EY総研インサイト - EY総合研究所

EY総研インサイト
Vol.6
June 2016
EY Institute
特集
ポスト2020
レポート
アルバイト学生への就職支援から始まる
人材マネジメント革命:㈱エー・ピーカンパニーの事例
サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察
CONTENTS
EY総研インサイト
Vol.6 June 2016
特集 ポスト2020
03 はじめに
所長
柴内 哲雄
04 Ⅰ章 ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル
未来社会・産業研究部
シニアエコノミスト
鈴木 将之
08 Ⅱ章 資本市場 環境変化とポスト2020に向けて
未来経営研究部
上席主任研究員
深澤 寛晴
16 Ⅲ章 スポーツを通じた感動立国への投資
企画・業務管理部
副部長
笹渕 拓郎
未来社会・産業研究部
主席研究員
小川 高志
22 Ⅳ 章 ポスト2020に向けた人工知能との協働
未来社会・産業研究部
副主任研究員
矢後 憲一
レポート
30 アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:
㈱エー・ピーカンパニーの事例
未来社会・産業研究部
副主任研究員
金城 奈々恵
36 サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察
未来経営研究部
主席研究員
藤島 裕三
44 会社概要、バックナンバー
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
01
Ⅰ
ポスト2020年の日本企業とビジネスモデル 04
Ⅱ
資本市場 環境変化とポスト2020に向けて
08
Ⅲ
スポーツを通じた感動立国への投資
16
Ⅳ
ポスト2020に向けた人工知能との協働
22
特集
ポスト2020
02
EY Institute
はじめに
デジタルエコノミー社会に向けたパラダイムの創造
「1.57ショック」といっても知る人は少ないかもしれない。これは、バブル経済崩壊の一年前、1990 年に発表
ひのえうま
された合計特殊出生率が、丙午という特殊事情を除くそれまでの最低記録(1.58)を下回り、史上最低の水準に
なってしまったことへの衝撃の大きさを表して言われたものである。
当然のことながら経済力は人口との関わりが強く、GDP国内総生産は労働力人口、労働時間、労働生産性によ
りおおむね算出され、経済成長率は労働力人口の増加率、労働生産性の上昇率によって決まってくる。そのため、
「1.57ショック」は戦後の経済発
労働力人口の減少はGDP、経済成長率にマイナスの影響を及ぼすことになる。
展を支えてきたパラダイムの一つ、人口“増加”が“減少”に反転することを示唆しているだけに「ショック」とい
う表現がでたのかと思われる。
この発表以降、少子化対策として有識者会議等多くの議論を踏まえ、
「少子化社会対策基本法」に始まる法改
正、施策も打たれてきたわけであるが、それから25 年たって、先日発表(2016 年5月)された合計特殊出生率は
1.46(2015年実績)であった。これでも前年比+0.04と上向いてはいる。
このような流れから、さまざまな施策は打たれているものの日本の総人口は、2010 年の1億 2,800万人から、
2020 年1億 2,400万人、2060 年 8,670万人へと減少していくことが推計されている。また、労働力人口の近似
として生産年齢人口をみると、2010 年の8,103万人(63.2%)から2020 年7,341万人(59.2%)、2060 年 4,418
万人(50.9%)へと減少する。逆に、65歳以上の高齢者は、2010 年の2,925万人(22.8%)から2060 年には
3,464万人(39.9%)になることが推計されている。一方、国内での人口減少は叫ばれているものの、世界に目
を向けると、人口は確実に増加しており、2010 年の約69 億人から2060 年には100 億人超へと増加することが
予測されている。
このように日本の労働力人口が減少し、高齢者が増加する中、日本経済はどのようになっていくのであろうか。
解決していくヒントは、増加する高齢者市場、加速化する第 4次産業革命へのシフト、新たな価値創造と生産性
の拡大など、新しい成長パラダイムの創出を狙う中にある。
本特集では、マクロ経済、資本市場、成長市場の視点から、Ⅰ章では人口減少の進む中で日本経済が成長トレ
ンドを取るためにはどのような観点があるのか、Ⅱ章ではグローバル化の進む中で資本市場が担うべき役割はな
にか、Ⅲ章では新たな国内市場の開発の観点でスポーツ成長産業化について、Ⅳ章では第 4次産業革命の要でも
あり、生活の場での活用も期待されている人工知能について記述している。
日本経済の持続的成長のためにも、第 4次産業革命に向け加速化するグローバル・デジタルエコノミー社会にふ
さわしいパラダイムの創造と転換が必要で、そのためにも創造的破壊、オープンイノベーションの実践が求められ
る時代になってきているのではないだろうか。
EY総合研究所 所長 柴内 哲雄
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
03
特集
ポスト2020
地盤沈下か成長か
ポスト2020年に、日本企業・経済は成長できるの
Ⅰ章
ポスト2020年の
日本企業と
ビジネスモデル
だろうか。このままの状態ならば、世界経済における
日本企業・経済の地盤沈下は免れないだろう。その一
方で、成長に向けて手を打つ時間があることも事実だ。
今後の大きな問題は、日本経済が需給両面から縮
小均衡に至る可能性があることだ。例えば、2030年
の人口は、2016 年から約960万人(▲8%)減ると推
計されている(国立社会保障・人口問題研究所『日本
』中 位 推 計)
。
の 将 来 推 計人 口(平 成24 年1月推 計)
75歳以上が576万人増える一方で、15 ~ 64歳のい
わゆる生産年齢人口は825万人も減る。その一方で、
世界人口は堅調に増えてゆき、世界の中で日本の人口
割 合 は1.7%から1.4%に低下する<図1>。人 口減 少
は、労働力供給に下押し圧力をかけることを通じて、
潜在成長率を押し下げるとともに、消費需要が抑えら
EY総合研究所
シニアエコノミスト
鈴木 将之
れることで経済成長率も鈍化しかねない。こうしたこ
ともあって、日本のGDPが世界に占める割合は7%か
ら4%へと大幅に縮小する恐れがある<図2>。
しかし、ポスト2020年に向けて、日本経済が成長
トレンドに戻るための手を打つ時間があることも事実
だ。その成長シナリオを実現させるためには、①社会
の変化に対応して、②技術進歩をうまく取り入れ、③
新たな価値を提案していくことが、必要条件だろう。
しかも、人口減少や高齢化は、何も日本だけの問題
ではない。欧州やアジアも遅かれ速かれ、同じ問題に
直面するからだ。そのとき、日本企業の経験・ノウハ
ウは、海外でのビジネス展開に役立つに違いない。
図 1 人口構成比の変化(単位% )
4.2
1.4
4.0
1.7
4.4 4.5
55.8
2015年
日本
18.7 16.7
52.8
17.8
18.0
米国
ユーロ圏
中国
インド
その他
2030年
出典: United
Nations "World Population Prospect: The
2015 Revision"よりEY総合研究所作成
04
EY Institute
Feature
約 960 万人
2016年から2030年にかけて予測されている人口減少の
規模。高齢化や人口減少という大きな変化の中で、日本経
済が成り立つ仕組み=社会デザインが欠かせない。
それでは、ポスト2020 年の成長を考える上で、ど
護まで含めた消費総額のうち、高齢者世帯の割合は
のような成長モデルが考えられるのだろうか。そこで、
約52%と過半を超えると試算されるほどだ<図3>。
①社会の変化については高齢化、②技術進歩につい
ただし、高齢者といっても、ひとくくりにできない
ては 現 在 進 行 中 の 第 4次 産 業 革命を踏まえた 上で、
ことも事実だ。それまでの人生の集大成という意味
③新たな価値の提案についてはビジネスモデルの変
もあって、高齢者ほど「多様性」という言葉がふさわ
化の視点から、今後の日本企業・経済の成長につい
しい。
て検討してみる。
例えば、健康状態は人によって大きく異なる。もち
ろん、年齢を重ねるにつれて、医療や介護が必要に
図2 GDP の変化
2011年
なる人は増える。その一方で、健康であり、健康食品
2030年
などヘルスケア消費を増やしたり、旅行や娯楽等の消
ユーロ圏
ユーロ圏
中国
米国
米国
中国
日本
インド
日本
た消費行動になるため、消費の選択肢も広がる。
また、それらの消費の原資となる年金についても、
分布は幅広い。例えば、厚生年金(基礎年金を含む)
インド
その他
費を増やしたりする人もいる。それぞれの状況に応じ
その他
出典: Johansson et al.(2012)のFigure10よりEY総合研究所
作成
(注) 2005年購買力平価(PPP)
に基づく換算
の平均月額は14.5万円でも、その受給額の分布は8
~ 11万円、17 ~ 20万円が多いなど、バラツキが大
きい。また、国民年金の平均月額は5.4万円であり、
最も多い層は6 ~ 7万円であるものの、それより少な
い年金額の人も多い(厚生労働省『平成 26 年度厚生
年金保険・国民年金事業の概況 』)。このように、平
社会の変化:メインターゲットは高齢者
現 在 26%超 となって い る65歳 以 上 人 口 比 率 は、
2030 年には30%を上回る見通しだ(国立社会保障・
人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成 24 年1月
推計)』)。また、日本人の平均年齢は現在の約46歳
から50歳( 同『人 口 統 計 資 料 集 』)に達 する。人 生
50 年どころではないし、天命を知る頃の50歳であっ
てもまだ「若い」といわれる可能性がある。
均からのイメージと、実際の姿が大きく異なっている。
図 3 高齢者消費の構成比の変化
(%)
60
40
齢者にシフトする。人口ボリュームに加えて、高齢者
20
これからの高齢者はスマートフォンやPCを使いこな
し、流行に敏 感 であるなど、消費 者像 が 一 変 する。
その影響力は大きく、ポスト2020 年には、医療や介
その他世帯
80
こうした中で、企業のメインターゲットは当然、高
といっても健康で消費意欲が高い人も増えるからだ。
高齢者世帯
100
0
2014年
2030年
出典:総務省『家計調査』、内閣府『国民経済計算』よりEY総合研究所
作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
05
ポスト2020 年の日本企業とビジネスモデル
また、多額の金融資 産を持つ人もいれば、そうで
2020 年には難しいとみられるものの、特定の業務
ない人もいる。例えば、60歳代の金融資産保有額で
や分析などの能力は現在よりもはるかに向上してい
は、1,000万円以下が全体の51.3% の一方で、2,000
る。その結果、高齢者の生活に潜む新たな需要が掘
万円以上が26.8%を占める(金融広報中央委員会『家
り起こされる可能性がある。それは、生活の質の向
計の金融行動に関する世論調査』)。退職金や親から
上にもつながることから、経済全体でみれば需要の
の相続などによって、この年齢層では、金融資産が
底上げにも貢献する。
増 えや す い 一方 で、 高 齢 者 世 帯 の うち76万 世 帯
例えば、ポスト2020 年には、自動運転を搭載した
(2014 年 度、被 保 護 世帯161万世帯 のうち47.5%、
超小型モビリティなどのカーシェアリングや自動運転
厚生労働省『被保護者調査』)が生活保護を受けてい
バスなどの普及もあり、生活の足が確保され、買い
るなど、多様な姿がうかがえる。
物難民の問題は緩和する。その際、目的地や行動範
このため、消費需要を掘り起こしていくためには、
囲、時間帯 などさまざまな情 報 が収 集・分析され、
きめ細かいアプローチが必要になる。それを実現で
新たな製品やサービスが提 案されることで、潜在需
きる可能性は、後述する第 4次産業革命などの技術進
要が掘り起こされる可能性がある。
また、ポスト2020 年には、各 家 庭に生 活支 援ロ
歩にある。
ボットの導入が進んでいるだろう。子育て支援ロボッ
トの利用に肯定的な意見は 3割と抵抗感がある一方
技術進歩:第 4 次産業革命のインパクト
で、介護分野については6 割超が肯定的である(総務
省『社会課題解決のための新たなICTサービス・技術
IoT
( Internet
(人工知能、
of Things ) や AI
Artificial Intelligence)などを中心とした第4次産
への人々の意識に関する調査研究』)。人手不足もあっ
業革命は、日本経済の課題を軽減し、企業の生産プ
ロボットなどの活用が広がる余 地は大きい。もちろ
て、介護サービスの供給力が大きな問題となる中で、
ロセスや産業 構造を一変させる可能性がある。さら
ん、IoTやAIを介して、医療や介護、ヘルスケアとの
に、前述のように、メインターゲットとなる高齢者の
連携が進む。ウェアラブル機器や非接触型の機器な
潜在需要を掘り起こすことによって、需要が下支えさ
どによって健 康情 報が収 集され、それがAIによって
れる効果も期待される。
解析され、各人に適したおすすめの食事や運動など
まず、ポスト2020 年の生産プロセスを想像してみ
のプランが示されたり、場合によっては医療機関の受
よう<図4>。例えば、あらゆるところに設置された
診などが勧められたりする。その情報は医師や介護
センサーが、移動などの位置情報や消耗状態などの
士などにも共有されており、消費者(患者)への働き
物理的な情報をデジタルデータとして収集し、それら
かけも行われるなど、双方向での健康維持が促進さ
の情報を共有することで、モノとモノを情報で結んで
れるだろう。このように、潜在需要が掘り起こされる
いる。それらをAIが解析することで、ヒトの意思決定
ことで、生活の質を向上でき、結果として日本企業・
をサポートしてくれる。汎 用 的なAIの 実現はポスト
経済も成長すると考えられる。
はん よう
図 4 第 4 次産業革命による生産者・消費者の関係変化
IoT
生産者
企業
AI
ロボット
出典: EY総合研究所作成
06
EY Institute
消費者
家計
Feature
新たな価値の提案:ポスト2020年のビジネスモデル
高齢化などの社会構造の大きな変化の中で、第 4
このとき、企業が重視すべき役割は、これまでのよ
次産業革命という大きな技術変化が起こりつつある
うな生産活動ではなく、パーツや製品のデザインや規
という好機を活かして、新たな価値を提案していくこ
格といったデジタル情報や知財の提供や、消費者ニー
とが、日本企業・経済の成長には欠かせない。
ズを先回りした商品、サービスの企画、提供である。
特に、ポスト2020年には、ビジネスモデルが現在
こうした中で、生産プロセス(川上・川下)と収益性
とは大きく変わっているだろう<図5>。IoTによって、
の関係を示したスマイルカーブを想定すると、収益性
生産プロセスに携わる企業のネットワークが強化さ
が見込める川上と川下に集中するようになり、特に、
れ、企業や系列、地域の壁がなくなる。また、現在の
研究開発や企画、デザインなどに注力できるようにな
3Dプリンターの発展形である次世代型のAM(付加製
造、Additive Manufacturing)は、樹脂からセラ
る。また、
IoTや次世代型生産技術であるAMによって、
ミックや金属まで複数の素材を同時に扱え、かつ複
るため、よりきめ細かい消費者ニーズをすくい上げら
数のパーツが組み合わさった製品や完成品を一気に生
れることも、その後押しになる。このようなビジネス
産できる方向で、研究開発が進んでいる。この技術に
モデルに転じることによって、ポスト2020年のメイ
よって、消費地での生産が可能になり、生産者と消費
ンターゲットになる多様な高齢者の需要を捉え、潜在
者の壁もなくなり、生産消費者(prosumer)化が進
需要を掘り起こせるようになるだろう。
むとみられる。
それと同時に、国内で磨いたビジネスモデルは、高
サービスについては、AIによるマッチング機能や需
齢化や人口減少など日本同様の問題に直面する海外
要予測によって、生 産性の向上が期待できる。これ
にも展開できるはずだ。簡単ではないものの、こうし
までサービスの特性による問題であった生産者と消
た取り組みを続けていくことによって、国内外の消費
費者の時間と場所の調整がより円滑になり、待機時
需要の獲得を通じて、日本企業・経済は成長トレンド
間などのロスが減ったり、繁忙期と閑散期の業務量
に戻ることができるだろう。
生産プロセスの変化から多品種・少量生産を実現でき
をならしたりできるからだ。
図5 ポスト2020 年のビジネスモデル
AI・ロボット
サービス
消費者
企業
ニーズ
製品
デザイン・規格
3Dプリンター
( AM 、付加製造)
出典: EY総合研究所作成
<参考文献>
Johansson, Å., Y. Guillemette, F. Murtin, D. Turner, G.
Nicoletti, C. de la Maisonneuve, P. Bagnoli, G. Bousquet
and F. Spinelli,( 2012 ), Looking to 2060 : Long-term
global growth prospects, OECD Economic Policy Papers
No.3
鈴木将之(2015)
「高齢者発の日本企業の成長シナリオ―超高齢社会
のデザイン―」
『 EY総研インサイト』Vol.5, pp.22-27.
鈴木将之(2016)
『 2060年の日本産業論』東洋経済新報社
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
07
特集
ポスト2020
はじめに
資本市場は資本(資金)を通じて投資家と企業をつ
Ⅱ章
資本市場
環境変化とポスト
2020に向けて
なぐ場であり、活発な経済活動に不可欠な存在だが、
従前の日本において注目される機会は少なかった。しか
し、近年はさまざまな環境変化を経て存在感が増してお
り、2020年の先、すなわちポスト2020の経済や企業
を考える上で軽視し難い存在になっている。本稿では、
資本市場を経済や企業と一体と見なし、ポスト2020に
ついて考察する。
なお、資本市場とは企業が資金(資本)を調達する
場であり、主に株式・社債市場を指す(銀行借入を含
めて金融・資本市場という表現をすることもある)が、
本稿では近年特に重要性が高まっている株式市場を想
定する。
EY総合研究所
上席主任研究員
深澤 寛晴
資本市場の役割
まず、経済活動における資本市場の位置付けから見
てみよう<図1>。 経済活動において最も重要なのは事
業を通じた付加価値の創出だ。付加価値は顧客によっ
て評価され、対価が支払われることで利益となる。利
益は一部が配当あるいは自己株式取得により株主に還
元され、残りは企業に内部留保され事業に再投資され
る。また株主が機関投資家の場合には、株主還元され
た資金についても資本市場と企業を経由して事業に再
投資される※1のが通常だ。
経済活動はこのような一連のサイクルで動いている
が、ここには二つの機能が含まれている。まず企業・
事業に投資する機能だが、ここでは個別の企業・事業
に対して資金の配分が行われるため、本稿では資金配分
(機能)と呼ぶ。次に付加価値を創出する機能だが、こ
こでは配分された資金を利用することから、本稿では資
金利用(機能)と呼ぶ。資本市場は資金配分のうち、
企業の枠を超える部分を担うものとして位置付けられ
る。また、企業は主に付加価値を創出する主体として
資金利用と同時に、内部での資金配分を担っている。
また、M&Aにより企業の枠を超えた資金配分を担う
ケースもある(<図1>では省略)。
08
EY Institute
Feature
日 本 版 スチュワードシップ・コ ードを 受 け 入 れて いる機 関 投 資 家 の 数
207
(2016.5.27)。日本株式に投資する機関投資家の大半が、投資先企業と
建設的な「目的を持った対話」を行う姿勢を見せている。企業と機関投資家
(資本市場)が密接な関係を取り戻すことが期待されている。
経済が一連のサイクルとして活発に機能するために
は資金配分および資金利用の両方が効果的に機能する
資本市場を巡る環境変化
ことが求められるが、日本企業は資金利用を重視する
一方で、資金配分に対する意識は強いとは言い難いよ
冒頭で述べた通り、近年は資本市場を取り巻く環境
うだ 。高度経済成長期は欧米に対するキャッチアップ
に変化が起こっている。ここでは、以下3点について見
という方向性が明確であり、資金配分については公的
てみよう。 い ずれも今日において、さらにはポスト
セクターが担う部分が大きかった※3と考えられる。その
2020に向けて資本市場の影響力を強めるものだ。
※2
ため、企業が自ら内部における資金配分を考える、あ
るいは資本市場の信頼を高めることで有利な資金配分
を受けるといった取り組みを講じる必要性が乏しく、む
1. 株主構成の変化
しろ資金利用に専念することで経済活動のサイクルが
機 能して い た。しかし、 キャッチアップ が 一 巡した
1980年代後半、日本企業の株式の約6割※4は金融
1980年代以降は資金配分における公的セクターの役
機関(都銀・地銀等、生損保)あるいは事業会社(事
割は大きく後退している。特に今日では事業環境の大
業法人等)が保有していた。大半は持合いを含む安定
きな変化に見舞われ、資金利用や企業内部の資金配分
株主で、日本的経営の強みの一つとされたこともあっ
だけでは対応し切れないケースが増えている。企業の
た。しかし、1990年代以降、その比率は大きく低下し、
枠を超えた資金配分を担う資本市場の重要性がさらに
直近(2014年度末)ではその比率は30%と半減して
いる。それに代わって保有を増やしているのが外国人
高まっていると言えよう。
(外国法人等)で、1980年代後半の5%前後から直近
の32%まで増加している。外国人の大半は機関投資家
と考えられるため、日本企業の株主構成の主役は安定
株主から機関投資家に移ったと言える。
図1 経済活動における資本市場
株主還元
内部留保
企業A
事業 X:
付加価値創出
利益
企業B
事業Y:
付加価値創出
利益
株主
資本市場
(株式市場が担う)
資金配分
(機能)
資金利用(機能)
顧客:
• 付加価値を評価
• 対価の支払い
出典: EY総合研究所作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
09
資本市場 環境変化とポスト 2020 に向けて
コーポレートガバナンス・コード(後述)の影響もあ
り、今後も政策保有を通じた安定株主は減少を続ける
3. 政策の変化
ことが予想される。ポスト2020に向け、日本企業の株
主構成において、機関投資家の比率は高まる傾向が続
安倍政権は2013年に日本再興戦略を公表した後、
くと考えるべきだろう。
2回の改訂版を公表している。 一貫しているのは①資
本市場を活用して、②攻めの経営を促し、③新陳代謝
を進め、④国際競争力を強化する、というロジックであ
2. 議決権行使の変化
り、これに基づいたさまざまな施策が実施されている。
主なものを列挙すると以下の通りだ。
近年では、機関投資家が株主総会において議決権を
行使するのは珍しくなくなっている※5。ここで問われる
のはコーポレートガバナンスの状況だ。従前は社外取
締役の設置状況や社外監査役の独立性といった形式的
な要素に限定されていたが、2015年2月以降は議決
権 行 使 助 言 の 世 界 最 大 手ISS(Institutional
Shareholder Services Inc.)が、自己資本利益率
(ROE)が5%を下回る場合に株主総会における経営トッ
プの選任議案に反対推奨を行う方針を採用するなど、
注目される範囲は広がっている。
近年、日本企業において社外取締役の設置は着実に
広がっており<図2-1>、コーポレートガバナンスの強化
が進んでいるのは明らかだが、取締役選任議案に対す
• 日本版スチュワードシップ・コードの導入(機関投
資家に対し、投資先企業との建設的な「目的を
持った対話」を促す)
• 会社法の改正(監査等委員会設置会社制度の新
設など)
• コーポレートガバナンス・コードの導入(政策保有
株式に関する開示、独立社外取締役2名以上など)
• 公的年金の運用見直し(年金積立金管理運用独
立行政法人(GPIF)が国内株式の比率を大幅に
引き上げ、外資系運用機関を積極的に採用など)
• スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバ
ナンス・コードのフォローアップ会議(「2つのコー
ド」の普及・定着状況のフォローアップ)
る主要機関投資家の平均賛成率はほぼ横ばい<図2-2
>だ。企業における取り組みが進むのとほぼ同じペース
上記のほかにも、JPX日経400指数の導入、企業と
で、機関投資家の要求水準が上がっていると言える。
投資家の対話促進、役員報酬に関する税制上の扱いの
近年、日本企業のコーポレートガバナンス強化の取り組
明確化、統合的な情報開示、株主総会の開催プロセス
みは急速に進んではいるものの、依然として機関投資
の見直しなど、多くの施策が行われている。
家に対する説得力において欧米企業との差は大きい。
日本再興戦略では目安となる指標としてROEが掲げ
ポスト2020に向けて議決権行使を通じた機関投資家の
られているが、日本企業のROEの向上は足踏み状態な
スタンスは厳格化する傾向が続くと考えるべきだろう。
のが実際だ<図3>。 2014年8月に公表された伊藤レ
図2 -1 社外取締役を設置する東証一部上場企業の割合
図 2 -2 主要な国内機関投資家の取締役選任議案に対する
平均賛成率
94.3%
100%
74.3%
80%
60%
51.4%
55.4%
100%
80%
62.3%
40%
20%
20%
0%
2011
2012
2013
出典: 東京証券取引所よりEY総合研究所作成
75.4%
76.5%
75.4%
76.6%
2011
2012
2013
2014
2015
60%
40%
0%
74.9%
2014
2015
出典: 各社資料よりEY総合研究所作成
対象: 株式投資信託の資産額上位20社
10
EY Institute
Feature
ポート※6は8%という水準を示しているが、過去10年間
において東証一部上場企業の過半数がその水準に達
※7
ポスト2020に向けて
したことは一度もない。安倍政権誕生以降は上昇傾向
にあったが、金融危機前のピークである7.7%に達する
近年、積極的な株主還元や社外取締役の設置・増員
前に伸び悩み、直近(2015年度)は再び低下に転じ
によるコーポレートガバナンス強化といった取り組みを
ている。
行う例は顕著に増えている※8。いずれも資本市場の要
特に2つのコードは定期的な見直しが予定されてお
求に沿った行動であり、前節で述べた環境変化の影響
り、2020年までに最低でも1回は見直しが行われると
が日本企業に影響を与え始めているのは明らかだろう。
考えられる。それまでにROE向上が本格化しない場合
資金配分を担う資本市場の影響力が強まることで、資
には、コーポレートガバナンスや機関投資家との対話に
金利用に偏りがちな日本企業の資金配分に対する意識
ついて現状より踏み込んだ内容への見直しが行われる
が高まり始めていると言える。意識の変化が定着し、取
可能性がある。
り組みが具体的な成果に結び付くのはポスト2020と考
えられるが、そこに向けて期待される取り組みをまとめ
図3 ROE(中位値)の推移
8%
7%
6%
7.7%
7.5% 7.5% 7.3%
5%
5.6% 5.5%
4%
3%
2%
たのが<表1>だ。上述の通り、すでに進められている
7.0%
6.3%
4.0%
3.0%
込まれる。
表1 ポスト2020に向けて期待される取り組み
( 1 ) 企業内部で資金配分に対する意識が高まり、資本市場
に対するメッセージにもそれが反映される
1%
0%
ものもあるが、ポスト2020にかけてさらなる進展が見
FY06 FY07 FY08 FY09 FY10 FY11 FY12 FY13 FY14 FY15
出典: QUICKよりEY総合研究所作成
対象: 東証一部上場企業のうち、
電力会社、
債務超過となった企業、
決算
期を変更した企業、必要なデータを取得できない企業を除く
1630社。
(注) 例えば、FY 15 は 2015 年 4 月~ 2016 年 3 月に終わる決算期
としている。なお、中位値の他に、平均値や合算値を用いること
も考えられるが、平均値では極端な数値(財務健全性が脆弱で
自己資本が少ない企業が異常に高いROEとなるなど)、合算値
では大企業(特に金融機関)の影響を受けやすいことを考慮し
た。
(2 )(1)のメッセージを受けた機関投資家と企業が、資金
配分を中心に活発な対話を行う
(2)の結果、資金配分の見直しが進み、M&Aなど
(3 )(1)
を通じた事業再編が活発化する
~
(3)の活動を支える仕組みとして、
(1)
(4 ) 経営者による
コーポレートガバナンスが強化される
なお、(2)について、機関投資家のショートターミ
ズム(短期志向)化を懸念する声も聞かれるが、
【補論
1】で示す通り、少なくとも過去10年程度の期間にお
いて保有期間の短期化は進んでいないし、その前と比
べた短期化についても疑念の余地が小さくない。むし
ろ、対話を妨げる要因があるとすれば資金配分と資金
利用の違いではないだろうか。機関投資家を中心とす
る資本市場が担う機能が資金配分である以上、企業が
対話において資金利用をフォーカスする姿勢に固執す
る限り、機関投資家と「建設的な対話」を行うのは困
難だ。両機能に密接な関係があるのは間違いないが、
対話においては資金配分を中心に据えることが求めら
れよう。すでに2つのコードを受けて対話が活発化して
おり、当面は試行錯誤が続くと考えられるが、2020年
までには一定の進展が期待される。
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
11
資本市場 環境変化とポスト 2020 に向けて
値について持続的な競争優位性をもたらすような差別
ポスト2020 の資本市場
化は難しく、価格競争が激化して価格交渉力は低下す
る。付加価値は顧客から過小評価され適正な対価が支
ポスト2020の資本市場では、企業における資金配
払われないため、企業が十分な利益を得るのは困難に
分の意識が定着し、前節(1)~(4)の取り組みが成
なる。逆に事業Yでは適度な競争環境の下、付加価値
果に結び付くことが期待される。 その成果について、
が顧客から適正な評価を受け、それに見合った利益を
日本再興戦略の①資本市場を活用して、②攻めの経営
得ることができる。【補論2】に示す通り、日本企業の
を促し、③新陳代謝を進め、④国際競争力を強化する、
多くが長期にわたって事業Xの状態に陥り、それが国際
というロジックに沿って考えてみよう。②の「攻めの経
競争力の低下につながっている可能性は否定し難い。
営」を「資金配分の見直しを積極的に進める経営」と
資金配分が効果的に機能すれば事業Y※9に多くの資金
解釈すれば、ポスト2020を迎える段階で①および②ま
が配分される分、事業Xに配分される資金が減少して再
でが実現しているはずだ。とすると、ポスト2020にお
編等の新陳代謝を促しているはずだ。日本において新
いて期待される成果とは③④に他ならない。
陳代謝の遅れが長期化しているとすれば、その原因は
②資金配分(攻めの経営)と③新陳代謝・④国際競
資金配分が効果的に機能していないことにあると考える
争力の関係について、新陳代謝が遅れている事業Xと
のが合理的だろう。ポスト2020においては、資金配分
進んでいる事業Yの例で考えてみよう<図4>。事業X
に対する意識の高まりから事業Xから事業Yへの資金の
では新陳代謝の遅れから多くの企業が参入して過当競
再配分により新陳代謝が進み、国際競争力の強化につ
争を繰り広げるため、資金利用により創出する付加価
ながることが期待される。
図4 新陳代謝の遅れた事業 Xと新陳代謝の進んだ事業 Y(イメージ)
事業 X:新陳代謝の遅れ
=過当競争
=持続的な差別化は困難
企業 A
付加価値創出
企業 B
付加価値創出
企業 C
付加価値創出
企業 D
付加価値創出
事業 Y:新陳代謝の進展
=適度な競争環境
企業 A
付加価値創出
企業 B
付加価値創出
出典: EY総合研究所作成
12
EY Institute
付加価値に
見合わない
利益水準
:
現状(ポスト2020以前)
資金配分が効果的に機能せず、
事業 Xへの配分続く
=新陳代謝の遅れが長期化
顧客:
• 付加価値を過小評価
• 対価は適正以下
付加価値に
見合った
利益水準
ポスト2020:
事業 Xから事業 Yへの資金の
再配分が進む
=新陳代謝を促す
顧客:
• 付加価値を適切に評価
• 適正な対価
Feature
これらをまとめると、<表2>の通りだ。
表2 ポスト2020 の資本市場(企業・経済との関係を含む)
まとめ
( 1 )~( 4 ) <表 1>参照
近年の政策対応の中でコーポレートガバナンスに注
が新陳代謝を促し、過当競争状態が緩和・解消する
(5 )(3)
目が集まりがちだが、このような視点で考えるとコーポ
(6 ) 企業が創出する付加価値が適正に評価されるようになる
レートガバナンスの強化は取り組むべき課題の一つにす
(7 ) 価格交渉力が高まり、付加価値に見合った利益を得ら
れるようになる。これに伴い、国際競争力が強化される
ぎないことが分かる。コーポレートガバナンス・コード
(8 ) 資金が効率的に利益に結び付くようになり、ROEが向
上。株価が上昇して資本市場が活発化し、
さらなる
(1)
~
(4)
を促す
化が生じた企業もあるようだ。本稿では2020年にかけ
て資金配分に対する意識が高まり、ポスト2020におい
(9 ) <図1>が一連のサイクルとして効果的に機能するよう
になり、経済活動が活発化する
子高齢化が進行する日本において残された時間は長く
(10 ) <図1>のサイクルの中で資金が増殖。企業・事業の成
長を促す
への対応の中で資金配分の重要性に気付き、意識に変
てその成果が発現するという時間軸を想定したが、少
ない。ポスト2020を待たずして、<表2>の状態が実
現することを願わずにはいられない。
補論1 機関投資家の短期志向化について
機関投資家の短期志向化について、根拠として指摘
半は安定株主が多く、外国人に代表される機関投資家
されるのが1990年代に比べた2000年代以降の保有
はごく一部にすぎなかった。株主構成の変化を考慮する
年数の短期化だ<図5>。しかし、1980年代は1990
と、この比較をもって機関投資家の短期志向化を示す
年代に比べて保有期間が短かったという事実は見逃さ
とは言い切れない。 2003年以降、持合い解消が進む
れがちなようだ。1990年代は企業会計・年金財政とも
中で保有年数は安定していることから、機関投資家の
に時価会計導入前だったため、バブル崩壊により株価
保有年数の短期化が進んでいる証拠はないと考えるべ
が大きく下落する中、事業会社や金融機関だけでなく
きだろう。
年金資金を運用する機関投資家でも、株価が取得価格
ちゅうちょ
を下回る銘柄については売買を躊躇する傾向があった。
このような背景を踏まえると、当時は多くの保有株式が
含み損に陥り「塩漬け」にされた結果として保有期間
が長期化していた、つまり1990年代の長い保有年数
図 5 東証一部上場株式会社の平均保有年数
(平均時価総額÷売買代金、暦年)
5.0
4.5
4.0
3.5
が特殊な状態だったのであって、2000年代初の短期
3.0
化はそれがあるべき水準に戻る過程だった、と考える方
2.0
が自然ではないだろうか。
1.0
と、2003年以降は約0.8年と約半分に短縮しているの
は事実だ。しかし、本文中で指摘した通り1980年代後
1.5
0.5
0.0
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
保有年数が約1.5年だった1980年代後半に比べる
2.5
出典: 東京証券取引所よりEY総合研究所作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
13
資本市場 環境変化とポスト 2020 に向けて
補論2 本当に新陳代謝が遅れているのか?
ここではその可能性を示す二つの指標に注目する。
謝が遅れている感は否めない。上述のような新たなトレ
一つ目は企業の設立年だ。新陳代謝の進んだ資本市場
ンドを日本企業が発信し、主導していく展開を増やすた
では設立年の新しい企業が多く、設立年が古く歴史の
めにも、新陳代謝が必要なのではないだろうか。
長い企業は競争を勝ち抜いた少数の大企業に絞り込ま
二つ目は輸出価格(デフレーター)※10の動向だ。過
れていると考えられる。例えば、欧米で人工知能(AI)、
去15年間の推移を見ると<図7>、円高期に円建ての
ビッグデータ、IoT(Internet
of Things)といった
輸出価格が下落し、円安期に上昇するのは自然な動き
新たなトレンドを主導しているのは競争を勝ち抜いた一
と言えるが、注目すべきは長期的には為替変動から徐々
握りの巨大企業と数多くの新興企業だ。このような構
に乖離し下落している点だ。累計で見ると為替は19.6%
図は効果的な資金配分による新陳代謝が進んだ結果と
の円安となっているにも関わらず、輸出価格は5.7%下
解することができよう。日本経済のキャッチアップが一
落している。円高期には為替変動分を価格転嫁できず、
巡した1980年代半ばを基準に、欧米と比較したのが<
円安期には現地通貨建での価格につき値下げ要求を受
かい り
図6-1、6-2>だ。日本では新しい企業の割合が低く<
け入れざるを得ない状況と解釈できる。日本企業の価
図6-1>、歴史が長いにも関わらず規模(売上)の小
格交渉力が長期にわたって低下しているのは明らかだろ
さい企業が多い<図6-2>。中には小粒ながら元気な
う※11。輸出企業の多くが、<図4>の事業Xの状態に陥
老舗企業もあると考えられるものの、全体として新陳代
り、国際競争力が低下している可能性は否定し難い。
図6 -1 上場企業のうち、1986 年以降に設立された企業の
割合
図 6 -2 上場企業のうち、1985 年以前に設立された企業の
平均売上高(億円)
80%
56.8%
60%
12,000
66.9%
51.7%
52.9%
8,653
8,000
40%
20%
10,523
10,000
6,491
6,000
20.2%
4,000
3,322
2,969
2,000
0
0%
日本
米国
英国
ドイツ
フランス
日本
米国
英国
出典: QUICK/FACTSETよりEY総合研究所作成
対象: 各国の主要取引所に上場する国内企業のうち、データを取得可能な企業(金融除く)
図 7 輸出価格(デフレーター)
と為替レートの推移( 2000 年 = 100 )
120
80
110
90
100
←
81.4
円
安
100
94.3
110 円
高
80
120
→
90
輸出価格
実効為替レート(右軸)
出典: OECDおよびBISよりEY総合研究所作成
(注) 為替は名目実効為替レート
14
EY Institute
ドイツ フランス
Feature
※1
流通市場を通じた株式投資は株主間の資金のやり取りにすぎないため、企業・事業への配分にはつながらないとの見方もある。
しかし、資金を効率
的に活用する企業は株式市場から有利な条件で資金を得ることができる一方で、そうでない企業は株主から株主還元の要求を受ける。後者の場合
には被買収リスクという事態も想定される。このようなメカニズムを通じて、資本市場が資金配分を行ったのと同じ結果になると考えられる。
<図
※ 2 「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締役会が担うべき監督機能とは?~ 欧米企業のベスト・プラクティスを踏まえて」
5>参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-03-10-02.html
※3
代表例が財政投融資。銀行など民間セクターを通じた資金配分についても、政策的な意向が強く反映されていたとされ、
ここではこのような間接的
な影響力を含めて「公的セクターが担う部分が大きかった」
としている。
※4
本節の株主構成の数値については、東京証券取引所「2014年度株式分布状況調査の調査結果について」に基づく。
※5
直近の状況については「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 2016年1-3月株主総会におけるCGコード対応と議決権行使
結果 ~ 6 月の株主総会シーズンに向けた分析および示唆~」を参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-
management/2016-05-12.html
※6
正式には「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」。
※7
過去10年に注目しているのは、その直前の2000年代前半は代行返上や退職給付会計の会計基準変更時差異の償却などにより純利益が本業と
関係の乏しい要因で大きく変動し、ROEが実態を表しにくい状態になっていたため。
※8
社外取締役の設置・増員についての詳細は「シリーズ:成長戦略としてのコーポレートガバナンス 社外取締役の設置状況:人数と属性」を参照。 ※9
正確には「事業Yのように新陳代謝の進んだ事業」。この後の事業Xについても同様。
http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-business-management/2016-02-04.html
※10 輸出価格については、輸入価格との比をとった交易条件で議論されることが多い。経済全体の視点から輸入価格を投入物の価格、輸出価格を産出
物の価格とみる見方だが、本稿では各企業の視点で理解しやすい輸出価格を基に議論を進める。
(いわゆるデフレ)原因については金融政策の対応の遅れも指摘されるが、外国に輸出する際の価格に日本の金融政
※ 11 国内において物価が下落する
策が為替以外の面で影響しているとは考えにくい。また、OECD加盟国では日本のように自国通貨安の中で輸出価格が低下しているのは韓国だけ
だが、輸出価格の下落率は0.6%に過ぎない(為替は5.4%下落)。
Pickup Information
コーポレートガバナンス関連ナレッジのご紹介
EY総合研究所 未来経営研究部では、「シリーズ:企業価
値向上のためのコーポレートガバナンス」として関連する情
報を継続的に発信しています。
それらの中から、注目のテーマを扱った記事や新たに事例
調査・分析を行ったレポートを中心に、冊子「コーポレート
ガバナンス 企業価値向上のためのポストCGコード対応」と
して編纂しました。
本冊子のコンテンツは以下の通りです。
Ⅰ ポストCGコード時代に求められる企業の対応(総論)
Ⅱ 取締役会が担うべき監督機能とは?
~欧米企業のベスト・プラクティスを踏まえて
Ⅲ 取締役会評価の「前提と実践」に関する実務面の検討
Ⅳ 政策保有株式の検証に関する実務
「コーポレートガバナンス 企業価値向上のためのポストCGコード対応」
http://eyi.eyjapan/knowledge/future-business-management/2016-04-14.html
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
15
特集
ポスト2020
はじめに
政府は2013年より成長戦略(日本再興戦略)を打
Ⅲ章
スポーツを通じた
感動立国への投資
ち出しているが、本年 4月および5月の産業競争力会
議の議論を経て発表された日本再興戦略2016では
GDP600兆円に向けた「官民 戦 略プロジェクト10」
として“スポーツの成長産業化”が取り上げられた※1。
一つの産業としての自立・収益化の側面とともに、
「スポーツ」本体とその周辺領域を巻き込んだ多くの
産業が連携・複合した領域として、2025 年までにど
のように発展させるのかが、GDP600 兆円に向けて
の柱と位置付けている。また、産業化を進める中で、
コモディティ化への道に陥ることなく、日本が永続的
EY総合研究所
企画・業務管理部 副部長
笹渕 拓郎
主席研究員
小川 高志
に成長・発展を遂げるための鍵になる
「感動体験」
(顧
客経験価値)を生み出す一つのモデルとして認知さ
れたことの表れであると言える。本稿では、その目指
すべき姿と課題について考えることとする。
成長戦略において「スポーツ」が目指すべきもの
成長戦略における“スポーツの成長産業化”
(2012
年に5.5 兆円→2025 年に15 兆円)は、産業 競 争力
会議等の議論において二つの柱となる考え方も記さ
れ、後述の具体的な施策のベースとなっている。
① ポスト2020 年を見据えた、スポーツで収益を上
げ、その収益をスポーツへ再投資する自律的好循
環モデルの形成
② 新たなスポーツ市場の創出
2020 年の五輪開幕までは、スポーツを取り巻く環
境の整備、関連投資が続いていくことは間違いない
が、問題はその後である。スポーツに真の産業化が
必要とされるのは、ポスト2020にある。スポーツ産
業が自立し発展していくためにも、スポーツの収益化
(スポーツで稼ぐ)の仕組み作りとともに、市場の拡
大・創出が重要である。そこでは、
「スポーツそのも
のの 価値(value
of sport)」だけでなく、「スポー
ツ を 通 じ て 生 み 出 さ れ る 価 値(value through
sport)」を他分野・周辺産業との融合や連携も組み
入れつつ生み出していく必要がある<図1>※2。
16
EY Institute
Feature
15.2
兆円
10年後の日本のスポーツ産業市場規模の試算額。成長戦略の柱の一つであ
る“スポーツの成長産業化”を推進することで、2012年5.5兆円であった市
場規模を2025年には約3倍にあたる15.2兆円(GDP比2.5%)を目指す。
図1 スポーツの価値をとりまくステークホルダーの輪
する人
スポーツの価値
スポーツ
そのものの
価値
Value of Sport
見る人
2. スポーツ市場規模の拡大の考え方
先にも述べた通り、成長戦略においては“スポーツ
の成長産業化”として、スポーツ産業市場規模を現在
(2012年基準)の5.5 兆円から、2020 年までに約2
スポーツを通じて
生み出される
価値
倍の10.9兆円、2025 年までに約3倍の15.2兆円を
Value through Sport
目指すことが示されている<表1、図2>。この試算
については、スポーツ庁の依頼によりEY総合研究所
で実施したものである。
スポーツ産業市場規模拡大のためには、スポーツ
支える人
市場を構成するスタジアム・アリーナ投資、スポーツ
出典: EY総合研究所作成
観戦、スポーツ用品、周辺産業等に対する需要をそ
れぞれ拡大させることが必要であり、以下、消費、投
資、外需等 GDP 需要項目別に、需要拡大の考え方と
スポーツ産業市場の拡大を目指して
それに必要な政策を列挙する。
1. スポーツ産業市場拡大は世界的な潮流
① 家計消費
2012年時点における日本のスポーツ産業市場規模
スポーツ観戦について、家計調査における2人以上
は5.5 兆円で、GDPの1%をわずかに上回る程度だが、
世帯の年間支出をみると、直 近3年間の平均値は年
欧米ではGDPの2 ~ 3% の規模になっている。例えば、
間667円となっている。一方、都道府県庁所在地のう
米 国 で は2013年 で2.8%(4,850 億ドル) 、英 国
ち上位 20%では、スタジアム等の施 設 整 備もされて
では2012年に2.6%( 英 国 ではGDPでは なくGVA)
いることから、1,416円の支出と、平均値の2.12倍
※3
※4
との試算がある。
になっている。スタジアム・アリーナ等の整備などが
また、アジア諸国におけるスポーツ関連の産業化
より普及し、地域スポーツ観戦の底上げが図られれ
は、欧米に比べて遅れてはいるものの、昨今のアジア
ば、家計消費も2倍超の水準になると見込まれる。こ
地域の経済発展、夏季・冬季五輪の開催や健康への
のほか、大学スポーツについても、米国では4大プロ
関心の高まりなども受け、発展・拡大に向かい始めて
スポーツに対して3割程度の市場があり、わが国でも、
いる。例えば中国では、2020 年までにスポーツ産
( National
日本 版 NCAA
業 市 場 規 模 をGDPの1割 に あ た る3兆 元( 約49兆
3,000 億円)超へと拡大し、住民可処分所得の2.5%
Association、全米大学体育協会)の創設などによ
り、プロスポーツに対して3割程度の大学スポーツ市
以上をスポーツ関連消費にあてると発表している(中
場を誕生させる潜在力があるといえる。
国国家体育総局) 。韓国でもスポーツ産業市場規
また、スポーツ実 施率の面では、現在 約4 割の水
模を2013年基準でGDPの2.6%(37兆ウォン)と試
準にとどまっているが、生活習慣病等の健康長寿対
算し、2018 年までの中長期計画においても57兆ウォ
策としての運動奨励、障害者・女性のスポーツ奨励等
ンまで拡大を計画している※3 。
によって、2025 年に65%まで引き上げることができ
※5
Collegiate Athletic
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
17
スポーツを通じた感動立国への投資
れば、人口減少を考慮してもスポーツ実施人口は1.3
グラムを開発することによって、既存のスポーツ観戦
倍を超えることとなる。スポーツ実施率の引き上げに
需要の3割以上にも及ぶ「コーポレートスポーツホス
ついては、医療費抑制の観点からも積極的な対策が
ピタリティ市場」が誕生することとなる※7。
必要である※6 。
また、企業における健康経営志向の高まりや従業
員エンゲージメントへのスポーツの活用の観点から、
福利厚生費のうちスポーツへの支出が大幅に増える
② 法人消費等
可能性がある。
法 人 消 費については、GDP 統 計上、日当・宿 泊、
さらに、スポーツの持つ感動のもたらすマーケティ
交際費、福利厚生費で構成されるが、このうち交際
ング効果について注目する企業が増加しており、とり
費については、欧米先進事例に学んで、
「コーポレー
わけ第2のグローバル化を目指す企業で、スポーツス
トスポーツホスピタリティ市場」の開発整備が必要で
ポンサーシップ 等を積極的に活用する動きがより高
ある。特に、法人・個人富裕層向けのプレミアムプロ
まって来ることが予想される。
表1 日本のスポーツ産業市場規模の試算表(内訳、兆円)
2012年
2020年
2 .1
3 .0
3 .8
スタジアムを核とした街づくり
-
0 .1
0 .3
大学スポーツなど
0 .3
0 .7
1 .1
興行収益拡大(観戦者数増加、ホスピタリティ
プログラム、協賛等)
-
0 .5
1 .1
施設、サービスの IT化進展とIoT導入
スポーツ用品等改革
1 .7
2 .9
3 .9
スポーツ実施率向上策、健康経営促進など
周辺産業改革
1 .4
3 .7
4 .9
スポーツツーリズムなど
5 .5
10.9
15.2
スタジアム・アリーナの
スタジアム改革
建設・改修
コンテンツホルダーの
アマチュア改革
経営力強化、新ビジネ
ス創出
プロ改革
他産業との融合等に
よる新市場創設
IoT改革
合計
2025年 主な増要因
出典: EY総合研究所作成。スポーツ未来開拓会議
(2016年5月)
にて発表。
図2 日本のスポーツ産業市場規模の推計
16
15.2兆円
14
+9.7兆円
12
10.9兆円
10
スタジアム改革
スタジアム改革
アマチュア改革
アマチュア改革
8
6
プロ改革
プロ改革
5.5兆円
IoT改革
IoT改革
スポーツ用品等改革
スポーツ用品等改革
周辺産業改革
4
周辺産業改革
2
0
2012年
2020年
出典: EY総合研究所作成。スポーツ未来開拓会議
(2016年5月)
にて発表。
18
EY Institute
2025年
Feature
③ ハード投資
スポーツ成長産業化の課題
ハード投資のうち、スタジアム・アリーナについて
は、スポーツ観戦人口の増加への対応に加え、コー
上述のスポーツ産業市場規模を目標値に到達させ、
ポレートスポーツホスピタリティプログラムの導入に
成長産業にするための具体的な課題について、需要
見合った投資が必要となる。さらに、スポーツ観戦に
項目別ではなく次はスポーツ側の視点から考えてみよ
伴う顧客経 験価値を高めるための飲 食・物販・宿泊
う。成長戦略プロジェクトに係る検討課題として「官
等付帯施設の整備が必要となる(ハード投資と感 動
民戦略プロジェクト10」それぞれに今後の方向性と
消費の合計は年間1.7兆円になる見込み)。こうした
具体的な施策が記されており、この施策は裏を返せ
スポーツを核とした街づくりは、人口減少下での地域
ば成長産業化に向けた課題であるとも言える。スポー
活性化につながることから、政府もインフラ投資を
ツにおいては以下の3点が具体的な施策として提示さ
促進するための対策を実施することが必要である。
れている。
このほか、フィットネスクラブ等のスポーツ施設に
ついても、スポーツ実施人口の増加に伴い、投資を
• スタジアム・アリーナ改革(コストセンターからプロ
フィットセンターへ)
• スポーツコンテンツホルダーの経営力強化、新ビジ
拡大することとなるであろう。
ネス創出の促進
• スポーツ分野の産業競争力強化
④ ソフト投資
ソフト投資のうち、IT関係 投資については、現在
の全産業平均IT投資割合(約4%)に向けて上昇する
1. スタジアム・アリーナ改革
(コストセンターからプロフィットセンターへ)
ほか、IoT等 投 資のスポーツへ の展 開・導入により、
スポーツ庁等にて2016 年2月より一般傍聴含め公
2025年にはスポーツ市場の8% 程度まで上昇する可
「ス
開 開 催してい るスポーツ未 来 開 拓 会 議 ※9では、
能性がある。
ポーツ産業を活性化させるため、有識者による議論
を通じて、2020 年以降も展望した我が国スポーツビ
ジネスにおける戦略的な取組を進めるための政策方
⑤ 外需
針の策定」を目的として上記 3点も含めて検討がされ
政府は、今 年3月以降、訪日外国人 旅行客の目標
てきているが、スタジアム・アリーナ改革はその中で
を2020 年 に は4,000万 人、2030 年 に は6,000万
も成長産業化の本丸との意見が多い。
。今後、モノか
それは、スポーツ産業におけるコストセンターの象
らコト へと観 光 の目的がシフトすることに伴い、ス
徴であるとともに、収益(プロフィット)化の機会を
ポーツ観戦やスキー、ゴルフ等スポーツ実施といった
活かしていないということにほかならない。そこでプ
スポーツツーリズムの比率は1割以上に達するとみら
ロフィットセンターとしての海外での成功事例を紹介
れ、インバウンド・スポーツツーリズムが大幅に拡大
したい。
人へと引き上げる案も提示している
※8
していくであろう。また、日本のスポーツへの関心の
高まりを活用し、欧米における放映権ビジネスの海外
展開を参考としたい。また、インターネット配信等も
【ステイプルズ・センター(米国、ロサンゼルス)】
1999 年 に 開 場した 多 機 能 アリー ナ で あり、
り組みも必要である。
NBAのロサンゼ ルス・レイカーズとロサンゼ ル
ス・クリッパーズ、WNBAのロサンゼルス・スパー
クス、NHLのロサンゼルス・キングスなど複数の
以上のような形で、消費、投資、外需における需要
また、コンサート等も多く、年間約250 のイベン
活用しつつ、日本発スポーツコンテンツのアウトバウ
ンド展開を日本市場の1/2以上に成長させるための取
増加について、官民挙げて積極的な取り組みがされ
れば、スポーツ産業 市場 規模は2025 年までには現
在の約3倍の15 兆円に達するものと見込まれる。
プロチームの本拠地として稼働を増やしている。
トが行われ、400万人以上が訪れている。建設
費(3億7,500万ドル)の約3割を命名権(ネーミ
ング・ライト)の売却で調達した成功例とも言わ
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
19
スポーツを通じた感動立国への投資
れている。前述のプロチームの本拠地利用やコ
ンサートだけでなく、2004 年以降はグラミー賞
の恒久的授賞式会場になり、民主党全国大会の
開催(2000 年)、ボクシングの世界戦や世界フィ
ギュアスケート選手権の開催(2009 年)など多
種多様なイベントが行われ、メディア露出も高い
ことから、命名権も含めた広告媒体としてのスポ
ンサーシップ契約も大きな収益源となっている。
また、飲 食やコーポレートスポーツホスピタリ
ティも安定した収益を上げている。
イナンスの視点では記述されている順番も重要であ
ると言われることがある。これは、企業の流動資産・
固定資産などの資産(モノ、カネ)から企業価値を生
み出す差を創り出すのは、何よりも「ヒト」であると
いう考えに基づくものだが、
“コンテンツホルダーの
経営力強化、新事業創出等を推進する”というスポー
ツ分野の価値を生み出すためにも「人材」が重要とい
う点は分野を問わず同じということである。
スポーツ競技者が引退後等にスポーツ団体やリーグ
運営組織の経営や運営管理を行うケースがまだまだ
スポーツ分野では多いが、企業等における経営ノウハ
ウに加え、スポーツ特有の課題やビジネス環境にも精
通した「スポーツ経営人材」を育成することは、2025
年までの10年をきったスケジュールの中でも優先し
て取り組むべき課題であるといえる。またそれは同時
に各団体や組織が個別で推進するのではなく、進んで
いる人材育成実績を持つところを中心に、スポーツ分
野全体で共通した人材基盤を共有していくことで底上
げをしつつ、人材の流動化も確保できるであろう。
3. スポーツ分野の産業競争力強化
スポーツ観戦に伴う顧客経験価値を高めるための
飲食・物販・宿泊等付帯施設の整備など収益源の多
本 稿 冒 頭 にも あ るが「 ス ポーツそ の も の の 価 値
略が日本のスポーツ産業を成長させるためには必要
of sport)」だけでなく、「スポーツを通じて
生み 出される価 値(value through sport)」を高
になる。
め、産業 競 争力を強化していくには、他分野・周辺
様化、興業活性も含めた利用用途の多様化という戦
(value
産業との融合や連携が重要であり、
「スポーツ」×「○
2. スポーツコンテンツホルダーの経営力強化、
新ビジネス創出の促進
20
○」の○○をどれだけ増やし、拡大させていくこと
ができるかに懸かっている。
先のスポーツ産業市場規模試算の外需の項でも述
スポーツ分野の経営力強化は、さらに「コンテンツ
べたが、スポーツツーリズムは「スポーツ」×「観光」
ホルダー」と「スポーツ経営人材」に分解されている。
の代表例であるといえる。観光庁の訪日外国人に対
先のスタジアム・アリーナがスポーツの持つ産業力・
する調査では、スポーツの実施・観戦に関する設問は
収益力を拡大させる器である以上、スポーツそれ自体
「今回したこと」では必ずしも高くないが、
「次回した
の内容(=コンテンツ)を高め、その魅力をきちんと
いこと」では大きな伸びを見せている<表 2>。
活かさなくてはならない。また、それを活かすことが
これはモノからコトへ の 観 光目的のシフトととも
できる人材(=経営人材)の育成・確保が重要である。
に、日本に実際に来て、見て・触れて・感じる中で新
大学スポーツ市場の展開や放映権ビジネス等の拡
たなニーズになっていることを表しているのではなか
大など、コンテンツ面を活かす取り組みは先にも挙げ
ろうか。日本は四季が豊かで、山と海の資源にも恵
た通りだが、それらを活かしきるかどうかはヒトにか
まれており、それらの自然・文化面での 多くの 特 徴
かっているのである。経営の三要素として
「ヒト、モノ、
を、顧客経験価値を高めることに活用するのは非常
カネ」という表現がよくされるが、コーポレートファ
に有効である。
EY Institute
Feature
スポーツの魅力は、スポーツ単体として産業化を目
指すだけでなく、この「スポーツ」×「○○」となる
まとめ
先の多様 性と可能性にあるともいえる。以前から近
い位置にある健康や教育だけでなく、IT、農業、観光、
成長戦略における一つの柱としてスポーツの成長
ファッション、芸術…などに拡大、融合させていくこ
産業化が掲げられ、スポーツ産業 市場規模を約3倍
とで、
「官民戦略プロジェクト10」のその他の領域に
の15 兆円にすることは、市場規模が自然と拡大して
も波及していく効果にも期待したい。
到達するものではなく、各種政策や施策を打ち出し、
官民挙げて推進することでようやく達成できる意欲的
表2 訪日外国人が今回したこと、次回したいこと
回答項目
日本食を食べること
日本の酒を飲むこと
旅館に宿泊
温泉入浴
自然・景勝地観光
繁華街の街歩き
ショッピング
美術館・博物館
テーマパーク
ゴルフ
スキー・スノーボード
スポーツ観戦
自然体験・農漁村体験
四季の体感
映画・アニメの地訪問
舞台鑑賞
日本の歴史・伝統文化体験
日本の現代文化体験
治療・健診
今回(%) 次回(%)
92.5
38.8
37.3
32.7
54.4
58.6
73.3
16.3
16.9
1 .0
3 .0
2 .4
7 .1
11.0
4 .1
4 .2
23.3
13.8
1 .2
56.1
21.8
26.0
44.9
41.0
28.4
44.5
17.1
19.7
5 .2
16.6
10.5
15.9
30.1
10.0
12.6
27.7
14.9
3 .1
な目標である。しかし、勘違いしたくないのは、ス
ポーツ産業市場規模を15 兆円に到達させることが最
終目的ではないことである。その数字を目指す中で、
スポーツ産業が自立循環可能な収益化(スポーツで稼
ぐ)の基盤を築くこと、自らの投資に振り向けること、
産業自ら成長していけるようになること、さらにはそ
の先にあるスポーツの価値の拡大と活用によって、よ
りよいスポーツ環境、社会を構築・維持し、スポーツ
を通じた感動にあふれた国にすることが、われわれ
の目指すべき方向であろう。
出典:観光庁( 2015 )
『 訪日外国人の消費動向 平成 26 年年次報告
書』
よりEY総合研究所作成
※ 1 産業競争力会議(4/19)および産業競争力会議(5/19)配布資料「名目GDP600兆円に向けた成長戦略(「日本再興戦略2016」の概要)
【 案】」
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/kaisai.html
「日本再興戦略2016」
(日本経済再生本部(内閣)、2016年6月2日閣議決定) http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/
EY総研インサイトVol.5 January 2016 特集「スポーツの潜在力を経営に活かす」 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/201601-vol05-summary-01.html
※ 3 「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」
(日本政策投資銀行、2015年5月) http://www.dbj.
jp/pdf/investigate/etc/pdf/book1505_01.pdf
※ 4 “UK Sport Satellite Account, 2011 and 2012”
, Department for Culture, Media and Sports(UK), 2015 https://www.
gov.uk/government/statistics/2011-2012-sport-satellite-account-for-the-uk
※ 5 中国国家体育総局が 2016 年 5 月 5 日に第 13 次 5カ年計画( 2016 ~ 20 年)期間のスポーツ発展計画を発表 http://www.gov.cn/
xinwen/2016-05/05/content_5070514.htm
※ 6 EY総研インサイトVol.5 January 2016 特集「スポーツの潜在力を経営に活かす」
“Ⅰ章 スポーツを通じて健康経営、健康社会の実現を”
より
http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/2016-01-vol05-feature-02.html
※ 7 スポーツホスピタリティについては「メガイベントにおけるスポーツホスピタリティのすすめ」
(EY総合研究所、株式会社ジェイティービー、株式会社
JTB総合研究所)を参照 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2015-09-17.html
※ 8 「明日の日本を支える観光ビジョン」
(平成28年3月30日明日の日本を支える観光ビジョン構想会議決定) http://www.kantei.go.jp/jp/
singi/kanko_vision/
※ 9 スポーツ未来開拓会議は平成28年1月28日に第1回を開催し、以降月1~2回程度の頻度で開催。5月20日開催の第6回にて中間とりまとめ案を
発表 http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/003_index/index.htm
※2
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
21
特集
ポスト2020
はじめに
政府は、名目GDP600兆円に向けた成長戦略「日
Ⅳ章
ポスト2020に向
けた人工知能との
協働
本再興戦略2016」において、「官民戦略プロジェクト
10」の一つとして「第4次産業革命」を位置付け、新
たな有望成長市場の創出に向けて、付加価値創出30
兆円(2020年)を目標に掲げた。
「第4次産業革命」は、IoT(Internet
of Things)、
、
ビッグデータ、人工知能(AI: Artificial Intelligence)
ロボット等の技術革新により、加速、具現化されるが、そ
の中でも、人工知能は社会のさまざまな場面での利用が
期待されている。
本章では、
「ポスト2020に向けた人工知能との協働」
をテーマに、まず各産業に展開する人工知能ビジネス
の現状を概観し、企業経営の視点から人工知能の適用
領域と期待される効果について検討する。
最後に、人工知能が拓く未来「ポスト2020」に向け
EY総合研究所
副主任研究員
矢後 憲一
て、人工知能ビジネスの方向性について整理を行う。そ
して、これからの課題とされるリアル空間データ(実社
会を反映した活動データ。詳細は、後節「人工知能が
拓く未来」参照)の構築に向けた展開について、製造、
モビリティ、医療の各産業分野に着目し、新たなビジネ
ス展開における課題について論じる。
産業分野における人工知能の展開
近年、ディープラーニング(深層学習)技術の進展
により、第3次ブームとして人工知能が脚光を浴びてお
り、さまざまな領域での実用化も進んでいる。
わが国における各企業の研究開発や実用化の動向を
産業別に整理したものが、<表1>である。
人工知能が適用されている身近なものとして、スマー
トフォンの音声認識や対話形式のアプリケーション、そ
して電子商取引(EC)サイトにおいて、ユーザの属性
情報(商品の購入や閲覧情報など)をもとにしたレコメ
ンド機能などがある。
そして各産業分野で共通するものを整理すると、自
動車、通信、金融・保険業等では、コールセンターな
どの問い合わせ対応や店頭でのコミュニケーションロ
ボットによる顧客対応支援などに用いられている。また、
製造、自動車、電気・ガス、エネルギー業等では、IoT
22
EY Institute
Feature
第4次
産業革命
日本再興戦略2016における「官民プロジェクト10」の一つで、今
回の成長戦略の最大の目玉。 IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)
等の技術革新や融合によりイノベーションが創出され、人工知能の活
用が社会やビジネスの多くの場面で期待される。
との連携により、運転、制御、管理の自動化・監視、
異常検知、故障予知などへの普及が始まっている。
経営強化に期待される人工知能
最近では、自然言語処理技術、対話システム、音声
認識技術、画像認識技術の進展に加え、ディープラー
前節では、人工知能の産業分野における展開をみて
ニングによる画像認識・解析技術の精度の向上から、
きたが、ここでは企業経営の視点からみた人工知能の
防犯やマーケティング、そして医療用画像診断支援な
適用領域と期待される効果について検討する。
どへの適用が進んでいる。
産業分野別にみた人工知能の展開事例<表1>を経
今後はウェアラブル、ロボットやドローン、家庭向け
営部門別に整理したものを<表2>に示した。以下にお
音声認識端末等のあらゆる機器、デバイスとの組み合
いて、主な効果例のうち、業務の最適化や効率化によ
わせにより、さらなる広がりが期待される。
る影響が大きいと考えられる部門を中心に取り上げる。
表1 産業分野別にみた人工知能の研究開発・実用化の取り組み
産業分野
製造
モビリティ
(自動車)
概要
製造工程の自動化や瞬時の異常検知、故障予知
自動運転車、
自動走行システム
コールセンターやホームページの問い合わせ対応
サービスのオペレーション業務の問い合わせ対応
通信
産業分野
建設
電機
サイバー攻撃検知
需要変動や現場の改善活動
英語用音声認識エンジン
教育
音声データ利活用ソリューション:コールセンター、営業店舗
総合診療を支援
顧客洞察分析
画像診断支援
医療
機械学習IT運用分析ソフトウェア
Webサイト内のユーザ行動を解析
バイタルデータ解析
介護・福祉
サイボーグ型ロボット
コミュニケーションロボットとのふれあいによる介護予防、
認知症予防
ソーシャルメディア画像分析
商店街等:防犯、不審行動の検出
翻訳エンジン
インターネット上の「犯罪の予兆」を発見
コールセンターにおける応対
行政
店舗における接客
特許行政事務の高度化・効率化実証的研究事業
ホームページの閲覧案内
防犯、不審行動の検出
サービス
(人材)
派遣ビジネスにおける人材と仕事の照合
電子商取引(EC)
サイトのレコメンド機能(機械学習)
防犯・セキュリティ
店舗、商店街等:防犯サービス提供
接客:ファッション
データキュレーション
(データの収集、統合、活用、可視化など)
農水産
接客、応対
問い合わせ内容の分析システム
AI対話ソリューション(スマートフォンアプリケーション)
現金の集配金作業支援ロボット
電機・ガス、
エネルギー
資産運用ロボアドバイザー
電子決済等
不動産価格推定エンジン
建機
建設機械の運転、制御、管理の自動化
化学
触媒開発
新薬開発
臨床試験解析
医薬品安全性監視
LED植物工場用栽培環境最適化システム
HEMS(Home Energy Management System)/ 需要応答
工場故障予兆監視
工場やビルの電力制御
空調機の省電力制御
従業員満足度の向上をめざす共同実証実験
ビジネス関連
買収情報の照合
不動産
自動運転トラクター
省エネ診断サービス
PFM(資産管理)/家計簿アプリケーション
医薬品
人型ロボットによる診療案内や検査説明
超電導MRI装置向け故障予兆診断サービス
リスティング広告運用プラットホーム
金融・保険
学習システムにAI支援を搭載
タブレット教材
企業の業務改革支援
小売・卸売
ロボット台車
画像認識技術による防犯、
マーケティング
スマートデバイスに対応した音声処理技術
電子・情報システム
電力需要予測ソリューション
運転、制御、管理の自動化
運輸・物流
ネットワークの自動運用
サイバー攻撃検知
概要
構造物の画像診断
特許調査・分析システム
デジタルマーケティング等の自然言語処理エンジン
スマートフォン音声認識
コンシューマー関連
コミュニケーションロボット
お掃除ロボット
旅行・レジャー
エンターテインメント
ロボット接客
AIコンシェルジュによる旅行予約
ゲーム、将棋、囲碁/VR(Virtual Reality)
出典: EY総合研究所作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
23
ポスト2020 年に向けた人工知能との協働
経営部門では、経営資源に関するデータをリアルタ
データの購買履歴データの解析などから、一歩踏み込
イムに可視化できるようになり、データに基づく迅速な
んだ人工知能を利用した実社会の活動データを加えて
意思決定の支援を実現する。
いくことである。例えば、店舗における画像解析分析
研究開発部門では、解析、分析工程に人工知能技術
による顧客属性の分析を付加することで、より精度の高
を組み入れ、解析速度、解析精度向上による研究開発
い、高付加価値サービスをもたらすマーケティングが可
投資コスト削減や過去の知識、独自ノウハウの蓄積から
能になる。
人工知能が最適解の導出を行う。
情報システム部門においては、新システムへの更改
生産部門では、生産工程において、AIロボット、IoT
に向けたテストの自動化が挙げられる。企業では更改テ
等による自動化や、熟練者の知識、技術ノウハウ等を
ストに係る工数・コストは大きな負担となっており、い
読み取り、データベース化することで、業務の効率化
かにコストを下げるかが課題とされている。更改テスト
や安全管理、品質向上につなげていく。
は、どうしても熟練テスト要員が行わなければならな
また、マーケティング部門では、顧客ニーズに応じた、
かった部分が人工知能に置き換わることにより、大幅な
より個別化したパーソナルAI等による深層理解と高付
コスト削減・開発期間の短縮が可能となろう。
加価値サービスの提供が期待される。具体的には、電
以上のように、人工知能は企業における広範な業務
子商取引(EC)サイトの閲覧履歴情報や商品の購買
をカバーし、支援的な役割として、業務のスピード化、
履歴、ポイントの利用状況、ソーシャルメディア情報に
効率化やコスト削減につながる可能性を秘めていること
よる商品に関する評価の書き込み、店舗への来店履歴
から、今後の企業経営における資源配分、体制面に大
情報等、消費者の一連の行動プロセス分析やビッグ
きく影響することになるであろう。
表 2 人工知能の適用領域と期待される効果
部門
主な適用領域
経営
意思決定支援
• 経営情報、財務経理、人事、営業、販売等の情報(人・物・情報・金)のリアルタイム
研究開発
解析、分析技術
• 解析、分析技術の精度向上による研究開発投資コスト削減
• 研究開発知識、ノウハウの蓄積から最適解の導出
生産
生産工程
• 生産ラインの自動化(ロボット)
• 熟練者の知識、ノウハウの情報共有により、業務の効率化。安全管理・品質管理対策の向上
営業
顧客対応
• 店頭におけるAIロボットによる人員配置の最適化
• 営業知識、ノウハウの平準化
• 業務管理、顧客管理システムの最適化
マーケティング
プロモーション
顧客分析
• 画像認識等による顧客分析、プロモーションの最適化
• 顧客ニーズに応じた、より個別化したパーソナルAI等による高付加価値サービスの提供
販売・流通
顧客支援
• 商品、サービスの履歴追跡の確立
• 顧客支援、コールセンターの人員配置の最適化
人材育成
研修
• 社内研修の効率化
• 社内知識の共有
• 個別学習支援による効率的な学習
情報システム
運用管理
セキュリティ対策
• 遠隔監視による運用管理の効率化
• 情報システム更改時のテストの自動化
• セキュリティ対策における運用管理の効率化
その他
コミュニケーション
会議
文書・マニュアル
法務、知財、各種監
査対応業務支援
•
•
•
•
出典: EY総合研究所作成
24
期待される効果
EY Institute
解析による意思決定の迅速化、経営資源の最適化
社内コミュニケーションの活性化(ウェアラブルによる測定。コミュニケーションロボット)
会議内容を音声認識で文書、マニュアル作成。業務の効率化
法務、知財業務や各種監査対応業務の支援による業務の効率化
就業・勤怠管理業務の効率化
Feature
そのためには、それらのデータをどのように収集し、
人工知能が拓く未来-「ポスト2020」に向けて-
蓄積や解析を行うかということが現在課題とされてお
り、まず、こうした仕組みを整備していく必要がある。
主な産業分野について人工知能関連ビジネスの方向
性を示したものが<図1>※1である。
1. 人工知能ビジネスの方向性
人工知能関連技術については、2020年頃までは引
今後の人工知能ビジネスの展開を考える上で、その
き続きディープラーニングを中心に、各要素技術が相
効果を発揮するためには、データの量とその質が重要
互に影響し合いながら強化され、さらに各産業分野と
となる。
相互作用をしながらの展開が予測される。
それは、言い換えるとより現実的な情報、リアル空間
そして2020年以降は、そうした各要素技術の展開
データ(実社会を反映した活動データ。例えばセンサー
を背景に、各技術の融合や進化の方向性と、産業間に
等で取得された工場の稼働データや個人の生体情報等)
おける次世代の汎 用 的な技術として展開される二つの
とサイバー空間データ(インターネット上の情報やデー
方向性が考えられる。
はん よう
タ、ソーシャルメディアの情報など)のデータを掛け合
わせた、より高付加価値を創出していくことである。
図 1 主な人工知能関連ビジネスの方向性(現在2016 年~2020 年、2020 年以降)
東京オリンピック・パラリンピック
( 2020 年)
AI搭載ドローン
農業
観光
●スマート農業(2018年まで)
有人監視無人自動走行
●スマート農業(2020年まで)
遠隔監視無人自動走行
●観光拠点 200 程度
●観光・防災拠点におけるWi-Fi環境
●多言語音声翻訳システム開発
訪日外国人旅行者数 4 , 000 万人、消費額 8 兆円目標( 2020 年)
AI観光アプリケーション、多言語音声翻訳アプリケーション
AIおもてなしロボット
( 2020 年まで)
●IoT活用おもてなしサービス
教育
医療
IoT等の活用による個別化健康サービス
(レセプト・健診・健康データを集約・分析・活用)
(2020年まで)
自動運転・公道実証実験
●医療等 ID 制度( 2020 年~)
AIとバイタルデータによるパーソナルヘルスケアサービス等
AI診察支援、AI搭載手術ロボット、診察受付・巡回ロボット等
●自動走行地図を実用化( 2018 年頃まで)
製造
●電子教科書( 2020 年)教員支援システム、AI 、教師ロボット等
●初等中等教育:プログラミング教育必修化(2020 年~)
AIによる教育コンテンツ、学習アプリケーション開発
AI画像解析による診断支援等
モビリティ
AIによる農場化システム支援、農作支援ロボット
自動運転技術搭載
IoTとの連動。AI搭載産業用ロボット、リアルタイム異常検知、故障予知システム等
●スマート工場:先進事例を50 件以上創出(2020 年まで)
サプライチェーン連携
次世代人工知能
各要素技術が相互に
ディープ・リインフォースメント・ラーニング
(深層強化学習) 影 響し合 い ながら強
化され、さらに各産業
強化学習
分 野と相 互 作 用しな
がら展開
ディープラーニング(深層学習)
2016年
AIオンデマンドモビリティ
●スマート工場:工場間連携
画像認識 音声認識 自然言語処理
出典: EY総合研究所作成 ※ ●印は政策および政策目標
普通自動車の自動走行
工場間連携 AI 搭載産業用ロボット、AI 搭載部品運搬ロボット等
脳科学
人工知能
関連技術
輸送用トラックの自動走行
●高速道路での自動走行
車線変更等( 2020 年)
2020年
産業間における共通技術として
次世代の汎用的な技術が展開
各要素技術の融合や進化
ポスト2020
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
25
ポスト2020 年に向けた人工知能との協働
2. 各産業分野におけるリアル空間データの構築に
向けて
モビリティ分野
先にリアル空間データをいかに収集して、サイバー
現在、自動運転の実証実験が行われており、当面の
空間データとの掛け合わせを行っていくかということに
目標として2020年の東京オリンピック・パラリンピック
ついて触れたが、ここではリアル空間データを収集する
に向けた高速道路等での自動走行の技術開発が進めら
仕組みに向けた取り組みとして、製造、モビリティ、医
れている。そして、自動走行技術を支える3次元デジタ
療の分野について、現状と2020年以降の方向性、そ
ル地図の実用化に向けた整備についても各自動車メー
して制度的・技術的課題を整理する。
カーと各地図会社が連携して、一体となった取り組みが
推進されている。
2020年以降においては、まず輸送用トラックの追随
走行や隊列走行などによる自動走行が先行すると考え
製造分野
られ、運転手不足の解消や燃料費削減が期待される。
また、普通自動車の自動走行が本格化し、「AIオンデマ
現在、製造業において産業用ロボットにディープラー
ンド・モビリティ」(本論ではAIによる配車サービス、
ニング技術を活用し、産業用ロボットの高度化や異常検
乗用車の共同利用等を指す)による展開が予想される。
知、故障予測を行う技術が開発されている。これは、機
また、人工知能関連産業における同分野のオンデマン
械から収集されたデータを即時に処理することにより、
ド・モビリティ市場、自動運転トラック輸送などの市場は、
機械同士が協調し、高度化するものとされている。
今後最も大きく成長する分野の一つとみており、4兆
また、今後人工知能とIoTとの連動が予測される領
の枠を超えて活用する「スマート工場」の先進事例を
6,075億円(2020年)から30兆4,897億円(2030
年)で約6.6倍の成長率(2020年比)と予測をしてい
る(EY総合研究所『人工知能が経営にもたらす「創造」
と「破壊」』(2015年9月)<図1 人工知能関連産業
2020年までに50件以上創出し、国際標準を提案する
の市場規模>参照)
。
域と考えるが、政府においては、センサー等で収集し
たデータを工場間、工場と本社間、企業間など、組織
ことを掲げている。
2020年以降においては、製造現場の自動化が進み、
高度化が加速すると考えられ、工場間連携AI搭載産業
用ロボットや部品運搬ロボット等が次第に浸透する。
【課題】
制度的: 企業間、異業種連携によるデータの所有の
問題。 データ流通および利用におけるフ
レームワーク(企業の生産、稼働状況等の
共有化)。
技術的: システムの標準化。制御システムのセキュ
リティ。
26
EY Institute
【課題】
制度的: 自動運転技術に対応した国際条約(ジュ
ネーブ条約)や国内における道路交通法等
の制度的な見直し。
技術的: 今後、自動運転車が公道等を走行する上
で、実社会のあらゆる事象をとらえた対応
が可能かということ。つまり、想定外の事
象への対応である。
Feature
医療分野
3. 新たなビジネスに向けた課題
現在、医師の診断支援としてAI画像解析による診断
先のモビリティ分野において、
「AIオンデマンド・モビ
支援が取り組まれており、政府においては、IoT等の活
リティ」による展開について述べたが、交通困難地域
用による個別化健康サービスとして、レセプト(診療報
や高齢者など、移動が困難な方のための新たな交通手
酬明細書)、健康診断等のデータを集約・分析し、活用
段としての利便性が期待され、新たなビジネスとして、
することを2020年までの目標として掲げている。
配車サービスや乗用車の共同利用が注目されている。
2020年以降は、すでに企業においてもウェアラブル
一方で既存の産業やビジネスで成り立っている交通
により収集した生体情報をヘルスケアサービスとして取
サービスが存在しており、そうした利害関係者との利害
り組まれているが、さらに進んでレセプトデータや健康
調整が不可欠であり、イノベーションのジレンマがある。
診断データ等との連携とAIの利活用により、個別化さ
国内外の制度の見直しにおいては、新たなビジネスに
れた総合的なパーソナルヘルスケアサービスとして、
よる革新との調和をもった制度の再構築が必要である。
例えば日常生活における病気の兆候の通知や病院から
また、技術的な進展の一方で、技術的な安全性の実
の対処助言サービス等の提供が予想される。また、AI
証、そして生活様式の在り方にも関わる社会的な受容
搭載手術ロボットや人材不足を補完する診察受付・巡回
性が問われており、そうした側面において社会的なコン
監視ロボット等のロボットによる取り組みも考えられる。
センサスを形成していくことも重要である。
【課題】
制度的:(医療ID制度は2020年からの本格運用と
されているが)医療情報に係る機微な情
報、プライバシーの問題と匿名化情報の扱
い。保険者が健康づくりのために生体情報
を提供し、それに取り組むインセンティブ。
AIを活用する診断支援システムに関する医
薬品医療機器法の審査制度。
技術的: 医療情報のシステム連携やデータの互換
性。データの集約化。利活用。
今後のビジネス展開において、注視しなければなら
ないのは、外部環境として海外の大手IT企業による顧
客の囲い込みと外部の開発力やアイデアを活用し、新
たな価値を創出するオープンイノベーション化の動向で
ある。海外の大手IT企業は人工知能技術を有するベン
チャー企業等の買収や提携、研究者の囲い込みなどに
よる人工知能関連技術の集積、強化を図っている。
最 近 で は 、 A I クラウド 、 A P (
I Application
Programming Interface;アプリケーション開発者が
コンピュータプログラム機能を利用できる連携の仕組み)
の提供などが目立ち、今後の展開において、プラットホー
ムを巡る競争がビジネスを左右するものと思われる。
また、各産業分野に共通する課題として、以下の技
術、法制度面の課題が挙げられる。
①技術面の課題
• 制御の可能性:ディープラーニング技術により、コ
ンピュータが自ら学習できるようになった半面、学
習ルールが不明なため、その制御が課題
• プライバシーおよびシステムセキュリティの問題
以上、人工知能ビジネスの現状、そして人工知能が
拓く未来「ポスト2020」に向けて、人工知能ビジネス
の方向性について述べてきたが、革新的な取り組みを
創出する仕組みづくり、そして新たなビジネスと課題に
ついて、人工知能が「超頼もしい右腕」として協働し、
中長期的な視点から社会的課題解決に向けて展開され
ることが期待される。
②法制度面の課題
• 倫理や法、社会的影響(ELSI:Ethical, Legal
and Social Issues)
• AI創作物や知財制度の問題
• 社会的な受容性
※1 政府が掲げる政策目標や企業などの動向等を参考に作成。
参照 内閣官房産業競争力会議「名目GDP600 兆円に向けた
【案】」
成長戦略(「日本再興戦略2016」の概要)
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
27
• EY総合研究所 Webサイトのご案内
eyi.eyjapan.jp
EY総合研究所では、独自の調査・研究、広範囲に収集した最新情報や知見を、国内独自の視点を加味
した上で、Webサイトにて公開しております。また、所属する研究員、会社概要、メディア掲載、セミ
ナーや提供しているサービスに関する情報についても紹介しておりますので、ぜひ、ご覧ください。
EY Japan および EY と連携した幅広い情
報・知見をお伝えいたします。
会社案内、各種レポート、パンフレットも
ダウンロードできます。
「EY総研インサイト」のバックナンバーも
掲載しています。
• ナレッジ
eyi.eyjapan.jp/knowledge/
EY総合研究所では、総研に所属するエコノミストと研究員による独
自の調査・研究のみならず、これら各国の専門家や政策当局から日々も
たらされる最新情報、知見やナレッジを広範囲に収集し、国内独自の視
点を加味した上で、幅広い情報発信を行っています。
また、シリーズとして複数編公表しているレポートについては、「シ
リーズレポート」のページにも収録し、まとめてご覧いただけます。
• サービス
eyi.eyjapan.jp/services/
EY総合研究所では、研究員の持つ専門性を活かし、またEY Japan
内の各サービスラインやセクターとも連携した独自サービスを開発し、
提供を開始しております。
• 資本市場リレーションシップ構築支援
~「点」ではなく「面」の取り組みを通じた投資家との良好な関係の構築
eyi.eyjapan.jp/services/capitalism-relationship.html
• 取締役会の実効性向上のための分析・評価支援サービス
eyi.eyjapan.jp/services/board-evaluation.html
• おもてなし2.0による経営支援サービス
~ポストおもてなし経営の実現に向けた診断プログラム
eyi.eyjapan.jp/services/omotenashi.html
28
EY Institute
Report
レポートのご紹介
Pickup Report
シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測 vol.6
転換点を迎えた金融政策
(2016.04.06)未来社会・産業研究部 シニアエコノミスト 鈴木 将之
http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2016-04-06.html
企業経営、そして株主にとって重要な将来収益は、常に経済環境の変化にさらされています。
「シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測」では、企業の経営陣、経営戦略企画、実務
者などの立場から、経済環境の変化を捉え、経営戦略につながる情報提供を目的に、経済・資本
市場の定点観測を行います。
今回の定点観測では、トピックスとして、2016年初からの金融市場が混乱したことを踏まえて、
日欧の金融緩和の転換点と、消費税率を巡る議論とそのリスクを取り上げました。財政政策への期
待が高まっている中で、今後、金融政策の役割・追加策とともに、財政健全化とのバランスが注目
されています。
「シリーズ:経営者のための経済・市場環境定点観測」は、EY総合研究所のエコノミストが経
済環境をウオッチしながら定期発信をしています。
次号vol.7は、2016年6月末に公開予定です。
詳しくは、http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/をご覧ください。
人工知能が経営にもたらす「創造」と「破壊」
~市場規模は2030年に86兆9,600億円に拡大~
(2015.09.15)未来社会・産業研究部
http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-society-and-industry/2015-09-15.html
「人工知能(AI: Artificial Intelligence)」という言葉は1950年代から存在し、工学研究者
だけでなく映画やSF小説などの多くのメディアを通じて、そのイメージだけは流布されてきて
いる。そのメディアで「人工知能」がどのように取り扱われているかによって、親近感を抱かせ
たり恐怖感をもたらしたりするなど、さまざまな反応を引き起こしてきた。
その「人工知能」が、近年にわかに注目されるようになってきている。しかも、かつての「現
実の場面での使い勝手は今一つ」といったイメージを次々と塗り替え、ビジネスの現場でも活用
される事例が増えてきている。
しかし「人工知能」とは実は明確な定義は無く、利用されているテクノロジーもさまざまなも
のが混在している。「人工知能」研究者は何度かの「冬の時代」があったため、あえて「人工知能」
ではなく別の用語を使っていた事などがあり、その事が混乱に拍車をかけている面もある。
さらには「人工知能」が人間の能力を超えて暴走する、といった脅威論が喧伝されたり、それ
には至らなくてもさまざまな事業や雇用に破壊的な影響をもたらすのではないか、といった危惧
も囁ささやかれている。
本レポートは、これらの「人工知能」にまつわる混乱した情報を整理し、現実に人工知能には
何が可能なのか・不可能なのか、また企業経営にどのようなインパクトを与えるのかについて、
考察を行ったものである。
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
29
レポート
経済産業省の「おもてなし経営企業選」へ選出され、
アルバイトへの権限委譲による優れた接客で知られる
アルバイト学生への
「 塚 田 農 場 」 を運 営する株 式 会 社エー・ピーカンパ
就職支援から始まる
おける人材確保を始めとする人材マネジメントのあり方
ニー。同社の取り組みを事例に、今後のサービス業に
について考えてみたい。
人材マネジメント革命:
㈱エー・ピーカンパニー の事例
はじめに
サービス業の人材不足が深刻であるといわれて久し
い。<図1>のように、2014年の産業別の離職率をみ
ると、「宿泊業、飲食サービス業」 31.4%、「生活関連
サービス業、娯楽業」 22.9%の順で高くなっており、
上位は全てサービス業となっている。最も比率の高い
宿泊業、飲食サービス業については、製造業と比較す
ると約3倍の高さとなっている。
EY総合研究所
副主任研究員
金城 奈々恵
少子化、人口減少にともない、サービス業において
は人材不足・人材確保はより深刻さが増すと考えられる
が、特に上位2業種に代表される接客サービスにおい
ては、より大きな課題といえる。本論は、その人材確
保の打開に向けたヒントとなる事例を紹介する。
図 1 2014年 産業別離職率(上位5業種および製造業)
(%)
35.0
31.4
30.0
25.0
22.9 22.3
20.0
15.7 15.6
15.0
15.5
10.6
10.0
5.0
出典:厚生労働省『平成26年雇用動向調査』
よりEY総合研究所作成
(注) 日本標準産業分類に基づく16大産業が対象。一次産業は対象外。
30
EY Institute
(%)
製造業
全産業平均
教育、学習支援業
医療、福祉
その他サービス業
生活関連サービス業、娯楽業
宿泊業、飲食サービス業
0.0
Report
31.4%
宿泊業、飲食サービス業の離職率は2014年に31.4%となり、調査対象
16産業の中で最も高い水準となった。推移をみると2009年の32.1%を
ピークに、2012年までは27%まで低下したが、2013年に30.4%に再
び上昇し、高水準が続いている。
アルバイトのシフト率向上を目的に開始された
「ツカラボ」
株式会社エー・ピーカンパニーは、「塚田農場」「四
ラボ」「体験ラボ」という新たなプロジェクトが加わり、
十八漁場」を始めとする15ブランドの飲食チェーンを
活動を発展させている<図2>。 2015年度のキャリア
中心に事業展開する企業である。同社へのインタビュー
(2016年5月実施)を基に、「ツカラボ」の取り組みを
ラボへの参加者実績は約250名で、月一回の就職支援
セミナーには毎回100名前後が参加している。
整理する。
この取り組みのきっかけは、同社副社長の大久保氏
「ツカラボ」は、エー・ピーカンパニーの運営する飲
が塚田農場の店長だった時代にさかのぼる。 同氏は、
食店でアルバイトに従事する学生を対象とした、内定率
アルバイト学生が大学3-4年生になると、就職活動を理
100%の就職支援「塚田農場キャリアラボ」を中心と
由にシフト率が極端に下がるという問題に直面した。彼
する取り組みである。
らの就職活動の状況を詳しく探ると、学生たちが企業と
ツカラボは、月一回の就職支援セミナー、個別キャリ
対等に、かつ効率的に就職活動が行えていない実態が
アカウンセリング、特別ゲスト講演、合同企業説明会・
分かった。そこで、就職活動をするアルバイト学生への
インターンシップ説明会など、アルバイト学生を対象に
個別相談に乗り始めたところ、他の店舗でも相談ニー
さまざまな就職支援を行う「塚田農場キャリアラボ」と
ズがあることが分かり、全社の取り組みとして「ツカラ
して2012年から開始された。昨年度より「おもてなし
ボ」へと発展させた。
図2 「ツカラボ」構成プロジェクト
ツカラボ
おもてなしラボ
キャリアラボ
体験ラボ
他社と共同で開催する
アルバイトの大学生3-4年生
全アルバイト学生を対
他社のおもてなし事例
を対象とした就職支援
象 と し た、 養 鶏 、漁
などを学ぶセミナーや
ワークショップ
• 月一回のセミナー
• キャリアカウンセリング
• 合同企業説明会
• ドリーム営業
業 、農 業 、酒 蔵 で の
職業体験ができる
フィールドワーク
出典:インタビューを基にEY総合研究所作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
31
アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:
㈱エー・ピーカンパニーの事例
各自の価値観に合わせた就職支援「キャリアラボ」
学生と企業の架け橋「ドリーム営業」
月一回開催のセミナーは初回が肝心であると、担当
前年度から始まった「ドリーム営業」では、キャリア
する人材開発本部副部長の平野氏は話す。 一回目で
ラボでの成果を試す場として、学生側から企業側へプレ
は、100%内定を獲得するためのロジックを伝授する。
ゼンする機会が設けられている。 事前に学生のプロ
マスコミの報道などによって就職活動は「つらいもの」
フィール情報を参加企業側に伝え、企業がプレゼンを
という先入観を持つ学生が多い。その先入観を取り除
聞きたい学生を指名し、当日学生は準備した資料を基
き、自分の幸せに直結する就職活動を行うよう考え方
にプレゼンを行うというものである。一般的な合同企業
を変えることがねらいとなる。それは、自分の価値観を
説明会では、学生側が企業のブースを回るが、このイ
言葉で表現する「価値観の言語化」と呼ばれることか
ベントは企業側が学生の席を回るという「逆」のスタイ
ら始められる。
ルで実施される。<写真2>のように、手書きで紙芝居
セミナーでは「米国のゴールドラッシュ時代に、最も
風のプレゼンをする人、タブレットでプレゼンする人な
大きな利益を得たのは誰か」など、参加者に質問形式
ど、全員が個性を活かしたプレゼンを行う。
でテーマを与え、ディスカッションを通して考え、自ら
塚田農場での経験をアピールするべく、アルバイト時
答えを導くことを重視する。セミナーを視察すると、活
の制服でプレゼンに臨む学生も多い。学生の熱意は強
発に意見を出し合い、生き生きと参加している様子がう
く、参加者の中には企業からプレゼンの指名を得られず
かがわれた。
泣き出す人もいたという。
写真1 キャリアラボ セミナーの様子
写真2 「ドリーム営業」の様子
出典:㈱エー・ピーカンパニー提供
ドリーム営業は3回に分けて開催され、プレゼンを聞
常時利用可能な「キャリアセンター」と称する個別
く側の企業は、合計35社ほどの参加があった。参加企
キャリアカウンセリングは、外部のプロのカウンセラーに
業は、大手からベンチャーまでさまざまである。参加企
業務委託し、実施している。学生は同社を通さずにカウ
業からは、「面談した学生のうち4割は、一次選考免除
ンセラーと直接連絡をとり、都合に合わせてエントリー
で正式な選考を受けてほしい」という声や、「塚田農場
シートや面談対策の相談ができる。
に対する愛情や情熱が伝わってきた」などの声が聞か
れたとのことである。
32
EY Institute
Report
キャリアラボの成果
ツカラボの課題と展望
前述したように、キャリアラボの成果は5回以上セミ
現在のキャリアラボの参加率は、対象アルバイトの
ナーに参加した学生については、内定率100%になる
という。また、アルバイト継続勤務率も当初より1.8倍
1/3 ~ 1/4にとどまっており、参加率を向上させるこ
とを課題としてあげる。2016年度は社内の体制を強化
に上昇した。ドリーム営業については、具体的な成果が
しつつ、キャリアラボの開催地を東京だけではなく大阪
現れるのはこれからだが、すでに内定を得た学生もいる
と名古屋へと拡大する。
という。
同じく本年度のキャリアラボでは、自社のアルバイト
学生以外の一般の就活生の受け入れを始める。学生の
「就職活動」を切り口に、ツカラボに共感し集まる企業
が「採用」と「教育」に関するリソースを持ち寄り、
働くことの意味を学ぶ「おもてなしラボ」
「体験ラボ」
若者に学習機会を提供する。そのプラットホームとして、
ツカラボを「進化」させていきたいと、平野氏は語る。
昨年度よりツカラボの一環として「おもてなしラボ」
「体験ラボ」が開始された。「おもてなしラボ」は、学
ツカラボは、おもてなしによって輝く人を一人でも増
やしていくことが最終ゴールと位置付ける。
年を問わず全アルバイト学生を対象とした優れたおもて
なしを学ぶ場であり、サービス産業において「おもてな
し人材」を輩出することに貢献したいとの想いから始
まっている。一般の飲食店の顧客リピート率は平均20%
と言われているのに対し、塚田農場は平均60%のリピー
ト率となっており、業界全体に効果を波及させたいとの
考えがある。このラボにより、サービス業の醍醐味や素
晴らしさを伝えていくことで、優れた「おもてなし人材」
を育成し、サービス産業で即戦力として活躍する人材を
輩出することが大きなねらいとなっている。
昨年度は、さまざまな企業と共同で、各企業のおも
てなし事例の紹介やワークショップを行っている。
また、「塚田農場体験ラボ(体験ラボ)」は就職活動
を控えたアルバイト学生を対象に、養鶏、漁業、農業、
酒蔵での生産者体験ができるプログラムである。塚田
農場、四十八漁場を支える第一次産業の生産者におけ
る職業体験によって、就職活動前から自分の価値観や
仕事観、社会での役割を学ぶ場としている。
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
33
Report
アルバイト学生への就職支援から始まる人材マネジメント革命:
㈱エー・ピーカンパニーの事例
考察
以上ご紹介したツカラボの取り組みについて、三つの
ポイントを整理する。
③ 中長期的にみた、新たなビジネスチャンスの創造
ツカラボ参加者の就職先は、大半が同社以外の企業
である。他企業への就職支援を無料で行っている構図
① 新しい人材確保方策の可能性
ツカラボは、正社員・アルバイトを含めた優秀な人材
の確保につながる取り組みといえる。直接のねらいは、
アルバイトのシフト率の向上ということであるが、この
ように手厚い就職支援があるとなれば、アルバイトの応
募も増えることが考えられる。ツカラボを理由にアルバ
イトへ応募する学生はまだ多くないというが、認知度が
高まれば、応募率も高くなると考えられる。
また、アルバイトから正社員への応募も自然と増加す
ることが期待できる。これだけ真摯にアルバイト学生と
向き合い、支援し、働く喜びを学べる会社の姿に共感
し、愛社精神が生まれ、入社希望者も増えることが予
想できる。アルバイト学生を自社に勧誘することがツカ
ラボの目的ではないため、現在は正社員の応募率へ突
出した影響は見られないとのことである。しかし、活動
が進むにつれ、ツカラボを通して同社へ優秀な人材が
集まることが容易に想像される。
は、驚かれる事も多いであろう。しかし、ツカラボで1
年弱親身になってつきあった学生と、就職以降もつな
がることで、さまざまなビジネスチャンスも広がる可能
性がある。あるいは参加者が他社で成長して、同社に
再就職することも予想される。したがって、中長期的に
は同社にさまざまなチャンスをもたらし、意図せずとも
ビジネスの種がまかれていると考えることができる。
エー・ピーカンパニーの事例は、アルバイトのマネジ
メントにおいて、そして人材確保の意味でも革新的取り
組みといえる。多くの企業が、アルバイトにここまでの
投資はできないと考えるかもしれない。しかし、エー・
ピーカンパニーはアルバイトこそが主役と捉え、積極的
に取り組んでいる。短期的なメリットは大きくないかも
しれないが、中長期的にはこのアルバイト一人ひとりを
大切にする理念経営が結果的に、優秀な人材の確保に
結びつくと考える。
昨今のアルバイト求人広告では、「髪型自由」「ピア
② 社会貢献的意義の大きさ
前述したように、キャリアラボでは、決して自社への
就職を勧誘しているわけではなく、また「おもてなしラ
ボ」では、サービス業の素晴らしさを伝えることが主眼
となっており、自社のことだけではなく、サービス業全
体の目線で取り組まれている。そのねらいには、就職
においては人気業界とはいえない飲食業全体の地位を
スOK」など端的なPRが目立つ。しかし、人生の先輩
という目線で、アルバイトをする側の真のニーズを見極
め、働くメリットの本質を「見える化」するだけでも、
人材不足の状況は変わってくるのではないか。エー・
ピーカンパニーの事例は、顧客のニーズだけではなく、
従業員となる側のニーズを先読みし、一人ひとりに向き
合うことの重要性を示唆している。
向上させたいという想いもある。ツカラボのねらいは広
以上
い意味で、飲食業を始めとするサービス業全体への貢
献という要素が大きいといえる。
学生の就職観や職業観を養うという姿勢は、飲食業
会社名
株式会社エー・ピーカンパニー
設立年
2001年
として捉えることができる。現に、大学関係者から同社
代表者
代表取締役社長 米山 久
のアルバイト以外の学生にもツカラボへ参加させてほし
ホームページ http://www.apcompany.jp/
だけではなく他の産業にも必要なことである。まだ影
響は小さいかもしれないが、この活動全体が社会貢献
いとの要望が寄せられたことを機に、本年度より参加対
象を拡大することが検討されており、社会貢献的な意
義はますます大きくなる。
34
EY Institute
備考
米山氏は、第12回EOY(EY アントレプレ
ナー・オブ・ザ・イヤー)2012 Japan大
賞、アクセラレーティング部門ファイナリ
スト。
おもてなし2.0による経営支援サービスのご紹介
~ポストおもてなし経営の実現に向けた診断プログラム~
eyi.eyjapan.jp/services/omotenashi.html
「おもてなしの方針が、従業員になかなか浸透しない。」
「従業員や店舗間にバラつきがあり、顧客満足度が向上しない。」
そのようなお悩みはありませんか。
EY総合研究所では、新しい時代の「おもてなし経営」
のあり方を「おもてなし2.0」として定義付けし、そ
家族・友人のように
共に創る
主客を超えた関係の下、
感動価値が提供できていますか?
顧客、従業員、地域社会と
価値を共創できていますか?
れを具現化する経営支援ツールとして「おもてなし
2.0指標」を開発しました。先進事例分析とテキスト
マイニングを基に開発した「おもてなし2.0指標」は、
右図の構成要素を軸に、22の視点で抽出した指標です。
Empathy
Openness
おもてなし2.0 Co-Creativity
構成要素
Management
本指標により、本サービスではおもてなしの現状を客
観的に把握すること、おもてなしをマネジメントする
観点から経営課題を抽出することが可能となります。
言語、文化、宗教など、
外国人客に対応できていますか?
おもてなしの方針は明確化され、
実行できていますか?
世界に開かれた
暗黙知によらない
モデルプランは「おもてなし診断プ
ログラム」を軸に、まずは経営者や
従業員を対象にアンケートを実施
事前アンケート
(経営者 / 従業員)
アンケート
集計・分析
おもてなし2.0
診断プログラム
コンサルティング
もしくは
ワークショップ
し、その内容を診断します。その後
コンサルティング、もしくは従業員
参加型のワークショップにより、経
営課題の解決策を一緒に検討させて
いただくフェーズに移ります。
本サービスに関してのお問い合わせ先
EY 総合研究所株式会社 未来社会・産業研究部 副主任研究員 金城 奈々恵
〒 100-6031 東京都千代田区霞が関 3-2-5 霞が関ビルディング 31 階
Tel:03 3503 2512 Email:[email protected] WEB:http://eyi.eyjapan.jp/
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
35
レポート
サクセッション
プラン(後 継 者
計 画 )に関する
一考察
はじめに:CGコードとサクセッションプラン
近時、社外取締役や役員選任の諮問委員会が関与し
た経営者交代の事例が相次いだこともあり、サクセッ
ションプラン(後継者計画)に対する注目度が高まって
いる。これにつきコーポレートガバナンス・コード(以
下、CGコード)には以下の記載がある。
【補充原則 4 -1 ③】
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)
や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者等
の後継者の計画(プランニング)について適切に
監督を行うべきである。
上記原則によると、CGコードがサクセッションプラン
に求めるポイントは二つある。一つは「経営理念や経
営戦略を踏まえること」、もう一つは「取締役会が適切
に監督すること」である。 EY総合研究所はポストCG
EY総合研究所
主席研究員
藤島 裕三
コード対応の主要テーマとして<表1>を提言※1してい
るが、この中で前者は「⑥役員のトレーニング」で扱う
べき問題、後者は「④報酬・指名に関する諮問委員会」
で検討すべき問題として、それぞれ整理することが可能
である。
以下、CGコードが求めるサクセッションプランの在り
方について若干の考察を試みる。
サクセッションプランの構造
サクセッションプランを構成する要素としては、「候補
者(後継者予備軍)の育成」と「候補者の絞り込み・
後継者の指名」による、大きく二つのステップが考えら
れる。これら二つのステップに対してCGコードが求める
機能・役割を確認すると、以下のようなイメージを得る
ことができる<図1>。
ここで注意が必要なのは、CGコードが上記の各原則
において取締役会に求めているのは、最高経営責任者
等の後継者を「選任」することではなく、あくまでも
「監督」としている点である。もちろん各社特有の考え
方や置かれた状況などによっては、一連のプロセスを独
立社外取締役が主導することも十分に想定し得るが、
少なくとも一般的なケースとしては、現任の最高経営
責任者はじめ経営陣の責務と捉えるべきと思料される。
36
EY Institute
Report
86.1%
東証調査によるCGコード補充原則4-1③(後継者計画の監督)の実施
比率(2015年12月末)。ただし開示が要求されていない事項のため、
コンプライのレベル感には相当な格差があると見られる。
表1 ポストCGコード対応のテーマ
実効性を高める
株主の理解を得る
① 資本政策
② 役員報酬
③ 取締役会の機能の見直し
攻めのガバナンス
(企業価値向上)
(社外取締役の活躍促進を含む)
④ 報酬・指名に関する諮問委員会
⑦ 政策保有株式に関する検証
⑧ 株主(特に機関投資家)との対話
⑤ 取締役会の実効性向上のための
分析・評価
⑥ 役員のトレーニング
守りのガバナンス
(不祥事防止)
⑨ 外部監査人の評価基準
⑩ 監査役監査・内部監査体制の検証、再構築
⑪ グループガバナンス・リスクマネジメントの構築
出典: EY総合研究所作成
コードの要請
C
G
候補者(後継者予備軍)の育成
(主要なポイント)
• 経営理念などの高度な共有
• 上場会社役員としての資質
• 経営者としての経験(スキル)
選抜
サクセッションプラン
図1 サクセッションプランの構造とCGコードの要求
候補者の絞り込み・後継者の指名
(主要なポイント)
• 説得力のある実績の裏付け
• 資質と戦略方向性との相性
• 経営者としての熱意(パトス)
監督
監督
【原則4 -14 】
役員トレーニング→対応が適切か
否かの取締役会による確認
【補充原則 4 -10 ①】
報酬・指名の諮問委員会→独立社
外取締役の適切な関与・助言
【補充原則4 -1 ③】
最高経営責任者等の後継者計画(プランニング)→会社の経営理念や経営戦
略を踏まえた、取締役会による適切な監督
出典: EY総合研究所作成
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
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サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察
候補者(後継者予備軍)の育成
経営理念などの高度な共有
全ての役職員に対して経営理念は共有されなければ
【原則4 -14.取締役・監査役のトレーニング】
ならないが、こと最高経営責任者等の後継者となれば
新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会
単に理解・実践するのみならず、経営理念に従って戦
社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待さ
略的な方向付けを行うこと、時には理念自体を論じるこ
れる役割・責務を適切に果たすため、その役割・
責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の
習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。
このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に
とが求められる。より深いレベルで経営理念が理解さ
れ、各自の業務執行に根差したものなることが求められ
よう。
適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその
費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こう
した対応が適切にとられているか否かを確認すべ
きである。
上場会社役員としての資質
業務執行取締役や執行役員など現場の責任者レベル
では、担当部門の部分最適に陥りがちなケースも少な
CGコードは上記原則において、サクセッションプラン
くない。グループ全体最適の視点を培うためには、コー
を意識した特段の記載はしていない。しかしわが国企業
ポレートファイナンスに代表される、経営分析・管理に
の慣行において、「取締役」は大部分が業務執行者で
関する知見に通じていることが望ましい。
あること、執行役員や管理職などから連続した人事体
しょうへい
系であること、また社外から経営トップを招聘するのが
まれであること、などを勘案すると、役員トレーニング
経営者としての経験(スキル)
にサクセッションプランを意識した内容を盛り込むこと
は、現実に即した有用な取り組みだと言えよう。
いかに多くのレクチャーを受け、ワークショップをこな
以下、役員トレーニングがサクセッションプランとして
しても、責任の伴った経営者としての生きた経験に勝る
適切な内容を備えているかについて、取締役会が確認
ものはない。小さい組織でも経営意思決定が要求され
する際、重要と考えられるポイントを列挙する。
る地位、あるいは経営トップの意思決定をサポートする
役職など、相応の段階で一通りの経験を積めるよう、
人材育成を狙った戦略的なローテーションも検討すべき
である。
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EY Institute
Report
候補者の絞り込み・後継者の指名
説得力のある実績の裏付け
当然のことながら最高経営責任者を選ぶ以上、当人
【補充原則 4 -10 ①】
が社内外から認められる人材でなければならない。そ
上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会
のためには当該候補者がどのような職務上の課題を与
設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の
えられ、それをどのように達成したのか、他の候補者と
過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取
締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独
立性・客観性と説明責任を強化するため、例えば、
比較して何が優れていたのか、などにつき客観的な論拠
(エビデンス)を伴って説明することが不可欠である。
取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員と
する任意の諮問委員会を設置することなどにより、
指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に
当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得る
べきである。
資質と戦略方向性との相性
自身の担当分野では高パフォーマンスを発揮できて
も、さまざまな事業および業務を抱合した企業グルー
プを統率するためには、全社戦略の方向性に優れて合
CGコードは上記原則において、指名に関する任意の
致した資質を備えていなければならない。経営理念や
諮問委員会を必ず設置せよと言っている訳ではない。
外部環境を踏まえ、事業戦略が攻め重視か守り重視か、
あくまでも委員会は「例えば」の仕組みであって、要
組織戦略が多角化か再編か、など成長ステージに合致
求しているのは「独立社外取締役の適切な関与・助言」
した人選であるべきだろう。
を得ることである。候補者を絞り込み後継者を指名す
る際に求められるのは、社内の事情(人事情報など)
に必ずしも通じていない独立社外取締役が納得できる
経営者としての熱意(パトス)
ような、必要かつ十分な人選の理由および判断材料に
ついて、現任の最高経営責任者はじめ経営陣が提供す
いかに実績および資質で申し分ない人材であっても、
ることに尽きる。
最終的に経営トップを任せられるかどうかの判断は、全
以下、候補者を絞り込み、後継者を指名するプロセ
社を統率するリーダーシップ能力にかかっていよう。
スにおいて、独立社外取締役が適切に関与・助言する
リーダーシップの源泉は人それぞれ異なる面もあるが、
際、重要と考えられる判断材料のポイントを列挙する。
大きな決定要因に経営者としての熱意(パトス)がある
ことに疑いはない。そのような熱意が伝わるような機会
も必要ではないか。
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
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Report
サクセッションプラン(後継者計画)に関する一考察
おわりに:サクセッションプランと取締役会の機能
持続的に企業価値を高めていくため、サクセッション
さらに究極的には、業務執行に対して取締役会が適
プランは非常に重要な意味を持っている。欧米の先進
切な監督を行っていること、すなわちPDCAサイクル
的な企業においては、早期から後継者予備軍の育成プ
が確立していれば、企業の戦略的な方向付けを実現す
ログラムを開始、候補者を選抜するプロセスを確立して
るためという視点から、後継者に求められる資質は導出
いる事例が見られる。しかし、わが国企業に同様の手
されるだろう。また各業務執行責任者に対する正当な
法を持ち込もうとしても、人事政策や慣習の違いから
業績評価も可能となることから、後継者候補はおのず
機能しない可能性がある。
と見えてくるものではないのか。
そもそも事が「人材」に関わるだけに、細心の注意
その意味では<表1>で示した「③取締役会の機能
を払う必要があることは、論をまたない。候補者ライン
の見直し」 ※2こそが、真に望ましいサクセッションプラ
アップを取締役会で共有することなどでプロセスの透明
ン像を構築するための、最も重要な前提と言えるのか
性を高めることも有効だろうが、まずは役員トレーニン
もしれない。 そして各社に特有の「取締役会の機能」
グの一環として候補者(後継者予備軍)の育成を進め、
を考察する端緒として、「⑤取締役会の実効性向上のた
指名の任意委員会などによって候補者の絞り込み・後
めの分析・評価」 ※3を活用することが望ましいだろう。
継者の指名に客観性を持たせることで、サクセッション
プラン全体の妥当性は相応に担保できるだろう。
以上
※1 「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス ~ポス
ト C G コード時 代に求 められる企 業 の 対 応( 総 論 )~ 」参 照 。
http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-businessmanagement/2016-03-10-01.html
※2 「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締
役会が担うべき監督機能とは?~ 欧米企業のベスト・プラクティス
を踏まえて」参照。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/
future-business-management/2016-03-10-02.html
※3 「シリーズ:企業価値向上のためのコーポレートガバナンス 取締
役 会 評 価 の「 前 提と実 践 」に関 する実 務 面 の 検 討 」参 照 。 http://eyi.eyjapan.jp/knowledge/future-businessmanagement/2016-04-06.html
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EY Institute
取締役会評価の実効性向上のための分析・評価支援
サービスのご紹介
eyi.eyjapan.jp/services/board-evaluation.html
2015年6月よりコーポレートガバナンス(以下CG)
・コードの適
用がスタートしています。「日本版」CGコードは、わが国の成長
戦略の一部をなすものであり、「攻めのガバナンス」の実現を重
視している点が特徴です。これを受けて企業には、健全なリスク
を取る体制を整え、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上
に取り組むことが求められます。
中でも、原則 4-11 に盛り込まれた取締役会の実効性向上のた
めの分析・評価(取締役会評価)は、わが国ではなじみの薄い
取り組みですが、CG の強化を図る上で極めて重要な役割を有
します。取締役会の実効性向上のための分析・評価では、優劣に関する点数付けではなく、実効性向上の視点に立っ
た主体的な分析・評価が求められます。取締役会の現状や目指す姿は、企業により異なるからです。
本サービスでは、CG コードの要請と会社の現状を踏まえた上で、目指すべき方向性を定め、そのための課題や求
められる取り組みの抽出・実行を行い、会社の取締役会の実効性向上をご支援します。
• プロジェクトの流れと本サービスの流れ(要望に応じてご支援します。以下は一例になります)
プロジェクト
の流れ
会社側タスク
弊社からの
支援の流れ
方向性の
確認・共有
現状把握
チェックシート回答
トップへの報告
方向性の確認
チェックシートによる
現状分析
アンケート
の実施
アンケートの
作成と説明
アンケートの作成支援
勉強会開催
課題対応策
作成・報告
課題・対応策案
作成と報告 / 承認
集計、課題・対応
策案の作成支援
CG 報告書
の提出
CG 報告書の
文案作成と提出
開示文案の
レビュー
取締役会における議論(助言・情報提供)
• ご支援の特徴
• CG を含む、資本市場と企業の良好な関係構築について長年の業務経験・知見を有する弊社研究員が対応します。
• 弊社独自のチェックシートを通じて CG コードが掲げる理想像との比較で現状を可視化します。これにより、
目指す方向性についての議論や課題の抽出をスムーズに行うことができます。
• 会社のニーズに合ったご支援を実施します。例えば、上記チェックシートに基づくアンケートを用いた、簡
易的な内容も用意しています。
• ご支援の目的は、取締役会が目指す方向性の実現に向けた課題を抽出することです。なお弊社が会社の取締
役会の優劣を評価するものではありません。
本サービスに関してのお問い合わせ先
EY 総合研究所株式会社 未来経営研究部
〒 100-6031 東京都千代田区霞が関 3-2-5 霞が関ビルディング 31 階
Tel:03 3503 2512 Email:[email protected] WEB:http://eyi.eyjapan.jp/
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
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Note
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EY Institute
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
43
会社概要
2016 年 6 月 30 日現在
EY総合研究所株式会社
Ernst & Young Institute Co., Ltd.
2013年7月
〒100 -6031
東京都千代田区霞が関三丁目2 番 5 号 霞が関ビルディング31 階
名称
設立
所在地
代表取締役 松浦 康雄
所長
柴内 哲雄
Tel
Web
E-mail
03 3503 2512
eyi.eyjapan.jp
[email protected]
EY Japan
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EY税理士法人
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社
EYアドバイザリー株式会社
EY新日本サステナビリティ株式会社
EY新日本クリエーション株式会社
EYリアルエステートアドバイザーズ株式会社
EY弁護士法人
EYソリューションズ株式会社
EYビジネスイニシアティブ株式会社
EYフィナンシャル・サービス・アドバイザリー株式会社
新日本パブリック・アフェアーズ株式会社
通り
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六
ホ ンチ イ
ン
本
テ
木
ル ネン タ
ー
通
東
り
京 タル
日比
谷公
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丸ノ内線・日比谷線・千代田線
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ビル
日比
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ル
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スク 新橋
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ル
ビ
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ノ
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病
虎
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丸ノ内線 霞ヶ関駅
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徒歩 7 分
徒歩 6 分
徒歩 9 分
徒歩 9 分
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から起算しています。
首都高速をご利用の場合、3 号線「霞が
関ランプ」からお越しいただけます。
り
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ズ
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クラ
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A
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コーポレートガバナ
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「おもてなし2.0指標
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EY総研インサイト Vol.6 June 2016
発行日:2016年6月30日
編集者:(責任者)柴内哲雄
(担当)企画・業務管理部 笹渕拓郎・石塚有紗
EY総研インサイト Vol.6 June 2016
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EY | Assurance | Tax | Transactions | Advisory
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を率いるリーダーを生み出していきます。そうすることで、構成員、
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