卒業論文作成の手引 小川原正道 論文としてまとめるには、おそらく博士論文レベルの学術 研究が存在している上に、その中で新たな知見を見出して れ自体は重要でやりがいがあると思うのだが、膨大な先行 戦争終結過程における海軍の役割﹂といったテーマは、そ 日本政治史、日本政治思想史の分野から ―― 一、テーマを選ぶ 卒業論文の作成にあたっては、すでに多くのテキスト類 卒業論文では、通常の学術論文一本程度を目安として、 水準が要求される。 き を 示 し て お ら れ る。 そ れ ら を ぜ ひ ご 参 照 い た だ き た い がある。幕末維新史のどの場面、事件、人物におけるフラ その範囲で取り上げ、論じうるテーマにしぼっていく必要 が販売されており、本誌でも多くの先生方がすぐれた手引 が、ここでは、筆者の専攻する近代の日本政治史、政治思 ンスの役割なのか、福沢のどの時期の、どの側面に焦点を 想史に焦点をあて、この分野で卒業論文を書くにあたって の留意事項や、若干のアドバイスを届けられればと思う。 である。あるいは頭をひねり、本を読み、そして指導教授 あてた政治構想なのか、海軍のどの部門、どの人物、どの と相談しながら、小さすぎず、しかし大きすぎず、卒業論 時期に光をあてた終戦過程分析なのか、といったしぼり方 マを申し出られるケースである。最初の段階では仕方ない 文のレベルでしっかりとした価値を残しうるテーマを探す 繁 に 出 会 う の が、 ﹁壮大な﹂あるいは﹁漠然とした﹂テー のだが、たとえば、 ﹁幕末維新史におけるフランスの役割﹂ 通信教育課程の卒論指導をしていて、最初に、そして頻 であるとか、 ﹁福沢諭吉の近代的政治構想﹂とか、 ﹁太平洋 三色旗 2012.3(No.768) 努力を、まずは心がけてほしい。それは、自分が卒論で何 を 書 き た い の か、 慶 應 義 塾 に お け る 修 学 の 総 仕 上 げ と し て、何を残していきたいのか、という、自分自身を見つめ 直 す 作 業 で も あ る。 ま さ に﹁ 卒 業 ﹂ に 向 け た 第 一 歩 と し て、重要なステップであろう。 二、先行研究を収集する テーマがある程度しぼれてきたら、そのテーマに関連し て、どのような先行研究が存在しているかを調査して読み 込み、まずは現段階でどの程度までそのテーマについて明 らかにされているのかを把握する必要がある。論文は、多 少なりとも既存の研究の水準を上げることにこそ価値があ る の だ か ら、 ま ず は こ れ ま で ど の 程 度 研 究 が 進 ん で い る か、現段階でどのような論点があり、課題が存在している かを理解しなければならないわけである。 こうした文献調査にあたり、かつては各種文献目録の類 が利用され、いまでも利用されているが、最近では、イン ・ NDL-OPAC ︵国立国会図書館蔵書検索・申込システム︶ ↓ http://opac.ndl.go.jp/index.html ︵国立情報学研究所学術コンテンツ・ポータル︶ GeNii ・ http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp ・日本思想史文献データベース︵東北大学大学院文学研究 ↓ 科日本思想史研究室︶ http://www.sal.tohoku.ac.jp/dojih/ ・近現代日本政治関係人物文献目録︵国立国会図書館︶ ↓ http://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/jmuk/ 博物館︶ ↓ http://rnavi.ndl.go.jp/seiji/ ・自由民権運動研究文献目録データベース︵国立歴史民俗 ↓ db_param ・インド学仏教学論文データベース︵日本印度学仏教学会︶ http://www.inbuds.net/ ・雑誌記事索引集成データベース︵皓星社︶ ↓ ・ ︵日外アソシエーツ︶ MAGAZINEPLUS ︵二〇一一年十一月十五日時点︶ セ ス で き る が、 雑 誌 記 事 索 引 集 成 デ ー タ ベ ー ス や ウェブサイトが書いてあるものは上記のサイトからアク ターネット上でキーワード検索できる仕組みが整ってお 本政治史、日本政治思想史に関連する図書、雑誌記事につ はインターネット上で無料公開されてい MAGAZINEPLUS ないため、慶應義塾図書館のサイトの﹁データベース﹂か り、大変便利である。一般的な図書、雑誌記事、さらに日 い て 検 索 で き る 代 表 的 な デ ー タ ベ ー ス を、 以 下 に 挙 げ よ う。 三色旗 2012.3(No.768) ら選択して選ぶ必要がある。これらのサイトや紙媒体の文 自身の本や論文などを読んでみるのもいいだろう。 お勧めの本や論文などを紹介してもらうことや、指導教授 * 献目録を駆使して、まずは自分自身のテーマについての先 労苦の成果として、多くの資料集、文書、関係文書といっ た刊行物が生まれているため、まずはこれを活用しよう。 資料については、公文書・私文書ともに、過去の先学の さらに研究の質を高めたい場合には、未公刊の一次資料に れらを一つ一つ読み解きながら、現在の研究水準や研究史 のオリジナリティを発揮できそうな部分を探し、仮説を構 上の課題をしっかりと把握し、さらに、自分自身の研究上 あたる必要があるが、近代日本政治史の場合、一次資料の 行研究リストを作成することをお勧めしたい。そして、そ 築していくのである。それを実証するのが、論文の目標に うち公文書は国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防 デジタルアーカイブ︵ http://www.digital.archives.go.jp/index. ︶ 、および同アジア歴史資料センター︵ http://www.jacar. html おり、これらの所蔵資料の一部については、国立公文書館 書館・博物館、大学図書館・博物館などがこれを所蔵して 衛研究所、あるいは全国各地の国公立図書館・資料館・文 なる。 三、論文を書く こうして研究の水準を把握し、自らの研究のオリジナリ ティがみいだせそうになってきたら、これを中心とした仮 ︶ に お い て 電 子 化 さ れ、 ウ ェ ブ 上 で 公 開 さ れ て い go.jp/ る。また、私文書の多くは国立国会図書館憲政資料室が所 が、目録やマイクロ化された資料の一部は慶應義塾図書館 説を構築し、さらに、どのような方法論を使って、またど のような資料を使ってこれを実証し、まさにオリジナルな 蔵 し て お り、 そ の 概 要 は や は り ウ ェ ブ 上 で リ ス ト︵ ては、苅部直・片岡龍編﹃日本思想史ハンドブック﹄︵新 に入っているため、あらかじめ確認しておいてほしい。 http:// 本政治思想史の研究上の方法論を含めたガイドブックとし 見解として証明していくかが課題となる。日本政治史、日 ︶が公開され rnavi.ndl.go.jp/kensei/entry/kensei-kyuzosha.php て い る た め、 そ ち ら に 確 認 し た 上 で 足 を 運 ぶ こ と に な る 検討と課題﹄︵山川出版社、一九八八年︶などが、有用で http://kokkai. ︶、 お よ び 帝 国 議 会 の 議 事 録︵ http://teikokugikai-i. ndl.go.jp/ ︶ も デ ジ タ ル 化 さ れ て い る た め、 こ ち ら を 積 極 的 ndl.go.jp/ ま た、 政 治 史 研 究 上 不 可 欠 な 国 会 議 事 録︵ 書館、二〇〇八年︶、近代日本研究会編﹃近代日本研究の ある。また、実際に論文を書くにあたっては、隣接分野を 含めた良書、好論文を読み、その方法論や構成、資料の使 い方などを学び取ることをおすすめしたい。指導教授から 三色旗 2012.3(No.768) ﹃ 福 沢 諭 吉 書 簡 集 ﹄ 全 九 巻︵ 岩 波 書 店 ︶ が 出 版 さ れ て お http://kindai.ndl.go. り、これらの根本資料として、慶應義塾福沢研究センター に利用しよう。さらに、明治・大正・昭和前期の図書につ い て は、 近 代 デ ジ タ ル ラ イ ブ ラ リ ー︵ て、福沢が刊行した書籍についてウェブ上で閲覧でき、テ を 検 索 で き る ほ か、 ﹁デジタルで読む福沢諭吉﹂におい ︶ と し て、 こ ち ら も ウ ェ ブ 上 で 公 開 さ れ て い る。 法 令 編﹁福沢関係文書﹂をマイクロフィルムでみることができ jp/ に つ い て も、 日 本 法 令 索 引︹ 明 治 前 期 編 ︺︵ る。 さ ら に、 慶 應 義 塾 図 書 館 デ ジ タ ル ギ ャ ラ リ ー︵ http:// http://dajokan. ︶、 日 本 法 令 索 引︹ 明 治 十 九 年 ︶において提供されて ndl.go.jp/SearchSys/index.pl project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/index.html いる﹁福沢諭吉研究文献目録﹂で、福沢に関する研究文献 二月以降︺︵ http://hourei.ndl.go.jp/SearchSys/ ︶を、国立国会 図書館が提供している。 キスト検索も可能となっている。 政治思想史については、どの人物、どの媒体に焦点をあ てるかによって、資料の探し方も変わってくる。主要な思 執筆の段階である。これまで読んできた参考となる良書、 べく組み立てた仮説の実証を目指していく。いよいよ論文 にのっとって論文として構成し、オリジナリティを発揮す 人物文献目録﹄︵平凡社、一九七四年︶、伊藤隆・季武嘉也 こうして収集した一次資料を読み込み、選択した方法論 編﹃近現代日本人物史料情報辞典﹄全四巻︵吉川弘文館、 好論文を手本としながら、価値ある卒論を書き上げていた 想家であれば全集や著作集が刊行されており、また個別の 二〇〇四~二〇一一年︶が有用である。また、雑誌や新聞 だきたい。 人物史料については、法政大学文学部史学研究室編﹃日本 の所在については右記の各データベースも有効だが、特に 新聞については、国立国会図書館主題情報部新聞課が提供 四、最後に 以上、卒論を書くにあたって、主に有益な情報を提供し http://sinbun. てくれる参考書やウェブサイトを紹介してきた。近年では している﹁全国新聞総合目録データベース﹂︵ ︶によって、どこにどの新聞が所蔵されているか ndl.go.jp/ を知ることができる。 とみに資料のデジタル化やデータベースの構築がめざまし く 進 ん で お り、 い ま で は 新 聞 で も﹃ 読 売 新 聞 ﹄、 ﹃朝日新 化が進行しているのが現状である。たとえば福沢諭吉の場 合、 ﹃福沢諭吉事典﹄︵慶應義塾︶および、 ﹃福沢諭吉全集﹄ 聞﹄、 ﹃毎日新聞﹄が、創刊時からの記事を検索できるよう また、人物資料についても、刊行物に加えて、デジタル 全二十一巻・別巻︵岩波書店︶が刊行され、これに加えて 三色旗 2012.3(No.768) に な っ て い る︵ 慶 應 義 塾 図 書 館 デ ー タ ベ ー ス か ら ︶ 。日本 えて、実は近道だと筆者は考えている。 また価値ある卒論を仕上げるためにも、それは遠回りにみ * 史 関 係 の デ ジ タ ル 化 の 現 状 に つ い て は、 日 本 歴 史 学 会 編 コンにログインするにはITCアカウント︵有料︶が必 ャーナル、データベースを利用することができる。パソ * 通 信 教 育 課 程 生 は、 キ ャ ン パ ス 内 の パ ソ コ ン で 電 子 ジ きたい。たしかに、公文書や新聞記事などをネット上でみ 最後に、デジタル化のもたらす陥穽についても述べてお 要なため、三田ITCのホームページで詳細を確認する 本史研究とデータベース﹂をご参照いただきたい。 ﹃日本歴史﹄第七百四十号︵二〇一〇年一月︶の特集﹁日 られるというのは、便利である。しかし、データベースで こと。 てこない。実は、その記事の前後にある記事や広告、社説 は、検索をかけたキーワードにかかった資料や記事しか出 や、その資料の前後にある別の資料こそが、時代の雰囲気 や風潮、さらには研究上重要なヒントを与えてくれるかも しれないにも拘わらず、キーワード検索では、それを見落 としてしまうのである。歴史研究では、まず、対象とする 空間、空気感を過去の人物と共有することが大切であり、 政治史・日本政治思想史専攻。二〇〇三年慶應義塾大学大学院 ︹おがわら まさみち 慶應義塾大学法学部准教授。近代日本 時代の雰囲気、風潮、常識、タブーなどを感じ取り、その そうした感覚からこそ、思想の神髄や政治の潮流の本質が 法学研究科博士課程修了。博士︵法学︶ 。主要業績 ﹃ ―福沢諭 みえてくる。 ットの検索機能の類を駆使しつつも、同時に紙の目録に当 最後の内戦﹄中公新書、二〇〇七年。﹃評伝 岡部長職 争と宗教﹄講談社、二〇一〇年。﹃西南戦争 吉 たり直し、新聞の縮刷版をめくり、ボロボロになった百年 生きた最後の藩主﹄慶應義塾大学出版会、二〇〇六年。﹃大教 便利な時代だからこそ、データベースの類、インターネ 前の資料を手にとって、じっくりと資料と向き合ってみる 院の研究 明治初期宗教行政の展開と挫折﹄慶應義塾大学出版 ― 明治を ― 西郷隆盛と日本 ― ことも、ぜひお勧めしたい。卒論作成を単なる卒業の手続 会、二〇〇四年。︺ ﹁ ﹃近代日本の戦 ― 官 ﹂ と の 闘 い ﹄ 文 藝 春 秋、 二 〇 一 一 年。 きに終わらせず、歴史の追体験として感じ取る意味でも、 三色旗 2012.3(No.768)
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