同然。
帝国にさらなる繁栄ももたらすため、また、空間拡張という知識を
得て魔法の深淵に近づくため、フールーダは全力を尽くすことを誓っ
た。
37
06話
わしゃわしゃわしゃ⋮⋮
ネコを撫でまわす。甘えて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
ミネルバにとって、至福の時間である。
ユグドラシルのネコAIの性能も素晴らしいものがあったが、こち
らに来てからやはりAIだったなとミネルバは思ってしまう。
ネコと戯れるたび新しい発見がある。
動きが、表情が、鳴き声が、毛並みが、温かさが、すべてが愛おし
い。
ネコは至高の存在である。
皆、ネコを愛でれば争いなんてなくなるんじゃないかと思う。
シノブが報告した隠れて城を見張っている者たちにもネコの素晴
らしさを布教すべきか。
しかし、なんだって、帝国の兵隊らしきものたちに、城を見張られ
なきゃならないのか。
城が転移してきたのは不可抗力だし、転移後の振る舞いも友好的に
だったはずだ。
いや、いきなり帝都の傍に城ができたら監視くらいするだろうけ
ど。
⋮⋮⋮ネコかわいい。
そんな感じで現実逃避をしつつ、ミネルバが過ごしていた時、シノ
ブから声がかかった。
﹁ミネルバ様、フールーダ・パラダインと名乗るものが会談を希望して
おります﹂
﹁わかった。すぐ向かう﹂
ミネルバは帝国関係者が来るとは思っていたが、想像以上の大物に
内心驚いていた。
魔法局のトップの登場でこちらの想像以上に警戒されている、とミ
ネルバは意識した。
指輪を宝物庫にあった探知防御の指輪に変えていることを確認し
38
て、ネコに後ろ髪引かれつつ、いつもの城壁外の家に向かった。
家の中には、白いローブに白い髪に白いひげの絵に描いたような魔
法使いの老人と、お供と思われる男性が二人いた。
﹁私がこの城の代表、ミネルバ。
城内に、応接室のような人を招くのにふさわしい部屋がない。
こんな場所での会談になってすまない﹂
なんどか行ったように自己紹介をした後、部屋について謝る。
メンバーの私室がないのだ、応接室なんてあるわけがない。
大体、人を招く時はネコカフェだったし、ギルドメンバーの会議は
1階の大部屋でネコを愛でながら行っていた。
ネコさま大王国というギルド名も、名乗ったらふざけてるのかと怒
られそうで、転移して以降は名乗ってはいない。
﹁この家も素晴らしい場所と思うよ。
わしはフールーダ・パラダイン、バハルス帝国、主席宮廷魔法使い
39
をやっておる。
ほかの二人はわしの弟子だ。まぁ、気にせんでくれ﹂
ミネルバは、好々爺といった印象を受けたが、最高の魔法使いがた
だの好々爺というわけでもあるまいと思いなおした。
﹁さて、今回、わしがここに来たのは、突然この城を建てた目的を問う
ため、そして、帝国がこの城をどう扱うか、その判断情報を得るため
だ。﹂
﹁原因不明の転移により、城ごとこちらに来た。
元に戻る方法はわからない﹂
ミネルバは無表情のまま、端的に答えた。
﹁本当だとすれば実に興味深い⋮⋮。
﹂
しかし、はいそうですかと信じるわけにはいかん﹂
﹁どうすれば信じてくれる
ろう。
実際、ミネルバも逆の立場なら、頭おかしいんじゃないかと思うだ
げかけた。
ミネルバは、信じてもらうのは難しそうだなと思いつつ、質問を投
?
﹁城の中を調べさせてもらっても構わんか
﹂
ネコカフェを一般公開するには、庭や1階は少なくとも公開する必
要がある。
フールーダは帝国でも上位の人物、案内するには十分だろう。
ミネルバとしては、中を案内することに異存はない。
見せて困る部屋は宝物庫や生産系が集中した3階くらいなものだ。
回復魔法が使えるNPCは、庭や1階に配置されていたが、こちら
に来てからは、来客時は3階に移動するように指示を出している。
﹁いくつか確認しておきたい。
﹂
見せられない部屋もある。具体的には、3階はダメ﹂
﹁どんな部屋があるのか聞いてもよろしいかな
﹁私の私室とか﹂
﹁なるほど、それは見るわけにはいかんな﹂
タ
観察する。
レ
ン
ト
フールーダ・パラダインは気持ちを切り替え、目の前を歩く少女を
この城の観察でせめて糸口でもつかみたいものだ。
かった。
しかし、どういう理論で成り立っているのかは、糸口さえつかめな
あれが、空間拡張の力なのだろう。
先ほどの家、たしかに奇妙に部屋の中が広かった。広すぎた。
◆◆◆
鷹揚にフールーダが頷いた。
﹁ああ、別にかまわないとも﹂
ネコが嫌いとかいうなら、オススメできない﹂
﹁うちの城には沢山のネコがいる。
る。
あとは、ネコさま大王国として、聞いておかねばならないことがあ
?
彼の生まれついての異能、魔力を見ることができる能力でも、目の
前の少女の魔力がないように見える。
探知妨害を使っているのか。
また、その表情からは感情が読み取れない。
40
?
ジルクニフが意識的に自信溢れる笑みを浮かべ、笑顔を本心を悟ら
せないため防壁としているように、ミネルバも意識的に感情を排して
いるのだろう。
フールーダがそんなことを考えていると、ミネルバが振り返った。
﹁庭にはネコ型モンスターがいる。
どの子もテイムされてるから、手を出さないようお願い﹂
スレイプニール
﹁ああ、わかったとも﹂
帝国でも、 八 足 馬を調教するテイマーなどがいる。
フールーダは馬車馬の代わりにネコ型モンスターを用いてるのか
もしれないと推測した。
城門を越え、城に入ると、フールーダは驚愕した。
体長2mほど、緑色と茶色の縞模様、牙を持つ魔獣が鋭い眼光をこ
ちらに向けてくる。
それだけならまだいい。
なんと、あの魔獣は第5位階を扱える魔力を持つのだ。
フールーダの背筋に冷たいものが走る。
﹁あの子は、シュトルムティーガー。
フールーダさんたちが初対面だから、少し緊張しているみたい。
けど、本当は甘えんぼな子﹂
あの大魔獣を目の前にして、ミネルバが無表情で言い放つ。
その表情を見て、フールーダは少し冷静になる。
フールーダ・パラダインは、帝国最強の魔法使いである。
驚きなど見せてはならない。
﹁素晴らしい魔獣だ。
しかし、帝国にいる以上、魔獣は登録してもらわないと困るな﹂
フールーダが弱みを見せないよう、表情と声に苦労しながらも、そ
う言い切った。
帝国に帰属しないというなら、全力を持って相手をしなければなら
ない戦力だ。
相手の意志を確認しなければならない。
﹁登録については聞いた。
41
けど、他にもたくさんいるけど、街に連れていって大丈夫
ミネルバが眉ひとつ動かさず言葉を発する。
﹂
こんな伝説に語られるべき魔獣の群が、テイマーの指示のもと、暴
れまわる想像がフールーダの頭の中で展開される。
胃がキリキリと痛むようだ。
﹁この魔獣以外にもいるならば、大騒ぎになるな。
後日、登録用の文官を連れてくることにしよう。
ひとまず、今日のところはここにいる魔獣達を紹介願う﹂
最低限、相手の戦力は把握しなければならない。
メッセージ
目の前の魔獣が最強の魔獣であってほしい、とフールーダは願う。
﹁わかった。少し待って。︽伝 言︾﹂
ミネルバという少女は魔法を使って見せた。
やはり、探知妨害を使っているのか、または使っているフリという
のもあり得るのか。
そうフールーダが考えていた時、周囲にモンスターが集まってくる
ことに気が付いた。
見たことのない魔獣だらけである。
すべてが魔法を使えるわけではないようだが、第4位階を使えるも
のや、第5位階を使えるもの、果てはフールーダと同格の第6位階を
使えるものまでいる。
数匹は翼が生えており、第6位階を使えるものも最悪なことに空を
飛んでこちらに来た。
﹁あ、あああ⋮⋮﹂
弟子がガタガタと震え、怯えている。
相手が魔法が使えない状況でも、これだけの魔獣に囲まれることは
恐怖だろう。
フールーダは帝国の代表としての気持ちから震えこそしていない
が、強い恐怖を感じていた。
人間の魔法詠唱者は戦士と比べ肉体的には脆い。
しかし、周りのものは魔獣であるため、十分な体力を持つ。
人間と比べ魔獣の使える魔法数は少ないものの、高位階の魔法を使
42
?
う魔獣の群だ。
搦め手で攻めようにも、それに対策できるであろうテイマーがい
る。
魔獣はみな、首輪を着けている。ただの首輪ではあるまい。
筋力強化や盲目耐性などの魔法効果をもった首輪であろう。
ファイヤボール
帝都でこれらの魔獣を暴れさせるだけで、間違いなく帝国は崩壊す
フライ
る。
︽飛行︾から︽火 球︾を使おうとも、空飛ぶ魔獣相手では意味がない。
﹁ヒメ、お疲れ様﹂
あの首輪装備してても眠るの
﹂
﹁いえ、寝ている子までは起こしていませんが、構いませんか﹂
﹁あれ
している。
腰にはムチをつけている。彼女がテイマーなのだろう。
﹁寝てる子を起こすのも可哀想。
フールーダさん、寝てる子をここに連れてきたほうがいい
この上、まだ余剰戦力があるというのか。
﹂
シノブとはまた違った雰囲気だが、かなりの美形であることは共通
えた女性が現れていた。
いつのまにか、フールーダの後ろに、シノブと同じく耳と尻尾の生
休息中の子は寝て過ごすことが多いですわね﹂
ら。
﹁あの首輪は睡眠不要であって、眠れなくなるものではありませんか
?
ミネルバが周りを見渡した後、残念そうな声音でつぶやく。
﹁ヒメ、お願い﹂
のが非常に難しく感じた。
フールーダ自身は微塵も怯えてませんよという表情と声音を作る
元の場所に戻るよう指示を出してもらえんかな﹂
恥ずかしながら、弟子も怯えているようだ。
﹁ああ、構わんとも。
フールーダは、舌打ちをしたい気分となった。
周りの戦力だけで、正面切って帝国を滅ぼせるというのに。
?
43
?
ミネルバが、初めてみせた感情がこの残念そうな声音だ。
フールーダ達を恐怖するのを観察して楽しんでいたが、それが終わ
るとなりわざとそういう声音を出したのだろう。
直接、帝都を滅ぼす気はないようだが、ミネルバという者はかなり
性格が悪いとフールーダは考えた。
ヒメが魔獣たちに指示を飛ばし、周囲の魔獣が去っていく。
﹁どの魔獣も、このあたりの魔獣ではないな。
転移してきたというのも、真実といっていいかもしれん﹂
﹂
フールーダがそう切り出した。
﹁転移の原因はわかりそう
﹁まだ、ほとんど見てないのでわからんな。
ただ、判明する可能性はかなり低いだろう﹂
﹁そう。では、引き続き、案内を続ける﹂
これだけの魔獣を囲まれて、汗一つかかなかった城の主は、平坦な
口調で案内を再開した。
44
?
07話
庭の案内を終え、次に1階の案内となった。
フールーダの目に映ったには、ネコである。
様々なネコがいる。
大部屋でじゃれあったり、伸びをしたり、丸まったりしている大量
のネコがいる。
じっとこちらを見てくるネコや、チラっとこちらをみて興味をなく
したようなネコもいる。
白いネコ、黒いネコ、灰色のネコ、茶色いネコ、毛の長いネコ、毛
の短いネコ、足が短いネコ、尻尾が太いネコ。
この部屋の主であると言わんばかりに、ネコが好き勝手にしてい
る。
ネコとはここまでいろんな種類がいたのかとフールーダは驚く。
45
﹁これはいったい⋮⋮﹂
弟子から驚きの声が漏れる。
﹁ネコを愛でるための城だから﹂
ミネルバが彼女に近寄ってきたネコを撫でながら言う。
心無しか表情が柔らかくなった気が⋮⋮いや、やっぱり気のせい
だ、とフールーダは思い直した。
﹂
﹁この城は、王や防衛のためにつくったのではなくネコのために作っ
たと、そういうわけですか
とても奇妙な階層だった。
次に案内されたのは2階である。
フールーダにとっては、理解しがたい場所だ。
しむスペースだそうだ。
現在は、ネコを入れていないが、ネコを愛でながら食事やお茶を楽
その後、使用人の部屋やネコカフェなる食堂も案内された。
庭の戦力をもってすれば、撃退は容易いだろう。
きではない﹂
﹁そう。転移前、何度か攻められたことはあるけど、対人戦はあまり好
?
同じようなサイズの部屋が、壁に長方形の穴が開いた状態で延々と
連なっているのである。
あるいは魔法的な理由があるのか、とフールーダは集中して観察す
﹂
るが、何もわからなかった。
﹁ここは一体⋮⋮
弟子のひとりが尋ねる。
﹁この階層は、不完全な状態。
本来なら、すべてに扉が存在し、条件を満たさないと先に進めない﹂
﹂
対侵入者用の罠を張り巡らせた部屋だが今現在は取り払っている、
とフールーダは理解した。
﹁扉を設置していない理由をお聞きしても
いや、突如現れた城である。
マジックアイテムばかり気にしていた。
い。
非常に残念なことに、フールーダ達はネコに対する興味が薄いらし
ろだ。
一通り案内し終わって、現在はネコカフェでお茶を飲んでいるとこ
◆◆◆
その思いをより強くしたフールーダであった。
それらを知り、魔法の深淵へ一歩でも近づきたい。
知りたい。
か。
そして、ここまでの警備を行っている3階には一体何が存在するの
知りたい。
るのか。
しかし、扉の設置が一瞬とは、どのような理論により成り立ってい
るだろう。
たしかに、この数の扉を罠を解除しながら開けるのは、時間がかか
魔法的な効果で設置自体は一瞬だから、普段は使ってない﹂
﹁単純に、いちいち扉を開けるのが面倒くさい。
?
それが正しい振る舞いなのはミネルバにもわかる。
46
?
ただ、ネコカフェで、こんな美味い紅茶、初めて飲んだ、と驚愕の
表情を浮かべてるフールーダの弟子を見ると、ネコは紅茶以下なの
か、とも思ってしまう。
交渉に来た人物をネコ好きにする必要はないのだが、ミネルバとし
てはもう少しネコにも興味を向けてほしい。
﹂
﹁さて、一応、見せられる場所はすべて回ったけど、転移の原因はわ
かった
ミネルバは無理だろうなと思いつつも、フールーダに尋ねた。
﹁いや、残念ながらわからなかった。﹂
﹁そう、では、交渉を始めよう。
まず、お互いの望む着地点を知っておきたい﹂
ミネルバは自らの気持ちを切り替えるようにそう宣言した。
﹁こちらとしては、まず、この城と土地を私たちのものと認めること。
帝国の税金の形で城の物を取り上げられるのも嫌。
ついでに、こまごまとした税もなしだといい。
また、戦争に力を貸せ、など言われるのも面倒。
食料を始めたとした物資は必要なのでお金は欲しい。
それと、外の強者の情報が欲しい。
この城のように突然転移してきた場所があるならその情報も欲し
い。
そうすれば、対価として、いくつかマジックアイテムを提供しても
いい。
ああ、そっちの物資の提供はずっとだけど、マジックアイテムの提
供は一度きり。﹂
ミネルバはまず、無理だろうなと思いつつ、無茶な要求を突き付け
てみる。
過分な要求や、対価が魔法を見せるのではなくマジックアイテムの
提供であるのも、無理そうに思える要求を突き付けた後、徐々に要求
﹂
のグレードを下げていくというヒメの意見から来ている。
﹁過分な要求だと思うが
フールーダがミネルバを睨みつけつつ、唸るように言った。
?
47
?
初見の好々爺といった雰囲気が大きく印象が変わり、結構な迫力で
あるとミネルバは感じた。
﹁私たちのペットで怯えていた人達にとっては、適正な要求だと思う
けど﹂
こちらの力が上なので押すように、とヒメに言われていたため押し
てみる。
ミネルバは、脅しが入ってるかも、と口にした後気が付いたが、凄
まじく睨んできたのでお互いさまだろうと思うことにした。
﹁一応、帝国の要求も口にしてみるといい﹂
﹁帝国の法に従うこと、帝国に魔法技術提供を行うこと。
これらに従うならこの土地を君の領地と認め貴族位を与えてもい
い、と皇帝は仰せだ﹂
﹁貴族位とか、しがらみが多そうなもの要らない。
マナーとかわからない﹂
48
土地を治めるとか、小市民にできるわけがない、とミネルバは思っ
ている。
この城だけで十分なのだ。
﹁帝国の法は、戦争とか税金に絡まない部分なら、常識的な範囲で従う
つもり。
あと技術提供は、多分、基礎から勉強しなければならない。面倒﹂
フールーダ一行が基礎から勉強しなければならない、ではなく、ミ
ネルバが基礎から勉強しなければならないが、正しい意味である。
ミネルバは魔法理論など知らないが、それを正直に言うわけにはい
かない。
﹂
面倒だから無理という方向に持っていこうとした。
﹁私たちが基礎すらわかっていないと
マジックキャスター
フールーダ様は第6位階を使う魔法詠唱者だぞ
弟子が切れた。
お詫びにこれを渡そう。﹂
﹁少し言い過ぎた。
少し挑発的に言い過ぎたかとミネルバは反省した。
!
!
ヒー
ル
スクロール
スクロール
ミネルバは、テーブルの下でアイテムボックスを開き、巻 物を取り
出す。
﹁これは第6位階、︽大治癒︾が封じ込められた巻 物。
大抵の病気・怪我を直す効果を持っている。
それなりに高位の神官ならば、使えるはず。
一応、こちらの提供できるマジックアイテムのサンプル﹂
﹁第6位階だと⋮⋮まさか⋮⋮﹂
弟子が茫然自失といった雰囲気でつぶやいた。
フールーダが第6位階を使えるのだ、珍しいものではあるがそれほ
ど驚くことでもない気がする、とミネルバは思っている。
マジックキャスター
﹁他人が作ったもので、たまたま手に入った。
スクロール
私は魔力系の魔法詠唱者だから使えない﹂
マジックキャスター
スクロール
巻 物は、例外を除けば、その呪文を行使できる職を持っている必要が
ある。
49
そのため、魔力系の魔法詠唱者であるミネルバには信仰系の巻 物
は使えない。
マジックキャスター
もっとも、ミネルバの変化の記録に、ギルドメンバーのLV100
ディテクト・エンチャント
オール・アプレーザル・マジックアイテム
信 仰 系 魔法詠唱者 が い る の で、変 化 す れ ば 同 様 の 魔 法 は 簡 単 に 使 え
アプレーザル・マジックアイテム
る。
﹁︽道 具 鑑 定︾、︽付与魔法探知︾﹂
フールーダが鑑定魔法を使う。
オール・ディテクト・エンチャント
第 6 位 階 以 上 の 鑑 定 が 可 能 に な る︽道 具 上 位 鑑 定︾や
﹂
︽付与魔法上位探知︾は使えないのだとミネルバは提供した後に気が
付いた。
﹁フールーダ様、いかがでしたか
まさか、封じた魔法の判別ができないとは思っていなかったのであ
ミネルバも内心焦っていた。
弟子が愕然としつつ、つぶやく。
﹁そんな⋮⋮﹂
だが、魔法の詳細まではわからなかった﹂
﹁たしかに第6位階の魔法が封じ込めていることはわかった。
?
る。
﹁わからないならしょうがない。
怪しいと思うなら、別に無理に持って帰らなくてもいいけど﹂
スクロール
﹁いや、ありがたくいただくとも﹂
フールーダは素早く巻 物を懐にしまった。
スクロール
一応上位魔法が封じ込められていることはわかったようだし、詫び
としては十分だったようである。
ミネルバとしては一安心だ。
﹁さて、お互いの要求を言い合ったし、この巻 物の詳細も調べたい。
このあたりで、お暇したい﹂
﹁わかった。最後にそちらが求めるアイテムや技術について聞いてお
きたい﹂
技術は無理だが、現物が宝物庫にあるか確認しておきたい。
生産系の変化も記録しているため、条件次第では作ってもいい。
スクロール
ワンド
フールーダは少し悩むそぶりを見せてから口を開いた。
﹁死者蘇生の魔法が込められた巻 物や短杖、空間拡張に関する魔法技
術、第7位階以上に関する魔法技術などがすぐに思いつくな。
教えるのが難しい魔法技術に関しては、研究の材料となるようなア
ワンド・オブ・リザレクション
イテムでもいい﹂
スクロール
蘇 生 の 短 杖はいくつかあったはずだ。
巻 物に関しては、確認しないとわからない。
スクロール
空間拡張については、ストーンシークレットハウスの現物提供が無
難。
第7位階については、 巻 物の現物提供。
ミネルバはそんな風に提供アイテムにあたりを付けた。
ただ、アイテム次第は色々と面倒が起こりそうでもある。
渡す前にキチンと検討をしたほうがいいだろう。
﹁提供できるかは別にしてそちらの欲しいものは理解した﹂
﹁では、また会おう﹂
﹁ええ、また。
シノブ、城門まで見送りしてあげて﹂
50
少々無礼かもしれないが、ミネルバは城門見送りはパスしてでもす
ぐネコに癒されたかった。
交渉事はロクにしたことがなく、とても精神的に疲れていたのだ。
フールーダが部屋から出たことを確認して、すぐに別の扉からネコ
部屋に向かった。
51
08話
ミネルバとの交渉の報告がされた皇帝執務室では重い空気が漂っ
ていた。
﹁第6位階を操る魔獣を筆頭に第5位階、第4位階を操る魔獣などの
帝国を滅ぼせる魔獣の軍団。
しかも、隠している魔獣がまだいる﹂
その重い空気の中、部屋の主ジルクニフは笑みを浮かべながら確認
する。
スクロール
﹂
﹁魔法技術を教えろと言えば、馬鹿に教えるのは面倒といい、第6位階
の巻 物を渡し、鑑定できないことを示す。
なかなか趣味がいいようだな。
スクロール
確認だが、その巻 物は、呪いが解けるとは言ってないんだな
﹁はい。病気や怪我を直すとは言っていましたが、呪いについては触
れられていません。
しかし、あれは素晴らしいものです。
スクロール
あの魔力の流れは⋮⋮﹂
魔法の探求欲を巻 物により存分に刺激されたフールーダは、キラ
キラというより、ギラギラとした目で語り始めようとした。
﹁ああ、じい。そこまでにしてくれ。
スクロール
⋮⋮次回の交渉の際、レイナースを連れていくか。
第6位階の信仰系の巻 物があるなら、あるいは顔の呪いも解ける
かもしれん。﹂
﹁しかし、ミネルバに借りを作ることになりますが⋮⋮﹂
借りが交渉に悪影響を及ぼすことを懸念した文官が意見した。
スクロール
﹁仕方あるまい。
レイナースが巻 物の件を知ったら一人でミネルバを訪ねるだろう
しな。
呪いを解くのに協力することもレイナースとの取引のうちだ。
あのひねくれ者のミネルバが、素直に治すかどうかはわからんが
な﹂
52
?
やれやれといった表情で皇帝は言った。
﹁しかし、ミネルバは少し性格の悪いところはありますが、原因不明の
転移というのが本当らしく、こちらを攻める意志は弱いというのが救
いですね﹂
重い空気をかえようと別の文官が発言する。
ただ、効果のほどは薄く、空気は重いままだ。
技術面・武力面では完全に負けているのだ。
強力な魔法を使える魔獣が複数いる相手では、人海戦術も効果が薄
いだろう。
好戦的でないというのは帝国にとってはたしかにありがたいが、相
手の気分次第では滅びかねないことには変わらない。
﹁さて、彼らの要求について検討しよう﹂
押しつぶされそうな空気の中、皇帝の声がよく通る。
﹁まず、あの土地の彼らの管理するものとするのはいい。
もともとそのつもりだったしな﹂
﹁税の形をとってのマジックアイテムの徴収については釘を差されま
したし、諦めたほうがいいでしょう。
通常の税に関しては、細かい部分は相談が要りますが、人頭税をは
じめとした一般的な税は要らないと考えます。
彼らから求めるのは知識や力ですから﹂
﹁ただ税に関しては、徴税官として城の3階に入る理由ができるから
な。
2階すべてが3階へ行かせないための施設となっているなら、相当
重要なモノがあると考えるべきだろう。
これは通しておきたい﹂
﹁戦争にかかわらないというのは別に構わないだろう。
力を貸してくれれば楽にはなるが、現状の戦力でも王国を併合する
分には問題ない。
単純に敵地で暴れさせるならともかく、部隊として魔獣を動かせる
かと言われると、不安が残る部分もある﹂
﹁情報の提供については、望むところだろう。
53
こちらが情報という手札を持てる項目でもある。
強者の情報も警戒のため必要としているが、本命は他の転移の例を
調べることだろう。
魔法技術を得る前に転移原因を突き止め帰られるのは困るが、情報
を対価に多くのマジックアイテムを手に入れることを考えるべきだ﹂
﹁最後に物資・金銭の要求か。
具体的な金額は出ていないが、使用する通貨が異なるようだから
な。
﹁物資が必要﹂と言った点から、城の修繕費や食料などと思われるが
⋮⋮。
スクロール
マジックアイテムを買い取る形で金や物資を渡すのが落としどこ
ろになるか﹂
﹁ただ、サンプルとして提供された第6位階の巻 物も決まった値段な
どなく恐ろしい高値が付くことは間違いありません。
54
値段交渉はかなり難しいものになるかと思います﹂
﹁値段交渉については、今回とは別の交渉になるだろうしひとまず置
いておこう。
税をとること、物資についてはそのたびに対価を求めること、とい
うのが落としどころか。﹂
﹁向こうの条件も吹っかけただけだろうし、ミネルバもそのあたりを
想定しているのではないか
﹁フールーダ様と突然転移でやってきた彼らは仲良くなった。
どうしたものか⋮⋮﹂
ら無理になった。
技術提供をもって下位貴族に据えるのは、彼らが貴族位を嫌がるか
﹁問題は、彼らを周囲にどう示すということだな。
人好きのする笑顔で皇帝は宣言した。
どうにか通してみせよう。﹂
﹁そのあたりは、皇帝たる私が直々の交渉に出向くのだ。
んが。﹂
税に関しては本当に無税にして徴税官も排除するつもりかもしれ
?
フールーダ様の嘆願もあり異国からの客として迎え入れることに
なった。
という、筋書は如何でしょうか
仲の良さを内外へアピールするため、フールーダ様は今後も継続的
にあの城を訪れる必要がありますが、あの城とのつながりができま
す。
失礼ですが、フールーダ様はあまり貴族の社交界へのつながりは薄
い方。
彼らもそういった目で見られるかと思います。
それでも、彼らには少々の好奇の目を向けられるでしょうが、転移
してきた時点で避けられないことです。
もちろん、前提として、彼らが友人関係を受け入れできるというこ
とがあります﹂
﹁ふ む。継 続 的 に 訪 れ る こ と が で き る と い う こ と は、技 術 面 で の メ
リットが大きいか。
じいが珍しくわがままを言ったというような悪評が立つが⋮⋮﹂
ジルクニフは珍しく迷うようなそぶりを見せる。
普段、どんな時も笑みを浮かべている彼にしては珍しい表情だ。
﹁ジル、その程度の悪評のうちにも入らんよ。
それにわしも、彼らとつながりが欲しい。
基礎もわかっとらんと言われたが、それでも、魔法の深淵への道標
だからのう。
そうそう、諦めきれん﹂
フールーダは口調を崩し、そして笑う。
ずっと欲していた、自身より魔術の知識が深き者。
なんとしても教えを乞い、魔法の深淵に一歩でも近づく。
フールーダはそんな思いを抱いていた。
﹁わかった。その方向で交渉しよう﹂
ジルクニフは意識的に浮かべるものではなく、ひさびさに自然な笑
顔を浮かべることができた。
◆◆◆
55
?
フールーダが去ってから、管理人3人はネコカフェに集められ、い
つものように情報共有が行われた。
﹁帝国魔法省最高責任者がわざわざ来るとは、こちらが想定していた
よりも高く評価してもらえたようですわね﹂
ヒメは嬉しそうに笑みをこぼしている。
﹁こ、交渉がうまくいきそうで、よ、よかったです﹂
ハカセも控えめに同意する。
﹁ただ、庭のペットが思ったより怖がられていましたね﹂
シノブは自身の管理エリアの子が怖がられたのが残念だったのか、
ネコ耳がペタッと伏せられている。
﹁大型のネコは恰好よさと可愛さが同居して素晴らしいものがあるけ
ど、やっぱり始めての人には敷居が高い。
ネコカフェ、オープンの道のりは遠そう﹂
ミネルバは相変わらずの無表情で、ちっとも残念そうには見えな
スクロール
﹂
56
い。
﹁⋮⋮交渉に話を戻すと、向こうの要求したアイテムや技術をどうす
るかが問題﹂
﹁蘇生魔法は間違いなく面倒ごとになりそうですわ。
ル
あまり、オススメできませんわね﹂
ヒー
﹁︽大治癒︾の巻 物も良くなかった
﹁別に無理にフォローしなくてもいいよ
後に大事になるほうが問題だし﹂
ヒメが言いにくそう言葉を発した。
?
ミネルバにわずかに苦笑したように言う。
管理人3人が必死にフォローを行う。
﹁そ、そうです。巻物ですし、問題ありませんよ﹂
︽病 気 治 癒︾は教会でも行っていると聞いておりますわ﹂
キュア・ディジーズ
可能でしょう。
﹁同量のHPを回復するだけなら、下位の治癒魔法を重ね掛けすれば
相手が鑑定できないことにより、こちらとの力の差を示せました﹂
﹁あれは、問題ないのではないかと。
?
スクロール
﹁⋮⋮補助魔法の巻 物なら、さらに良かったというところですわ。
攻撃魔法はこちらに向けてくる可能性がある。
回復魔法は面倒ごとに巻き込まれる。
情報魔法はこちらの情報を抜かれる﹂
﹂
﹁その点、補助魔法、特に単純に能力を上げる魔法なら、使ったところ
でこちらの能力のほうが上。
その気になれば、消すことも可能。
厄介なことになりにくいということ
﹁ええ、そのように考えておりますわ﹂
﹂
ゲー
ト
﹁そもそも、必要になる機会が少ないのでは
うか﹂
﹁非常に、て、手に入れにくいものだと思いますが、だ、大丈夫でしょ
うと思ってる﹂
シークレットハウス系はまだけっこう残ってるから1つ提供しよ
次、空間拡張に関するアイテムの提供について。
蘇生関連のアイテムの提供は行わない。
﹁話を元に戻そう。
管理人3人が声をそろえて返事した。
﹁はい
これからも、何かあれば意見が欲しい﹂
﹁うん。いい意見だと思う。
いた。
ミネルバは目をつぶり少し考えたようなそぶりを見せた後、数度頷
?
分には構わない。
最後に、第7位階の魔法技術。
﹂
?
﹁転移前だとドラゴン狩りに勤しめたけど、この世界だと簡単に絶滅
﹁巻 物の材料は、このあたりでは入手が難しいのでは
スクロール
これは、第7位階の補助魔法を込めた巻 物を渡そうと思っている﹂
スクロール
﹁そうだね。もう手に入らないかもしれないけど、1個くらい上げる
事態ならないでしょうし﹂
ミネルバ様なら︽転移門︾を使えば、外で拠点が必要になるような
?
57
!
しそう﹂
﹁汎用性が高いので悩みどころかもしれませんわ。
シノブも使用者制限をごまかして使えますから⋮⋮﹂
シノブには回復系などの巻物を持たせている。
今後、補充不可能なことを考えると、あまり使いたくないというの
もミネルバにも理解できる。
﹁貴重なのはわかるが、代わりにどうしろというのです。
﹂
ミネルバ様の魔法の情報を隠せているようなのに、ミネルバ様に魔
法の実演をお願いするのですか
シノブがやれやれといった体で、言葉を発する。
﹁ええ、ミネルバ様さえよろしければ、そうするのがいいかと﹂
メッセージ
ヒメの言葉に、シノブの耳と尻尾が大きく動く。
﹁︽伝 言︾の魔法を使われたとのことですし、ミネルバ様自身が教える
ことが難しいと仰られた点などから、あちらはミネルバ様が高位階の
魔法を使えるとあたりをつけていると思われますわ﹂
﹁あ⋮⋮﹂
ミネルバがめずらしく、口を大きく開けて驚いた表情をしている。
ミネルバ本人としては、探知妨害の指輪をして、それで魔法を使え
ることを隠していたつもりだったのだ。
スクロール
﹁どの位階まで使えるとはわかってないはずです。
巻 物でもいいかと思います﹂
ネコ耳と尻尾の力の入った暴れっぷりをみせながら、シノブがフォ
ローを行う。
﹁相手は交渉が終わった後も、何かにつけて接触を図ると思われます
わ。
相手の信用を維持するためにも、定期的に利益を与えるのが無難か
と。
その際に、数に限りのあるマジックアイテムよりは、魔法実演のほ
うがいいかと思いますわ。
重ねていいますが、ミネルバ様がお嫌ならば、お気持ちを優先させ
ていただいてもいいかと思います。﹂
58
?
﹁理論を尋ねられた場合は
﹂
﹁あちらは教えを受ける身、見て盗み取れと突き放すなどの、傲慢なふ
るまいでいいかと思いますわ﹂
﹁⋮⋮わかった。
第7位階の魔法を実演することで、彼らの要求に答えるとする﹂
諦めた表情で、ミネルバが口にする。
﹂
やはり、ただの一般人が交渉を行うというのは避けたほうがよかっ
たのか、などと思いつつも今更遅い。
﹁あ、あちらの研究所に赴くということですか
ミネルバは、彼女たちの忠誠への感謝と大げさな賞賛への気恥ずか
シノブとハカセもそれに続いた。
ヒメは大げさにミネルバを称える。
﹁さすがミネルバ様ですわ。素晴らしいお考えです﹂
とにして貸し借りなしとする﹂
向こうに借りとなるようなことができたなら、あっちに転移するこ
﹁⋮⋮ここに来てもらおう。
という姿勢でも構わないと思いますわ﹂
﹁転移魔法で移動されてもいいですし、教えてほしいなら訪ねてこい
?
しさに、なんとも言えない笑顔を浮かべるのであった。
59
?
09話
ケットシーがネコを抱きかかえ、階段を下りている。
この抱きかかえられているネコがミネルバである。
ドッペルゲンガー
ミネルバの変化可能なモノにはネコも存在する。
もともとネコに変化してみたくて、二重の影をはじめとした変身系
クラスをとったのだ。
実際、基本一人称視点のユグドラシルでは、自身の姿を確認できな
いため変化してもネコを愛でにくいということもあり、あまり使った
記憶はなかった。
ちなみに、ネコに変化するとステータスがひどいことになるが、そ
のあたりはミネルバにとってたいして重要でない。
今回、ミネルバがわざわざ変化を使ったのは、新参ネコが現れた時、
ネコたちはどんな行動をとるのか、という疑問からだ。
ミネルバ自身はAIに詳しくないのだが、ユグドラシル時代ではギ
ルドで手を加えたネコAIは、PCの姿形によらず似たような動きを
するように設定されていたと聞いている。
しかし、こっちに来てから、ネコの動きは凄まじく自由度が増した。
あるいは、新参ネコ登場で、新たな一面を見ることができるかもし
れない。
しかしミネルバの期待通りにはならず、実際のところ、いつもどお
りネコ達は構って構って、と頭をこすりつけてくるだけで、変化はな
かった。
ミネルバが首をかしげながらも人間形態に戻る。
ネコを愛でつつ、ミネルバはいつものように現実逃避を行う。
もう、交渉とか小市民に任せる理由がないでしょ、引きこもりたい。
そんなわけにいかないというのはミネルバにもわかっている。
色々情けない点はあるが、一応は、この城の主なのだ。
この城を維持するためにも、やらねばならない。
そんなことをミネルバが考えていると、シノブから声がかかった。
﹁ミネルバ様、皇帝ジルクニフとそのお付きが、交渉に訪れておりま
60
す﹂
﹁ネコモードで登場して皇帝をびっくりさせてみる
﹂
﹁いえ、変化が可能なことはバレていないため、わざわざ情報を与える
のはもったいないかと思います﹂
ふと思いついたイタズラを冗談交じりで提案したら、真面目に返答
された。
ミネルバ自身は冗談のつもりでも、無表情で声音も普段とあまり変
わらないため、判別するのは非常に難しい。
ミネルバは無表情キャラも良し悪しだなと思いつつも、キャラを見
直すつもりはまったくなかった。
﹁わかった。普通に会いに行くとしよう﹂
◆◆◆
﹁はじめまして、私がバハルス帝国、皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファー
ロード・エル=ニクスだ﹂
ジルクニフは相手に好意を持ってもらえる笑顔を作りながら挨拶
を行う。
愛妾は、国のために惚れさせて来いなどと言っていたが、ミネルバ
の表情はまったく変化していない。かなりの強敵である。
本心を見せないというのは交渉において重要だが、彼女のように無
表情を心の壁とするものはあまりいない。
強大な力を持つからこそ媚を売る必要がないのかと、ジルクニフは
考えた。
﹁鮮血帝というから、もっと筋肉ムキムキの戦士のような姿を想像し
ていた。﹂
ぽつりとミネルバがつぶやいた。
不敬ともとれるセリフだ。
あるいはこちらを推し量るセリフなのかもしれない。
幼いころから鍛えられたジルクニフの目にも、ミネルバからは何の
感情も読み取れない。
﹁ははは、もう少し外聞のいい二つ名が欲しいとよく思うよ。﹂
ジルクニフは軽く笑顔で流す。
61
?
﹁連れてきたのは、前回交渉を頼んだフールーダと、
今回初めてになる、レイナース・ロックブルズ、帝国でも最強級の
騎士だ﹂
﹂
レイナースは軽く頭を下げる。
﹁その髪の下は呪い
目ざとくレイナースの髪の下の膿を見たのか、ミネルバがそう尋ね
てきた。
﹁はい﹂
舌打ちでもしそうな声色でレイナースが答える。
ミネルバは無表情ながら、とても顔立ちが整っている。
顔を呪われ、家族や婚約者から捨てられたレイナースにとっては、
美人が自分の顔をあげつらうようで不快だろう。
ミネルバは考え込むようなそぶりを見せている。
あなたは第7位階の魔法を使えるというのか
﹂
﹁そちらの要求、第7位階の魔法技術を実際に魔法を使うことで満た
そう﹂
﹁第7位階
!?
ジルクニフも表情には出さないが、少々驚いた。
﹂
前回出さなかった札を、こんなに早く切るとは思っていなかったか
らだ。
﹁何の魔法を見せていただけるのかな
﹁あなたは信仰系の魔法も使えるのか
﹂
ミネルバが知っていてもおかしくない内容ではある。
が、秘密にせよといってもいない。
彼女が忠誠心に薄いことはわざわざ公言するような内容でもない
として腕を振るっているのだ。
レイナースは呪いを解くことを優先するなどの取引で、帝国四騎士
ジルクニフには笑顔が張り付いてはいるが、内心、焦っていた。
レイナースとフールーダが驚きの表情を見せる。
﹁彼女の呪いを解除する魔法﹂
ジルクニフを笑顔を維持しながら訪ねる。
?
!?
62
?
フールーダが驚き、席から立ちあがりながら、大声を上げる。
!?
フールーダが大声で尋ねる。
﹁いや、魔力系の魔法しか使えない。
﹂
レイナース、魔法で悪影響がでるから、魔法のかかった装備は外し
て﹂
﹁あ、あの本当に呪いが解けるのですか
ヒー
ル
スクロール
レイナースは不安と期待が入り混じった表情で尋ねる。
︽大治癒︾の巻 物をミネルバから受け取ったことはレイナースには伝
えていない。
ジルクニフからミネルバに、レイナースの解呪を願い出ることで、
レイナースへの貸しをつくろうとしたのだ。
しかし、ミネルバからいきなりの申し出があり、その目論見がつぶ
された。
ミネルバは単純にレイナースの呪いを解くような性格の女ではな
い。
それは、前回のフールーダが鑑定できないような巻物を渡し、技術
の格差を知らしめたことからもわかる。
これは、こちらの考えを呼んだ上での申し出だ。
見せかけの上では、ただの善意だ。
もちろん、ジルクニフがこれを止めることはできない。
﹁うん。可能だと思う。
シノブ、彼女の着替えを用意して適当な部屋に案内してあげて﹂
レイナースは、シノブがどこからともなく用意した着替えを手に、
奥の部屋に入った。
﹁ミ、ミネルバ様、お願いです。
彼女に使う魔法について教えてください﹂
フールーダの口調がミネルバへ敬意を向けるものに代わっている。
﹁あらゆる変化を元に戻す第7位階魔法。
敵にかかった能力向上などの効果を打ち消す目的で使用されるこ
とが多い。
身に着けているマジックアイテムも、ものによっては効果を失うた
め、外させている。
63
?
マジックキャスター
ただ、消費する魔力が多いため、信仰系魔法詠唱者がいるなら、そ
マジックキャスター
ちらに呪い解除を任せたほうが、魔力の消費は少ない﹂
マジックキャスター
ミネルバが言った事が本当なら、第7位階の魔法詠唱者、フールー
ダ以上の魔法詠唱者となる。
﹂
﹁ど、どのような理屈で、魔法で呪いが解けるのでしょうか
お教え願いたい
が読み取れない表情に戻った。
﹁⋮⋮あなたの使う第6位階の魔法は、全て誰かに教わったもの
?
マジックキャスター
あなたは、ただ第7位階の魔法が使いたい人
きる。
自身で試行錯誤した結果により知識を得た者は、より高みに到達で
しかし、応用力に欠け、さらなる高みへたどり着くことはまれ。
れない。
過程を飛ばし、知識だけ与えられた者は、早く魔法が使えるかもし
失敗の数を魔法詠唱者としての誇りとすべき。
マジックキャスター
﹁高みを目指す魔法詠唱者に大切なのは自ら探求する精神。
す﹂
﹁いえ、私が研究し、試行錯誤を重ね、使える形としてものでございま
再び人形のように表情が固定されたミネルバが尋ねる。
﹂
わずかだがミネルバの表情に不快の色が混じったのち、もとの感情
!?
努力を重ねるべきだったのです﹂
私は、自身の歩んできた道を誇り、魔法の深淵に至るためさらなる
ですが、私が間違っておりました。
なったものを妬むなどしておりました。
私が教え、導き、私より若い年齢で、第4位階魔法を使えるように
﹁私は今まで先人が全てを導いてくれることを望んでおりました。
どうやら、フールーダを警戒しているようだ。
シノブのネコ耳がバタバタと暴れ、尻尾が膨らんでいる。
フールーダは涙を拭こうともせず、ミネルバに向かい跪く。
﹂
それとも、さらなる魔法の高みを知りたい人
?
フールーダの目から涙がこぼれる。
?
64
!
涙が流れるままで、フールーダはミネルバを見上げる。
﹁目の前で魔法を使うことで目指すべき場所を見せる。
進むべき道はあなたが作り出して﹂
﹁おお⋮⋮、ミネルバ様、我が師よ﹂
フールーダは、歓喜の声をあげ、さらにミネルバに這いよった。
ミネルバは明らかにフールーダに引いている。
いい気味だとも思うが、止めなければなるまい。
﹁じいよ、嬉しいのはわかるが席に戻れ。
帝国の魔法使いを代表してきているのだ﹂
﹁は、⋮⋮かしこまりました。陛下。
ミネルバ様、申し訳ありませんでした。﹂
フールーダがようやく表面上は落ち着き、席に戻った。
と、同時に、レイナースが奥の部屋からでてきた。
﹁大丈夫だと思うが、外に魔法を使う。
65
この小屋は空間拡張の魔法がかかってるから﹂
皆が連れ立って外に出る。
﹂
レイナースは不安からか、足取りが重い。
﹁さて、そろそろ始めよう。
レイナース、心の準備はいい
﹁はい﹂
る。
レイナースは震える手で手鏡を受け取り、恐る恐る髪をかき上げ
す。
その中で、シノブはどこからか取り出した手鏡をレイナースに手渡
風が草を揺らす音が聞こえる
その光は数秒でさっと消えた。
レイナースを中心に七色の光が球状に広がる。
﹁︽上 位 異 常 解 除︾﹂
グレーター・キャンセレーション
ている。
フールーダはその魔法を一瞬も見逃さないと一心にミネルバを見
レイナースは目をつぶり、祈りの姿勢をとった。
?
グレーター・キャンセレーション
そこには、金髪碧眼の、整った顔立ちの、呪いの消え去った顔があっ
た。
◆◆◆
ミネルバは、思わず、第7位階の︽上 位 異 常 解 除︾を使うことを
申し出てしまった。
使うメリットがあったわけでない。
逆に、病気や呪いの解除を頼まれるかもしれないデメリットがあ
る。
けれども、ただ、目の前の彼女をほっておけなかった。
ミネルバが魔法を使った理由はただ、それだけであった。
師よ。
なんだ言われても、結局のところ、甘い小市民に過ぎないのである。
﹁素晴らしい魔法でした
あれこそが、魔法の深淵、第7位階魔法なのですね
あの魔法は様々な魔力の波を作り出して⋮⋮﹂
未知の魔法を見れた感動か、涙ぐみながら、フールーダが叫ぶ。
ミネルバからすれば、理論教えないから勝手に見て盗めという言葉
をオブラートに包んだだけの、あらかじめ用意しておいた適当な言い
訳だ。
どうして師匠呼ばわりされるほど感動しているのかがわからない。
﹁仕事を放り出すのはよくない﹂
ミネルバはフールーダが語り出した理論を止めるため、ジルクニフ
を視線で示しながら注意した。
﹁おお、申し訳ありません。
あまりの素晴らしき魔法に衝撃を受けてしまいました﹂
フールーダはミネルバに謝る。
ジルクニフに謝らないことに若干の違和感を感じつつ、シノブに指
示を出す。
﹁シノブ、レイナースを奥の部屋に送って﹂
感極まって泣いているレイナースをシノブが送ってゆく。
﹁さて、ジルクニフ。
部屋に戻って交渉の続きをしよう﹂
66
!
!
ジルクニフは魔法に驚いたのか若干引きつった笑みを浮かべてい
る。
別に派手な範囲攻撃魔法ではないんだし、そこまで驚かなくとも
⋮⋮とミネルバは若干複雑な気持ちになった。
◆◆◆
ジルクニフは帝都へと向かう馬車で思い返す。
交渉では、ほぼミネルバの要求が通る形となった。
レイナースとフールーダがミネルバ側についたのだ。
レイナースは、呪いの解呪を向こうから申し出たため、こちらの想
定以上に向こうの肩を持った。
フールーダを弟子にするといった面倒なことを、ミネルバはしない
と勝手に思い込んでいた。
こちらの想定以上に厄介な相手だった。
帝国側が得たものは、一つ目は空間拡張の魔法の研究材料としてグ
リーンシークレットハウス、二つ目はフールーダがミネルバの弟子と
なったことだ。
グリーンシークレットハウスについては、手のひらにのるサイズの
アイテムが、家のように大きくなるという、恐ろしいまでの魔法技術
だ。
ミネルバの弟子になったフールーダは、数名の弟子とともに、継続
的にあの城を訪れて、魔法を見せてもらうこととなっている。
フールーダがミネルバと内通することが気がかりだが、政治や貴族
のしがらみに絶対に巻き込むな、ネコを愛でて静かに暮らしたい、と
言い放ったミネルバの表情と声音からは演技ではなく本気で嫌がっ
ているとジルクニフは判断した。
フールーダの知る帝国の機密情報がミネルバに漏れることはない
だろう。
フールーダが師弟になったと周囲にも言いたいといったが、ミネル
バが悪目立ちは嫌だということになり、結局、周囲に流す話としては、
フールーダの友人という話で通すこととなった。
同様の理由で、ミネルバの使った魔法は秘密ということになり、レ
67
イナースには休暇を与え、その間に解呪したということにする。
彼女を縛る取引はなくなったものの、お金を貯めたいからという理
由で帝国四騎士としてもうしばらく働くこととなった。
レイナースには早く結婚相手を見繕って帝国に引き留めたい。
呪いさえなくなれば、整った顔立ちの騎士ということもあり結婚相
手には困らないだろう。
結婚といえば、ミネルバを惚れさせて来いなどと愛妾は言っていた
があれは手ごわい。
ほとんど感情を見いだせなかった。
正直、ジルクニフとしては苦手意識ができた。
ジルクニフは頭を軽く振った。
マジック・キャスター
いや、あれはなんとしても帝国の力としなければならない。
ミネルバは第7位階魔法の使い手、フールーダを超える魔法詠唱者
だ。
68
ミネルバの城では、ネコを飼っていると言っていた。
こちらでもネコを飼い、まずは媚を売っていくか。
マジックキャスター
ミネルバに精神的に嫌がらせをされたものの、結果だけみれば第7
位階の魔法詠唱者と縁が結べたのだ。
今回の交渉で得たものは大きい。
じっくりと、一歩ずつ詰めていけばよいのだ。
グレーター・キャンセレーション
◆◆◆
﹂
﹁︽上 位 異 常 解 除︾を見せたのですか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮やっぱりまずかった
るようだ。
カルマが善よりのためか、人助けとして好意的に受け止められてい
﹁そ、そうです。ミネルバ様はお心のままに行動なさればいいのです﹂
たいという慈悲深き御心は尊いものですわ﹂
こちらに、敵意がないと示せたと思いますし、彼女の呪いを解呪し
﹁いえ、素晴らしいことですわ。
同じ声色なのだが。
ミネルバは若干申し訳なさそうに尋ねる、といってもほぼいつもと
?
﹁教会で解けない程度のそこそこの呪いを使えるものなら、この世界
では、かなりの高位の存在です。
そのため、呪いなどを解いてくれと来ることはあまりないとは思い
ます﹂
別方面からシノブがフォローを行う。
﹁ともかく、これで交渉は終わり。
こっちの要求は全部通ったし、問題はほぼ解決したといっていい。
あとは、ネコを愛でつつ、たまにくる弟子に魔法を見せるだけ﹂
ミネルバにとって、弟子が少々面倒なものの、好きなだけネコを愛
でることができる生活である。
以前の、ロクでもない生活からは考えられない好待遇。
引きこもりつつ、ネコを愛でる生活がこれから始めるのだ
◆◆◆
ネコさま大王国から遠く離れた地にて⋮⋮。
﹁申し訳ありません。緊急に報告すべき事項があります﹂
﹁聞こう﹂
﹁私たちがこの地に来たのと同じくらいの時期に、バハルス帝国、帝都
から南東に向かう街道沿いに、突如、城が転移してきたとのことです﹂
﹁⋮⋮﹃プレイヤー﹄かもしれないというわけか﹂
ミネルバの安寧の日々はまだ先の話だ。
69
!
10話
﹃⋮⋮プレイヤーかもしれないというわけか﹄
メッセージ
ナザリック地下大墳墓第9階層、アインズの執務室では、デミウル
ゴスからの︽伝 言︾による緊急報告を受けたアインズが精神の安定化
を起こしていた。
予想されていたことだが、同時期に転移したプレイヤーがいたとの
報告はアインズに少なからず衝撃を与えた。
城というから、仲間ではないだろうが、もしかしたらアインズ・ウー
ル・ゴウンの仲間たちも来ているのではないか。
しかし、プレイヤーを理由なく殺し、他のプレイヤーから敵対され
ることは避けたい。
せめて、無関心を保ってほしい。
DQNギルドとして名高いアインズ・ウール・ゴウンに、守護者た
ちの性格もある。
争いにならないだろうか
期待と不安から、またしても精神の安定化が起こった。
冷静になったアインズはデミウルゴスに質問を行う。
まずは情報だ、どのようなギルドか確かめねばならない。
﹃デミウルゴスよ、城とそこに属する者についてわかっていることを
聞かせてくれ﹄
﹃帝国主席魔法使いフールーダ・パラダインと城の主ミネルバが友好
関係を結び、帝国は彼らを異国からの客人と扱うことになったと帝国
シャドウデーモン
が公表したようです。
影の悪魔から報告が上がってきました﹄
ほかの者の名やギルド名は
﹁ふむ、少なくとも、城の者は、人と友好的にふるまうように装ってい
るか。
﹂
ミネルバというのは人間でよいのか
聞いてないか
?
また、他の者やギルド名に関しても、現段階ではわかっておりませ
ん。
70
?
﹁種族に関しては宣言で触れられておりません。
?
申し訳ありません。﹂
アインズは、デミウルゴスの言葉から本当に無念という思いが感じ
られた。
﹁いや、全ての情報が集まらずとも、プレイヤーの存在というのは緊急
で報告すべき事項だ。
今後の計画に大きな影響を与えるため、早い段階での報告が望まし
い。
お前の判断は私を大いに満足させたぞ、デミウルゴスよ﹂
アインズはいい上司になるための本を思い返しつつ、デミウルゴス
を褒める。
実際、デミウルゴスに落ち度はないのだ。
これが原因で緊急連絡が来なくなっても困る。
﹁ありがとうございます﹂
電話中のサラリーマンのように、深々と頭を下げているデミウルゴ
71
スがアインズの頭に浮かぶ。
軽く咳払いをし、アインズは意識を切り替える。
﹁さて、引き続き、かの城に関する情報を集めよ。
また、現段階では城との直接の接触は避けよ。
シャドウデーモン
彼らがどのような存在か、まだ断定するには早すぎるからな﹂
メッセージ
﹁はい。影の悪魔にそのように命じます﹂
メッセージ
︽伝 言︾での会話を終了し、アインズは報告の途中だったアルベドに
声をかける。
﹁バハルス帝国にプレイヤーと思われる者がいるとの︽伝 言︾だった﹂
﹁プレイヤー、もしやシャルティアを洗脳した者どもですか
しかし、捕らえて実験材料としてはいかかでしょうか
﹁失礼しました。
そのプレイヤーがやったと決まったわけではない﹂
﹁待て。落ち着け。
アインズは鬼気迫る表情を浮かべるアルベドを慌ててなだめる。
ただちに、階層守護者たちを集め、奴らを抹殺する計画を⋮⋮﹂
!?
プレイヤーということで有用な実験材料となるかと思います﹂
?
たしかに、プレイヤーの蘇生確認をはじめとした実験したいことは
ある。
しかし、現段階ではかなり危ない橋を渡ることとなる。
﹁プレイヤーは城ごと転移しており、帝国がその城の主ミネルバとの
友好関係があることを宣言した。
城を攻めるということは、まだ見ぬプレイヤー全員を敵に回す行為
となりえる。
ヤルダバオトのように、仮面などで変装する手もあるが、あまり乱
発すると関係性が疑われてしまう。
それらを結び付けられると面倒だからな。﹂
﹁⋮⋮わかりました﹂
不承不承ながらアルベドは頷いた。
﹁無論、奴らがシャルティアを洗脳したものだと分かれば、その対価は
支払わせよう。
しかし、この場合でも相手を知る必要がある。
ほかにどんなワールドアイテムや能力を隠し持っているかわから
ん﹂
アインズは、ワールドアイテムを複数所持しているギルドの有力メ
ンバーの名前は記憶している。
ミネルバという名は覚えがないため、せいぜい1個のワールドアイ
テムだけしか所持していない、と言いたいところだが、アインズはユ
グドラシル終了前に、ワールドアイテムがオークションに流れたのは
知っている。
外部の情報を絶っていたため、誰が何を手に入れたのかは知らな
い。
つまり、オークションでワールドアイテムを複数手に入れ、こちら
に転移してきた可能性もある。
ただ、アインズはかの城がそうである可能性は低いと考えている。
帝都近くという立地もそうだし、LV100プレイヤーは、探知ス
キルがないシャルティア相手ならアイテムさえあれば逃げることは
可能だ。
72
シャルティアは、一対一の戦闘においては階層守護者の中で最強を
誇るが、あくまでも相手がキチンと戦闘する気があっての話。
逃走を考える相手なら別の守護者のほうが有利になる。
城というギルド拠点がある状態で、転移系や逃走用アイテムなしに
ワールドアイテムだけを持っている可能性は低い。
﹁ミネルバの一行が犯人にせよ、そうでないにせよ。
デミウルゴスの追加情報次第では、一度、会ったほうがいいかもし
れんな﹂
﹁洗脳のワールドアイテムを持つかもしれない者と会うのですか
わざわざアインズ様が会われなくとも、われわれ守護者にお任せい
ただければ⋮⋮﹂
﹁プレイヤーに一番詳しいのは私だ。
無論、ワールドアイテムを持たせた守護者を立ち会わせるつもり
だ。﹂
ミネルバなるものが所属するギルドが犯人である可能性はかなり
低い。
しかし、可能性が低いからといってそれを排除する気はアインズに
はなかった。
もう一度、仲間たちの子にも等しい守護者たちを殺すなど、絶対に
避けたい。
﹁詳しくは、後で考えよう。先に警戒を促すべきだな。
アルベドよ、守護者たちに帝都そばにプレイヤーがらしき存在がい
る件を通達してくれ。
シャルティアを洗脳した犯人である可能性は低いこと、先走って行
動を起こさないこと、をきっちりと伝えてくれ﹂
﹁かしこまりました﹂
エ イ ト エ ッ ジ・ ア サ シ ン
アルベドは一礼し、執務室から出ていった。
八肢刀の暗殺蟲に声をかける。
﹁一人で集中して考えたいので、私室に入る。
アルベドが戻ってきたら、知らせてくれ。﹂
﹁はい﹂
73
?
アインズは寝室に移動し、ベットに倒れこむ。
﹁プレイヤーか、友好的な関係を結べるといいんだけど⋮⋮﹂
鈴木悟の残滓が色濃く出たつぶやきが、誰にも聞かれることなく
ひっそりと消えた。
◆◆◆
法国の最奥では、最高責任者達による会議が行われていた。
﹂
﹁バハルス帝国に城が突然転移してきて、城の主ミネルバがフールー
ダ・パラダインの友人となるか⋮⋮﹂
﹁これは、ついに来たと考えるべきか
﹁非常に大人しい点が気にかかるが、そうであろうな。
他の存在を警戒しているのか﹂
﹁占星千里の報告にあった、城の周囲の魔獣が気にかかる。
知識面も担当していた彼女がわからない魔獣がな。
知っている魔獣も、推定難度100だ。
知らないのはあるいは、それ以上の存在かもしれない。
空を飛ぶ魔獣もいるとのことだ。帝国を滅ぼすのも可能かもしれ
ない﹂
﹁動物の耳や尻尾が生えた者が、占星千里の目に視線を向けていたと
いうほうが、私としては気にかかるな。
﹂
今後は城に目を向ければ、巫女姫と同じ道を進むかもしれん﹂
﹁危険を冒してでも、直接、接触すべきか
はあるまい﹂
静かだとはいえ、力あるものがいるのは、帝国にとっても悪い話で
﹁帝国には王国を併合してもらわなければならん。
ならそうさせよう﹂
力あるものがいつまで静かに暮らせるかはわからんが、それを望む
それは、難しいかもしれん。
もある。
﹁できれば人類の守護者となってもらいたいが、従者が人でないこと
下手を打って、こちらに敵意を向けられても敵わん﹂
﹁フールーダが何度か城を訪れているのは事実なのだ。
?
74
?
﹁もともと、城の存在は計画になかったことだ。
我らも別方面でやることや欠員も多い。
後手に回ることになるかもしれんが、放置しておいていいだろう﹂
﹁そうだな。放置しかあるまいか﹂
﹁異論はないか
⋮⋮では、次の議題に移ろう﹂
◆◆◆
帝都アーウィンタール、歌う林檎亭。
ワーカーチーム﹃フォーサイト﹄が拠点としている宿である。
食事をしていたフォーサイトに声をかける人物が存在した。
﹁お食事中、申し訳ありません。フォーサイトの皆さま。
実は、あなた方が会われた、ミネルバという方についてお話をお聞
きしたいのです﹂
どこかの貴族に使える執事といった雰囲気を持つ、オールバックの
金髪に長い金の髭、眼鏡の初老の男性だ。
眼鏡の奥の鋭い眼光と立ち振る舞いから、周囲の人間と違った風格
を感じさせる。
﹁またかよ⋮⋮最近、多いな⋮⋮﹂
﹂
﹁適当な仕事引き受けて帝都からしばらく離れたほうがいいんじゃな
い
す。
﹁申し訳ありません。お礼としては些少かもしれませんが、お食事代
は私のほうで払わせていただきます﹂
﹁お、分かってるな。
最近、タダで情報聞き出そうって奴が多くてよ。
⋮⋮おい、店の奥借りるぞ。追加で、酒とツマミ、適当に頼む﹂
ヘッケランが店の主にそう告げると、テーブルの上の酒と皿をもっ
て立ち上がる。
﹁個室に先行ってるから、金払ってから来てくれ﹂
﹁かしこまりました﹂
75
?
ヘッケランが思わずぼやき、イミーナも辟易したといった体で話
?
その後、ヘッケランは個室にてアルフレッドと名乗る執事に、何度
か行ったようにミネルバとの出会いを語った。
話の途中にアルフレッドから質問などはなく、最後まで語り終え
た。
﹂
喉を渇きを潤すように、酒を流し込む。
﹁さて、話はこんなところだ。
聞いておきたいこととかあるかい
﹁それでは一つだけ確認を。
アルシェさんは相手の使える魔法の位階がわかるとのことですが、
ミネルバやシノブといった方の力は見られたのですか
味があるのですが﹂
アルシェの体がわずかに震えた。
それに気づいた、ヘッケランが話し出す。
﹁ああ、すまないな。
彼女はその時、体調が悪くてな、
﹂
ミネルバさんが来て、すぐ席を外させてもらったくらいだ。
それどころではなかったんだ﹂
﹁そうですか。今はアルシェさんのお体は問題ないのですか
﹁いえいえ、お気になさらず。
さて、本日はお時間をいただきありがとうございました﹂
﹁かまわないさ。きちんと対価があったしな﹂
軽く挨拶したのち、アルフレッドは店を後にした。
ゲー
﹁あ、はい⋮⋮。ご心配してくださり、ありがとうございます﹂
?
ゲー
ト
ゲー
ト
﹁セバス、何か目新しい情報はでありんしたか
﹂
それに対して、驚きもせず、彼は転移門をくぐった。
目の前に開かれた。
アルフレッドが路地に入り周囲を確認していると、突然、転移門が
ト
る人ですから、かなりの力のある魔法詠唱者と思われるので、少々興
帝国の主席魔法使い、フールーダ・パラダイン氏とご友人になられ
?
に問う。
転移門の先で、シャルティアがアルフレッドと名乗っていた金髪の男
?
76
?
﹁位階を見る力をもった娘はミネルバ登場後すぐに退席したため位階
マジックキャスター
がわからないと言っておりましたが、その話を振った際、その娘はわ
かりやすいほど震えていました。
私の推測になりますが、ミネルバは魔法詠唱者であり、その魔力の
量に恐怖したのではないかと思います﹂
﹁なるほど、この世界の人間は第3位階で熟練らしいから、第10位階
の魔法を使えるものを見れば恐怖してもおかしくない、というわけで
ありんすな。﹂
シャルティアは金髪のセバスをしばらく見て、微妙な表情を浮かべ
る。
﹁しかし、その頭と付け髭はどうも見慣れないというか⋮⋮﹂
﹁アイテムで色を変え変装したとはいえ、私もどうにも落ち着きませ
んな。
アインズ様が仰るには、お試し版アイテムで色は1日で元に戻るそ
うですが、早く元にもどらないかと思ってしまいます。
せめて、早く報告して、変装だけは解きたいですな。
やはり、造物主様がそうあれと定めた姿のほうが落ち着きます﹂
﹁そうでありんすね。
引き止めて悪かったでありんすな。
アインズ様がお待ちだから、さっさといきなんし﹂
セバスはいつもより早足でアインズの元に向かった。
77
11話
﹁アインズ様、情報が集められず、申し訳ありません﹂
﹁いや、セバスが悪いのではない。
シャドウデーモン
相手がこちらの想定より、情報を制限していただけだ﹂
影の悪魔以外にも、セバスが変装し、アルフレッドとして帝国で調査
を行ってもらったが、追加情報はあまり得ることができなかった。
相手が会うのは城の外のストーンシークレットハウスでのみ。
城内に人を入れた様子はない。
まさか、ギルド名すら名乗っていないとはアインズも思わなかっ
た。
マジックキャスター
フールーダ・パラダインであればもう少し情報を持っているかもし
シャドウデーモン
れないが、ミネルバに入れ知恵された可能性のある魔法詠唱者とその
マジックキャスター
弟子たちの領域に、影の悪魔を送り込む危険は冒せなかった。
得ることのできた大きな情報は、ミネルバが人間の魔法詠唱者、シ
ノブがキャットマンのNPCであると推測できるくらいだ。
ただ、戦闘メイドプレアデスのように、本当の種族は異なる可能性
はある。
リモート・ビューイング
そ れ と、非 常 に 大 人 し く、基 本 城 に 引 き こ も っ て い る ら し い が、
︽遠 隔 視︾に転移系の魔法を合わせれば、誰にも気づかれず、外に
出ることは難しくない。
可能性こそ低いが、シャルティアを洗脳した犯人が彼らの場合、あ
まり自由な時間を与えすぎるのも考え物だ。
﹁セバスよ、お前が丁寧に仕事をこなしたおかげで、ミネルバの慎重さ
がよくわかった。
よい仕事であったぞ。
休息の後、通常の仕事に戻ってくれ﹂
﹁は、かしこまりました﹂
一礼し部屋を出て行くセバスを見ながら、アインズは次の一手を考
える。
◆◆◆
78
ミネルバはネコ部屋で、うつ伏せに寝転がって、ふてくされていた。
ネコ達はミネルバの上で足踏みしたり、顔をこすりつけたり、勝手
気ままに過ごしている。
ミネルバがこうなったのは、少し前にさかのぼる。
王国で、ヤルダバオトなる悪魔が大暴れし大きな被害を被ったた
め、フールーダにその悪魔を探知してくれと頼まれたのだが、ミネル
バのままではその手の魔法は使えない。
ドッペルゲンガー
頼みを断って、適当に第7位階魔法を見せて弟子を返した後、ミネ
ルバは二重の影の能力で探知の魔法を使えるものに変化した。
ヤルダバオトはミネルバにも危害を及ぼすかもしれない、転移後の
世界にしては高レベルな悪魔である。
その悪魔に対しては、危機感を抱いていた。
ミネルバは探知魔法を使おうとしたが、対策をしていないことを思
い出し、とどまった。
コピー元のギルドメンバーが、探知魔法は、使用前に多数の情報系
魔法を使い対策を行ってから使うものだと話していたのだ。
しかし、ミネルバは、その対策魔法を覚えていなかった。
コピー先の魔法を使うことは滅多になく、使う必要が出た場合も
ウィキ頼りだった。
ユグドラシルであれば、コンソールから現在の変化で使える魔法一
覧を見れたが、こちらでは、そのコンソールが死んでいる。
具体的な魔法名を思い浮かべ、その魔法を使おうと意識を向ける
と、範囲やリキャストタイム、MP消費量などを含め使い方がわかる。
しかし、その対策用の魔法名がわからない。
ミネルバの使用可能魔法は、コピー後も含めると千を超えている。
自身がレベルアップで覚えた魔法や、有名どころは記憶している。
しかし、普段使わないような情報系の魔法やマイナーな補助魔法ま
では憶えていない。
ユグドラシルでギルドマスターになった時には過疎化が進んでお
り、大体ソロ狩りで、たまにギルメンとネコを愛でたり、外部からネ
コを愛でに来る人の応対をする程度だ。
79
非戦闘系の魔法の記憶が抜け落ちても仕方ない。
戦士職は、自身の近接戦闘の適正のなさでユグドラシル時代から死
んでいたが、魔法職まで死んでいることに気が付いたミネルバは愕然
としていた。
そんな理由があり、ミネルバはふてくされていたのだ。
しかし、ミネルバにさらに追い打ちをかける出来事が発生する。
ダークエルフ
﹁ミネルバ様、アインズ・ウール・ゴウンの使いを名乗る人物が面談を
申し込んでいます。
簡単な幻術を纏って、人間のように見せた闇妖精が2名です。
といっても、それなりのレベルなら簡単に見破れる程度でした。
幻術は帝国対策かと思われます﹂
ミネルバの上のネコを抱き上げながら、シノブが言った。
﹂
﹁幻術をかけてきたアインズ・ウール・ゴウンの使いか⋮⋮。
え、アインズ・ウール・ゴウン
ミネルバの無表情が崩れる。
ミネルバの中では、アインズ・ウール・ゴウンといえば、異種族P
Cのみで構成されたDQNギルドという印象が強い。
ゴッ
ズ
そしてタチの悪いことに、めちゃくちゃ強いのである。
神話級アイテムがほとんどないネコさま大王国みたいなお遊びギル
ドではなく、ワールドアイテムを馬鹿みたいな数所持していたガチギ
ルドである。
鉱山を独占し、超希少な鉱物を独占していたこともある。
1500人VS41人で41人のアインズ・ウール・ゴウン側が返
り討ちにした動画は、その手の動画を普段見ないミネルバも見た記憶
がある。
ネコさま大王国のフルメンバーでも、絶対に勝てない。
ミネルバだけでは、一人すら倒せないだろう。
﹁わかった。すぐ行こう﹂
どちらにせよ、ここで拒否する勇気などない。
できるだけ、穏当な内容なことを期待しながら、ミネルバは立ち上
がった。
80
!?
ダークエルフ
いつもの部屋に着くと、幻術のかかった闇妖精の子供がいた。
それぞれ、巻物みたいなものを背負い変わった小手を着けている
が、あきらかに外装から浮いている。
なにか、特別なアイテムなのだろうか。
アインズ・ウール・ゴウンから喧嘩を売られた時点で、負けなのだ。
気にせず、話を進めよう。
ミネルバは小さく息を吐き、話を始めた。
﹁私がこの城の主、ミネルバ﹂
﹁あたしはアウラ・ベラ・フィオーラ、こっちがマーレ・ベロ・フィオー
レ。
二人とも、アインズ・ウール・ゴウン様に仕える階層守護者です。﹂
階層守護者ということはNPCなんだろうかとミネルバは考えた
﹂
アインズ・ウール・ゴウンはギルドの名前であって、個人の
が、それよりも気になることがあった。
﹁⋮⋮様
名前でなかったはずだけど
ミネルバは疑問を口にした。
﹁あ、あの、至高の41人のまとめ役の方が、今はそう名乗られていま
す﹂
﹁ああ、たしか⋮⋮そう、モモンガというのが元々の名前かな﹂
見た目が骸骨の魔王様といった割に、名前が可愛かったのでミネル
バの記憶にもギリギリ残っていた。
名前と見た目のギャップが大きくて気にしていたのを、こっちに来
﹂
たのを機に名前を変えたのかな、とミネルバは勝手に推測した。
﹁人間のくせによく知ってるね。
いや、人間だからこそ詳しいのかな
アインズ・ウール・ゴウンは異形種ギルドだから、異形種であるこ
ととした。
人間を侮蔑するような意志を感じたので、ミネルバは種族を晒すこ
それと、私は二重の影﹂
ドッペルゲンガー
﹁アインズ・ウール・ゴウンは有名だから。
アウラが意地悪く笑みを浮かべながらそういった。
?
81
?
?
とを晒し、できるだけ友好的に話を進めたいとの狙いがあった。
ドッペルゲンガー
ミネルバは白いのっぺりとした顔に、黒い穴が開いた埴輪のような
姿に代わる。
ミネルバ自身は、この二重の影の基本の姿があまり好きではないの
ドッペルゲンガー
で、すぐ人間の形態に変化しなおした。
﹁なんだ、二重の影だったんだ。﹂
﹁うちの城に人間はいない。ネコとかケットシーとか。﹂
ト
正確にいうなら、ギルドメンバーは人間が多かったのだが、ミネル
バはもう会うことはないだろうとも思っている。
﹁ふーん。まぁ、いいや。
アインズ様のお言葉を伝えるよ。﹂
そう言うと、アウラとマーレは居住まいを正した。
ゲー
﹁この城にいるプレイヤーを招き、友好的に会話をしたい。
特に問題ないなら、3日後の14時、この城のそばに転移門を開く。
ト
﹂
らも大丈夫だろうとミネルバは考えていた。
﹁あとは、プレイヤーは私だけなんだけど、シノブを連れて行っていい
本音でいうなら、探知系に優れた護衛を念のため連れていきたいと
いうわけだ。一人で行くとなれば、管理人たちが心配するだろうとい
う意味もある。
﹁いいんじゃないかな。﹂
﹁わかった。それで返事だけど⋮⋮﹂
82
と、アインズ様は仰られたよ。﹂
﹁いくつか質問していい
﹁いいよ。﹂
ゲー
ト
転移門を見られて、帝国に色々言われるのは面倒。
ゲー
幻術で囲いを作るから、その中に転移門作ってもらうのは可能
?
このあたりはわざわざ人間の幻術をかけて、気を使っていることか
﹁だ、大丈夫だと思います﹂
﹂
﹁そっちも知ってると思うけど、バハルス帝国の監視がこの城見てる。
?
うちの城を管理する者にも、他の場所見せて勉強させたい。﹂
?
ミネルバも、アウラたちを見習い、姿勢を正してから宣言する。
﹁ギルド﹃ネコさま大王国﹄の現ギルドマスター、ミネルバが、アイン
ズ・ウール・ゴウン殿の招待をお受けする、と伝えてください﹂
﹁わかりました。
第6階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラと、﹂
﹁同じく第6階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレが
アインズ・ウール・ゴウン様にお伝えします﹂
アウラとマーレも宣言した。
◆◆◆
﹁そうか、まさかネコさま大王国だったとは⋮⋮﹂
アインズの執務室では、アウラとマーレが報告を行っている。
ネコさま大王国の興味はネコにだけ注がれていて、ワールドアイテ
ムなどには欠片も興味がなかったはずだ。
戦闘能力も低く、外部から呼んだネコ好き集団の援軍こそが本隊と
83
呼ばれていた。
アインズの記憶していたギルドマスターの名前は異なるが、ネコさ
ま大王国が有名になりギルドマスターの名前を知ったのはかなり前
のことだ。
ギルドマスターの変更があったと考えるべきか、あるいはこちらに
きた唯一のプレイヤーがギルドマスターと名乗っているか。
どちらにせよ、城の外観等はアインズの記憶の中のネコさま大王国
と一致する。
﹂
アインズは、敵ではなさそうなことに安堵していた。
﹁どんなギルドなんですか
ことはないはずだ。﹂
﹂
﹁至高のお方が訪れることは拒否したのですか
あの城、滅ぼしにいきましょう
アウラが怒気を放つ。
!
!?
何名かの仲間は行きたがったのだが、異形種ということで、訪れた
まったと聞いている。
﹁様々なネコを飼っていたギルドで、多くの者がネコを愛でるため集
?
マーレもやってやるぞと言わんばかりの表情だ。
﹁違う、違う。
アインズ・ウール・ゴウンの名は有名過ぎたし、不特定多数が集ま
るネコさま大王国に訪れると厄介事に巻き込まれる可能性が高いと
いうことで、自発的に訪れなかったのだ。﹂
アインズとしては、彼らの忠誠心は非常に嬉しい。
嬉しいのだが、この好戦的な部分はもう少しなんとかならないもの
かと、溜息を吐きたくなった。
﹁この世界では、プレイヤーの数は少なく、訪れても危険は少ないだろ
う。
仲間たちが行ってみたいと思っていた場所だ。
﹂
落ち着いたら、一度遊びにいくのもいいかもしれんな。
アウラとマーレも一緒に来るか
お供させていただきます。﹂
く可能性は減るだろうと思い、釘をさすつもりで言った。
アインズとしては、こういっておけば守護者が先走って滅ぼしに行
あるいは、お前たちも気に入るかもしれんな。﹂
﹁ネコはペットとして有名な動物だ。
﹁ボ、ボクも一緒に行きたいです。﹂
﹁いいんですか
?
ただ、骸骨とネコが戯れる姿を想像して、ちょっと後悔もした。
84
!?